野生生物保護
アラスカにおける、クマ、オオカミとムースの間の関係についての概要 アラスカにおける大型の捕食者と被食者との関係は複雑で、あらゆる状況に適合するモデルはない。
だが特にアラスカ内陸部においては、ある種の状況についての一般化が可能である。ムース、クマ、オオカミの生態学についてのこの資料は、大学と州、アラスカとカナダの地方自治体と連邦政府によって行われた25年間に及ぶ研究と管理計画から要点をまとめたものである。
1997年に米国科学アカデミーが、アラスカにおける捕食者と被食者の相互関係の要約と論評を刊行している。(全米研究評議会,1997)。その論評以後 も、さらに研究が行われている。以下に掲げる刊行文献は、たいていの大学や大型の公立図書館に納められている。  北方カナダおよびアラスカ内陸部の寒帯林においては、クマ(アメリカク ロクマ、グリズリー、または双方)とオオカミは簡単に捕獲されるが、ムースの主要な捕食者でもある。ムースの通常の生息密度は、生息域が養える水準以下によく保たれている。こういった環境下で、ムースの生息密度は、大 きな地域一帯で、平方マイルあたり0.1から1.0頭の間で変動する。もっとも一般的な生息密度は平方マイルあたり0.4から0.6頭である。生態学者はこの 状態を、ムースの生息密度が低水準のままで変動していることから、「低密度動的均衡」、略してLDDEと呼んでいる。これは主として、クマとオオ カミがともに、ムースの仔の効率的な捕食者であり、当歳仔の大部分を捕食することから生じる。
このシステムにおいては、最高の生息密度(平方マイルあたり約1頭)に達すると、大量の殺戮が生じる傾向があり、そこでは生息 域は良好に保たれ、ムースは捕食者を避けるのが上手であるように見える。
 アラスカ内陸部の遠隔地の大半においてはLDDEが優先するが、地域によっては異なった現象が生じることもある。たいていの地域では、ムースの仔の主要な捕食者はクマである。
狩猟区20Aにおいては例外が生じている。 ここではオオカミの調節が効果的に行われ、ムースの個体数も、長期にわた るムース猟の獲物も高水準で維持されている。20A猟区においては、当初 のオオカミの減少がムースの個体群密度を増加させ、オオカミもまた、オオカミの調節後に急速に増加した。なぜなら、つまるところ、ある地域のオオカミの個体数は、主としてその地域の被食動物の個体数に依存するからである。オオカミが増加した後も、狩猟されたムースの数もまた、高水準のまま だった。
20A猟区には罠猟師が多いので、ムースの個体群の減少の原因となる水準以下に、オオカミの増加が押さえ込まれている。類似の状況は20 B猟区,南20D猟区でも起っている。
 グリズリーは、誕生から2ヶ月までのムースの仔の、特に効果的な捕食者であると見られており、また、春にはムースの成獣もしばしば殺す。この観点からすると、1頭のグリズリーは何頭ものアメリカクロクマに匹敵する。 とはいっても、クマのすべてが同じというわけではない。クマの中にはムー スの成獣と仔双方の捕食に特化するものもいるように思える。捕食傾向が強 いのは、通常オスグマである。
 グリズリーがあまりいないアラスカの一定の地域では、アメリカクロクマ がムースの仔の主要な捕食者となる。これらの地域では、アメリカクロクマは生まれたムースの仔全体の約40%を捕食している。大半の捕食はオスグマによるものである。
 生態学者は、クマ(アメリカクロクマ、グリズリー、または双方)の個体数を大幅に削減すれば、ムース猟の獲物の数の増加がもたらされるのではないかと予測している。例えば、ムースがオオカミとだけ共存しているカナダや北部諸州の地域では、天候や生息域の変動下でも、ムースはしばしば高い 生息密度を保っている(例えばIsle Royale)。
 1950年代以来、アラスカ内陸部におけるグリズリーの個体数はおそらく増加している。これは古手の猟師や地域住民や山小屋所有者や先住民の長老のたまさかの観察に基づくもので、彼らは一様に、グリズリーの個体数は増えていると言っている。これは最新の研究を裏付けるものである。例えば、ユーコン平原では、グリズリーは最近ではムースの仔の主な捕食者となっているし、地域の住民にごく普通に目撃されているが、20〜30年前まではグリズ リーを見ることなどめったになかったのである。 アンカレッジとフェアバンクス地区には、オオカミやクマはあまりおらず、 ムースは多い。
 以前から信じられていた以上に、グリズリーの個体群は捕獲に対する抵抗力があるように見える。過去10年間、いくつかの主要な猟区(例えばネルチ ーナ盆地の13号狩猟区)で、アラスカ狩猟局はグリズリーの個体数を削減するために、捕獲制限の緩和や猟期の延長などの計画的な努力を行ってきた。 ハンターが捕獲するクマの数は増えているのに、現状では、この新たな調整はグリズリーの個体数に目立った影響を及ぼしていない。
オオカミはきわめて適応力が高いと考えられ、個体数が減っても数年で回復する。アラスカにおいて前世紀を通じてかなり激しい猟と罠猟が行われたにもかかわらず、オオカミはアラスカの主要部における古くからの生息域のほぼ全域にわたって存在している。
歴史的にはオオカミの個体数は大幅に押さ え込まれてきた。ほぼ1910年から1925年の間、それに1950年代、特にアラスカ内陸部においてオオカミはまれだった。1910年から1925年を通じて、オオ カミはそりイヌによって持ち込まれた病気と広範囲に撒かれた毒薬によって屈服したと思われる。1950年代を通じては、捕食者調整を行う連邦職員が、 毒殺と航空機による射殺によってオオカミを減らした。1960年ごろに州による管理が始まってから、オオカミは豊富となり、アラスカのもともとの生息域のすべてに存在するにいたっている。(アンカレッジとフェアバンクス、 西セワード半島を除く)。
オオカミは家族で大きな群を作って生活する社会的な動物である。通常はパックでうまく子供を生むのは1頭のメスだけである。だが、パックの中の雌雄の関係に応じて、1年に1パックで複数の出産が起ることもある。パックに生まれた仔の大部分は、少なくとも1年間はパックにとどまるが、3歳になった とき、事実上全部が、生まれたパックから散ってしまう。20頭以上からなる 大きなパックは、食べ物が豊富で仔が多く生き残る地域で生じる。北米におけるオオカミの個体群は、年を追うごとに減ったりはしておらず、毎年の捕獲や、20〜40%の自然死亡率に、普通に耐えている。高い再生産率、高い死亡率と、遠距離の分散行動とは、オオカミの個体群とパックに、豊富な遺伝子流動をもたらしている。
アラスカと他の地域において、仮にオオカミが狩や罠猟をされなければ、最大の死亡原因は種内攻撃によるものだろう。(他のオオカミと戦う)。罠猟 が行われているオオカミの個体群においては、罠猟が行われていない個体群 においてよりも、自然死亡率はしばしば低い。
アラスカの海岸部においては、キツネの狂犬病は風土病である。オオカミは 周期的に狂犬病で低水準まで減る。 低密度動的均衡が存在する地域におけるムースの管理の実際的な状況 通常、捕食者による調整がない場合、ハンターは毎年、低密度のムースの個 体群の5%を狩ることができる。――獲物のほとんどすべてはオスでなければ ならない。さもないと個体群は減少する。
LDDEが生態学的な問題を引き起こしているというのではない。――ムー スは絶滅の恐れがあるわけでも、絶滅の淵に立っているわけでも、捕食圧で 絶滅するわけでもない。 LDDEが大きな地域に広がっているからといって、管理の問題が常に生じ るわけでもない。アラスカ内陸部は人口希薄でムースの個体群への接近手段は通常乏しい。このことは多くの地域ではいずれにしても狩猟圧は比較的軽 いということを意味する。 LDDEは集落の周辺、あるいは、道路網に近くてアラスカの人たちの主要 な猟場になっている地域において、管理問題の原因になる。こういった地域 では、人々は生態系が養いうる以上のムースの捕獲を必要とし、求める。ア ラスカ、特に地方では、食料源及び収入源として、ムースは有用なのだ。 (ハンターのガイドと輸送参照)。
人々がしばしば捕食者の調整を要望するのは、だからなのだ。 ムースの捕獲を増やしたいという要望のあるいくつかの地域で、クマによる捕食を減らすことで、ムースの捕獲を増やすことは可能だろう。比較的新しい考えかただし、アラスカにおいてまだ充分に試されていないし、それに、 この種の計画は実験としてみる必要があるにしても、この考え方には理がある。

WolfNetworkJapan MLより
戻る