この論文は、ウクライナの「ソシアルニ・ルーク」(社会運動)という左派政党のサイトに掲載されたものです。ウクライナを支援することは、それなしに社会主義へのいかなる闘いも不可能な、人間の尊厳を守ることであり、今、軍事力によってロシア軍をただちに阻止することは、帝国主義に反対するすべての人にとっての最優先課題だと主張しています。
平和憲法を持つ日本が、この論文のとおりに軍事的支援を行うべきだとは思いません。日本が軍事支援=武器輸出を進めることは、政府与党や世論の一部が、台湾有事を念頭に、中国と戦争できる態勢を作るために、ウクライナ問題を利用し、人々の生活を犠牲にして大軍拡を進めるための呼び水になるでしょう。日本がすべきことは軍事支援ではなく、人道支援や、外交の場でロシアの侵略にはっきりと反対し、人権侵害を批判しつつ、両国が和平交渉をするための仲介の努力であるはずです。
その一方で、この論文はウクライナ問題をめぐって混迷する日本の左翼にとって、現地の人々、とりわけ進歩的な人々が、西側の平和勢力に対してどのような考えを抱いているかを知ることのできる、貴重な資料だと考え、紹介します。久下格さんが翻訳されたものを、英語版を参照しつつ一部修正したものです。(チェチェンニュース 大富亮)
著者: ザハール・ポポビッチ(Zakhar POPOVYCH) 「Sotsialnyi Rukh」 2022/05/20
ドイツ議会で最近行われた重火器供給に関する投票では、左翼党と右翼ポピュリスト政党AFDが反対票を投じ、ウクライナの抵抗を支援することを事実上、拒否した。左翼党はAFDと同様の主張をしている。「武器支援はドイツをこの戦争に巻き込み、さらに核戦争を誘発する可能性がある」というものだ。私たちは、このような議論を様々な左翼から何度も聞かされてきた。そこで、これらの共通点を扱った「ソシアルニ・ルーク」のメンバー、ザハール・ポポビッチのテキストを英語に翻訳することにした。この文章はヨーロッパなど、ウクライナの戦争に大きな影響を及ぼしている西側の有力な国々の左翼勢力に向けたものである。
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左翼と国際主義者は、帝国主義との戦いは武力抵抗なしには不可能であるということを学ばなければならない。ロシアのウクライナ侵攻は、現在、世界で最も非道で冷酷な帝国主義者による攻撃である。侵略を受けているウクライナへの武器供給に対する批判の背後には、クレムリンのプロパガンダに触発された、ウクライナ人民の敗北への願望が隠されている。
最近、欧州連合の左翼政党が、ウクライナへの武器供与を加速するよう求める共同声明を発表した。効果的な国際主義運動の発展には、帝国主義に対する統一戦線と、その侵略に対する、武力を含むあらゆる種類の抵抗なしには不可能である。ウクライナ人の英雄的抵抗にもかかわらず、ロシアの全面的な軍事攻勢は続いている。この文章が書かれている間にも、砲撃や爆撃で人々が大量に死んでいる。今、軍事力によってロシア軍をただちに阻止することが、帝国主義に反対するすべての人にとっての最優先課題であることは当然であろう。
●有害なウクライナ支援に対する反対運動
ウクライナへの支援に反対するために、それぞれの国での社会・経済問題の重要性の方に注目を集めようとする試みが、西側の左翼の間で依然として見られる。例えば、社会主義者や国際主義者を自認する一部の有識者が、労働組合に対して、ウクライナとの連帯を示す代わりに、英国における生活水準の低下や暖房・光熱費の値上がりに注目するよう呼びかけるほどである。このような反対は人為的であり、非常に有害であると私たちは考えている。
ロシアが人口密集地を残酷に爆撃し、何千人もの民間人が犠牲になった今日でさえ、侵略者を正当化しないまでも、少なくとも「双方に」停戦を求めることで責任を曖昧にしようとする人々がいるのは残念である。
確かに、両方による砲撃を交える市街戦によって、家屋が損害を受けることはあり得る。しかし、このことを理由にウクライナを防衛する人々に停戦を求め、非武装の人々や捕虜を殺し続ける敵への抵抗をやめろというのは、皮肉にもほどがある。強調すべきは、2月24日にロシア軍が国境を越えてウクライナの都市を攻撃し始めなければ、住宅地での武力衝突も、ウクライナ領土での戦争も起こり得なかったということである。
●尊厳を犠牲にした停戦?
ウクライナ人がいま抵抗をやめることは、彼ら自身の人間としての尊厳、自由である権利を放棄し、モスクワの奴隷となることを意味する。結局のところプーチンの侵略は、ウクライナ人の自決権を公然と拒否しただけでなく、ロシアでもLDNR(ドネスクとルガンスクの「人民共和国」)でも起こっているように、ほとんどの民主的、社会的権利を一挙に排除しようとしているのである。
この戦争でロシアを正当化しているいわゆる「左翼」が、こうしたことを支持するならば、これから先の社会的権利と公正さの確保のための闘いに、人々にどのような働きかけをするつもりなのか、想像するのも難しい。賃金を上げるための基本的な闘い、さらには労働者のストライキは、労働者の自由と尊厳があるところでしか起こりえない。労働者階級にとって有利な社会の変化は、プーチン一派があれほど嫌っている「マイダン(広場)」型の、自治的で民主的な草の根運動にから生まれる。プーチンは、すべての草の根運動は常に謎の外国人エージェントによって組織されていると主張し、自立的な運動の可能性そのものを否定している。すべてのマイダン型の民主主義運動が社会革命だとは言えないにせよ、あらゆる革命はまず最初にマイダンのような形をとるはずだ。
●ロシアに不都合な民主主義
一貫して民主的自由を抑制し、選挙を勝者があらかじめ決められた見世物にしてきたロシアとは違い、マイダン後のウクライナでは、欠点があるものの選挙は定期的に行われ、しばしば現政権の意に反した新党や新指導者を政権に押し上げてきた。ウクライナ人はそのことをよく理解しており、ロシアとは逆の方向に進みたいという意識を持ってきた。ウクライナ人は、ロシアのような、さらにはLDNRのような体制下で生活することを望まず、自分たちで未来をを決めたいと願ってきた。だが、それこそがプーチンにとっては「ロシアの安全保障に対する脅威」なのである。
いま私たちは、ロシア軍による領土への大規模な侵攻を受けている。ロシアは、こともあろうにロシア自身が過去に友好条約や安全保障条約を締結し、領土保全への支持を表明してきた独立国を攻撃しているのである。
極めて慎重なロシアの国連大使でさえ、ウクライナで起きていることについて「特別軍事作戦」ではなく、いまや「戦争」という言葉を使い始めている。
ロシア連邦の国営テレビは、キエフ近郊のゴストメル、ケルソン、およびウクライナの各地に進軍したロシアの軍隊を映し出している。すでに報告されているように、これらの部隊は、ロシアの占領に反対する平和的なデモを銃撃するだけでなく、単に彼らが気に入らない市民を銃殺している。小さなブチャですでに何百人もの市民の死体が発見されているとすれば、マリウポリでの死体の数は間違いなく何千、何万にもなるであろう。ロシアはウクライナの全地域の施設に対する砲撃を公式に認めている。この1ヶ月半のウクライナでの戦争で、マイダン以降のそれまでの8年間よりも多くの人が死んだ。国連の推計によれば、2014年4月14日から2021年9月30日までの全期間において、ドンバスの紛争で死亡した民間人の総数は3393人である。「ドネツク人民共和国」では先月だけで5千人以上の民間人と、動員された民兵の死傷者が確認されているが、これは明らかに控えめな数字である。
●ウクライナの存在自体が有罪
プーチンは演説で、「ロシア人とウクライナ人は同一の民族である」と述べて、すべての行動を正当化している。それは、ウクライナ人の独立したアイデンティティ、人格権、自決権、自分たちの国家を持つ権利の否定である。プーチンの歴史的な演説は、すべてのウクライナ人を公然と辱めたが、その暴言はウクライナ人を団結させただけだった。ロシアが軍事力によって「ウクライナ人など存在しない」と認めさせようとしたとき、この戦争はウクライナ人にとって本当に愛国的なものに変わったのである。これは、あらゆる国籍・民族のウクライナ人、日常生活で主にウクライナ語とロシア語を使う人の両方に当てはまる。プーチンは、ウクライナという民族だけでなく、多民族国家としてのウクライナと、その人々が自治する国家の両方を否定したのである。
プーチンの侵略は、ほとんどすべてのウクライナ人に、自分たちの尊厳を保つには、ロシアの占領者を打ち負かすしかないと確信させた。従うことはプーチンの奴隷になることであり、自国語だけでなく自国の権利も忘れ、自由に考えたり、自分で決定することを禁じられる。これが、ウクライナ人に対する「非ナチ化」「非軍事化」の要求であり、最近もロシアの国営通信社によって、ウクライナの「脱ウクライナ化」の要求であることも明言された。つまり、ウクライナ人は存在すること自体が有罪だったのである。
●NATOの問題
NATO(北大西洋条約機構)の脅威を理由に侵略を正当化しようとする試みは、侵略の1カ月前に多くのNATO諸国の軍事教官や外交官までもが、これみよがしにウクライナから出国したことを考えると滑稽に映る。NATOが「加盟国の兵士はいかなる状況下でも参戦しない」というはっきりした声明を出したことが、挑発行為にあたるだろうか? むしろ挑発に見えたのは、ウクライナがあまりにロシアの近くにあること、それ自体だったのではないか?
また、ウクライナが軍備を整え、戦力を増強しようとしたことを「挑発」と考えるなら、2014年の戦力不足が、東部地域のロシア軍による占領を許し、そこに権威主義的な体制が確立されてしまったことも忘れてはならないだろう。だいたい、ここでいう「挑発」とは、女性が護身用に催涙スプレーを持っていたことがレイプを誘発したと言うような、被害者を非難するたぐいの話である。
世界におけるNATO諸国の攻撃的な行為や、世界的な対立の存在を否定する必要はないが、中東や中南米における特定のNATO加盟国の攻撃的な行動は、ウクライナに対する侵略を正当化するものではない。ウクライナを協約対象国として認めず、武力による強制と服従、あるいは国の破壊を選んだのはロシアである。ウクライナ国民の大半がNATO加盟の必要性に傾き始めたのは、クリミアの併合とドンバス地方でのロシアによる戦争煽動があったからである。もちろん、この戦争がNATO加盟国を巻き込んでさらにエスカレートすれば、数百万人の犠牲者を出す世界大戦に発展する恐れがあるのは間違いない。「NATOの拡大」という神話がロシアのエリートを刺激し、報復に走らせたという見方もできる。しかし、今回ロシアがとった行動は、他国の行動の結果ではない。NATOの侵略性について、いくら一般論を重ねても、いまウクライナにいる侵略者がロシアだけであるという事実は変わらない。
●クレムリンが求めるもの
ドンバスでの戦争を終わらせるために、ロシアがウクライナに侵攻せざるを得なかったというなら、さらに不条理な話である。2014〜2015年の戦争初期には、ロシア軍の参戦により、ドンバスで相当数の民間人(MH17便の乗客全員を含む)が犠牲になったが、ゼレンスキー政権誕生後は、砲撃と犠牲者の数はゼロに近づいていた。2021年末に人為的なエスカレートがあり、LDNRを中心に砲撃回数が増えた後も、民間人の犠牲者は散発的で、今の百分の一程度だった。したがって、ドンバスの人命を守るための最善の戦略は、紛争を停戦し、軍を撤退させることだったが、ロシアがそれを拒絶したために実現しなかった。まさに、ロシアの目的は戦争を止めることでも、民間人の苦しみを終わらせることでもなく、ウクライナを支配することだったからである。
すぐに、クレムリンにとって民間人の命を救うことは優先事項ではないことが、誰の目にも明らかになった。彼らが望んでいたのは、いわゆる「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」に任命した指導者を通じて、ウクライナの政治的決定にクレムリンが介入できるような形でのミンスク協定の履行だったことが判明したのである。言い換えれば、クレムリンの主な動機は、昔も今も、民間人の利益をないがしろしてでもロシアが特権を得ることなのである。ウクライナの指導者の一部を任命する権利を持つことがプーチンの重要な利益であり、いかなる状況でもそれを手放するもりはない。
そしてクレムリンが任命したルガンスクとドネツクの指導者の傀儡ぶりは明らかで、2014年にその創設を支持した人々でさえそれがよくわかっていた。それらの議会のいわゆる「選挙」の実情は、そこで選出された議員でさえ語ることを恥じるような笑い話であった。2014年のドンバスにおける民衆蜂起をウクライナ国内の内戦だと考えた人でさえ、少なくとも2015年以降には、これらの政権が、ロシアの武器だけに支えられた軍事独裁政権にすぎないことを認めざるを得なくなった。ロシアに占領されたドンバスには、選挙も政治的生活もないことは、すべてのウクライナ人がはっきり認識している。
●ウクライナの政治
ウクライナの政治生活にも欠点はあった。特に、「脱共産化」政策は明らかに有害であり、民主主義的ではなかった。憲法にNATO加盟に関する条項が盛り込まれたことや、「言語と宗教」をめぐる明らかな右翼的民族主義キャンペーンは、間違いなくウクライナに大きな損害を与えている。しかし同時に、ウクライナは常に多元的な政治体制を維持し、政治勢力の綿密な相互統制により、選挙は定期的に行われ、その結果は不正ではなく、正確な投票結果によって決定されていた。
ウクライナ人は、労働者階級の多い都市から来たユダヤ系の素朴な男を選んだが、彼は才能ある俳優であるだけでなく、有能なリーダーであり、東からの侵略に対する防衛のために、ウクライナ人を団結させることに成功した。好むと好まざるとにかかわらず、ウクライナ人は誇りを持ち、選択と政治的決定を自由に行うための能力を持ち、その選択に責任を持った上で、必要に応じてその考えや選択を変えていくだろう。
ウォロディミル・ゼレンスキーは、主にブルジョアジーの代表であり、反腐敗政策におけるいくつかの前向きな行動を除けば、労働者の権利を制限し、社会保障を削減してきた。しかし、それでも彼はウクライナの労働者によって選出されたのであり、2期目に選出されるかどうかも労働者次第である。そして、ゼレンスキーは、自分が行動するのは選挙民の利益のためであって、他の国家のためではないこと、彼の政治的将来を決定するのも選挙民であることを、よく理解している。戦争という過酷な状況の中で、彼は多くの有権者が期待する通りの行動をとっており、したがって、彼の評価と再選の可能性は高まっている。
●ウクライナを支援することで、得られるもの
今日、ウクライナを支持しないということは、正義と民主主義へのあらゆる希望を捨てることであり、人間の尊厳を略奪することである。社会主義へのいかなる闘いも、人間の尊厳なくしてはできない。そして、ウクライナへの支援とは、とりわけ、ウクライナ軍への武器の供給と領土の防衛を指している。特に、キエフ近郊のブチャ市のロシア軍による占領の結果を世界が見た後では、なおさらである。ウクライナの防衛が効果的であればあるほど、民間人の犠牲が減り、大量殺戮や拷問が減り、大規模な遺体遺棄が減ることは明らかである。ロシア政府のアナリストでさえ、兵力の大幅な追加なしにウクライナを攻略し占領することは不可能であり、ウクライナ人はモスクワの意向に従うつもりはないことを理解し始めている。
したがって、この戦争でロシアが早く、決定的に敗北すればするほど、より多くの人命が救われ、ロシア人自身にとっても、結果的に良いことになる。犯される罪が少ないほど、(ウクライナあるいは世界と)ロシア人との間で、和解とコミュニケーションを回復するチャンスが増えるからである。
記事原文
https://rev.org.ua/right-to-weapons-how-can-leftists-support-ukraine/
ソシアルニ・ルークとは?…‘SOTSIALNYI RUKH’: Who we are?
https://rev.org.ua/sotsialnyi-rukh-who-we-are/https://rev.org.ua/sotsialnyi-rukh-who-we-are/
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