電子手紙の送信日付け順・注釈付き一般公開文書館 2001年3月

議論の発端は「某巨大組織」(たいていの人には日本共産党のことと分かる)への批判か

送信日時 : 2001年 3月 8日 木曜日 6:43 PM

件名 :発端は「某巨大組織」への批判か

●開設当初から行方不明 2016.12.22再掲。●

2001.5.22.追記:この投稿は、私が一組合員として加盟している出版労連の個人加盟組合、ネッツの電子手紙広場で、ある言論の自由を主題とする集会に関して、いささか皮肉を飛ばしたところ、ある参加者から、私の投稿を制限する発言が出て、いささか紛糾した際の反論の代表的なものである。

 前振りに、先の宮崎学講演の「党派が政治的な目的で労組を作った」との主旨の一節を、いささか疑問点がありながらも、現状の基本的な問題点を突いていると評価しておきます。この議論もしたいものです。

 もともと、私が出版労連の個人加盟組合、ネッツに加わった理由は、失敗と後退を続けながらも無反省な居直りを続ける「左翼」権力と、無気力な若者の増殖への直接の批判の機会を見逃してはならじ、でしたから、皆さんのいくつかの御意見については、別に驚きません。

 電子手紙広場の運営については、いくつかの裁判例もあり、いずれにしても、誰かが独断で決定できることではありません。多数意見だから従えと言うのなら、政権批判はできなくなります

 私の原潜問題記事に関しては、ネッツでの反応は鈍いのですが、すでに民衆のメディア連絡会で、かなりの意見交換が進んでいます。これから、査問会の情報などが伝わるにつれて、議論を沸騰させたいと願っています。

 鍋島さんが、私の関連集会に関する質問とも皮肉とも付かぬ手紙に敏感に反発された理由は、これまでの経験から、良く分かっています。この問題も、私は、労働組合の原点を確認する議論として、むしろ、挑発的に吹っ掛けているのです。

 鍋島さんが、強く反応された部分と私が思うのは、次ぎの部分です。

「ネッツの1組合員としては、上部団体(とまだ呼ぶのでしょうか。某巨大組織では上下関係の発想を改めると発表したが中身は変わらずと聞き及ぶ混迷の時代ですが)が主催団体となっている集会への参加は、むしろ、その成功のために果たすべき義務(古いですね)かとも心得るのですが、会場参加者の発言の時間はあるのでしょうか」

 この「某巨大組織」が日本共産党のことであることは、たいていの人には分かることです。私は、この電子手紙広場には送っていませんが、かなり前から、労働組合運動と政党の関係について、ホーム頁で連載しています。これは、私に取って、どこかの商業的なプロヴァイダーに頼って、適当にばらまいて済む問題ではないのです。

 メール・マガジンとかの手続きは嫌いでもありますが、黙っていても、私のホーム頁のたとえば最新の原潜記事には、一日で83のヒット数が記録されています。もっと爆発的な場合もあります。聞いてくれる相手がいないから、ネッツに無理押ししているのではないのです。

 鍋島さんが、電子手紙広場の運営に気を使うのは理解しますが、失礼ながら、逆に、私は、鍋島さんの気遣い手紙には全く興味を抱が湧かず、時々、斜読みするだけです。

 要するに、人それぞれ、興味を抱く問題は違うのです。日本共産党だけでなく、労働組合でも市民運動でも、他人を自分が好む鋳型にはめ込もうとするから、失敗し、20世紀を血みどろの死屍累々の時代としてしまったのだと、労組員40年未満、日本共産党員30年以上、労組、争議団などの日本共産党グループ指導部としての数々の手酷い失敗の経験の上に立って、自らの反省を込めて、私は、少しぐらいの摩擦は恐れずに、遠慮ない言論戦を展開しているのです。簡単に言うと、政党による労組支配には絶対反対です。

 以上、誤解なきよう。


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