河野雄一郎
目次
1.はじめに
「熱帯林が破壊され危機に瀕している。」このことはメディアにも取り上げられ(最近は少なくなっていますが)、中学校の教科書にも載せられているなど、ある程度常識になりつつあります。そして恐らく、多くの人がここから思い浮かべるイメージというのは、ジャングルの森が切り倒されるシーンであったり、積み上げられた丸太であったり、悪玉とされた日本の商社であったり、あるいは少し詳しく知っている人ならば、ハンバーガーの肉のために焼き払われて牧場にされたアマゾンの森林であったり、といったところでしょう。しかしながらほとんどの人は、正直な話その実態は知らない、といえるのではないでしょうか。
そこで今回は、熱帯林で何が起きていて、日本とどういう関係にあるのか、例えば日本に輸入された熱帯材は何に使われているのか、といったことを整理しながら、いわゆる「熱帯林問題」とは何なのかを考えていきたいと思います。
2.熱帯林とは…
熱帯林とは文字通り熱帯地域にある森林のことです。が、一口に熱帯林と呼んでも気候や場所によってその様子はかなり異なります。(これは結構重要。)
世界の森林の43%が、ラテンアメリカ、アフリカ、アジアの熱帯地方にに存在しているといわれており、その森林面積、減少面積は右上の表の通りです。ちなみに一年当たりの森林減少面積の熱帯総計1541.15万haという面積は日本の約4割に相当します。
熱帯林の土壌はその地上の見事な外見からはとても想像できないほど貧弱で、比較的養分のある柔らかい表土はほんの数センチしかありません。その下は岩盤や粘土質のかたい土に覆われています。この理由は、その高温多湿ゆえに有機物の分解が急速にすすむので、養分は土壌にではなく樹木自体に蓄えられる、というところにあります。
後でも触れますが、熱帯林には多くの人が昔から住んでいます。森の恵みを受けて生活する人々にとって、森は生活の全ての基礎となっているのです。このことも覚えていてください。
表1:熱帯林の面積(1990年FAO調査より)
森林面積 森林減少面積(1年当たり) 熱帯総計 17億5600万ha 1541.15万ha
(1981年の時点では、1130万ha)島しょ部東南アジア 1億3500万ha 192.61万ha
3.問題点の整理
それでは、一体何が問題になっているのでしょう。まず、熱帯林が失われることによって生じるさまざまな問題点を考えてみます。
熱帯林の特徴の一つは、その生物の多様性です。地球上に生息する動植物の数は、500万から1000万とも推定されていますが、このうちの半数は熱帯林、とりわけ熱帯雨林に生息しているとされています。例えば現在確認されている全世界の鳥の3割にあたる約2600種の鳥は、熱帯雨林だけにしか見られません。このような「自然の宝庫」である熱帯林は、「種の遺伝子の宝庫」ともいえます。ここには、米、小麦、トウモロコシなど主食穀物の原種が保存されていたり、ゴムや樹脂などの工業製品、マラリアの特効薬、麻酔、抗生物質、抗ガン剤などの医薬品などの有用な種が存在しているのです。これらの資源を未利用なまま失うのは、人類にとって大きな損失であると言えるでしょう。
次に物理的な面を考えてみます。熱帯林に限らず森林全般の機能として、洪水調節機能と土砂流失防止機能があります。特に熱帯地方のように激しい雨が降るところでは、森のおかげで水滴に表土を削られずに済み、流れる際も根が土を抱えている上に、枝葉や根が水の勢いをなくすから土壌を削ることも最小限に抑えられるみらので、これらの機能は重要です。フィリピンでは急激な森林の減少で、洪水などの災害が多くなっているといわれています。
そして忘れてはならないのが、森に依存して生活している先住民の生活基盤を奪う人権問題としての側面です。熱帯林は「人なき土地」などではなく長い間森と共存してきた、2億人とも3億人ともいわれる人々の、生活の場なのです。森は、食料、燃料、水など生活に必要なものを全て提供してくれるだけでなく、精神的にも文化的にもそこに住む人々にとっての支えとなっているのです。
さらにここでつけ加えておきたいことは、近年こうした人権問題としての意識が世界に広まりつつあるにもかかわらず、こうした議論が当事者(先住民)のの声を聞かずに行われているということです。特に遺伝子や貿易に関する話は、先進国主導(というよりは先進国のみ)で行われています。しかも、熱帯林を保有する国家は、外貨獲得の手段として木材資源の有効利用を考えているので、先住民の声は、自分の国や州の政府にすら届きません。
(注)いわゆる熱帯林の「地球の肺」説について
従来、熱帯林は炭酸ガス(CO2)を吸収して固定し、酸素を供給する機能を果たしているとされ、しばしば「地球の肺」にたとえられてきましたが、最近は熱帯林が酸素を供給するわけではないという説が多くなっています。つまり、安定した森林においては、多くの微生物や動物も生息するため、森林全体としてみたときには酸素の消費量と供給量はほぼつりあっているのです。ただし、炭素の固定機能という点は、かなり重要です。二酸化炭素が放出されるのは木を伐ったときではなく、農場などにするために木を焼き払ったときです。ですから例えば伐った木を燃やさずに長いこと使うことができ、その跡に新しい木を成長させれば、炭素が固定できるという見方もできるのです。
4.熱帯林破壊と日本の関係−その1
ここからは日本、そして日本と深く関わりのある東南アジアの熱帯林に視点をあてて、話を進めていきます。まずは木材貿易をみてみます。
日本では戦後、大量の木材需要が生まれ、全国の山から木を伐り出しました。(その結果禿げ山になったところも多くあったようです。)しかし高度成長期にはそれでも木材が足りず、日本は外材の緊急輸入に踏み切りました。1961年のことです。最初に日本が目をつけたのがフィリピンでしたが、フィリピンには有用樹種とされる巨大なラワンが多く存在していたためどんどん伐採が進行し、森林は急激に減少していきました。フィリピンに木がなくなると日本は次にボルネオ島から大量に輸入をはじめました。南部のカリマンタン(インドネシア)と北部のサバ州(マレーシア)です。インドネシアでは68年からは飛躍的に丸太の生産量が増え、その輸出先の半分以上は日本でした。ところが80年代に入るとインドネシア政府の政策が変更され、徐々に丸太輸出を減らし(86年には全面禁止)、国内で合板生産を行いだしました。しかし盗伐が横行し、加えて伐採跡地に移住者が入り、過度の焼き畑を繰り返し、商品作物であるコショウ畑などを造成しました。コショウ畑は数年で放棄されます。結局、現在ではカリマンタンでも奥地を除いて原生林はなくなっているます。サバ州にも木がなくなると、日本は次に隣のサラワク州に進出しました。日本の木材貿易が熱帯林を破壊していると世界中からたたかれ、商社が非難の的となったのはこの時期です。商社に関していえば、最近は伐採は現地または華僑の企業が行い、商社は流通のみを行うというケースも増えているようです。(パルプ用のチップに関してはかなり問題となっています。)
そして現在はどうなっているかといえば、ここ数年パプアニューギニア、ソロモン諸島そしてアフリカからの輸入が増えています。もちろん地域によって伐採状況は異なるので程度の差はあるにせよ、各地で先ほど述べたような問題を引き起こしているのです。
次に日本に輸入される熱帯材がどのように使われるのかをみてみます。
まずは輸入の形態についてですが、以前は丸太がほとんどだったのが、だんだんと合板(いわゆるベニヤ板)の割合が高くなっています。(次ページグラフ参照)建築・土木で使われる合板は、コンクリートの型枠(コンパネ)、そして家の構造材あるいは内装材に使われます。以前はそのほとんどがコンパネに使われ、しかもそれを一、二回使用しただけで捨てていたのですが、その点に関していえば最近はいくらか改善されてきたようです。しかし近年、2x4(ツーバイフォー)工法などの増加により、構造用合板の使用量は増加しています。(構造用合板の原料はアメリカなどから来る針葉樹がほとんどです。このことについてはまた後で触れます。)次に多い用途が家具です。最近出回っている安い家具のほとんどには熱帯材の合板が使用されています。カラーボックス、たんすから机の天板、椅子の背板など実に多くの合板が使われているのです。
また、量的にはそんなに多くないものの問題点が多いとされているのがチップです。チップとは小さな木片のことで、パルプになって紙の原料となったり、固めてボードになったりします。チップを獲得するために、インドネシアをはじめとするいくつかの地域で、天然林を全て伐採し、無理やりにユーカリなどの早生樹の単一植林が行われています。あるいはこれは熱帯林ではなく温帯林ですが、日本のチップ輸入の四分の一近くを供給しているオーストラリアのタスマニアでは、貴重な天然林の伐採が激しく進行していて、オーストラリア全土で反対運動が起こりつつあります。
5.熱帯林破壊と日本の関係−その2
今度は、熱帯林破壊という問題に対しての日本の取り組みを、NGOの活動を中心にみていきたいと思います。この問題がクローズアップされた80年代の後半、日本でも各地で熱帯林問題に取り組む市民団体・NGOが設立されました。当時はマスコミもこの問題を大きく取り上げ、そうした追い風にのって、商社などへの批判を行っていました。しかしこの頃の活動は、キャンペーンとしてはそれなりに成功したといえるものの、実際の成果(熱帯林破壊の進行を食い止めること)をあげることはできませんでした。
そこで次に、自治体に対しての働きかけを行いました。つまり、公共工事で使用される膨大な量のコンパネの使用量の削減を求めたのです。これは一定の成果を収めました。特に大都市では、ほとんどのところで熱帯材の使用の削減を目標に掲げ、実際に削減した自治体も多くあります。
しかしここで新たな問題が生じてきました。熱帯材の使用を減らすかわりに針葉樹の材を使用しはじめたのです。実際、現在の日本の木材輸入は針葉樹の方が圧倒的に多く、その7割くらいを占めています。そして、カナダ、ロシア、アメリカなど多くの国で、またもや多くの問題を起こしているのです。これでは何の問題解決にもなりません。木材全体の消費の総量は全く減っていないのです。
6.問題解決に向けて−日本林業再考
ではどうしたらいいのでしょう。これは難しい。(これ以降は僕自身模索中の部分が多いので、歯切れがとても悪くなります。)
例えば、日本が今熱帯材の輸入をやめたとしたら、熱帯林の破壊は止まるのかというと、そうでもなさそうです。木材を収入源としている国家・地域がある限り、買い手がなくなったから伐採をやめるというよりはむしろ別の買い手を見つけるべく、値段を下げる可能性が高い。そうすると同じ量を売っても収入は落ちるから、より多く伐採して売ろうとする可能性もあるでしょう。
そうするとこの解決にはやはり、政治が重要な役割を担わざる負えないと思われます。(もちろんこれもかなりの困難を極めるでしょうが。)また一方で、廃木材のリサイクルや非木材紙の普及などが、技術的にも社会的にも進むことも必要となってくるでしょう。
「持続可能な森林経営」という言葉があります。木を伐ること自体が悪なのではなく、自然の再生能力を超えた過度の伐採が問題となっているのです。ですからこれからの方向性としては、全世界の木材需要を減らすことと、問題のない代替材を供給することになるでしょう。
ここで注目すべきなのが、日本の林業であると思います。日本の林業の現状は、極めて困難な状況にあります。極端に書けば、高齢化→人手不足→人件費高騰→国産材は外材にコスト面でまけてしまう→売れない→林業地の管理されず→山が荒れる→過疎の進行、という構図であるといえるでしょう。国内でもっと国産・地元の材を使えば、国内の林業も活気を取り戻し、そこで持続可能な森林経営を模索していくことも可能ではないでしょうか。もちろんそんなに簡単にはうまくいかないだろうし、それで全てが解決することもありません。しかし、少なくともこういう視点があってもいいのでは、と思うのです。それはなぜなら「熱帯林問題」というのが、目の前のモノしかみえていない、つまりそれがどこでどのように作られ、どのようにここまできているのか、そして使った後はどうなるのか、ということがわからないし、知らなくても直接自分たちには影響がない、という現状に起因しているように思えるからです。これは熱帯林に限ったことではなく、現代社会のさまざまな問題に共通していえることではないでしょうか。生産→消費→廃棄、という過程のそれぞれがあまりにも分断されてしまっています。生産や廃棄がもっと身近なところにあるべきです。
7.最後に
僕が熱帯林のことに興味を持ちはじめたのは高校生のころです。そのときの思考の出発点は、熱帯林で暮らしてみたい、というものでした。それからいろいろと知っていくうちに、「問題」として捉えるようになってきたのでしょう。
世の中には問題がたくさんあります。全部抱え込んでいたら生きていけません。熱帯林のこともそういう意味では一つの問題にすぎないし、皆が皆この解決に向けて動き出すべき、というものではありません。ただ、地球上には熱帯林が存在し、そこで森からの恵みを受けながら森と共生している人たちがいるということ、そして今の日本での自分たちの生活・社会と比べてどちらが豊かといえるのか、豊かさとは何か、幸せとは何か、こういったことを考え想像してみるのは無駄ではないのでは、と思います。
[参考文献]
- 馬橋憲男『熱帯林ってなんだ−開発・環境と人びとのくらし』築地書館、1991
- 大出健訳、地球発見ブックス『エメラルドの王国』岩波書店、1992
- 田中淳夫『「森を守れ」が森を殺す!』洋泉社、1996
- 臼田誠人他、日本木材学会編『パルプおよび紙』文永堂出版、1991
- 植田和弘監修『地球環境キーワード』有斐閣双書、1994
- サラワク・キャンペーン委員会機関誌『サラワクアップデイト』
- 熱帯林きょうと機関誌『リンバ・ラヤ』
全体として、特に後半部分は自分でもはっきりしないところも多く、主張に一貫性がないように思えます。これから自分なりに整理していきたいと思うので、質問・反論・意見などを聞かせてください。
(こうの ゆういちろう/熱帯林きょうと)