発行部数:1103部
INDEX
・本の紹介:『チェチェン大戦争の真実〜イスラムのターバンと剣〜』
・みみの会:「映画監督・森達也氏に聞くドキュメンタリーの可能性」
・訂正とお詫び
(大富亮/チェチェンニュース)
2001年の9月11日を境に、チェチェンを巡る国際環境は大きく変わり、 各国政府はロシアによる人権侵害に目をつぶるようになった。「テロとの戦い」 において自由や人権は制限されて当然、ということらしい。だが、政府の人び とがどう考えようと、もうひとつの潮流は確実に存在する。
今月刊行された『チェチェン大戦争の真実〜イスラムのターバンと剣〜』は、 この潮流の手堅い一角となる本だ。著者はNHKの特派員として長年ロシア・ 東欧を取材しており、最近も「視点・論点」という番組でチェチェン問題を解 説していたのが、記憶に新しい。
この本は三章からなる。第一章の「甦るチェチェン戦争」は、91年から今 日にかけての現代チェチェン戦争の経過を分析している。たとえば、96年に ロシアのレベジ安全保障会議書記と、チェチェンのマスハードフ参謀長が結んだ ハサブユルト和平合意が、いったんは戦争を終結させながら、なぜその後もみ 消され、次の陰惨な戦争の歯止めにならなかったか。
著者は、エリツィンの態度に問題を見ている。エリツィンがライバルだった レベジを登用してチェチェン問題の解決に当たらせたのは、結局、対立候補を 自分の陣営に引き込んで大統領選を勝ち抜こうとした結果に過ぎなかった。ハ サブユルト合意ができた後、強硬派の軍部、共産党のジュガーノフ、モスクワ 市長のルシコフらが一斉にレベジを敗北主義者として攻撃し始めた。エリツィ ンは彼らがレベジを攻撃するに任せ、「用済みの将軍を切り捨てた」。こうし て一つの和平合意が有名無実となり、次の戦争を止められなくなったのだ。レ ベジはヘリの墜落事故であっけなくこの世を去った。
第二章は、いまだに日本ではほとんど紹介されていない、チェチェンを含む 北コーカサスの歴史を述べる。古くから50以上の民族が住むコーカサスの山 地。ロシアの南下、あるいは侵略は、15世紀の昔にまでさかのぼる。比較的 早い時点でロシアの支配下に入ったグルジアなどの南コーカサスの諸国と異な り、チェチェンやチェルケスの人々はあくまで抵抗の戦いを続けた。
この章に引用されたエカテリーナ二世の手紙はとりわけ興味深い。「チェチェ ン人が勝手気ままに振舞っても罰を受けずにいたら、他の山岳民たちも領主に 叛き、ロシアに敵対するようになるに違いない。彼らをすみやかに懲罰しなけ ればならない」。この手紙は、北コーカサス諸国の要であるチェチェンの独立 を許さない現代ロシアのロジックそのものだ。まるでスターリンのように、自 分を取り巻く政治家たちを互いに争わせたエリツィンといい、なぜ帝国という ものは、こうも変わらないのだろうか・・・。
第三章は「カフカスと世界の未来」と題されている。米英、日本などが「テ ロとの戦い」に舵を切ったのち、チェチェンはこれまで以上に、いわれのない 苦境に追い込まれた。プーチンはブッシュに迎合して「テロとの戦い」を支持 し、チェチェンへの侵略を正当化した。このバスの便乗組には、イスラエルも、 中国も、インドネシアもいる。
著者はこう書く。「不満の申し立てを公正に取り上げて平和に議論する場や 可能性が確保されていなければ、テロとの戦いは体制派の単なる現状維持のイ デオロギーとなって、社会は閉塞状況に陥ることになるだろう」。軍事強硬派 路線の大統領プーチンの再選、報道規制、テロ対策予算の大幅増額、保安機関 の強化。「対チェチェン政策が、ロシア社会をますます、強権的体質に歪め、 民主化を阻害する自縛状況を作り出している」。
この本を手にとる私たちの多くは、日本でも日増しに強まっていく保守的イ デオロギーの圧力を感じつつ、一見無関係な、遠いチェチェンの問題に関心を 持っている。北コーカサスの山あいで毎日をロシア軍の占領下に暮らし、略奪 と殺人にさらされているチェチェンの人々にとって、心を寄せることのできる 「外国」とは、このような本を書き、読み、そして戦争に反対する一人ひとり の日本人や、ロシア人しかいない。
いつか、日本を含む各国の政府がチェチェン侵攻に対して批判声明を出すこ ともあるだろう。それは、広い世論の結論としての批判声明でなければならな い。言い換えれば、批判が、人びとの心からにじみ出た言葉でなければ、駆け 引きのための薄っぺらな批判に終わってしまう。すでにチェチェン問題を知っ た私たちの役割は、土台となる世論を作り出すことにある。
チェチェン共和国という名を初めて耳にした94年のあの頃から、ついに1 0年が過ぎようという今日になって、私たちは抵抗する人々の歴史的な姿を知 り始めた。「現在のチェチェン戦争だけをいかに詳細に研究しても、この紛争 の本質を掴むことはできない」と考え、綿密に読み込んだ史料をかみくだいて 提示した著者の姿勢に、尊敬を感じる。
単行本: 346 p
出版社: 日新報道 ; ISBN: 4817405686
アマゾンで購入:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4817405686/qid%3D1084260946/sr%3D1-1/ref%3Dsr%5F1%5F8%5F1/249-3371268-9874718
チェチェンニュースの大富が別個に事務局を務める「みみの会」では、11 周年記念として、映画監督の森達也氏をゲストにお招きします。森氏はオウム 真理教の広報担当・荒木浩に密着したドキュメンタリー映画『A』『A2』で、 誰も知ろうとしなかった彼らの素顔と、それをとりまく日本社会の歪んだ現実 をとらえ、世界各国で高い評価を得ました。社会に問題提起しつづける森氏に、 映像について、ドキュメンタリーの現場や可能性について、おおいに語ってい ただきます。
会の終了後には、懇親会を予定しています。 みなさまのご参加を、心からお待ちしています。
ゲスト: 森達也氏(映画監督・作家)
日 時: 5月26日(水)午後7時〜午後9時(受付は午後6時半〜)
場 所: 東京都高齢者就業センター 5階 第2セミナー室
千代田区飯田橋3−10−3 シニアワーク東京内(ホテルメトロ
ポリタンエドモントの横)
最寄駅: JR飯田橋駅東口から徒歩7分/JR水道橋駅西口から徒歩7分
地下鉄飯田橋駅から徒歩7分(東西線出口A5、有楽町線・南北線・
大江戸線出A2)
地図など: http://www.jdox.com/mori_t/
会 費: 1500円
[森達也氏のプロフィール] 公式サイト: http://www.jdox.com/mori_t/
1956年広島生まれ。立教大学SPP時代より映像に関わり、黒沢清らと自主映画 を製作。以後、テレビ中心のドキュメンタリー作品を数多く手がけてきた。 オウム真理教の広報担当・荒木浩に密着したドキュメンタリー映画『A』『A2』 は高い評価を受ける。『「A」撮影日誌』(現代書館)をはじめ、『下山事件 〈シモヤマ・ケース〉』(新潮社)『ベトナムから来たもう一人のラストエ ンペラー』(角川書店)『放送禁止歌』(解放出版社)など、すぐれたノン フィクション著作も多数上梓している。
みみの会は、出版関係者を中心とした勉強/交流の会です。
まず訂正事項を3点。まず、5月15日に発行したニュースは No.16 2004.05.15 と表記しましたが、 No.17 2004.05.15 の間違いでした。この号の 中で、チェチェンの親ロシア政権が採択した憲法について、
『でもこの「憲法」、改正規定が欠けている代物なので、ひょっとし たら土壇場で帳尻合わせに走る余地があるのかもしれない』
と記述しましたが、これは誤りで、修正に関する規定がありました。 http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/archives/constitution-nokhchien.htm#112
また、親ロシア派の憲法と独立派のそれが逆になっていました。正しくは:
正統なチェチェン憲法:
http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/archives/constitution-ichkeria.htm
チェチェン親ロシア政権が採択した憲法:
http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/archives/constitution-nokhchien.htm
以上の点、お詫びします。
ところで3月に刊行した単行本、『チェチェンで何が起こっているのか』で すが、おかげさまで売れ行きはよいようです。好意的な書評をいくつかいただ いているので、紹介します。 http://www.jca.apc.org/tlessoor/chechennews/books/index.htm