わがまま音楽紀行(連載第11回)★韓国編
大阪市職労 宮本雄一郎
ソウルから釜山へ、特急セマウル号
★1 韓国の旅から
秋になって夜の時間が長くなったような気がします。ふと心に浮かんだメロディーをメモ用紙に書きつけて、時間の流れを一時止めてみたりしているこの頃です。芸術の秋ですが、音協会員の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
私は八月末から九月初めにかけて韓国を旅行しました。旅行に行くときはいつもそうなのてすが、今回も往復の飛行機の切符を手に出発しました。大阪からソウルに入り、韓国を縦断して慶州から釜山へ向かう旅です。ハングルを習得しながら、行きあたりばったりで韓国を回るのです。
日頃の行いが悪いせいか、ソウルに到着した八月三十日の夜に台風が襲来しました。街は雨と強風の中です。空港から「地球の歩き方」に出ていた安宿YMCAに電話をかけてみます。泊めてくれるという返事です。バックパックを背負って地下鉄に乗り、宿舎を目指します。
韓国の街はハングルの看板でいっぱいです。地下鉄の車内案内や表示もすべてハングルです。ガイドブックを左手に持ち、覚えたばかりのハングルのメモを右手に持って、自分の行き先を確かめようとしますが、気持ちがあせるのに反比例して現在位置がどこなのか分からなくなります。
隣の男の人にたどたどしい朝鮮語で聞きます。すると、「YMCA? それなら○○○○」と教えてくれます。でも聞き取れません。とにかく○○駅で乗り替える、ということは理解できたので、ウンウンとうなずきます。その人は乗り替え駅まで一緒だったので、駅
に着くと「ここで乗り替えろ」と教えてくれます。そして、ようやく目的の駅に着きます。荷物を背負って地下鉄の階段を上ります。ソウルは真夏の気温です。汗が流れ出て着ているシャツの色が変わります。
「アンニョンハセヨ(こんにちわ)」とYMCAのフロントの人に挨拶します。「こんにちは」と流暢な挨拶がかえってきます。日本語です。緊張がとけます。バックパックを床におろします。韓国に着いてはじめて聞く日本語は、しばらくの間私の耳に余韻として残りました。
★2 パンソリ・独唱
韓国に着いて二日目、ガイドブックと新聞を見て電話をかけ、ライブスケジュールを調べます。そして、ソウルの貞洞劇場へと向かいます。市内にある貞洞劇場は韓国の伝統的な民族芸術を上演する劇場です。雨と風の中、たどりついた劇場はウィークデイのせいか閑散としていました。
韓国伝統のサムルノリという5人組の打楽器の演奏や、パンソリという独唱が次々と披露されます。演しものは、高尚な芸術というよりも民衆レベルの伝統芸という雰囲気です。パンソリが演じられます。女性の独唱です。伴奏は、舞台の隅に座った男性が、ゆったりとしたリズムで打つ太鼓と合いの手だけです。独唱の声の激しさは独特のもので、歌のようでもあり語りのようでもあります。
以前、パンソリを主題とする韓国映画がありました(「西便制_シピョンジェ_風の丘を越えて」と記憶している)が、生でパンソリを聞くのは私にははじめての経験でした。歌は激しいものです。そして抜群にうまいのです。言葉の意味は、舞台の隅の字幕を目で追います。嵐の夜に、胸からほとばしるような激しく切ないパンソリの独唱を聞いていると、ふと現在の日本の歌が頭に浮かびます。
★3 ロック音楽と日本
パンソリから突然話が飛びます。以前から何度か、日本のポピュラー音楽のことを勝手に書いています。日本のポピュラー音楽、特にロック音楽は、いつどのようにして誕生したのか。それは、何が要因なのか。日本語で歌う日本のロック音楽は、誕生から今までどんな風に歩んできたのか。その歌はどのように人々に受け入れられたのか…、などというのが私の関心の向くところです。そして、その底には、世界中で生まれている独自のロック音楽と、それらすべてのロック音楽に共通する特徴への関心があります。
一九六一年の「上を向いて歩こう」のワールドヒットは、日本独自のポピュラー音楽の誕生の記念碑でもありました。そして、六〇年代中頃から日本のロック音楽への胎動がはじまります。ちなみに「日本語はロック音楽に合わない」などという欧米偏重のポピュラー音楽観は、その当時から現在まで続いている根拠のない偏見です。日本のジャズシンガーなどは、今でも日本人の客を相手に英語で歌っています。いったい日本のポピュラー音楽を改革するスターは、いつになったら登場するのでしょうか。
話がそれてしまいました。とにかく日本のロック音楽は、大きな波のうねりのように、自分自身のことば、自分自身の旋律を持って登場しはじめます。六〇年代末です。ジャックスの「からっぽの世界」の登場はその象徴でした。
台風が去って晴れ上がった秋の第一日目、私はソウルを離れて慶州に向かいます。特急セマウル号は秋の気配の山野を走り抜けていきます。それでは、また。
(つづく)
ジャックス、早川義夫
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