コロンビアの「エルサルバドル」化?

2000年1月17日
ギャリー・M・リーチ
コロンビア・ジャーナル
1970年代に民衆組織が発達し社会改革の機運が高まったエルサルバドルでは、それに対応して米国の支援を受けた右派がテロを伴う弾圧を強化した。1980年2月、カーター大統領にエルサルバドル軍政への支援を止めるよう求める手紙を書いたエルサルバドルのオスカル・ロメロ大司教が、数週間後暗殺される。それ以降、反政府ゲリラと政府軍との内戦が激化。十数年続いた内戦で、人口500万人のエルサルバドルで死者7万人、内外への難民は10万人に達した。両者は92年1月に和平を達成。

この間、米国の支援を受けたホンジュラスとエルサルバドル軍が共同で行った1980年5月14日のリオスンプル虐殺(600人もが殺され、子供はなたで切り刻まれ女性は拷問され水に投げ込まれた:その後何日にもわたり、川から人体の切れ端が見つかったという)、米国の訓練を受けたエリート部隊であるアトラカトル大隊による1981年12月のエル・モソテ村虐殺(1000人以上の市民が殺害され、写真とともに米国でも報道されたが、レーガンとそれに追随するマスコミはそれをデマと主張した)、同じくアトラカトル大隊による1989年11月の6人のイエズス会司祭殺害(その料理人と娘も殺害された)を始め、大規模な虐殺、悪魔的な拷問や強姦を伴う殺害が頻発した。

米国の訓練を受けた対ゲリラエリート部隊が、マルクス主義者ゲリラと戦うために、米国製のヘリで定期的に地方に送り込まれる。米国諜報を提供され、米国の軍事アドバイザの指示を受け、この対ゲリラ部隊は、右派準軍組織の「死の部隊」と密接な関係を持ち、地方の農民層を恐怖に陥れるテロ活動を行っている。ワシントンでは、この内戦に対する米国の関与を増大させるかどうか、そして人権侵害について劣悪な記録をもつこのラテンアメリカの軍隊に米国の援助を提供するかどうかについて、議会が論争を行っている。あたかも1980年代のエルサルバドルをめぐるこのような事態が、まさに、2000年のコロンビアで起きているのである。

2000年1月に入ってすぐ、クリントン大統領は、ロナルド・レーガンのまねをしたかのように、コロンビアでの「麻薬戦争」のために13億ドルの援助を行うと発表した。クリントンの提案が議会を通過すると、コロンビアは、レーガン政権下でエルサルバドルだ1980年代に受けていた軍事援助に匹敵する援助を受けることになる。これら二つの政権の基本的な政策の相違は、大規模な軍事援助の正当化に使われる理由付けにあるだけである。レーガン政権は、エルサルバドル政府に対する支援を正当化する理由として、「国際共産主義の陰謀が米国の利益を脅かしている」という昔の冷戦プロットを用いた。一方、クリントン政権は、アカの脅威ではなく、「白の脅威」、すなわちコカインが、米国が恐れるものであると述べている。

クリントン政権は、コロンビアでの対立は、麻薬取引を中心として起きているものだという長年にわたる米国の立場を維持し続けた。それにより、コロンビアでは、ゲリラが、1970年代にコカイン・ブームが起こるよりはるか前から、抑圧的なコロンビア政府に対する戦いを開始していたことが曖昧にされている。コカイン生産による大規模な利益は、この対立に新たな様相を付け加えると同時に、対立を米国の路上にも持ち込んだのである。コロンビアでは、対立に関わるすべてのグループが、ゲリラも、準軍組織も、コロンビア軍も、麻薬取引に関与し、そこから利益を得ている。

ワシントンが、自らが戦っている相手であると称するまさにその麻薬商人たちと同盟関係にあることをごまかすために、クリントン政権は、ゲリラを「麻薬テロリスト」と呼び続け、麻薬取引の中心にいるとしている。この戦略により、政府にとって必要な、米国市民が安直に消費できる単純化が達成できる。その結果、ゲリラこそが米国の敵であるというイメージを速やかに作ることができ、麻薬戦争と内戦との区別をなくすことになるのである。一方、米国市民に向かって公には、米政府は、単に麻薬戦争を戦っているだけであると述べ、コロンビア内戦には関与しないと述べている。

何もしない米国の主流メディアは、政府発表をそのままオウムのように繰り返すことにより、現実の歪曲に手を貸し、米国政府を支援している。ニュースのネットワークや主流印刷メディアがしかるべき調査を伴う報道をおこなうことは希であり、多くの場合、ホワイトハウスや国務省の発表に依存する。その結果、出来事そのものではなく、政府が言うことがニュースになるのである。

クリントンが提案した援助パッケージが、数ヶ月前に開催された米州機構(OAS)総会において米国が提案した、ほとんど報告されなかった提案のすぐ後にくっついて来たのは偶然ではない。このときの米国提案は、米州機構に加盟する国の「民主主義」が脅かされるとき、それが国内的な問題であっても介入できるような、地域軍事介入部隊の設置を提案するものであった。ラテンアメリカ諸国が、地域、特にコロンビアへの、米国の介入増大を恐れて、この米国提案に反対票を投じたのは言うまでもない。

OAS総会の前に、米国防衛情報局と「ドラッグ・ツァー」バリー・マッカフレイは、対立でコロンビアの「民主主義」が深刻な危機にあり、政府軍は5年のうちに敗北する可能性があると述べていた。OASにおける提案が却下されたため、米国は、コロンビア政府を維持するために別の方法を探さなくてはならなかった。その結果が、新たな援助パッケージにおける援助の大規模な増大というわけである。

クリントン政権は、援助対象であるコロンビア軍が、西半球で最悪の人権侵害者であると国際的な人権団体が毎年繰り返し述べているという事実を矮小化した。コロンビア軍は準軍組織と密接な関係を保っている。準軍組織の多くは、麻薬商人たちが、膨大な富と経済利害を守るために作りだされたものである。「新世界秩序」を受動的に受け入れるボゴタの有効的な政府のほうが、米国にとっては、カストロやサンディニスタのように米国のラテンアメリカにおける覇権に対する脅威となりかねないマルクス主義者ゲリラによる政府よりもはるかに好ましいのである。

レーガン政権は、エルサルバドル政府への支援を正当化するために、エルサルバドルのゲリラは、マナグア・ハバナそしてモスクワの傀儡にすぎないと主張し、内戦の根底にある、エルサルバドルの政治的・社会的・経済的要因を無視した。それと同様に、クリントン政権は、コロンビアのゲリラを麻薬商売による利潤を追求しているだけであるように見せかけ、そもそも農民たちが武器を手にして立ち上がる原因となった、コロンビア社会において広く蔓延する社会不正義と不平等を無視している。

米国の市民の注意を振り向けるために便利な悪として、共産主義のかわりに麻薬が用いられることになった。けれども、麻薬に対する戦争の主要な敵をゲリラとすることにより、米国は必然的にコロンビア内戦に入り込んでいる。援助パッケージ提案時の発言で、クリントンは、「それにより、コロンビアの、主に南部における、麻薬禁止と根絶の能力が向上する」と述べている。クリントンが言わなかったのは、コロンビア南部というのが、まさにゲリラ統制下にある地域であり、ゲリラとコロンビア軍とが対立している中心的な地域であることである。

その結果、クリントン政権は、麻薬戦争ではなく、内戦を戦うことを主要な使命とするコロンビア軍を支援していることになる。クリントンが提案した援助パッケージは、1980年代のエルサルバドルでと同じように、右派死の部隊と親密な同盟を結んでいる抑圧的な軍隊への支援を増大させることになる。その結果としてもたらされるのは、エルサルバドルでと同様、暴力の増大だけであり、その主要な犠牲者となるのは、一般市民なのである。

  益岡賢 2002年3月22日

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