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『亜空間通信』930号(2005/01/07)
【田中角栄と読売・朝日の電波談合メディアの法令違反・月刊『現代』特集20頁基本情報は木村愛二】
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転送、転載、引用、訳出、大歓迎!
この件では、遠慮なくわが氏名を、重要情報源として記す。
後述のように、月刊『現代』を発行する講談社のグループ企業から出ている『フラッシュ』(2004.11.30)には、「読売支配」「日テレ50年社史」の見出しの記事が載り、その本文の終わりには、情報源として、「編成局や広報部に勤め、日本テレビ労組の書記次長も務めたジャーナリストの木村愛二氏」と記されている。しかし、私は、まだまだ非常に不満なのである。
一昨日(2005/01/05)の日経の朝刊の月刊『現代』広告には、「田中角栄と読売・朝日」の記事見出しがあったので、仕方ない。裏表紙に「特別定価」と銘打った金額、750円を奮発して、出先の新宿南口、紀伊国屋書店で、買ってしまった。帰途の電車の中で、めくると、20頁の特集である。
今や、言わずと知れた読売新聞・ナベツネの有価証券記載の名義貸し、その原因は「マスコミ集中排除」の法網潜りの問題である。記事の大見出しは、田中角栄と読売・朝日の「電波談合」である。
この大見出しの右側には縦に、地紋の白抜き明朝文字で「深層ドキュメント」、ゴシックで「メディアの法令違反はかくして始まった」とあり、上の方には横に「テレビ局を支配せよ!」、下には斜めに「50枚」とある。
地紋の代わりに「覚書」の写真版がある。細い手書き文字の名前が、かすれて並び、氏名が読めるのは、小針暦二(福島の地元ボス)、小林与三次(元日本テレビ社長)、頁の一番下に小さく黒ゴシック文字で、以下のような顔写真についての説明がある。
福島の新局をめぐって80年に交わされた覚書の一部(背景)。人物は左から、氏家済一郎日本テレビ会長、田中角栄元首相、渡邊恒雄読売新聞グループ本社会長。
上記の「50枚」は「400字詰めの原稿用紙で50枚の意味であり、本文は20頁の長大記事になっている。田中角栄、氏家済一郎の顔写真が、その下に配してある。
筆者は、中川一徳(ジャーナリスト)で、末尾には、「なかがわ・かずのり、1960年生まれ。『文芸春秋』誌記者を経てフリーに。政治、経済、事件など、多彩なジャンルで精力的に執筆活動を行う」との略歴紹介がある。
冒頭の黒ゴシック文字のリードは、以下のようになっている。
地方局を支配するキー局、キー局を傘下に収める大新聞。政治「隠匿の歴史」を徹底的に暴く迫真のレポート。
以下、本文の冒頭の部分だけを紹介する。
大手マスコミによる地方放送局の寡占支配の実態が、相次いで発覚した。公共性の高い放送局を舞台とする法令違反の数々は。なぜかくも長く知られることなく続いてきたのだろうか。免許事業であるテレビ、ラジオ局の経営に間違いや不正があれば、まず指摘すべき行政当局が、こうした違反を知らなかったというのだろうか。
深層に潜むのは、メディアと政治家が手を組み、今日まで営々と築いてきた利権の構造である。その延長線上に今回の法令違反があるのならば、行政当局が知りつつ放置し、あるいは密かに荷担してきたとしても何ら不思議ではない。
私は、この件で、わが電網宝庫に以下の特集リンクを作っている。
憎まれ愚痴総合案内> 読売・日テレ問題特設リンク
電波メディア独占支配の蓋が飛んだ!!
ナベツネよろけて鍋を蹴飛ばした
ああ、もっともだあもっともだ
NHK問題は→NHK総合テレビ批判中心
901号(2004/11/29)【極右ナベツネ読売の違法日テレ支配株名義貸し行政指導無視の発端は内務官僚事務次官の唖然実態】
898号(2004/11/26)【NHK醜聞激発に日テレ読売新聞違法支配株式名義貸し暴露を好機と捉えメディア改革緊急提案】
897号(2004/11/25)【スキャンダル大戦争9号ナベツネの首を獲った行動派右翼が一場選手200万円の情報入手源?】
896号(2004/11/24)【読売ナベツネ日テレ株名義貸し問題化の背後に潜む行政指導の歴史的誤魔化しと学者の政治的癒着】
886号(2004/11/08)【戦争は新聞同士もあり極右読売ナベツネ日テレ株名義貸し株急落を似非紳士朝日嬉々報道】
必読資料 究極の理論 木村書店で取扱中
『電波メディアの神話』(緑風出版/1994年/312頁/定価2200円+税)
上記の内で違法性に関して少しは詳しい批判記事は、以下に抜粋する2つである。
1)------------------------------------------------------------
http://www.jca.apc.org/~altmedka/2003aku/aku886.html
http://www.asyura2.com/0411/war62/msg/701.html
『亜空間通信』886号(2004/11/08)
【戦争は新聞同士もあり極右読売ナベツネ日テレ株名義貸し株急落を似非紳士朝日嬉々報道】
この問題については、元・日本テレビ社員の私、木村愛二が一番詳しい。上記の「10%」の起源は、民間放送の発足時からの行政指導であり、実に曖昧に処理され、新聞社による放送局の系列支配を許してきたのである。
「一般放送事業者に対する根本基準の第九条の適用の方針およびこれに基づく審査要領(959年9月18日付け)」といういかにも役人風の文章が、1959年9月18日以来、存在し続けているのである。
私は、この条項を、今から25年前に発行した拙著、『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』の巻末の「資料」として発表した。
曖昧だからこそ、役人が権限を振るえるし、背後の政権が睨みを効かすことができるのである。
「法律は目的があって作る。目的に適って、馬鹿な野党議員が質問し難いような文章を作るのが、役人の腕の見せどころである。法律さえ作ってしまえば、後は政令、省令、行政指導、何とでもなる」
これが、役人の秘伝である。
2)------------------------------------------------------------
http://www.jca.apc.org/~altmedka/2003aku/aku896.html
http://www.asyura2.com/0411/war63/msg/852.html
『亜空間通信』896号(2004/11/24)
【読売ナベツネ日テレ株名義貸し問題化の背後に潜む行政指導の歴史的誤魔化しと学者の政治的癒着】
「極右読売ナベツネ日テレ株名義貸し」問題(その2)
この極右・読売新聞のナベツネの日テレ株の義貸しの問題では、すでに、写真週刊誌、『フラッシュ』の記者が、わが家にまで取材に来た。
いくばくかの謝礼と一緒に届いた『フラッシュ』(2004.11.30)の該当記事の見出しには、確かに、「読売支配」の文字があるが、実に長ったらしくて、回りくどい。「紳助(祝)メッセージも空しい日テレ50年社史公開」(副題)「読売支配に視聴率買収事件・・・DVD付き豪華本に載らなかった”暗部”」である。
本文の終わりには、「編成局や広報部に勤め、日本テレビ労組の書記次長も務めたジャーナリストの木村愛二氏」と記されている。
取材の経過の最初は、電子手紙の深夜の緊急連絡、翌日の取材の当日は、急ぎの電話連絡で、しかも、その記者は、図書館から借り出してきた拙著を2冊、『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』(筆名・征矢野仁、汐文社、1979年)と、『読売グループ新総総帥《小林与三次》研究』(筆名・征矢野仁、鷹書房、1982年)、それに、何分冊かの大判で重い日本テレビの50年の社史をも携えて来た。
ここに至る経過は実に簡単である。
私は、元・日本テレビ社員であり、この日テレ株名義貸し問題の根底に潜む法的な経過に関しては最も詳しく、何冊もの著書があるからである。
事件の背景としての基本的な問題を最初に簡略に述べると、元・郵政省、現・総務省の一部の行政指導の歴史的な誤魔化しと、新聞・放送・アカデミー業界の一部のメディア論「学者」らの政治的な癒着、ドロドロ、ギョギョ、驚きの極致なのである。
すでに本日(2004/11/15)から1週間も前(2004/11/08)にも、超多忙中なれど、連日の大騒ぎゆえ、やむなく、以下の通信を、急遽したためて発し、阿修羅戦争63掲示板に投稿もしており、それを『フラッシュ』の記者が、読んだのである。
[後略]
こういう経過だから、本通信の主題、月刊『現代』特集20頁は、拙著およびそれに基づく電網通信記事を抜きにしては、まったく考えられない内容になっている。ところが、これまた大手メディア報道の通弊で、出典として拙著が紹介されていない。テレヴィ番組でも、こういうことはしょっちゅう起きるが、普通の言葉で言うと、「剽窃」、「盗作」である。
学術論文で、こういうことをやれば、学会から追放される行為なのである。
私は、何度も同様のことを経験しているが、今回は、ちょっと対応を工夫する。この件は、他の問題とは質的に非常に違うのである。
たとえば、すでに抜粋して紹介した月刊『現代』記事の中から、以下の部分を再び指摘する。
「深層に潜むのは、メディアと政治家が手を組み、今日まで営々と築いてきた利権の構造である。その延長線上に今回の法令違反があるのならば、行政当局が知りつつ放置し、あるいは密かに荷担してきたとしても何ら不思議ではない」
私は、この「法令違反」の事実を、日本テレビに入社した1960年代の当時から調べ上げ、すでに1979年には、単行本の拙著、『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』を発表しているのである。
だから、「知りつつ放置」したのは、行政当局だけでなく、大手出版社でもあるのである。しかも、この記事の筆者は、『文芸春秋』誌記者を経てフリーになったというのであるが、私は、1979年に『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』を発表する前に、そのゲラを、当時は『週刊文春』の編集者だった旧友の堤堯に渡していたのである。
その時には、記事にはならなかったが、文藝春秋からは、この拙著を引いたり、盗んだりした記事、単行本が、かなり出ているのである。細部はいつでも立証できる。剽窃者の一人は、その後に電波芸者として売り出した田原総一朗である。
それでも、文芸春秋が発行した『巨怪伝』では、拙著を3冊、引用文献としてリストに載せているし、本文の中にも、わが氏名が出てくる。これは著者の佐野眞一の姿勢として評価できる。
月刊『現代』の方には、その後、拙著、拙作記事をすべて入手し、しかも、当時は絶版の拙著、『読売新聞・日本テレビ・グループ研究』の全文をコピーした元共同通信記者、魚住昭が、ナベツネ批判の連載をしていたし、単行本にもしている。この単行本の場合には、拙著、『読売新聞・歴史検証』を参考文献に明記しており、この拙著には、その他の拙著、拙文のリストがあるのである。
今回の問題を特別扱いするのには、引くに引けない重大な理由がある。この「マスコミ集中排除」違反の問題は、私の日本テレビの内部での内部告発の戦いだったのであり、不当処分と不当解雇の背後の真の理由として、東京都労働委員会でも、東京地方裁判所でも、詳しく立証していたのである。
いわば、「首の掛かった問題」なのである。この問題に関しては、事態が非常に複雑であるから、出版社との応酬も含めて、いずれ、詳しく論ずる予定である。
以上。