ここで紹介する記事は2003年2月の古いものですが、小泉政権が自衛隊をイラクに派遣しようとしている現在、その不当さと犯罪性を改めて見直すために、少しイラク侵略についてたどり直そうとの意図で紹介するものです。ウィリアム・ブルムは『アメリカの国家犯罪全書』(作品社)の著者。1967年に米国国務省を辞任して以来、静かにねばり強く米国の外交政策の問題を暴いてきた人です。
いずれがより驚くべきことだろうか。米国が世界に向けて主権国家を侵略し政府を転覆する決意---しかも、標的が米国を攻撃したわけでも攻撃すると威嚇したわけでもないのに---を公言することができるという事実か?あるいは、一年にわたって世界はこの超大国の真の意図を理解しようと努めてきたという事実か?
むろん、イラクの人々を独裁から「解放」して、民主主義や自由といった米国の学校教科書向けの永遠の喜びを全て授けることが動機であるというワシントンが述べた言葉をそのまま受け入れている人々もいる。この一世紀間そんな動機など米国の外交政策にはほとんど全く存在していなかったという綿密に記録された事実及び繰り返しもたらされた全く逆の帰結に照らして考えるならば、頭を使わない人々の心をつかもうとするワシントンのこの試みは侵略の理由として却下できる。イラクが差し迫った軍事的脅威であると我々に警告するような奇妙な試みも却下できる。
ここでは、帝国マフィアがイラクに対して心臓の鼓動を早める理由のいくつかであり、反戦の観点を論じるにあたって有用かも知れない点を述べる。
アメリカ帝国の拡張:ペンタゴンの目録にさらなる軍事基地と通信傍受基地を付け加え、中東の他の地域を監視し統制し脅迫するにより適した司令ポストを設置すること。
理想主義:帝国マフィアの原理主義者たちは世界をアメリカのイメージに従って作り直している。それは、自由企業、アメリカの高校教科書からそのまま取り出したような政治体制、ユダヤ−キリスト教を中心要素とするものである。マフィアたちは、米国の道徳的権威が軍事力と同じくらい絶対的で議論の余地のないものだと考えている。レーガン政権時代の官僚で現在アメリカン・エンタープライズ研究所(イラク攻撃の太鼓を先頭を切って叩いている組織の一つ)に努めるマイケル・レディーンは、次のように言っている:「「もし我々が自らの世界観を広めそれに完全に身を任せ、賢くなろうとも問題に対する賢しい外交的解決を紡ぎだそうともせず、独裁者に対する全面戦争を仕掛けるならば、我々は非常に首尾良くやれると思う。そうすれば、これから何年も、我々の子供たちは、我々についての偉大な歌を歌い続けるだろう」。
石油:イラクの大規模な石油埋蔵を完全に制圧すること。両隣には、サウジとイランの石油が身を守るすべなく順番を待っている。石油輸出国機構(OPEC)はワシントンからの独立を剥奪され、イラクが行なったように、公式通貨をドルからユーロに切り替えようなどとは今後しなくなるだろう。石油に依存する欧州は、今度ワシントンの政策に反対しようとするときは熟慮することになるだろう。対抗する超大勢力としてのEUの出現は減速するかも知れない。
グローバル化:土地と人々、組織の治安がそれなりに保たれるようになったら、超大特価であらゆるものを私営化しようとするイラクに多国籍企業が続々と参入し、その直後にIMF、世銀、世界貿易機関をはじめとする国際金融強請屋が続くだろう。
兵器産業:米国が行う終わりなき戦争の一つ一つに見られるように、軍事産業が法外な利益をかき集め、それから気前よく政治献金を手渡し、ワシントンの指導者たちに次の戦争を考えさせることになる。一つ一つの戦争が、また、新兵器の試験を行い、破壊したばかりの国の再建契約を手にする機会である。さらなる特典として、ペンタゴンの官僚たちには、引退後、まさにこれらの兵器産業のポストが待っている。
イスラエル:ブッシュを戦争に駆り立てている者たちの中には、以前から好戦的なまでにイスラエルを支援してきた者たちがいる。リチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、ダグラス・フェイスなどである。これらの面々は、アメリカの強力なイスラエル・ロビーとともに、何年も前からイラク攻撃を提唱してきた。イスラエルは、アメリカの戦争準備に決定的な役割を果たしていたのである。宿敵イラクを取り除くことに加え、戦争後、イスラエルはパレスチナ問題に最終解決を実行する機会を手にするかも知れない---パレスチナ人をヨルダンや(「解放された」)イラク、そして中東で拡大した米国の派遣が許すどこにでも移送するのである。同時に、イラクの豊富な水を乾いたイスラエルに取り込み、イラクからイスラエルへの古い石油パイプラインを一新することもできる。
日本では、選挙が近づいている。自民党が勝てば、日本の軍事化、抑圧的制度の強化はますます進むことになるだろう。米国の「ATM」たる日本は、米国の戦争に反対する代わりに、金だけでなく人をも提供することでATMでないことを示そうという倒錯した行動に出ることになるだろう。それは、イヤ。
私たちは、イラクで何の理由もなしに大国の暴力によって虐殺された人々に、女性や子供に、そして劣化ウランの汚染により癌を患い死んでいった人々に、障害を持って生まれてきた赤ちゃんに、わずかな思いをめぐらせる想像力も意志も無くして、いち早くイラク侵略に賛同を表明し米国の詭弁をオウムのように繰り返す小泉と自民党とを再び選び出すのだろうか。「日雇い労働者」を使い捨てのように使って殺し、死体を遺棄するような社会をなし崩し的に助長することに荷担するのだろうか。「何をやってもいい、仕事があるだけ幸せなんだ」。社会的な配慮も連帯も捨て去ってこのように言い切ってしまうこと自体が、恣意的な人の使い棄てを促す悪循環を作り出す中、世界と社会と見つめるならば漠然とした(本当は明白な)圧迫感と怯えが蔓延する中、それでも下を向いて狭い周囲だけを見ていればまだしばらくは居心地良い幻想にしがみついていられるとむなしく考え、ただ下を向いて、次が自分の番でないことを祈りながら、ひっそりと暮らすのだろうか。
そして、現実から逃げることにも耐えられず、自分の立場をゴマカすために、米国は、「イラクの人々を独裁から「解放」して、民主主義や自由といった米国の学校教科書向けの永遠の喜びを全て授けることが動機であるというワシントンが述べた言葉をそのまま受け入れ」るというところまで転倒してしまうのだろうか。
自分だけに限ってはあと50年は大丈夫だろう、今下を向いて自分の狭い世界に籠もればそれなりに快適だからそうしたい、という感覚は、実のところ私にはかなり強くある。その一方で、世界や社会と最低限接する意志すら喪失して、不当で不法な侵略戦争とそれに荷担する政府に反対の意志すら表明せず、不当な外国人排除や国旗国家の押しつけに、自分は直接害を受ける立場に(今のところ)無いからという理由で指一つ口一つ動かさないのは、「倫理的でない」とかナントカ言う前に、何よりもカッコ悪い、惨めったらしいという思いも強くある。だから、やっぱり、少しだけでも手と口を動かすことにしよう、と思う。ときどきは、強く。21世紀を闇とブッシュ氏の高笑いとブレア氏のテフロン顔と小泉氏の能面で塗りつぶさないためにも。
川口外相は、米国はイラクで劣化ウランを使ったとは言っていない(しかしそれは何も示していない)と述べている。第一次湾岸戦争以来、癌や出生児異常が急増したことについては、1991年の段階で既に英国原子力局が、第一次湾岸戦争で使われた劣化ウランの8パーセントを人々が吸入したとすると、「50万人の死者を生む」可能性があると報じている。これほどの犠牲を、その場しのぎの保身のためにゴマカすことが正当だとは、やはり思えない。水俣病の経験は、何一つ顧慮されないのだろうか。
10月11日早朝のテレビでは「党首討論」で小泉氏が、「チャラビが米国に感謝しているとはっきり言っている」と奇妙な早口で奇妙な文末表現を使って述べていた。他人の話を聞かず一方的にナンセンスを話すいつものやり方で。
チャラビ! 米国のお抱えで、サダムと経歴もタイプもそっくりで、選挙を不正操作し、多数の人権侵害を犯し、公金を略奪し、ヨルダンで銀行詐欺により欠席裁判で有罪判決を受け、保身のために武装民兵を雇い入れ、米国の傀儡として働くことのためだけに米国に据えられた人物。米国の言いなりになるイラク脱走者を手配し、サダム・フセイン政権とアルカイーダという敵対する両者が関係していると全くの嘘を脱走者に述べさせた人物。イラクの人々から忌み嫌われている人物。フセイン像引き倒しの際サクラを提供した人物(ほとんど提供できなかったためにプロパガンダのためのヤラセが露呈した)。45年間イラクの土を踏まず、イラクの人々の生活も苦しみも悲しみも喜びも知らず知りたがりもしなかった人物。今や誰からも相手にされなくなった、やはり米国にとって使い捨ての人物。
イラクでは米国のお抱え以外皆が米軍駐留に強く反対していることを隠すために、米国ではイラク人が米国に感謝していると伝えるヤラセの投書が出回った。虚構が虚構を生む世界。イラク兵器調査団長ディビッド・ケイは大量破壊兵器も発見せず、移動生物兵器製造者の存在も確認せず、1991年以来化学兵器の大規模計画は持っていないと報告している(しかしそんなことは既に十分分かり切っていた)。
欧州が沈黙を破り、キューバのグアンタナモ米軍基地に強制収容されている何の権利も与えられていない人々の苦境に対して、欧州議会議員が批判を開始した。公平な裁判を与えるか、釈放すべしと、欧州出身者も非欧州出身者も対象として。米国の嘘を繰り返して悦に入っている小泉氏やブレア氏とは大分違うようだ。
小泉氏は、劣化ウランの影響で癌になった人々が、クラスター爆弾で焼き殺されたアメリア・シェルターの人々が、そして今回の侵略で殺された1万人にも達しようという民間人とそれよりも数の多いイラク兵士たちが、米国に感謝するかどうかも考えてみたのだろうか。聞いてみたのだろうか。それとも、物理的にそしてプロパガンダ的に、イラクの人々を抹殺し続けるのだろうか(豊田直巳『イラク 爆撃と占領の日々』 岩波書店 を見て欲しい)。
ペルーから身柄引き渡しを求められているアルベルト・フジモリを匿う国らしい無神経さである(そのフジモリ氏は、「私はかならずペルーに戻る」などと帯に書かれた回想録らしきものを出版して意気揚々としている。ブッシュやブレア、キッシンジャー、フジモリ・・・・・・何故、いまだにこれらの人物が、被告席ではないところから言葉を発しているのだろうか)。
こうして、あらゆる事実関係を無視して嘘と偽りの相互引用により虚偽の世界を現実であると強弁する小泉=川口政府は、自衛隊員も「使い捨て」として使おうとしている。
「聖域無き構造改革」のためには「痛みに耐えなくてはならない」。痛み?何ら義の無いイラク侵略に荷担すべく自衛隊を派遣して、自衛隊員がイラクの人々を殺したら、自衛隊員に犠牲者が出たら、劣化ウランの影響で子供に影響が出たら、それらも、小泉氏は「耐えなくてはならない」「痛み」だというのだろうか。誰が、かくも大きな不正と不当を為す権限を、多くの人々の一回だけしかない命と生活をかくも出鱈目な嘘と貪欲な意図のために破壊する権利を、彼に委託したというのだろうか。私は委託した覚えはない。日本国憲法も、そんなことは認めていない。
「解放」とは人々を虐殺し資源を欲しいままに掠奪することを言う言葉だったろうか。「改革」とは日雇い労働者や自衛隊員を「使い捨て」、「何をやってもいい、仕事があれば」と人々に考えさせ、一部の人間が私腹を肥やし利権をむさぼることを意味する言葉だったろうか(いくつかの国立機関の独立法人化では、管理職ポストが増え、国立大学等の法人化でも同じことが見込まれている。天下りポストのなし崩し的増大)。自由化とは一方的掠奪の自由を実現するものだっただろうか。政府とは、憲法と国際法を破壊するためにあるものだったろうか。多くのことが、アベコベになってしまっている。
選挙では、投票して現政権の政策には強く反対だと意志を示したい(実効性を持つためには野党に勝手貰う必要があるが、第一野党が民主党なのは、そして一般に野党も魅力が無いのは辛い)。自衛隊のイラク派遣と憲法改悪に反対する意見広告運動や注意深くお金を使うためにという、(そこそこ)静かにできる行動もある。これも、やっておこう。。。
ここで紹介した記事は2003年2月の古いものですが、小泉政権が自衛隊をイラクに派遣しようとしている現在、その不当さと犯罪性を改めて見直すために、少しイラク侵略についてたどり直そうとの意図で紹介するものです。