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(大富亮/チェチェンニュース)
3月にチェチェン独立派のマスハードフ大統領*4 がロシア軍に暗殺されてから、チェチェンをめぐる状況はさらに混乱している。
ロシアに対して一貫して和平交渉を呼びかけてきたマスハードフ大統領暗殺の翌日の3月9日、独立派系のインターネットサイトは、イスラム法廷議長だったアブドゥルハリム・サドゥラーエフ*3 を新しい大統領として発表した。サドゥラーエフはここ数年マスハードフの側近として働いていたらしいが、まだ38歳と若いこともあって、チェチェンの中での知名度は低い。
マスハードフを引き継ぐ穏健派としてのサドゥラーエフは、選挙を経ずに大統領になった。戦争が続いており、まともな選挙のできない状況で抵抗を続ける以上は仕方のないことなのかもしれないが、権力というのはそういう形で譲っても、あまり実際の動きには結びつかないように思える。マスハードフの強みは軍事的な資質でもカリスマ性でもなく、ロシアとの交渉派として戦間期に選ばれたことで、したがって彼にチェチェンの人々が期待していたのはロシアとの交渉による終戦だったのだ。
それが行き詰まった最大の要因は、ロシアの拒否主義にある。マスハードフ側がどんなに和平を呼びかけても、プーチン政権は応じようとしてこなかった。そのあげく特殊部隊を使ってマスハードフを暗殺し、ロシア側はこの路線の息の根を止めたように見える。独立派のサドゥラーエフ大統領は今のところ、交渉しないとも言わないが、積極的にロシア側と交渉したいというメッセージを発していない。
戦争と交渉という選択肢のうち、つねに野戦司令官シャミーリ・バサーエフ *5は戦争を、あるいは「テロ」を選んできた。穏健派の弱体化によって前面に出てくるのは、やはりこの人物だ。先月25日、独立派はウェブサイトを通して、シャミーリ・バサーエフとロンドンに亡命中のアフメド・ザカーエフ文化相の二人を第一副首相に選んだと発表した。大きなテロ事件が起こるたびに「バサーエフは独立派政府と関係がない」と声明してきたザカーエフの立つ瀬がなくなった。少なくとも当分の間、彼の言葉の信用の度合いは下がらざるをえない。
モスクワ劇場占拠事件、北オセチア・ベスラン学校占拠事件その他を引き起こしてきたバサーエフ。そんなバサーエフでも独立派の中で地位が上がっていくのなら、それなりの理由があると思う。それを少し考えてみたい。
まず、民主的な選挙や国民投票といったものは、戦争のない時期にしかできない。そんな時期に必要になるのはマスハードフのような交渉型の人間であって、バサーエフのような手荒な人物はお呼びではない。それは97年の大統領選挙でマスハードフが64%、バサーエフは24%という得票に現れている。民主的な選挙をしていけば、少なくとも大統領には選ばれないのがバサーエフだ。けれど、それでは彼は納得しない。
平和が自分を選ばないのなら、戦争が自分を選ぶだろう。そう彼が考えたかはわからないが、その後のバサーエフの行動にはそんなスローガンがぴったりだ。マスハードフとの離反と敵対、武装勢力の維持と育成、ベレゾフスキーからの資金受け取り。自分で起こしてでも戦争したいといわんばかりに、政府から離れてダゲスタンに出兵してロシア軍の侵攻の口実を作り、チェチェンを戦争に引きずり込んだ。まるで世界全体を愚弄しようとするようにテロ事件を繰り返して今日にいたる。
バサーエフは選挙で選ばれたわけではないにしても、世界区の知名度と、第一次の戦争での「救国の英雄」像を背にしているだけに、存在感はサドラーエフより強い。
戦争を望んでいるのはバサーエフだけではない。
8月30日になって、バサーエフは北オセチア・ベスラン学校占拠人質事件から1年を記念してだろうか、新しい声明*1 を出した。かいつまんで言うと、『ロシア側特務機関が独立派を北オセチアのウラジカフカスの政府庁舎の襲撃におびき出して一網打尽にしようと計画した。このことが、独立派武装勢力に潜入したロシア側工作員が寝返ったためにわかり、それに乗ったふりをして北オセチアに向かい、警備されていないベスランの学校に目標を変えた』という内容だ。
要するに、もともとロシア特務機関と結託してテロ事件を起こしながら、今日になって「ロシア人を利用してやったんだ」と居直りを決め込むのが、この人物の流儀だ。ベスランで続いている裁判での新しい証言*2 には、占拠したゲリラたちの中にロシア人らしきエージェントがいたこと、チェチェン人よりも、なぜか、地元の北オセチア人が多くいたらしいことを、私たちに伝えている。バサーエフの証言はある意味で「正直」だ。
「国際テロとの戦い」を戦うロシア政府としてはやはり、「チェチェンの過激派と結託している」などという悪評は立てられたくないはずだから、「バサーエフの声明は狂人のたわごとに過ぎない」とでも否定すればいいのだが、そうしようとはせず、今のところ沈黙を守るばかり。バサーエフとプーチンの合作だったとしても、それを暴露できるのはバサーエフの側だけということで、彼は自分が殺されない範囲で、ロシア側から見ての利用価値も発揮しつつ、これからも「真相」を語りつづけるだろう。
戦争という非常事態の中では、穏健派はしばしば過激派に譲歩を迫られ、潰されてゆく。特に、その過激派が「敵」と結託しているのならば、全体の情勢は「敵」に握られることになる。バサーエフがチェチェンの隣国イングーシあたりをぶらついても捕まらず、ラジオ・リバティーの記者の取材に答えたりできる一方、大統領のマスハードフは地下に追い詰められて銃殺されたという事実が、独立派の中に隠された致命的な対立を示している。
チェチェン戦争を必要としているロシア。国内のさまざまな不満の矛先をテロの恐怖にすりかえて、そこに醸成された社会不安をてこに集権化を進め、政権を安定させようとするプーチン。彼を祭り上げている、連邦保安局をはじめとする治安組織。アフガン・イラクで「国際テロとの戦い」を進める米国は、チェチェンに対する戦争も黙認している。そしてバサーエフ。侵攻する側と抵抗する側の過激派の利害は、一致しつづけている。
こうして考えてくるとき、ロシア政府が、政治的にも、戦争によっても、チェチェン問題を解決させようとしているとは、信じられない。むしろ、<いつまでも続けたい>のだ。バサーエフは、おそらくかなり偏狭な名誉欲から、チェチェンの解放というより私闘に近いものを展開するだろう。プーチンはロシアの「皇帝」として、健全な国家運営の困難に汗することなく、安易で便利な「敵」であるチェチェンを利用しつづけるだろう。両者は一見計画して動いているように見えるが、将来への見通しは何もない。そのそばで、毎年3万人近いペースで、チェチェンの人々の命が奪われている。
戦争を終わらせなければならない。今までとは違うアプローチから。
今はチェチェンを分析していればいい時ではないということはわかっている。ロシアについての研究が特に足りないことも私は自覚しているが、それも研究のための研究であっては意味がない。独立派もロシアも「戦争党」に汚染されている以上、ことは国家の枠組みを超えた解決を探ることが、私たちの役割だと思う。
チェチェン問題はすでに国際問題だ。これだけ大きな人道的惨禍があり、広範囲な人権侵害が続いている以上、そして当事者たちに解決できない以上、「チェチェン問題はロシアの内政問題だ」などという言い逃れは、もう意味をなさない。少なくとも、「テロ」で殺された千人ほどのロシアの人々や、戦争で殺戮されていったチェチェンの20万人の人々に思いを馳せるわずかな想像力にかけても、その言い逃れは許せない。
事態をここまで悪化させたのは第一にロシア政府だが、私たちは一体何をしてきたというのだろう。小さな会場を借りて開く集会、わずかな難民支援、ニュースレター、そういうものは必要ではあっても、十分ではない。それらを組織してきた者のひとりとしても、胸は張れない。
11月に、二つの予定がある。ひとつはプーチン大統領の日本訪問。もうひとつは、チェチェンにおけるロシアの傀儡政権による「議会選挙」だ。私たちにとって、とくにプーチンの訪問には大きな意味がある。訪日に向けて、何かできることはないだろうか。プーチン本人と国際社会に向けて、忘れられようとしているチェチェン問題の解決をアピールするには、何をしたらいいのだろう。
「国際的な解決」は、私たち自身が関わる、新しいものだ。それをどんなものにすればいいのか、このチェチェンニュースを読む人々の意見を聞きたい。そして、できるかぎりのことを、共に。
*1 毎日新聞/<ロシア>チェチェン武装指導者が声明 学校占拠事件1年で:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050831-00000013-mai-int
*2 北オセチア学校占拠事件、真実はどこに?:
http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/chn/0522b.htm
*3 人物情報:アブドゥルハリム・サドゥラーエフ:
http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/basic/biograph.htm#sadulaev
*4 人物情報:アスラン・マスハードフ:
http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/basic/biograph.htm#Maskhadov
*5 人物情報:シャミーリ・バサーエフ:
http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/basic/biograph.htm#Basayev
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