国籍って何だろう。私たちは日々の生活の中で、自分の国籍のことをほとんど意識しない。日本国内で生活する日本人(日本国民)にとっては、国籍は、まさに水や空気のようなものだ。そうしたことからも分かるように、国籍は、国と国との関係において初めて意味をもちうるものだ。もう少し具体的にいえば、人が国境を越えて移動したり、あるいは外国で生まれ・成長するから意味をもつのだ。
ところで、世界のたいていの国が、自国への入国を許可する要件の1つとして、パスポートかそれに代わる適当な文書を要求する。このパスポートは、日本国民なら日本政府に作ってもらう。1988年現在で、外国の永住権を持つ日本国民は26万人にものぼるが、例えば、その内の1人である田中さんが中国で30年生活していたとしても、中国政府は田中さんにパスポートを作ってくれないだろう(もちろん、二重国籍なら2つのパスポートをもてる)。いつもは意識されない国籍は、国境を越えるときパスポートとして姿を現す。
この自国の政府しか作ってくれないパスポートというものがないと、原則として国境は越えられないことになっている。それでは、国境って何だろう。日本は、陸地に国境をもたないため、多くの人は国境を自然なものと思い込んでいる。しかし、アフリカの国境線をみたら分かるように、国境は常に人為的・政治的なものだ。沖縄にはかつて王朝が存在していたが、明治政府に統合され、今でも日本の一部になっている。だから、北海道に住む日本国民は、沖縄へ好きなときに行き、自由に働き、気に入ったら住むことができる。しかし、台湾の人やフィリピン人はそうはいかない。沖縄との間に国境線があるからだ。考えてみると、なんだか面白い。国境線は人間によって引かれ、人間の移動や労働の自由などを厳しく制限している。
しかしそれでも、国境を越えてたくさんの人が日本にやってくる。また、旧植民地出身者を中心に日本に定住している外国人も多数いる。当然のことながら日本も多国籍社会だ。ところが、日本で生活する外国人は、社会保障などの面で日本人と平等に扱われない。理由は、「外国人だから(日本国籍をもっていないから)」。それでも,過去に比べ最近は,外国人も様々な権利を享受できるようになってきた(そのことは後に詳しく述べる)。別の見方をすれば、従来は日本の国籍にくっついていると思われていた様々な権利が、国籍とは関係がなくなってきている。日本では、国籍のもつ意味が大きく変化してきている、と言えるだろう。
国籍って本当に何だろう。これからどうなっていくのだろう。日本社会の現状を見ていくことを中心に、国籍についてちょっと考えてみたい。