Chomky | |
四年間も抱え込んでいた本が、ようやく、ようやく、ようやく完成し、来年二月はじめには書店並ぶことになりました、感慨無量です。エドワード・ハーマンとノーム・チョムスキーの共著『マニュファクチャリング・コンセント マスメディアの政治経済学』(2002年の改訂版、初版は1988年)の邦訳で、出版社はトランスビュー。これまでも、一部の抜粋や、同名の映画の紹介をRUR55サイトに載せてきましたが、とうとう本物ができました。時間はかかりましたが、よい本になったと思います。読み応えのある、重要で、面白い本です。上下の二巻でそれぞれ3800円と3200円。
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「マニュファクチャリング・コンセント マスメディアの政治経済学」 日本語版の訳者あとがき | |
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ジョージ・オーウェルの『動物農場』は、スターリンの全体主義体制の絶妙な風刺であると一般に受けとられている。それはそのとおりなのだが、見落とせない事実がひとつある。じつはそこには、出版社が採用を拒否した序文がついていた。オーウェルがそこで論じたのは、自由主義を標榜するイギリス社会においても、自主規制のかたちで思想統制はおこなわれているということ、またその背後にあって、それを正当化している思想は、異なる意見の表出に対する不寛容という点では、全体主義とさほど違わないということだった。少し引用してみよう。 自由とは、ローザ・ルクセンブルクが言ったように、「相手にとっての自由」なのだ。「貴君の発言には辟易していますが、それでも貴君がそれを言う権利だけは、命にかえてもお守りします」というヴォルテールの有名なせりふにも、同じ原則がつらぬかれている。知的自由という、西洋文明を際立たせてきた特徴に意味があるとすれば、それは自分が真実だと思うことを口に出し、出版する権利をだれもが持っている、ということだろう――そのために、共同体の他の人々にあきらかな危害が及ぶのでないかぎりは。資本主義体制の民主主義も、欧米型の社会主義も、最近までこの原則を当然とみなしてきた。イギリス政府は、いまもそれを尊重する姿勢を誇示している。一般庶民も、不寛容の推進にはあまり興味がなく、たぶんぼんやりと「だれにも自分の意見を持つ権利がある」と思っている。問題なのはもっぱら、書物や自然科学に通じたインテリたちだ。こういう、まさに自由の後見人たるべき人々が、理論においても実践においても、自由を軽視しはじめているのだ。 現代に特有の現象が、自由主義者の変節だ。「ブルジョワ的自由」など幻想だとするマルクス主義の主張にあきたらず、いまや民主主義を守るには全体主義の手法が不可欠だとする風潮が広まっている。民主主義を尊ぶなら、手段を選ばず敵を壊滅せねばならないというのだ。では敵とはいったいだれのことか。民主主義を公然と意識的に攻撃する者だけではなく、誤った思想を流布して「客観的」に民主主義を危うくする輩も、つねにそこに含まれているらしい。つまり、民主主義の擁護には、独立した思想を撲滅することが含まれるのだ。そういう議論は、ソ連における粛清を正当化するのにも用いられた。筋金入りのソ連びいきは、粛清の犠牲者がみな告発どおりの罪を犯したとは信じていない。むしろ彼らの異端的な意見が「客観的」に体制を脅かしており、ゆえに抹殺するだけでなく、偽りの罪を着せて信用を貶めるのがふさわしいとみなしているのだ。・・・・こういう人々は、全体主義的な手法を奨励すれば、やがては同じ手法が自分に対しても用いられるかもしれないことがわからない。ファシストを裁判ぬきで牢屋にぶち込むのを習慣にすれば、そういう扱いを受けるのはファシストだけにとどまるはずがない。 ―――――オーウェルが提案した序文「(イギリスにおける)言論出版の自由」 (The Times Literary Supplement, 15 September 1972) 民主主義が高度に発達した「自由主義社会」において、全体主義国家にひけをとらぬような思想統制が行なわれているなどということが、いったい本当にありうるのだろうか。検閲制度も、取り締まる法律もない自由な社会において、具体的にどのようにして思想統制が行なわれるというのだろう。それを知るには、自由市場におけるマスメディアの制度機構を構造的に分析することが必要だ。本書ではおもにアメリカのマスメディアを参照して、体制側エリートが率いる誘導市場システムである「プロパガンダ・モデル」を考案し、実際のメディアの反応にあてはめてその有効性を検証している。 視聴者は商品、買い手は広告主自由市場におけるマスメディアの行動を考えるにあたって、本書はまず、マスメディアは大企業であるというところから出発する。しかも寡占化の進んだ業界を支配する少数の独占的な巨大企業である。その行動様式は他業界の企業と変わるところはなく、基本的には商品を生産し、販売することで利益を得ている。ただしマスメディア企業の場合、生産するのはニュースや娯楽番組だが、販売する商品はそれにひきつけられた視聴者である。テレビ局の場合、それぞれの購買力や消費パターンによって細かく階層分けされた視聴者(という商品)を買うのは、広告主という大企業である。彼らの選択がメディア企業の業績を決定するため、その意向が番組のラインアップや内容を大きく左右する。視聴者の意見が反映されるのではない。このビジネスモデルにおいて、視聴者は番組の消費者ではあっても買い手ではなく、したがって影響力を行使する余地は小さい。新聞にしたところで、広告収入が大きな位置を占めるため、購読収入だけにたよる経営は競争力を持ちえない。ここでも自由市場が生み出すのは、購読者の選択が決定権を持つ中立的なシステムではなく、広告主の選択がメディア企業の浮沈を決めるしくみだ。 ニ人の協力から生まれた、優れたメディア論Manufacturing Consent:The Political Economy of the Mass Mediaは1988年に初版が出たが、2002年に改訂された新版は、新たな序文を加えて十数年の経過を織り込んだアップデート版だ。二人の著者、エドワード・ハーマンとノーム・チョムスキーは長年にわたる協力関係にあり、これ以前にも二巻にわたる共著Political Economy of Human Rightsを70年代末に出版しており、ワーナー社が握りつぶした小品 を除外すれば、本書は第三冊目の共著となる。当時たまたま二人ともメディア関係の本の出版企画を抱えていたことから、これを一本化して互いのアイディアを補填しあい、相乗効果を追求しようという案が浮かび、結果的にそれぞれのもとの企画より格段にスケールの大きい、優れたメディア論が構想されたらしい。 じっさいの執筆分担については、ハーマンの説明によれば、序章や第一章、結論の部分はおおいに議論を重ねた完全な共著であり、ケーススタディについては中南米と教皇暗殺計画(第二、三、四章)はハーマン、インドシナ戦争(第五、六章)はチョムスキーが、それぞれ中心となって執筆し、相方は意見を述べる程度にとどまったそうだ。メディア業界の構造分析に基づいた「プロパガンダ・モデル」を考案し、メディアの(偏向した)行動を予測し、具体事例にあてはめてその精度を測るという手法は、金融経済学者であるハーマンの発想である。 プロパガンダ・モデルに関しては、第一章に詳述されているのであまり深入りしないが、基本的には、マスメディアにプロパガンダの役割を演じさせる力や偏見を高めさせるプロセス、その結果生じるニュース選択のパターンなどを説明するために考案されたものだ。その核心をなすのは、なにがニュースに取り上げられるか(ひいては言説を支配し世論に影響するか)を決定する装置として、公表にふさわしい素材を選別する5段階のフィルターだ。すなわち、
である。こうしたフィルター装置による呵責なき選別によって、既存体制の維持と強化に適するニュースだけが残される。このしくみにおいては、真実の報道をめざす個々の記者や編集者の真摯な努力も大勢に影響をあたえることはなく、むしろ自由な発言も許されている証拠となり、中立性のみかけを与える補完的な役割をはたすのがおちである。 第二章から第六章までは、このプロパガンダ・モデルの有効性を具体的な事例にあてはめて検証するためのケーススタディである。おおまかに分けて、中米、南欧と東欧、インドシナという三つの地域について、1960年代から80年代にかけて(新版序文のアップデートを含めれば90年代にも)起こった出来事と、そこにおいてアメリカがはたした役割をとりあげ、アメリカのメディアがそれをいかに報道したかを、執拗なまでに徹底的に検証している。その手法は、『ニューヨーク・タイムズ』、『ワシントン・ポスト』、『ニューズウィーク』、「CBSニュース」というアメリカを代表する四つの主流メディアの記事を網羅的にサンプリングし、一定期間のうちになにが掲載され、なにが掲載されなかったかを綿密に調べるという、気が遠くなるような作業である。 MITの研究室に膨大な切り抜きを収めた資料庫があるのを映像でみたことがあるが、コンピュータ化以前の(もちろんGoogleもない)時代に、個人の努力でこれほどのことができえたことには、驚嘆すると同時におおいに勇気づけられる。チョムスキーもハーマンも、けっしてジャーナリストやインサイダーとして情報にアクセスしたわけではなく、きわめて正確で膨大な彼らの知識は、基本的にメディア(オルタナティブを含む)を介した二次情報の丹念なチェックの結果だからだ。彼らほどの天才はないにせよ、一市民としてのわたしたちも自からの思考と好奇心を働かせることによって、マスメディアがつくり上げる虚構の網から逃れることができるはずだと思わせてくれる。 主流メディアには国家テロも侵略戦争も存在しないそうしたサンプリング分析から浮かび上がるのは、マスメディア報道の、まさにオーウェル的な特質である。80年代の中米のエルサルバドルやグアテマラでは、アメリカで反ゲリラ戦の訓練を受けたテロ組織をつかって内乱鎮圧の名のもとに一般市民の拉致と殺人を常套政治手段とする(国家テロである)残虐な親米軍事独裁政権がめまぐるしく交代したが、アメリカのマスメディアにそのような歴史は存在しない。メディアはこうした独裁者を好意的に描き、彼らへのアメリカの支援が議会で承認されるように協力する。クーデターで新たな親米政権が登場するごとに、メディアは新政権を持ち上げる。「ここには明らかに、法則に近い一貫したパターンがある。アメリカ政府が「建設的な関係」を築きたいと考えるテロリスト国家の場合、ものごとはいつでもうまくいっており、改善しつつあるとされる。けれども、いったん政権が崩壊すると、その記録は過去にさかのぼって悪辣なものに書き改められ、新たに権力を握った人物の人道的で思いやりのある性格に比べれば、極悪なものに映るように変形される。テロリストの代替わりごとに、後継者へのそっくり同じ弁護と、失脚者への遡及的な中傷がくりかえされる。」(本書の第一巻)。 60年代からアメリカが直接の軍事介入をしたインドシナにおいては、「戦時体制」におけるメディアがどこまで露骨に国家に奉仕するために虚構をつむぎだすかが示される。端的に言って、アメリカは南ヴェトナムに傀儡政権を建て、それに抵抗する現地勢力を一掃するため軍事侵略をおこない、南ヴェトナムの農村を攻撃して住民を大量に虐殺した。70年代には侵略対象をラオスやカンボディアにも拡大し、インドシナ全土を爆撃して数百万人の死者を出し、国土を荒廃させ、長期にわたる壊滅的な禍根を遺した。だが「アメリカの侵略」という基本的な事実は、アメリカのメディアの歴史認識においては、今日に至るまで存在していない。彼らの認識では、あくまでもアメリカは「南ヴェトナムを防衛」していたのであり、それに抵抗した南ヴェトナムの大多数の住民たちは「侵略する敵の勢力範囲」に囲われており、南ヴェトナム人ではなかった。こうした転倒した世界観に立った報道が垂れ流されるなか、アメリカ人の大多数は真実をありのままに見るのを許されず、「南ヴェトナムの村を救うために、それを破壊しなければならない」という倒錯した言辞さえ、まかり通るしまつだった。おまけに、戦時メディアのこれほど卑屈な体制への追従でさえも、支配エリートの目には不十分に映ったらしく、「メディアの裏切りが負け戦に導いた」という俗説が流布することになる。こんな主張をする人々が要求しているのは、冒頭に引用したオーウェルの言葉にあるとおり、全体主義的な絶対忠誠である。 殖民地戦争の新しい顔ケーススタディの各章は別々の地域、時代に起こった事件をあつかっているが、それらのあいだに有機的なつながりを見て取ることもできる。そこに一貫して流れているのは、反ゲリラ戦争、国際テロ戦略などと呼ばれる、新型の戦争概念の発達と宣伝であり、そのポイントは従来の国際戦争法規に拘束されない(つまり非戦闘員を攻撃し、民生施設を墓石、戦争捕虜の人権をみとめない)ことにつきるようだ。9・11以降、ブッシュ政権が推進してきた「テロとの戦争」のロジックや手法は、すでにみな揃っており、敵とされるものの前提が共産主義者からイスラム原理主義の国際テロネットワークに代わっただけのようだ。その転換点のひとつは、メディアによる架空の陰謀の捏造を描いた「ブルガリア・コネクション」の章で、背景として登場するエルサレムのヨナタン研究所の創設であり、ここで開催された1979年の国際会議が、アメリカとイスラエルがそろって国際テロの脅威を声高にうったえ始める契機となった。左派から転向したいわゆるネオコン勢力が台頭するのも、この時期からだ。 また60年代のヴェトナム戦争時代にみられた、住民の抵抗を防ぐために彼らを「戦略村」に追い込み、自警団を編成させて監視するという手法は、50年代のマレーシア植民地におけるイギリスの政策を手本にしたものであり、さらにその源流は30年代に成立した満州国にあったようだ。これが80年代の中米でも採用されており、反ゲリラ戦がじつは植民地戦争の延長であることを示唆している。これらはみな、第二次大戦後のアメリカの外交政策は、共産主義からの防衛というイデオロギーのもとに、実際には第三世界を間接的な植民地支配化に置き、資源をコントロールすることを目的としていたという見方に合致する。 ただし、こうした考察は本書の目的ではない。本書のケーススタディは、あくまでもプロパガンダ・モデルの有効性を測るためのものである。ここで論じているのは、事実そのものの真偽ではなく、それについて知りえた情報(真偽はどうあれ)をマスメディアがどのように伝えたかという問題なのだ。それぞれの事例について、二人の著者が共同あるいは個別に著わした別の著作が存在しており、事実関係や著者たちの解釈の妥当性を論じる目的であれば、そちらを参照すべきである。 オルタナティヴ・メディアとパブリック・アクセスマスメディア論の古典的な名著として、本書はいまも多数の読者を得ている(Amazon.comのサイトをみればチョムスキーの多々ある著作のうち、つねにベスト5に入っている)。その影響は計り知れないが、一つ挙げるならば、チョムスキーに感銘を受けたカナダの映像作家が、メディア論を中心にチョムスキーその人を描くドキュメンタリーの制作を思い立ち、寄付を中心に多大な資金の調達に成功し、数年におよぶチョムスキーの追跡により、膨大なフィルムを消費して完成させたことがある。92年に完成した映画『チョムスキーとメディア』は、独立系のドキュメンタリーとしては異例の大ヒットとなり、記録的な興行成績をおさめ、数々の賞を受賞した。(この映画も来年早々、ようやく日本でも公開されることになった)。 この映画が大成功を収めた背景には、60年代からカナダやアメリカで広まった独立系メディアの運動と、彼らの草の根的なネットワークが受け皿として存在していたことが指摘される。北米ではケーブルTVの普及に伴って、パブリック・アクセスとかコミュニティ・チャネルと呼ばれる概念が発達した、私企業であるケーブル会社が公共のものである道路の脇を利用してケーブルを敷設し、営利を追求する見返りとして、住民に一定チャネルを開放し、住民が自ら番組を制作、放送できるように設備やノウハウを提供する、という取り決めである。これにより、住民の手作りによる情報発信の可能性が飛躍的に向上した。ここで重要なのは、パッケージ化された編集済みのニュースをとどける従来型のマスメディアが、大衆を受動的な存在にとどめておこうとするのに対し、パブリック・アクセスは大衆に発言力を与えて、能動化するものだということだ、それが保障するのは、マイノリティや女性など、従来型のマスメディアではおおむね客体化され、代弁されてきた人々が、みずからの声をとどける能力である。常に主流社会の支配的な価値観をとおして解釈され、描かれてきた人々が直接発言すること、異なるものの見かたや価値観を尊重し、議論を活性化させることこそが、オルタナティヴ・メディアの本質であろう。 マスメディアが民衆を現実から隔離して管理された別の現実の中に囲い込もうとするのは、彼らが現実を知り、支配層が決めた政策に影響を及ぼすことを恐れているためだ。一般の人々は、かならずしも常に利己的で残酷とはかぎらないので、もしも真実を知れば良心に従って行動し、支配層の思惑を裏切りかねないからだ。そのような虚構の網を逃れるには、テレビや新聞に代わって、自分の触覚をたよりに世の中について筋の通った理解をしようとつとめ、主流メディアが片隅におくニュース、そこから大衆の目をそらせようとするニュースに耳をすませる必要がある。 これを書いている現在、国会ではマスメディアの沈黙に守られて十分な議論もないままに教育基本法「改正」が強行採決されようとしている。ふたたび住民の精神を「恭順な国民」の鋳型にはめて、祖国への奉仕に動員しようとする、時代を逆行するような動きが急速に強まるなか、わたしたちの声をとどけるメディアを自分たちで確保することは、これまで以上に切実な問題となってきた。その意味でも本書は、まさに今こそ多くの人に読まれるべき本である。ここに描かれたマスメディアのありようは海の向こうのものではあるが、日本の権力者がそこから学んでいないことなど、まずありえないのだから。 2006年12月 中野真紀子 Notes
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