米国司法省は、コロンビアのアレバロ・ウリベ大統領のワシントン到着にあわせて、コロンビア準軍組織の中心人物カルロス・カスタニョを、麻薬取引の罪で、逮捕し身柄を引き渡すよう要請した。米国政府が、この身柄引き渡し請求と、ブッシュとウリベ両大統領の間の「対テロリズム」儀礼会合を、米国政府とコロンビア政府はともに、コロンビアの左派ゲリラだけでなく、右派準軍組織とも闘っているということを示す証拠として利用しようとしていることは疑いない。この身振りが宣伝目的であることは明らかであるが、それほど明白でないのは、カスタニョが、身柄引き渡し請求に協力し、米国で裁判を受ける意思があると発表したことの理由である。ブッシュ政権が、コロンビアの悪名高き殺人部隊の指導者と、ファウスト博士風の取引を行ったのではないかというのが一つのありうる説明である。
コロンビア軍の元偵察兵であり、麻薬王パブロ・エスコバルと関係を持っていたカスタニョは、1994年、兄のフィデル・カスタニョが失踪してから、コロンビア最大の準軍組織コルドバ・ウラバ自衛軍(ACCU)の統制権を手にした。ACCUをはじめとするコロンビア各地の準軍組織は、米国を後ろ盾とするコロンビア軍と密接な協力関係を保って活動を行った。コロンビア軍は、準軍組織に対して、情報や武器、移動手段を日常的に提供していた。これにより、準軍組織は、労働組合指導者やコミュニティ・オーガナイザー、人権活動家などを含む、「ゲリラへのシンパ」との疑いをかけたものを、効率的に標的とすることができた。麻薬商人や裕福な土地所有者、そして、ビジネス界からの資金を得て、コロンビアの準軍組織は、1990年代に劇的な成長を遂げた。1990年代初頭に850名と推定された準軍組織の兵士は、今日、12000人へと膨れ上がっている。1997年、カスタニョは、各地の準軍組織を、全国組織であるコロンビア自衛軍連合(AUC)へと組織化した。
AUCの兵士たちは、村々に侵入し、住民を村の広場に狩りだして、地方の住民たちに、日常的に恐怖を植え付けた。準軍組織は、広場に連れ出した人々のうち、一握りを、山刀やチェーンソーで斬りつけて、残虐に殺害したのである。それから、住民にその土地を立ち去るよう命じた。このようにして地方の住民を強制的に移送させることにより、準軍組織は、ゲリラに対する地方住民の支持を根絶できると期待したのである。このようにして放棄された農地を、大規模土地所有者や、石油・石炭・天然ガス資源目当ての多国籍企業が乗っ取ったため、この戦略により、既に極めて不公平だった肥沃な土地の配分をさらに悪化させた。この15年のあいだに、250万人以上の地方部のコロンビア人たちが、内戦で家を追われた。その多くは、コロンビアの多くの都市で急速に増大している、貧民窟へと流れ込んだ。
けれども、ここ数年、カスタニョは、準軍組織のイメージに対して意識するようになってきた。普段は表に姿を現さないカスタニョは、最近、米国及びコロンビアの記者に対しいくつかのインタビューに応えた。そして、政治的正当性を得るための試みとして、準軍組織は、一気に大規模な虐殺を行うかわりに、長期にわたって、一度に1、2名の犠牲者を、選択的に暗殺するという手段を採用するようになった。虐殺は、3人以上の人々が一度に同じ場所で同じ理由により殺害されることと定義されるので、この戦略を採用することにより、コロンビアにおける虐殺のうち、準軍組織殺人部隊によるものとされる虐殺の比率が減ることになるのである。また、報道機関は、しばしば大量殺害だけがニュースバリューを持つものと考えるので、否定的ニュースの報道回数が経ることも意味する。
自らの個人的イメージを浄化するために、カスタニョは2001年6月、AUCの軍事司令官の地位を退いた。兵士たちが日常的に犯す残虐行為から距離を保つためである。カスタニョは、その1年後に、もう一つの宣伝戦略として、地方の準軍組織が犯す麻薬取引や誘拐を全国司令部が統制できないという理由でAUCを解散すると発表するまで、AUCの政治部門の指導者としての地位は確保していた。いずれにせよ、この期間も、彼は、コロンビア最大の地方準軍組織ACCUの司令官の地位にはあり続けたのである。虐殺の数を減らそうとしていること、カスタニョがAUCの軍事司令官を辞任したこと、AUCを解散したことは、すべて、準軍組織指導者カスタニョを合法化する戦略の一部であることは明らかである。
けれども、カスタニョが再生を遂げるまでには、2つの障害が残っている。一つは、コロンビア当局が発した、カスタニョに対する26の逮捕状である。もう一つは、準軍組織が犯している残虐行為に憂慮している人権団体と、米国の一握りの議員たちである。
ウリベが大統領になったことにより、第一の障害は取り除かれることが約束されている。準軍組織を政治的に認定するプロセスは、先週、コロンビア内務相フェルナンド・ロンドニョが、コロンビア議会に対し、現行の法律を改変して、政府が不法武装集団に政治的地位を与えることなしに、和平交渉を行うことができるよう求める法案を提案したことにより開始された。この法案が可決されれば、ウリベ政権は、右派殺人部隊の政治的地位に関する、人権団体や市民団体の反対をすり抜けることができるようになる。おそらく、政府と準軍組織の交渉は、武器を放棄するすべての準軍組織に恩赦を与える結果となるだろう。そうすれば、直ちに、準軍組織で経験を積んだ兵士たちをコロンビア軍に雇用することで、ウリベは、選挙キャンペーンのときに約束したコロンビア軍の強化を達成できることになる。こうして、結局のところ、反対派に対する汚い戦争を、元準軍組織は続けることができる。
ウリベが、コロンビアの不法武装グループの一つを武装解除するという名目で、準軍組織の下級兵士たちに恩赦を与えることは、やり遂げることができるだろうが、カスタニョにそうした不処罰を与えることについては、国際的な人権団体や米国議会が黙っていないであろう。そうした背景で、先週、カスタニョに対する身柄引き渡し要請が発行され、カスタニョ自ら米国当局に投降する意思を表明したのである。これまでも、カスタニョは、米国司法当局との間で、コロンビア麻薬商人の逮捕に協力する意思があるとして、予備交渉を行ってきた。その結果、米国麻薬取締局(DEA)の指令系統のどこかで、カスタニョに証拠を提出させる取引が合意された可能性も考え得る。コロンビアの麻薬取引に関する貴重な情報をDEAに提供するかわりに、カスタニョ自身が不処罰扱いとされるか、あるいは、取るに足らない禁固刑を受けるかするというものである。
こうした取引は、関連するものたちにとっては両得である。むろん、コロンビアの人々にとってはまったくそうではないが。カスタニョは米国で「裁き」を受け、麻薬に対する戦争の英雄扱いすら受けるかも知れない。米国政府と話をつけたあとでは、ウリベ政権が提供する恩赦の恩恵を受けることができるだろう。そして、新たに合法化されたカスタニョは、コロンビアの政治シーンに登場することができる。DEAの側といえば、これまでで最大の麻薬取引を抑えることができることにご満悦状態になれるだろう。とはいえ、その麻薬商人たちは、カスタニョとは緊密な関係にない準軍組織の対抗ファクションからなるものに過ぎないだろうが。そしれ、ウリベは、準軍組織の解散を平和への歩みとして示し、コロンビアの暴力に責任を負うのはゲリラであると指さすことができるようになる。そして、地方のコロンビア人たちは、合法化される汚い戦争の犠牲者であり続けるのである。
ブッシュ政権は、カスタニョと、こうしたファウスト風取引を行っているのだろうか?歴史を見ると、ありそうなことである。こうした取引は、ケネディ政権が、キューバからの亡命者のグループを、カストロ政権転覆のために、武装し訓練したことを比べて、さらにひどい考えというわけではない。また、レーガン政権が、米国の法律をあからさまに破って、イランに武器を売却し、それを使ってニカラグアでCIAが反革命テロリストを訓練する資金としたことと比べて、より想像しがたいわけでもない。また、ブッシュ父が、一人の麻薬商人容疑者を逮捕すると称してパナマを侵略し、4000人もの一般市民を殺害したことより馬鹿げているわけでもない。そして、ブッシュ現政権が、カシミールのテロリストを支持するパキスタンの軍事独裁政権と友好関係を保って、「対テロ戦争」をやってのけることができるならば、コロンビア最悪の人権侵害者を合法化する支援を米国政府は行えないなどと、誰も言うことはできないだろう。