(大富亮)
ウクライナが大変なことになっている。2月末からのロシア軍の軍事侵攻によって、ウクライナの町々が火に包まれ、今日はとうとうザポロジエ原発がロシア軍に砲撃され、火災が起きたというニュースが伝わっている。さいわい鎮火はしたが、すでに原発はロシア軍に制圧されているという。
ウクライナ戦争によって、始めてプーチン政権の危険性に気がついた人も多い。チェチェンニュースの読者は、ほとんど1990年代からのチェチェン戦争を知っているので、今回の事態を見れば、やはりチェチェンと類似していることを感じると思う。今、ウクライナでは住宅の入ったビルも、大学も、ロシア軍によるミサイル攻撃にさらされている。
少し振り返ってみよう。1991年のソ連崩壊によって、ソ連邦の構成共和国は独立し、それぞれが主権国家になった。その一つがウクライナやベラルーシ共和国であり、ロシア連邦だ。しかしその後、ロシア連邦の一部であったチェチェン共和国が独立を宣言したために、1994年からロシア軍が侵攻を開始した。
チェチェン側はゲリラ戦によってロシア軍を撃退し、1996年にロシアとの間にハサブユルト和平合意を結んだ。チェチェンの独立問題は棚上げされることになったが、合意の期限前の1999年に、再びロシア軍の侵攻が始まり、今度は大統領マスハードフも暗殺されるなどしてチェチェン独立派が崩れ、ロシアの傀儡であるカディロフが今もチェチェンを支配している。
この間に、20万人以上のチェチェンの市民がロシア軍の侵攻の犠牲になったことは特筆しておきたい。
第二次チェチェン戦争によって、一気に権力の座についたのが、ウラジーミル・プーチンだった。1999年末に大統領となり、それ以来23年近く、ロシアの最高権力者である。このチェチェン戦争のあと、プーチンは2008年にジョージア、そして2022年のウクライナ侵攻を行っている。
プーチンの意図がどこにあるのかはわからない。よく言われるのは、軍事同盟・NATOの東方拡大によって、ロシアは危険にさらされている。また、ウクライナにいるというネオナチ勢力が、住民を虐殺しているために、平和を維持するために派兵をしなければならないという理由だ。
よく似たことはチェチェン戦争の時にも言われていた。チェチェンの一部の武装勢力が、ロシア各地の都市で連続爆破テロを行ったとされ、「奴らを便所に追いつめる」とプーチンが言い、ロシア軍をが軍事侵攻を開始した。私はリアルタイムでそういった情報に接していた。今と同じく、真偽の判断のつかない情報が乱れ飛ぶ中で、ずいぶん困ったことを覚えている。
しかし、万一そんなテロリストがチェチェンにいたとしても、必要なのは犯罪捜査であって、一般市民の頭上に爆弾を降らせたり、難民の車列を機銃掃射したりすることではない。今、ロシア軍がやっているのはそういうことである。ウクライナの場合は、原発攻撃や、ロシアの核準備体制の強化という恫喝まで加わっているわけで、このウクライナ侵略は原発災害や核戦争に直結する世界的な問題になってしまった。世界第三位の巨大原発基地であるザポロジエが爆破されてしまったら、世界が汚染されてしまう。 または、緊張の高まるあまり、核保有国の間での偶発的な核戦争だって、ありうるのではないか?
いま、すごく恐ろしい状況にある。世界が生き残るために、ウクライナとロシアの停戦交渉を全力で推進しなければならない。私たちも、インターネットではもちろん、行ける人は路上に出て、プーチンがこの戦争をやめるように、デモやスタンディング、集会に参加して、声を上げていこう。
どんな紛争でも、片方が完全に正しく、もう片方が完全な悪だということはないだろう。背景を知れば、見えてくるものは変わってくる。軍事同盟であるNATOの東方への拡大が、ロシアにとって大きな脅威であり、アメリカがウクライナに影響力を持とうとしたことが、ロシアを刺激し、今回の侵略につながったという意見もある。
それもある程度、理解できる。だが、ロシア人の大多数がそういう風に考えて、ウクライナ戦争を支持しているかどうかには疑問がある。今、ロシアの都市では警察による弾圧にも耐えて、さまざまな抗議行動が行われている。
たとえば、「ロシアにとってのNATOの脅威」というものと、「チェチェンにとってのロシアの脅威」や、「ウクライナにとってのロシアの脅威」を比べてみてはどうだろう。チェチェンやウクライナ、東ヨーロッパ圏の国々に住む人にとってのロシア軍は、数十万人の人々が実際に死んできた現実の脅威である。一方で「NATOの脅威」は、少なくともロシアの人々を殺してはおらず、言ってみれば観念上にある脅威である。もちろん、それもありがたいものではないが。
おそらくプーチン政権の中枢部にとっては、NATOは観念ではなく「現実の脅威」であり、実際にそういう考えをスプートニクやRTなどの対外メディアを使って宣伝している。情報として読んでいる人はそれなりにいると思う。ただ、それを自分の考えに組み込むのは考えものではないだろうか。いまロシアが行っていることは、どんな尺度からも容認できない侵略で、あまりにも不合理な行動だ。その中心人物の思考を詮索してみても、それはロシアの人々を代表するものではなく、政敵とメディアを弾圧してきた独裁者の、独善的な思考の帰結という部分が大きい。
いろいろな意味で、第一次、第二次のチェチェン戦争が、今のウクライナ侵攻へと向かう曲がり角だったのではないかと思う。ソ連が崩壊した頃、自由な社会がやってくると、多くの人が期待した。ある時期までのエリツィンは変革を主導したし、西側も多くの支援をした(うまくはいかなかった)。しかしチェチェン—ジョージア—ウクライナと、好戦的な政策はそのたびに大規模化してきた。
もちろん、こう書いたからと言って、同じ時期にアメリカや有志連合がアフガンを攻撃したり、イラク戦争を侵略したことに目をつぶるつもりはない。犠牲者の数で言えばそちらの方が多い。
ここに来て、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツまでもがウクライナへの軍事援助を拡大している。岸田政権も自衛隊の防弾チョッキをウクライナに供与しようとしている。防弾チョッキもりっぱな武器である。
また数日前、ウクライナ大使館は日本語のツイッターで、ウクライナへの義勇兵を募集すると発表し、元自衛隊員を中心に、70人程度の応募があったという。
ウクライナを助けるために、私たちは武器を送ったり、義勇兵を送ったりするべきなのだろうか。ロシアから見れば、それは日本が戦争の当事国になることではないだろうか。それにもし、このような義勇兵の募集が日本で許されるなら、ロシア大使館が同じことをしても、誰も文句が言えない。(ウクライナ大使館のツイッターは、その後削除された)
私たちは、どうしてもウクライナ侵略をやめさせなければならない。しかし、武器や義勇兵によってではないはずだ。結局それは、人々の命と引き換えに、武器産業を儲けさせるだけだ。ウクライナ戦争が起きた直後の2月27日、ドイツのショルツ首相は、2022年度から軍事費を日本円で12兆円増やすという、大幅な追加を決めた。このニュースに、ドイツの武器産業は小躍りしたことだろう。ドイツの人々の福祉に宛てられるはずの税金が、銃に替えられる。その構図は日本も同じである。安倍元首相にいたっては、軍備強化どころか米国との核兵器の共有まで言い出している。
チェチェンでは、第一次の戦争で独立派が辛くも勝利したあとも、社会に武器があふれ、武装勢力が群雄割拠して新政府を翻弄し、結局ロシアの二度目の介入を招いてしまった。武器によって得られる勝利は、一時的なものでしかない。
今、街に出てウクライナ戦争に反対している人々は、平和を求めているのであって、戦火に火を注ぎたいわけではない。たぶん日本製の武器の輸出も願っていないだろう。ただ平和的な手段によって、ウクライナ戦争を終わらせることが必要だ。ロシアにも、戦争に反対する多くの人がいる。
この間の日本中での反戦活動の盛り上がりをみて、平和や正義を求める人々が、思ったよりずっと多くいることを感じた。より多くの人々がこれに加わってほしい。私たちが声を上げることには、無限の可能性がある。それと同時に、ウクライナ危機に乗じて武器輸出が行われたり、各国で軍事費が増大し、社会が軍事化していくことに対しても、最大限の警戒を訴えたいと思う。
各地での抗議アクションの一覧: https://note.com/chechennews/n/n3796e99df2ed 安倍氏、核共有にふれ「世界の現実、議論タブー視ならぬ」フジ番組 2022年2月27日、朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASQ2W5605Q2WUTFK00G.html 「義勇兵」に日本人約70人志願 ウクライナ大使館、投稿は削除 2022年3月2日、共同通信 https://www.tokyo-np.co.jp/article/163202 ドイツが劇的な政策転換 「プーチンの戦争」きっかけに 2022年2月28日、BBC News Japan https://www.bbc.com/japanese/60551920 政府、ウクライナに防弾チョッキ供与へ 異例の提供、追加支援も検討 3/4(金)、毎日新聞 https://news.yahoo.co.jp/articles /e1d6a9e35c968761ee7bce0684fd8d8b692e8279 【緊急】紛争当事国ウクライナへの武器供与に反対します 2022年3月4日、杉原こうじのブログ https://kosugihara.exblog.jp/241381367/ ==================================== ▼ご感想をお聞かせ下さい。 ootomi@mist.ocn.ne.jp https://twitter.com/chechennews ▼チェチェンニュースは、ロシアによる対チェチェン軍事侵攻と占領に反対し、 平和的解決を求める立場から発行している無料のメルマガです。2001年から発行 しています。 ▼チェチェンニュースへのカンパをおねがいします。少額でもかまいません。 〈郵便振替口座番号 00130-8-742287 チェチェンニュース編集室〉 〈ゆうちょ銀行 019店 当座 0742287 チェチェンニュースヘンシュウシツ〉 ▼新規購読・購読停止はこちらから: https://list.jca.apc.org/manage/listinfo/chechennews Gmail以外のメールをおすすめします。登録しても届かない場合があります。 ▼発行部数:1063部 ▼発行人:大富亮 ====================================