イラクをめぐる問題

ノーム・チョムスキー
2007年7月28日
ZNet 原文


以下はチョムスキーの新著INTERVENTIONSCity Light Books)からの抜粋である。

Noam Chomsky, INTERVENTIONS. 234 pages, July 2007, $15.95.
City Lights Books / Open Media Series
ISBN-13: 978-0-87286483-2
Forwad by Peter Hart
Editor's note by Greg Ruggiero

イラクをめぐる問題
2007年1月30日

西側では、イラクに関する最も重要な情報のいくつかが無視されるか語られずにいる。それらを考慮しない限り、イラクにおける米国の政策をめぐる提案は、どんなものであれ、道徳的に、あるいは戦略的に、健全なものとはならないだろう。

たとえば、占領に苦しめられているイラクの地からもたらされる最近のニュースの中で最も知られていないものの一つは、状況を理解するために最も役立つものの一つでもある。それはバグダードとアンバル、ナジャフで行われた、米軍のイラク侵略とそれがもたらした帰結に関する調査である。「イラク人の約90%が、イラクの状況は現在よりも米軍主導の侵略が行われる前のほうが良かったと感じている」とUPI通信は調査について報じている。この調査は2006年11月にバグダードに本部を置くイラク研究戦略調査センターが行なったものである。レバノンのベイルートで発刊されているデイリー・スター紙は、「回答者の半数近くが、米軍主導の兵士を即時撤退させることを望んでいる」と報じている。また20%は、段階的撤退を即座に開始することを望んでいる(米国国務省がイラクで行なった世論調査も、やはり無視されたが、バグダード住民の3分の2が即時撤退を望んでいるという結果を示している)。

けれども、一般に、政策立案者たちは、人々の見解----それがイラク人のものであれアメリカ合州国人のものであれ、他の地域の人々のものであれ---- を考慮するに値するとは考えていない。ただし、それが自分たちの選択を本当に邪魔する場合を除いて。このことは、政策立案者たちとその従者たちが民主主義をどれだけ深く軽蔑しているか示している。民主主義を愛し、民主主義を広めるための救世主的使命を自分たちは負っているという高尚なレトリックの洪水がもたらすお馴染みの状況である。

米国の世論調査は、過半数の人々が戦争に反対していることを示しているが、これらの人々が注目されることはあまりなく、政策立案者に、さらに言えば政策を批判する人たちにさえ、これらの声が聞き届けられることもほとんどない。最近最も注目を浴びた批判的見解は、ベーカー=ハミルトン・イラク研究グループが出した報告書である。この報告書は、ジョージ・W・ブッシュ政権----直ちにこの報告書を忘却の彼方に追いやった----の政策に対する貴重な批判的修正案として広く賞賛された。この報告書で目につく大きな特徴の一つは、イラクの人々の意志をまったく考慮していないことである。報告書はイラク人の気持ちを示す世論調査の一部を引用しているが、それもただ単に米軍兵士の安全に関わる部分でだけである。報告書は、政策はイラク人の利益ではなく、また同様に無視されているアメリカ合州国人の利益にでもなく、米国政府の利益にかなうようにたてられるべきであるという暗黙の前提に基づいている。

この報告書は、米国政府の利益については何ら検討していないし、米国がイラクを侵略した理由も、米国が主権を有するそれなりに民主的なイラクを恐れている理由も検討していない。とはいえその答えを見つけるのは難しくはない。イラク侵略の真の理由が、イラクが世界第二の石油埋蔵量を誇り、その採掘も極めて安価に行うことができ、世界の主要な炭化水素燃料資源の中枢を担う国であるという事実にあることは確かである。問題は石油を入手できるかどうかではなく石油を支配することにある(エネルギー企業にとっては利益も重要な点である)。昨年(2006年)5月にディック・チェイニー副大統領が述べたように、エネルギーを支配すれば、「脅迫や強請の手段が手に入る」ことになる----ただしチェイニーは米国以外が支配すればという文脈で述べていたが。

イラクのエネルギー資源を企業(基本的に米英の企業を指す)が支配すべきであるという予想通りの勧告は、この研究で巧妙に見えにくくされている。この研究が用いている微妙な言葉遣いを使えば、「アメリカ合州国はイラク指導者たちが国営石油産業を私企業に改組する手助けをすべきである。効率と透明性、説明責任を高めるために」となる。

イラク研究グループは、こうした面倒な問題の議論を一貫して避けたがっていたため、イラク侵略が引き起こした破滅を前に米国の政策における選択肢の現実に直面できていない。

ベーカー=ハミルトン報告の焦点は、米軍のイラク撤退である。より厳密に言うと、米軍を直接の戦闘行為から撤退させることである。ただし、勧告には多くの留保と抜け道が設けられている。報告書は、米国はイラクに恒久的軍事駐留を行う意図はないと発表すべきであると大統領に勧告する短い文言があるが、軍事基地建設の中止を求めてはいないため、イラクの人々が報告書の文言をまじめに受け取る可能性はあまりない。

報告書は、現代的な軍隊の屋台骨である兵站は米国の支配下にとどめるべきであると(省略によって)仮定しているようであり、また、「部隊の防衛」----イラク人部隊の中にいる米軍戦闘部隊も含めて----のために戦闘部隊は留まるべきだと仮定しているようである。検討対象となっている国イラクでは、それらの部隊----例えば部隊の兵士----を標的とするのは正当なことであると考える人々が人口の60%におよび、部隊が実際に駐留されているアラブ系イラク人の多い地域ではその数はさらに多いにもかかわらずである。

また、米軍が当然のことながら制空権を完全に握り、したがってインドシナ戦争の後半に地上兵士が撤退する中で米軍が用いた戦略に訴える可能性が高いという事実についても何一つ議論されていない。この不吉な可能性については、著名なカンボジア専門家の二人、テイラー・オーウェンとベン・キエルナン(イェール大学のジェノサイド研究プロジェクトのリーダー)が2006年10月に発表した「カンボジア爆撃」(Walrus, Canada)という報告で議論されている。南ベトナムにおける米軍地上兵力の削減が、とりわけ北部ラオスとカンボジアに向けた残忍な爆撃の激化を伴っていたことはよく知られている。けれども、彼らはその規模とそれがもたらした帰結について、驚くべき情報を新たに紹介している。新たなデータが明らかにしたところでは、カンボジア爆撃はこれまでに報じられていた、それでさえ信じがたい程大規模な爆撃の5倍の規模だったと言う。これは、カンボジアの地方部に加えられた爆撃の量は、第二次世界大戦で連合軍が加えた全爆撃量よりも多いということを意味する。著者たちの言葉を引用すると、「それによってカンボジアでは民間人の犠牲者が増えたため、米軍が爆撃を開始するまではあまり支持されていなかったゲリラ部隊にますます多くの人々が参画することになり、それを通して赤色クメールが急激に力を伸ばした。それが結局はカンボジア大虐殺につながることになる」。ニクソンが出した爆撃命令はヘンリー・キッシンジャーを通して「飛ぶものは何でも、そして動くものはすべて」という言葉で伝えられた。どの国家の記録資料を探したとしても、これほどあからさまなジェノサイドの提唱を見つけることは難しいだろう。キッシンジャーの命令はニューヨーク・タイムズ紙で言及されている(Elizabeth Becker, "Kissinger Tapes Describe Crises, War and Stark Photos of Abuse," 2004年5月27日)が、何らかの反応を呼び起こした形跡は見られない。新たに明らかにされた恐ろしい事態に対しても沈黙が守られている。こうした報道に対して何一つ反応がなかったことは、赤色クメールによる虐殺が進められていたときに、私利私欲そして権力に奉仕するために、何一つ対策については語らずに、人々の苦しみを揚々と利用していた西洋の識者たちが本当のところはカンボジアの人々のことなどまったく意に介していなかったことをはっきり示す証拠となっている。こうした態度は、基本的に米国が行なっており、したがって止める決断さえすれば止めることもできる同じような虐殺を前にこれらの人々が示した態度と鋭い対比をなしている [1]。

これらの最近の前例を考えるならば、オーウェン=キエルナンがイラクで起きるかも知れない事態について示した憂慮を簡単にあしらうわけにはいかない。

米軍がイラクから撤退すれば全面的な内戦となりイラクが荒廃するのではないかと恐れる人々もいる。撤退後に何が起きるかについて私たちは勝手に考えをめぐらすことができるが、いずれも米国の諜報と同じように情報不足で怪しげなものになるだろう。けれども、私たちの判断は問題ではない。重要なのは、イラク人がどう考えているかである。もっと正確に言えばイラク人がどう考えているかが本来、考慮されるべきことである。

これまでなされてきた世論調査が一貫して示している結果が不十分だというならば、撤退をめぐる問題を国民投票に任せればよい。占領軍やその雇われイラク人による特定の投票への強要を抑えるために、国際的な監視のもとでそれを行えばよい。

現在、ベーカー=ハミルトン報告の勧告は逆に(そしてイラク人と米国人に対する世論調査とは逆に)、米国政府の計画は、さらなる兵士をイラクに「注ぎ込む」ことである。軍事評論家や中東専門家の中で、そうした戦略が成功すると考えている人はほとんどいないが、提起すべき問題は米国の侵略攻撃が目的を達成するかどうかということだけであると考えるのでなければ、それは重要な問題ではない。中東地域の最重要資源を支配したいという、米国がずっと以前から抱いていた外国政策目標の力を過小評価すべきではないだろう。占領勢力がイラクに真の主権国家が誕生することを容易に認めることはないだろうし、また、占領勢力も金利諸国もイラクの荒廃やその後に地域を待ち受ける戦争を認めはしないだろう。



[1] 知識人の歴史におけるこの卑劣なエピソードおよびこれに類する多くの事例の検討としては、Edward Herman and Noam Chomsky, Manufacturing Consent( 1988, updated 2002)およびそこで引用されている情報源、とりわけ同じ著者による Political Economy of Human Rights, two volumes (1979)を参照のこと。


ファルージャ2004年4月との同時掲載です。

■ 玉木英子さん「イラク戦場の映像上映と報告会」

日時:8月13日(月)19時〜21時 (開場18時半) 会場:東京体育館第一会議室

■辺野古事情

基地建設阻止 おおかな通信をご覧下さい。ゴムボート購入カンパのお願いが出ています。
 振込先:郵便振替口座 01700−7−6614
 加入者名  ヘリ基地反対協議会
 ※必ず「通信欄」に「ゴムボート代」と明記してください。

また、やんばる東村 高江の現状もご覧下さい>。

■ PEACE DAY 2007

日時:2007年9月15日(土)11:00〜17:00 場所:芝公園4号地(JR「浜松町」徒歩12分
   地下鉄三田線「御成門」徒歩2分
   地下鉄大江戸線「赤羽橋」徒歩2分)

■ ヨルダン渓谷とJICAのプロジェクト

月刊誌『論座』(すごい名前やね)にジャーナリスト土井敏邦さんの記事が掲載されています。「我々の血税はパレスチナ和平に役立っているのか」という編集部が付けた挑発的なタイトル。土井さんの丁寧な取材と文章を、ぜひご覧下さい。

■ デモクラシー・ナウ!ジャパン

すでに何度か紹介していますが、デモクラシー・ナウ!ジャパンの内容がますます充実してきました。ぜひご覧下さい(私のブラウザでは、映像をクリックすると、必ず「この安全でなさそうなファイルをダウンロードしますか?」とのメッセージが出て笑ってしまいます)。

河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会ブログ

立ち上がったようです。ご覧下さい(こればっかり)。

■ シンポジウム「ここまでわかった!日本軍「慰安婦」制度」

日時:8月11日(土)13:30〜16:30
場所:幼きイエス会(ニコラバレ)9F
  東京都千代田区六番町14−4
参加費:1000円
共催:アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」
   日本の戦争責任資料センター

■ neoneo坐8月15日映画上映

東京の神田小川町にあるneoneo坐で、8月15日、『流血の記録 砂川』『基地はいらない、どこにも』が上映されます。詳しくは、neoneo坐HPをご覧下さい。
益岡賢 2007年8月10日

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