『東京新聞』年3月28日 「読書日記」欄

不動の微笑

井 出  孫 六

 

  吉川勇一さんから闘病記『いい人はガンになる』(KSS出版)を贈られ、かねてから出版記念会の通知があったので、大急ぎで通読。大急ぎといっても、途中でしばしばページを閉じたことがあった。著者はいつも人と接するときの語り口そのまま、ときにはユーモアをちりばめて淡々と自らの病状を綴っているのだが、綴られている事実というのは膀胱癌の発病に始まって再度の手術、胃癌の発見から気胸、頻発する腸閉塞と大手術の経過の克明な報告であり、もしわが身がこのような状態におかれたらどうしようと、小心の胸を痛めて読みあぐむ個所が多かったのだった。

 とはいうものの、本書から伝わってくる不動の微笑は初対面のときと変わることのないのが著者の人間としての魅力で、出版記念会には多くの「いい人」をふくめて参会者堂に満つの観があった。

 今月は資料読み、ゲラ読みにあけくれた中で、全集の月報執筆の依頼をうけた松下竜一さんの『風成の女たち』のゲラ刷りは、再読ながら三十年近い歳月がうそのような生彩を保っていることに舌をまく思いで読了。   (作家)

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