意見書

1998年4月7日(火)

牧柾名教授・市川須美子教授・山口和孝教授・林量俶教授


所沢高等学校「入学許可」に関する意見書

◇埼玉県教育委員会および県立所沢高等学校長の主張
 「埼玉県教育委員会」名による1998年3月31日付け文書「平成十年度埼玉県
立所沢高等学校入学許可候補者の保護者の皆様へ」および、「埼玉県立所沢高等学校
長」名による同年4月3日付けの「入学許可候補者」およびその保護者宛て文書「入
学式にむけて」は、「校長は、入学を許可する儀式である入学式において、入学許可
候補者に対して入学の許可を行う必要があります」「お子さまが埼玉県立所沢高等学
校の生徒となるためには、入学式に出席し、校長による入学許可を受けなければなり
ません」等と、入学式が公的な入学許可の場であり、それへの出席が入学するために
必要不可欠な公的手続きであるかのように書いている。
 しかし、以下にみるように、学校教育法施行規則、埼玉県立高等学校通則(昭和3
0年9月1日教育委員会規則第5号、最終改正:平成7年3月31日)、および、埼
玉県立所沢高等学校学則に照らしてみるならば、“入学式が公的な入学許可の場であ
り、それへの出席が入学するために必要不可欠な公的手続きである”とする教育委員
会および校長の主張は、全く法的根拠を欠く“牽強付会”の論理である。

◇法で定められている入学に必要な手続きは何か
(1)学校教育法施行規則第59条第1項は「高等学校への入学は、第54条の三の
規定により送付された調査書その他必要な書類、選抜のための学力検査(以下本条中
「学力検査」という。)の成績等を資料として行う入学者の選抜に基づいて、校長が
これを許可する」と規定している。この施行規則に基づき埼玉県立高等学校通則第1
6条は「高等学校の入学は、校長がこれを許可する」と、同通則第17条は「校長は、
入学志願者に対し、別に定めるところにより、入学選抜を行うものとする」と規定し、
同通則第18条で志願手続きが規定されている。そして第19条(入学手続)におい
て「入学を許可された者に対して親権を行う者、若しくは親権を行う者のないときは
後見人(以下「保護者」という。)は、速やかに保証人が連署した在学保証書(様式
第三)を校長に提出しなければならない」と定めている。
 つまり、国および県のレベルの法規において規定されているのは、〈高等学校への
入学は入学者の選抜に基づいて校長が許可する〉ということ、〈入学を許可された者
の保護者は入学手続として在学保証書を提出しなければならない〉という2点だけで
ある。
(2)また、学校教育法施行規則第3条に基づいて定められている埼玉県立高等学校
通則は、第17条で「入学選抜に合格し、必要な手続きが完了したものは入学を許可
する」と規定しており、第18条で「必要な手続き」として規定しているのは、やは
り、「在学保証書の提出」だけである。
 埼玉県立高等学校通則第19条の“「入学を許可された者」の保護者は在学保証書
を校長に提出しなければならない”旨の入学手続きの規定は、「入学許可」は在学保
証書を提出する前に校長によりなされていると解する以外に解釈できない。それでは、
「入学許可」は、いつ、どのような形でなされるのかが問題となる。それについて明
文の規定は存在しないが、基本的には、合否の判定手続きを経て合格が発表・通知さ
れたということをもって、「入学許可」がなされたと解することが至当であろう。な
ぜなら、当然のことながら、合格通知=「入学許可」を受けた者だけが「入学手続き」
をすることができるのであり、合格通知=「入学許可」を受けていない者が「入学手
続き」をすることなど、あり得ようはずがないからである。

◇「入学式への参加」を「入学許可要件」としている法規定は全く存在しない
 このように、学校教育法施行規則、埼玉県立高等学校通則、埼玉県立所沢高等学校
学則のいずれを見ても、「入学式への参加」を「入学許可要件」としている法的根拠
は全く存在しない。そうであるにもかかわらず、“入学式が公的な入学許可の場であ
り、それへの出席が入学するために必要不可欠な公的手続きである”とする教育委員
会および校長の見解は、全く法的根拠を欠く、あるいは、法解釈を全く誤った見解で
あるという以外にない。
 なお、教育委員会および校長は、「学習指導要領」において「入学式」が「入学を
許可する儀式」であるとされているかのように主張しているが、これも事実に反する
牽強付会の見解である。現行の「高等学校学習指導要領」において「入学式」「卒業
式」に関わるのは、「第三章 特別活動 D 学校行事」の「(1) 儀式的行事」項で
あるが、そこには「学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味
わい、新しい生活の展開への動機付けなるような活動を行うこと」(以上が「儀式的
行事」の説明の全文)とされているだけであり、“「入学式」が「入学を許可する儀
式」である”などということは全く書かれていないし、一度たりとも、そのような行
政(文部省)解釈は出されていない。この点においても、教育委員会および校長の出
した当該文書は、行政(文部省)解釈からも逸脱したものである。

◇結論
 生徒の身分・権利保障上きわめて重大な「入学許可」は、恣意的な運用など許され
ず、明確な法的根拠に則って行われなければならないものである。
 それに対し、埼玉県教育委員会および県立所沢高等学校長の当該文書は、以上の諸
点から、法的根拠を全く欠く不法・不当(「脅迫」的)な主張であり、速やかに取り
消されるべきものである。たとえ委員会および校長により当該文書が取り消されてい
ない時点にあっても、入学式への不参加は、卒業式への不参加と同様に、どんなに厳
しく扱われたにしても、単に一つの学校行事への不参加(1欠課)としてしか扱い得
ないものであり、入学式への不参加(1欠課)をもって既になされている「入学許可」
が撤回される(「入学」が認められない)などという法的根拠および前例はどこにも
存在しない。
                                   以上。
1998年4月7日
               牧 柾名 (駿河台大学教授、前・東京大学教授)
               市川須美子(獨協大学法学部教授)
               山口和孝 (埼玉大学教授)
               林 量俶 (埼玉大学教授)

 (Web管理者記)--------------------------------------------------------   “牽強付会”(けんきょうふかい):本来、道理(事実)に合わない事を無理に  こじつけて、自説に有利になるよう展開すること。(新明解国語辞典)
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