チェチェン総合情報

チェチェンニュース Vol.22 No.27(#498) 2022.07.01

「プーチンにも一理ある」か? 「市民の意見」への批判

「市民の意見」NO.191号の特集は「ウクライナ戦争を考える」というもので、ノンセクト左翼の大先輩方が、ついに力強くロシアを批判するかと思ったら、それはまったく一部分で、ほとんどはロシアを擁護するものだった。チェチェンやロシアについて観察してきた立場から見ると、極めて残念な内容と言わざるをえない。

https://www.iken30.jp/bulletin/191/

 そこで、これらの議論がどのようなものか、できるだけ理解するために、まず論旨を手短に紹介し、その上で反論していきたいと思う。

「ウクライナの戦争に思うこと」 (海老坂武氏)

 「誰の仕業か。もちろんプーチンである。・・・だがそれだけか。責任の一端はいまもなお「徹底抗戦」を説くゼレンスキーにもあるのではないのか」。ゼレンスキーは安全な場所から「徹底抗戦」を叫ぶ「狂信的指導者」であり、ウクライナに武器を供与する欧米の指導者は、ウクライナ人の犠牲の上に兵器ビジネスのチャンスを見ている。ロシア軍の残虐さは、ロシア兵だからではなく、戦争だからであり、戦争自体が犯罪なのに「戦争犯罪」を調査するのは滑稽。なぜメディアはウクライナ人の反戦の声を伝えないのか。ウクライナの総動員令を支持するのか。「国を守る」のは無意味で悲惨。ウクライナ主要都市は無防備都市宣言をすべきという意見に納得する。「お国のためにだけは絶対に戦うまい」と思う。

 戦争経験者の言葉は尊重したいと思うものの、それではフランスやアメリカに対して抗戦を呼びかけたホーチミンも、狂信的指導者ということになるのだろうか。ベトナム反戦に関わってきた人が、なぜプーチンの侵略に断固反対するのではなく、それよりも抵抗する側を批判し、戦争犯罪の調査すらせせら笑うのか、理解に苦しんだ。

 ウクライナ人にも一部に反戦の声はあるかもしれないが、明らかに無差別で残虐なロシアの侵略の前に、ウクライナ人が自分から「無防備都市宣言」をするなど、考えにくい。そもそも、日本人が安全な場所からウクライナ人に「武器を捨てよ」と呼びかけることのほうが滑稽で、どう考えても現実に侵略軍に脅かされている人々の心には届かないだろう。きわめて内向きな、日本の中の、それも不勉強な界隈でしか通用しない議論という印象だった。

「ウクライナ戦争の根本問題━戦争における真の敵は国内にいる!」(阿部治正氏)

 ロシアを支配するのはオリガルヒ、軍需産業経営者、治安機関。彼らはアメリカのような国家を目指してソ連復活に乗り出している。ウクライナはオレンジ、マイダン革命のような「支配層間の党派闘争」に明け暮れ、極右が政権に接近。ゼレンスキーは財政の失敗をナショナリズムでごまかしつつ労働法制を改悪。ゆえに挙国一致などできるわけがない。この侵攻と満州事変はまったく違う。ウクライナとロシアの間に「民族的課題はない」。ロシア市民の反戦デモ、一部ウクライナ労働者の戦争動員非協力闘争、そして欧州の労組による武器輸送反対闘争は共通性がある。平和を求める運動は、国際的に労働者同士で繋がって、それぞれの国の国家と戦うべき。この戦争はロシアとウクライナの支配層の間の戦いなので、両国と世界の労働者市民がそれらに対して勝利を収めなければならない。

 ロシアに対する見方が表面的で、意図的かどうかは別として、重要な事実を次々と見落としながら書かれている記事。「ゼレンスキーのもとでの挙国一致が不可能」という評価は、ウクライナの現実を見ておらず、逆にゼレンスキーは過去最高の支持率のもとでウクライナの抵抗を率いている。

 大国が小国に侵略している。満州事変と違うと、どうして言い切れるのだろうか?「兄弟民族」なのだから、併合されても当然なのだろうか? 兄弟民族だと言いながら、それを理由に過酷な暴力を振るう国が一方にある。この構造自体がすでに民族問題ではないだろうか? 「民族的課題はない」という断言は、ロシアのプロパガンダに乗せられてしまった勇み足としか言いようがない。

 ロシア国内で起きている市民の弾圧、政治家、ジャーナリストの暗殺——それらはプーチン政権によるものなのだが——そういった具体的な面に目を向けずにいきなり各国の労働者同士の連帯を呼びかけても、強引で図式的ものになってしまうだろう。

「ロシア・ウクライナ問題を見る視点」(浅井基文氏)

 アメリカの侵略を国連で批判してきたロシアがウクライナに侵攻したことは「私にとって大きなショック」であり、今回の行動は「首肯しうるものではなかった」。だがNATOが東方拡大しなければ、この戦争はなかった。またレーニンの「民族自決権承認」がソ連邦解体を招いたというプーチンの主張には一理ある。ロシアにとって緩衝地帯にはベラルーシしか残っておらず、ウクライナの中立化は当然必要。ゼレンスキーはミンスク合意履行を拒否し、ロシア系住民への締め付けを強化、バイデン政権に傾斜した。ロシアは軍事侵攻することによってウクライナがNATOに加盟しないという確約をとろうとしたのだから、NATO非加盟を提示すればロシアは必ず和平交渉に呼応する。平和的解決のカギはアメリカにある。

 浅井氏は基本的にNATO原因論を述べている。しかし、NATOは別に強引な勧誘をして東欧諸国を加盟させてきたわけではない。なぜこの諸国や、最近ではウクライナ、スェーデン、フィンランドまでもがNATOに加盟を求めているのか、その理由について考えてみるべきではないだろうか。

 一言で言えば、それらの国々の多数の人々は、ロシアの侵略を受ける現実的な可能性があると考えているからである。しかも、それは2月24日に現実になった。今回の侵略によって、ますますNATO加盟は進むだろうけれど、それはNATOが素晴らしいとか、正義だということではなく、ロシアがひどすぎるから、やむを得ない選択といえる。たとえば1994年以降、チェチェンでどれだけひどい虐殺があったか、浅井氏はご存知だろうか。100万人のうち、20万人がロシア軍に虐殺された。このことはヨーロッパでは常識である。

 他国が軍事同盟に加盟することを理由にその国を侵略したり、加盟する権利の放棄を材料に和平交渉——実際には武力で放棄を強要——することが正当化できるなら、ロシアと中国が軍事同盟を結ぶことでさえ、他国からの軍事侵攻の理由にされてもおかしくないが、おそらくそんなことは認められないだろう。

 1930年代から40年代にかけて、ウクライナではスターリンによって人工的な大飢饉が引き起こされ、チェチェン人や朝鮮人は強制移住させられるなど、ロシア全土で無数の人命が奪われてきた。浅井氏が褒める民族自決権など、実際のソ連には存在しなかったのである。ありもしない民族自決権への批判を戦争の口実にしたプーチンに「一理ある」などという評価を広めるのは、侵略への支持と同じくらい罪が深い。

 確かに、プーチンは民族自決権を否定しそうだ。独立を求めて立ち上がったチェチェン人たちを殺戮したような人間なのだから、ある意味で当然だろう。また、ウクライナ人にも自決権などないと考えるからこそ、このような侵略に踏み切れた。「民族自決権」を批判するプーチンにも一理あるのだろうか? どこにもない。あるとすれば、身勝手な自民族中心主義だけである。

 というわけで、「市民の意見」に掲載された記事にいくつかの反論を試みた。残念ながら、今の平和運動内部では、「どっちもどっち」論や、それどころかプーチンの言い分を支持する暴論すら広まっていることに警鐘を鳴らしたいと考えたからである。

 だからと言って、ロシアに警戒的な人々のすべてが、アメリカの戦争を支持したり、武器取引の拡大を求めているわけではない。私もチェチェン戦争だけでなく、イラク戦争やアフガン戦争にも反対してきた。ただ、アメリカを絶対悪とみなして、すべての責任を——ロシアの侵略ですら!——アメリカのせいにしたり、ウクライナ人の正当防衛さえも認めず、逆に武装解除してロシア軍の前に丸腰で立つよう求めるような議論は、明らかに間違っていると言いたい。

 某国こそが絶対悪いという立場を決めて、そこから一切出てこないで批判するのではなく、どこであっても、今起きていることについてそれぞれ善悪の判断をし、よりひどい暴力を振るっている強者を批判することが大切なのではないだろうか。今見た「市民の意見」では、強者の側の問題点には最低限言うべきことすら指摘せず、逆に紙面のほとんどは弱者への批判に充てられているといっても過言ではない。

 また、総じて言えるのは執筆者の人々がロシアについて皮相的にしか知らないということである。あるいは、よく知っていても、書くべきことを書いていないのではないか。たとえば、今回の事態についておおやけに論じるなら、その前段であったチェチェン戦争は不可欠の知識になりつつあるし、ロシア国内での民主派政治家、ジャーナリストの暗殺や、市民団体などへの弾圧について少しでも織り込んでみれば、結論もかなり違ってくるはずだ(これらについての言及は、三つの記事のどこにもなかった)。

 執筆者の方々にも、今後はロシアやチェチェンの現状も知っていただき、改めてウクライナ侵略問題を論考されることを、心から願いたい。

(大富亮/チェチェンニュース)

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