エイズを巡る世界の状況

深川 博志


HIV and AIDS

HIV感染 AIDS発症
治療なし 5年 2年
治療あり 10年以上 5年以上

 

各地域の状況

世界のエイズ患者の状況(1998年6月20日現在、WHO報告)

地域 患者発生状況   患者数 人口
アフリカ州(54カ国) 686,256人 タンザニア
ケニア
ジンバブエ
97,621人
78,765
70,669
23,126千人
21,433
10,412
アメリカ州(45カ国) 889,465 アメリカ合衆国
ブラジル
メキシコ
641,068
120,399
35,119
248,709
146,825
81,249
アジア州(42カ国) 101,429 タイ
インド
日本
83,357
6,252
1,799
54,532
846,302
126,220
ヨーロッパ州(40カ国) 207,890 スペイン
フランス
イタリア
50,155
47,953
41,627
39,433
56,634
59,103
オセアニア州(16カ国) 8,744 オーストラリア 7,571 16,850
計(197ヵ国) 1,893,784      

アメリカ(USA)

既に1980年代末の時点で、エイズによって死亡したアメリカ人の数は、朝鮮戦争とベトナム戦争でのアメリカ人戦死者の合計を上回った。はじめ、男性同性愛者、両性愛者、薬物静注者、血液製剤による輸血を受けた人々の間で、感染が広まった。連邦レベルで本格的に介入し始めたのは1988年である。それまでは一部の逸脱者の問題であるとしていた。そのため、例えばニューヨークでは10人に1人が感染するような大流行シナリオをとってしまった。現在では、異性間性交による女性への感染が増えている。

オーストラリア

同性間性交による感染が多い。初期段階から、マスメディアやパンフレットによる知識の普及、コンドームキャンペーン、検査の無料化、カウンセリングの普及、注射器や針の交換、売春従事者のコンドームの義務化、無料の医療など、きわめて現実主義的で感染者への共感的な予防策がとられた。そのため、小流行シナリオをたどっている。

タイ

まだエイズがそれほど広まっていなかった1986年、中東への渡航手続きの一環として3000人が抗体検査を受け、陰性だった。このためアジア人にはHIV抗体があるという誤った認識がなされた。さらに、観光立国の立場からエイズ流行の実態を隠した。これにより、麻薬注射の回し打ち、次いで売買春により、感染爆発が起きている。男性は18歳で兵役につくときに抗体検査を受けている。1993年には4%だった(なお最北部出身者では、14〜19%に達した)。これをピークにして、1998年5月には1.9%にまで下がった。1995年現在、国民の感染率は1%以上、妊婦感染率は2%以上である。

東南アジア

WHO推測では、2000年に患者数累計は140万人に達する。異性間性交と薬物常用者の注射針の共有による感染が多い。ミャンマー(ビルマ)では、HIV感染率がほぼ0(1989年)から8%へ(1991年)と増加。新規感染者増加率がもっとも大きくなると予測されている。

サハラ以南のアフリカ

WHO推測では、2000年に患者数累計は500万人に達する。ほとんどが異性間性交による感染であり、たとえば男:女=5:6。ついで母子感染が多い。また、出産可能年齢の女性のうち、感染者は500万人。エイズ孤児の問題と関係している。国連の予測では、エイズの影響がなければサハラ以南のアフリカでのU5MRは132(2000年)であるはずが、189に。

1990年には、感染率は都市部のほうが高かったが、その後差は縮まった。都市との往来の便のよい村落で、特にこの傾向は強い。

サハラ以南のアフリカでは、成人40人に1人が感染と予測。ザンビアでは人口の約1割がHIV陽性、15歳〜49歳の女性に限ると20〜25%と予測されており、また現在の増加率のままでは、エイズによって平均寿命が25歳縮まると予測されている。

ウガンダ

2010年には平均寿命が31歳になると予測されている。エイズ孤児は1997年末現在、累積170万人と予測。

 

エイズに関連した問題

エイズ孤児

アフリカでは2000年に、500万人発生。伝統的な社会保障システムでは対処できなくなりつつある。

治療費

世界の感染者・患者の9割が途上国に住む。一方、世界で予防のために使われるお金のうち、途上国で使われるのは14%、治療については6%、研究については5%である。タイでは、エイズ患者1人あたりの治療費は最低1000ドルと推測されるが、これはタイの平均家庭の年収の3割〜5割にあたる。タンザニア政府の医療予算は国民1人あたり5ドルだが、これは抗体検査1回の費用にも満たない。

エイズによる死の影響

年齢構成への影響:人口に占める老人・子どもの比率が不均衡なまでに膨れる。

経済的影響:エイズはその国の経済を担う最も生産性の高い男女を奪う。タイでは、「医療費+エイズ死がなければ得られるはずの収入+その他の間接的影響」の合計額が、1991年は1億ドル、2000年は最高22億ドルと見積もられている。エイズ疾患とエイズ死によってタイ経済が90年代中にこうむる損失は73億ドルから87億ドルになると推測されている。中央アフリカ5カ国におけるエイズによる経済的損失は、1991年までに海外からつぎ込まれた援助総額を上回る。

貧困の病

特に途上国では、世界的不況によって、

感染率が急増したといわれる。つまり、

  1. 極貧農民は、実質賃金や公共サービスの低下により、生きていくために鉱山労働者や長距離トラックの運転手として出稼ぎに行く。
  2. 性的なはけ口として、金でセックスを買う。
  3. 金でセックスを売る女性も、極貧状態で出稼ぎに来ていて、自分の体以外に売るものがない。
  4. 彼ら・彼女らがたまに帰省したとき、妻や恋人を通してHIV感染が広まる。

母子感染と粉ミルク

裕福な母親には、母乳代替品の使用が勧められる。しかし、非常に貧しい母親は深刻なジレンマに陥る。

女性

 

予防と治療

ワクチンや薬物

ワクチンは開発されていない。エイズの進行を抑える薬は既にいくつか開発されたが、副作用や飲みやすさ、価格の点で課題は残っている。

情報伝達と教育

安全なセックス

薬物の静脈注射

薬物静注者の感染率は5%以下(オーストラリア)

血液スクリーニング

感染者・患者への偏見をなくす

 

まとめ:提唱されたエイズ対策 〜社会統制〜

立場 蔓延要因 統制方法
生物医学的 HIV感染による免疫系破壊により生じる 感染を起こすリスク行為をやめる、母子感染防止、エイズ対抗薬やそれぞれの症状に対応する治療薬による延命→こうした対策を促す医療者と患者の良好な関係
行動学的 HIVの感染リスク行動、つまり注射針の共有、性交渉、輸血 注射の回し打ちをやめる、コンドーム性交、輸血用血液の検査→科学的知識の向上と、こうした行動に結びつく教育・カウンセリング
学習心理学 危険なことも拒否できないほど強い対人依存心や自己抑制心、あるいは無力感 自己決定できる独立心の育成、交渉力や自己効力感の向上
道徳論 同性愛、麻薬、乱交などの道徳逸脱行為 性倒錯を避け、純愛・貞操といった道徳を守る
社会学/経済学 貧困、戦争など命を軽視する要因 政治的圧迫・経済破綻を避け、地域間でバランスのとれた投資・開発を行う
社会文化論 女性に従順を強いる慣習、男性に寛大な婚外性交、買春、差別等の社会規範 こうした慣習をやめる

 

参考文献

 

ミニ学習会「エイズを巡る世界の状況」報告へ

資料室のページへ