国際保健読書会の報告

深川 博志


はじめに

昨年の新歓合宿のファシリテーターをお願いした池住義憲さんから、"Questioning the Solution: The Politics of the Primary Health Care and Child Survival"という本を紹介していただきました。面白いからぜひ読んでみてはいかがでしょうか、とのことでしたので、6月末から2月まで英語と国際保健の勉強のために、読書会を行いました。ほぼ常時参加していたのは福田・衣斐・深川で、その他いろいろな人が参加してくれました。

 

本の概要

第1部では、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)について説明し、その現状に対して批判します。1978年のアルマ・アタ宣言第1条では「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病のない状態や病弱でないことではない」と謳います。そして、「2000年までにすべての人に健康を」もたらすために、包括的PHCといわれる方法が採用されます。ところがこれは保守的な勢力によりさまざまに骨抜きされ、選択的PHCになってしまいます。

第2部では、経口補水療法(ORT)について、現状の批判を通してより望ましいORTを追求します。下痢の治療方法としてORTが導入されましたが、利用方法が不適切であったり価格が高かったりするため、十分な効果をあげていません。商品化・パッケージ化されたORTに変わるものとして、穀物をベースにした自家製ORTを著者は推進します。

第3部では、健康を阻むさまざまな勢力に対して批判します。構造調整政策、粉ミルク・製薬企業、世界銀行、不公正などを槍玉に挙げます。

第4部では、具体的にどうしたらいいのかということで、さまざまな地域での取り組みが紹介されています。

日本語訳も出ていますので、詳しくはそちらをご参照ください:いのち・開発・NGO(新評論)

 

参加者の反応

保健といっても、経済や社会の構造が深く影響していることを知り、新鮮だった。保健のことを深く知っている人を呼べれば良かった。

(今井必生)

 

この本を読むまで、国際保健やら開発やらについて私は何も知らなかったので、「知らないことを知ることができてよかった」というのが第一の感想です。保健・医療と政治・社会・経済との関わりが示されている点も、普段そうしたことを意識しない医学部生にとっては興味深いものでした。ただあまりに分析が単純すぎるのではないかとも感じました。人々が健康に暮らせるようにするにはどうしたらいいのか、さらに追求していきたいと思います。そんな時間があるのかどうか分からないが…

(深川博志)

 

第4部では、保健の運動から、土地の不平等な分配などの社会問題にまで取り組んでいく例が具体的に紹介されているのが、興味深かった。しかし、社会的平等を目指す地域の住民の運動が失敗することの原因をアメリカや世銀、IMFのみに求めている。もう少しケーススタディを充実させて違った要因がなかったのかを検証していたらよかった。また、仮に構造調整政策にすべての原因があるとしても、では具体的にどうしたらいいのかということを提案があったらよかった。読書会のやり方については、内容の説明の後に議論ができるといい。

Non-Governmental Oraganizations SeriesのFarringtn, J. (1993): Reluctant Partners?: Non-Governmental Organizations, the State and Sustainable Agricultural Developmentを読みたい。NGO批判についての本を読みたい。

(石原正恵)

 

 筆者の、技術的な解決策からコミュニティーの参加を中心とした保健・衛生政策へという主張の基本的な部分は承認するとして、いくつか苦言を呈しておく。

 一つは、いささか恣意的なデータ解釈が見られること。例えば、ブラジルとコスタリカの予算比較から、予算配分がU5MRに与える影響を論じているが(pp.113-114。コスタリカの方が一人あたりGNPが小さいにも関わらずU5MRはブラジルの半分強である)、これだけ国の規模も性格も違う2ヶ国を予算だけから比較するのは無理であろう(この違いは、どちらかというとすでに存在する富の分配の不平等性に起因すると思われる)。

 次に、本書で「成功した」と描かれているプロジェクトに対する評価が甘いこと。特に、そのプロジェクトの継続性について無関心である。第4部で参加型の保健・衛生政策として例示されている具体例の多くが最終的に継続することに失敗している。筆者はこの原因について多くの検討を行わず、国際機関からの圧力、多国籍企業といった外部的要因に失敗の原因を求めているが、これについてはこの種のプロジェクトに内在する困難な要因に対する評価、特に社会主義政権下における補助金による保健政策が生む腐敗や、コミュニティー参加についてのモチベーション維持の問題などについて検討が必要である。

 最後に全体として、公共支出による保健政策の持つ本質的な問題点を見落としている。受益者の負担を伴わない税金による保健政策は、えてして「ばらまき」になりがちで、不適切な資金配分を生みやすい。無駄を防ぎ、いかに低いコストで高い効果を上げるかどうかが至上課題であるからゆえ、受益者負担や民営化が問われているのであって、一部の成功している地域のみを取り出して「だから政府はもっと保健分野に支出を」というのはあまりに一方的な見解であろう。もちろん、基本的な保健・衛生政策が公共部門によって担われなければ人々の健康状態の改善は不可能であり、その意味でコミュニティー参加と「全ての人に健康を」というスローガンとの間のギャップをどのように埋めるのかに関するビジョンが欲しかった。

 といろいろと批判点はあるが、長年この分野に取り組んでいる筆者の記述は具体的であり、この分野に興味の薄かったわたしもおもしろく読めたことは事実である。特に前半の、疫病やORTに関する具体例は、ユニセフの報告書やポスター・パンフレット類では現実味を伴わせない途上国の子どもの悲しい状況を、実際の問題を実感させてくれた意味で、わたしにとって貴重な読書会であった。後半の開発政策の部分に関してはさまざまな政治的要因が絡んできて、記述として単純すぎないかと思わせるところも多かったが、だからこそ本書はThe Politics of Primary Health Careなのだろう。

(福田健治)

 

これからの予定

この本は、巨大企業/アメリカ政府/世銀を批判する立場から書かれたのでしょう。では、当の世界銀行はどう考えているのかを知るために、「世界開発報告1993 健康への投資」を読もうかと思っています。

 

 

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