新歓学習会報告
佐藤 吉宗
1.学習会の意義
そもそも、僕がこの学習会を担当することになったのは、学習会のテーマ決定の時のブレストで何気なく三峡ダムを持ち出したことがきっかけです。「三峡ダム」という言葉をどこかで耳にしたことがあり、環境問題の点で少しは気になっていたこともあったし、てっきりODAの融資案件だと思いこんでいたので、ODAの具体的な事例を調べるのもいいかなと思ったからです。でも、実際はODA資金は一銭も(少なくとも形式的には)流れないことを知りました。
しかし、確かに「三峡ダム」はODAによるものではありませんが、従来の発展途上国の社会開発のあり方−例えば、大規模なプロジェクトをドカンと行い、それによって国全体を豊かにしようとする−典型的な例ではないでしょうか。戦後、アジアでは様々な大規模プロジェクトを行うことによって経済開発を行ってきましたし、日本も主にODAによってその大部分に関わってきました。しかし、その結果を見るに、国全体としての統計数値(GNPなど)は上昇したかもしれませんが、途上国の多くを占める貧しい人々が本当に豊かになったとは言えないと思います。それどころか、開発の影で犠牲を強いられているのは、多くは彼ら、貧しい人々ではないでしょうか。
「三峡ダム」でも、実際たくさんの人々が移住させられますが、本当に彼らの利益になるのでしょうか。今までに先進国が行ってきたダム政策、そして、ODAの援助について考えるきっかけになればよいと思って発表しました。
2.学習会の流れ・概略
学習会で話した内容について簡単に書きます。
(1)三峡ダムとは?
1997年11月 : 本流せき止め工事
2009年 : 完成予定
・場所
湖北省宣昌県三斗坪・・・長江の中流。四川省と湖北省のほぼ境で、宣昌市のやや上流にあるのですが、水没地区のほとんどが四川省です。
・規模
堤頂高 : 185m [世界一のログンダム(ソ連)は335m、有名なフーバーダムは221m、日本一の黒部第四ダムは186m]
堤体長 : 1,983m
貯水池の面積 : 1,084km2 [東京都の1/2の面積]
貯水池の長さ : 約600km [新幹線の東京−西明石間]
→貯水池が東京の1/2というのは意外。しかし、長くて谷が深い。
総発電能力 : 1,820万kW(年間840億kWh) [日本にある原発の平均が一基当たり100万kWなので、その18基分に当たる]
(2)三峡ダムの必要性
@エネルギー事情
80年代以降、急成長を続ける中国では、今後のエネルギー需要は、
1991年(実績)・・・10億3783万t(標準炭換算)
2000年(予測)・・・14億6000万〜15億3000万t
2050年(予測)・・・32〜54億t
このように急激に増え続ける需要に対して、水力でもまかなおうと、電源開発が行わ れている。三峡ダムは年産5000万tの巨大炭鉱に匹敵するという。
A歴史的背景
1919年に辛亥革命の指導者である孫文が『実業計画』という企画書の中で、構想 を打ち出したのがきっかけ。(この当時、孫文は清を倒して建国した中華民国を軍閥 に奪われ、政治の表舞台から身を引いていた。)その後、何度か再浮上するものの、 戦争の激化のため中止。80年代になって計画が再び持ち上がり、実現性を伴うように なったのは、李鵬が熱心に肩入れしたためだといわれている。(彼は、もともと水利の技術者であった。)
※他に、治水問題、航路の改善など
(3)三峡ダムの問題点
a.住民移転問題
三峡ダムの水没予定地では、130万人が移転を余儀なくされるといわれている。こ の数は今までで最高だった40万人(中国・三門峡ダム)を遙かに越えるもので、き ちんと移転が達成されるのかが大きな課題である。もし、うまく行かなければ重大な 人権問題にもなりかねない。政府は『開発性移民』という方法を新たに採用し、貯水 と移転先での開発にあわせて、漸次的に移転を達成していくということだ。しかし、彼 らの移転先とされているのは、ダム湖周辺の高台を無理に切り開いた、地味の痩せた 土地であるらしい。
日本の場合も同じなのだが、そのプロジェクトによって恩恵の大部分を受けるのは 都市部の人々で、都市のために地方が犠牲になるという構図が明らかである。実際、 電力の半分近くは都市部へ流れるらしい。
※他に堆砂、環境問題、景観の消失など
3.私の感想
三峡ダムの良い面と悪い面を並べ立てることはできたが、自分は結局どう思うのか、賛成なのか、反対なのか、というところで、自分の考え方がまとまらなくて、自分の言葉で締めくくることができませんでした。
しかし、長いスパンで見た場合ではマイナス面がプラス面を上回るように思います。発電による発展は期待できるし、三峡ダムを造らないとしたら他の手段(火力発電・原子力発電)で需要をまかなうことになるわけで、そうした場合のCO2や核廃棄物の問題を考えたならば、つくった方がいいのかもしれません。しかし、ダムの耐久年数が過ぎてしまえば、それは巨大な廃棄物に変わるのです。
また、住民移転に関しても、100万人を越える移住というのは実感が湧かず、無事達成できるのか気になります。日本の場合には、山村にダム計画が持ち上がると、村の中での賛否が決定するのを待つまでもなく、そして、反対をしようものならなおさら、国からのその他の事業に対する補助金(例えば、道路補修とか福祉とか)がカットされ、財政的に首を絞められた村は渋々ダムを受け入れざるを得ない、という例もたくさんあります。いくら法的には住民の意向によるものだといっても、本当に彼らが望んだものとは言えないでしょう。中国で民主的な手続きを期待しても無理な話かもしれませんが、少しでも、住民にプラスになる形で移転・補償が行われて欲しいと思います。
それから、環境問題に関しては、一口に“環境問題”といっても、いろいろな段階があると思います。まず、公害という目に見えて、自分の生活に大きく影響する問題から始まっていき、今では欧米などで”自然に手を加える”こと自体を問題視する段階へと進んでいるように思います。しかし、中国の環境政策を調べてみたところ、公害対策については、実効性は別にすれば、意識の程度が高いことが分かりましたが、「生態系を守ろう」という意識はないようです。ダム問題というと、生態系に対する影響が大きいと思いますが、中国にはそのような意識はまだないようです。
調べる過程では、具体的な資料が集まらずに苦労しましたが、私はこの問題に関わっている人、例えば、NGOとか大学教授などに直接聞くことなど思いもよらず、そういう方法について先輩方からいろいろ教えていただきました。学習会でスライドを使いたかったのですが、直前になってから問い合わせをしたので間に合いませんでした。
新歓学習会もこれで最後になりましたが、予想を上回る20名に及ぶ参加者で、やる側としては嬉しくもあり、逆に、その分緊張もしました。最後に参加者からの感想を一部紹介してみたいと思います。
<参加者の感想>
- 中国って果てしなくでかいと改めて考えてしまった。でも、政府の不気味さが気になる。
- 発電量とコストを比較したら、建設することが中国にとって本当に良いことなのか。
- 火力・水力・原子力、いずれも結局、環境破壊は否定できない。火力が大半の日本がどこまで中国を非難できるのか、難しい問題だ。
- 何を参考に発表したのか。参考にしていた資料がどこまで信用できるのか。
- 発表者がどういう点に興味を持ったのか、もっと熱く語って欲しかったな。
- 今日の学習会は人が多かった。