『「アメリカ」が知らないアメリカ』書評・紹介(4)
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『派兵チェック』 1998.6.15
ダ グ ラ ス ・ C・ラ ミ ス加地 永都子 訳 若手弁護士が言う。「裁判官に任命されたとたんから良心的な判決を言い渡していたら、絶対に上級裁判所に昇進できない。最初の頃は主流の判決を出せば、最高裁まで行けるかもしれない。そこで社会的影響力を発揮できるようになれば、良心的判決が出せる」 |
藤原書店『機』 1997. 12月号 「全世界が見ていたアメリカ」、 吉 川 勇 一 アメリカのロック・グループ「シカゴ」のCDに、『シカゴの軌跡』という一枚がある(ソニー SRCS 6305 現在では発売元が変わり、テイチク TECW 1901)。珍しいことだが、このCDには音楽でないものが一つ入っている。一〇番目の「プロローグ AUGUST 29, 1968」は、反戦デモの実況録音だけなのだ。先導者の「レッツ・ゴー!」という合図のあと、デモ参加者による"The whole world is watching!" (全世界が見ているぞ!)というシュプレヒコールだけが続く。次の一一番目、『流血の日』(Someday)」では、そのシュプレヒコールに重ねて曲が演奏される。 これは一九六八年八月、シカゴで開催された米民主党大会の際、一週間にわたって同市で繰り広げられたベトナム反戦デモの実際の録音と、それをテーマにしたロック・バンド「シカゴ」による曲なのだ。シカゴ市長デイリーは、火炎瓶を所持している者は射殺、略奪をはたらこうとした者には不具にする程度の射撃を、無条件に警察に指示し、州軍と連邦軍も出動した。一週間、全シカゴで「警察による暴動」と表現されたほどのデモ参加者に対する暴行が荒れ狂い、死者一人、重軽傷者多数が出た。そのとき、TVカメラの前で軍隊や警察と対峙しつつデモ隊が叫んだシュプレヒコールが、この「全世界が見ているんだ」という言葉だった。やがて、世論の批判は昂まり、司法長官の指示による直接の実態調査も、大統領任命による調査委員会も、ともに市当局と警察の側に非があることを認める報告書を提出した。 だが、大統領がニクソンに変わった翌一九六九年になって、八人の人びとが暴動の扇動、その共同謀議などの容疑で起訴され、有名な「シカゴ裁判」が始められた。「シカゴ・エイト」として知られるようになった被告のなかには、カリフォルニア州選出の現民主党上院議員トム・ヘイドン(女優のジェーン・フォンダと一時結婚したことでも有名)や、黒豹党(ブラック・パンサー)の議長、ボビー・シール、そしてイッピーの指導者として知られるアビー・ホフマンやジェリー・ルービンも含まれている。だが、ほとんど二〇代、三〇代の青年のなかで一人だけ五〇代の人物がいた。それが、本書の著者、デイヴ・デリンジャーだった。ひどい一方的な訴訟指揮のもとで、保釈を取り消され、開廷中の三二の行為に関して法廷侮辱罪で計二年五ヶ月と一六日という禁固刑まで受けながら、いささかもひるまず、最後までベトナム反戦、人種平等、正義を主張し、被告グループをリードし続けたのもデリンジャーだった。(もっとも、この裁判の主任弁護人、ビル・カンスラーが受けた四年一三日という法廷侮辱罪に関する刑は、米国裁判史上、弁護士に課されたものとしての最長記録で、この裁判がいかに強圧的なものだったかがわかる。) このデモで叫ばれた「全世界が見ているんだ」という言葉も、その日の集会でのデリンジャーの演説のなかの言葉だった。 確かに「シカゴ・エイトのデリンジャー」と言えば、四〇歳代以上のアメリカ人ならば名を知らぬ人がいないほど有名なのだが、しかし、彼の人生の軌跡によって明らかにされる現代アメリカの実相は、まだ広く知られてはいない。本書に『「アメリカ」の知らないアメリカ』というタイトルがつけられたゆえんである。 このシカゴ裁判での人間模様も本書で詳述されるが、しかし、これは裁判記録でも反戦運動史でもない。民衆のなかに息づいているアメリカ民主主義の伝統を、全生涯をもって体現した人物による現代史への証言なのだ。藤原書店からはジャネット・ランキンの伝記『絶対平和の生涯』が出版されたばかりだが、本書はそれと双璧をなして、アメリカの男女それぞれの良心の軌跡だと言えるだろう。 本書を読むとき、人は、与えられた生を、このように自らの意志で選び直し、このように誠実に、このように勇敢に、このように生きとし生けるものへの愛に満ちて生きられるものなのか、という思いで圧倒される。デリンジャーを最もよく知る一人、言語学者のノーム・チョムスキーでさえもが、「私はデイヴ・デリンジャーを知っていたし、尊敬もしていた。いや、そう思っていた。だが、このすぐれた書物を読んだ後、私の尊敬は畏怖以上の何かへと変ってしまった」と語っているが、まさにむべなるかな、という感がある。 六〇年代の空気を吸った人びとは、多くの感慨をもって読まれることだろうが、戦争中の暗い体験を持つ年輩の人びとにも、またアメリカという国や、あるいは人間、人生の生き方などに関心を持つもっと若い人びとにも、広く迎えられる一書だと期待しているのは、訳者の一方的な思い入れからだけではなかろうと思っている。
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