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『亜空間通信』496号(2003/03/01)
【イラク攻撃で西・伊が分裂の背後に積年の英米秘密機関「極右」育成操作の疑惑】
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転送、転載、引用、訳出、大歓迎!
イラク攻撃の是非で、俄に沸き立つ欧州の反米感情、抗議デモの渦の中で、むしろ民衆レベルではより激しい抗議デモが繰り広げられているスペイン(西)とイタリア(伊)における首脳らの、アメリカ支持継続、または「親米」の姿勢が話題になっている。
背後の歴史的な事情は非常に複雑である。まずは、いずれの関係国の「国民」も、今の日本人とは大いに違う「愛国的」な歴史教育を受けている。
「反米」「親米」の区別は、あくまでも元首らの言動ではあるが、同じラテン系でも、日本なら東北訛りの「おフランス」(仏)と、ラテン語のままに近く情緒的にも南の激しさを持つ「田舎」の西・伊が分裂している現状の背後には、積年の英米秘密機関「極右」育成操作の歴史の現代版の疑惑がある。
今の欧州の統合の中心は、独・仏であるが、この二国は、中世の神聖ローマ帝国を遡るゲルマン蛮族、フランク人のカロリング朝から発しており、「おフランス」も実は、古代ローマ帝国の直系ではなくて、元植民地上がりである。
イタリアはローマ帝国以前のローマ共和国、しかも、その中心のラテン人の国と、それ以前のエトルスク(現トスカナ)の直系である。
スペインは、古代には、フェニキア人として西洋史に名を残す海洋貿易人の国、カルタゴの拠点となり、ローマ共和国時代の通称ポエニ(フェニキア)戦争でローマの版図に組み込まれた。中世には、アラブ人に征服されたイスラム教国の一部だった。
近年の歴史では、西・伊はともに、親米以前に親ナチス・ドイツだった。
アメリカのCIAやイギリスのMI6が、戦後、ドイツのナチ秘密機関員を匿い、手下に加えていたことは、周知の事実であるが、イタリアのマフィアとCIAも、同様の関係だった。これはアメリカの「反共政策」の一環だった。
スペインの親ナチ・フランコ政権は、第二次世界大戦中には中立の立場を取ったから、ドイツの敗北後も同じ体制が続き、1970年代のアフリカ植民地崩壊までは、同じ体制が継続いていた。その後の政治的な激動を経て、今は、「王国」に戻っている。フランコは王党派だったのだから、その意味では、昔に戻っているのである。
これらの歴史を思い浮かべていたところへ、昨日、我が家の唯一の宅配紙、『日本経済新聞』(2003.02.28)の囲み「欧州分裂」連載に、その4「/親米首相、テロの古傷/スペイン、仏独枢軸に警戒感」と題する論評が現れた。
スペインの現首相アスナールは、1995年に「バスク祖国と自由」(ETA)の犯行と疑われる自動車爆破事件の被害者となり、爆破された自動車から這い出して「一命を取り留め」ていたのである。
同記事では続いて、「2001年9月の米同時テロ後にはスペイン国内でアルカイダの協力者40人が逮捕されている」としている。怪しげな話である。
ETAと北アイルランドの武装闘争団とは、武器密輸などの関係で、英米秘密機関と複雑な関係にある。スペインはイギリスと一衣帯水の関係にある。
国謀略の中心、英米との複雑な関係、および最近のいわゆる「テロ」情報との総合的な俯瞰なしには、この「欧州分裂」の真相の見極めは難しいであろう。ともかく、疑惑を抱いて観察し続けるべきである。
以上。