発行部数:1071部 ■新しい過激派の出現? 最近のチェチェン関連事件に思う (岡田一男/映像作家) ●謎の犯行声明 昨年暮れに私は久々にモスクワを訪れた。驚いたのはモスクワの人口爆発で、 今や2000万人を突破しようとしていた。そして激しい道路渋滞で、地上交通は 麻痺状態に陥り、時間に正確を要する移動は、好むと好まざるを問わず地下鉄 を頼らねばままならない事態だった。おかげでこれまでタクシーで4-5000円か けていたシェレメ−チェボ空港から都心部への移動がマルシュルートカ(経路 の決まった乗合タクシー)と地下鉄の利用で、100円足らずで済むようになって しまったのは皮肉と言えようか。その、なくてはならない人びとの足が、直撃 されたのが、今回の地下鉄爆破事件なのだ。 さて、チェチェン独立派のサイト、「カフカス・センター」は、「Gazotan Murdash」なる組織から事件の犯行声明を受け取り、3月に入ってから、当惑を あらわにしつつ紹介した。それは、この声明が、バサーエフ派、あるいはロシ ア側の言うところの「ワハビスト」の言葉を使わない、異質の組織からのもの だったからだ。「Gazotan Murdash」 はいわば、「聖戦の戦士」なのだが、 「ジハード」でも「ムジャヘディーン」でもなく、古いカフカスにおける対ロ シア抵抗戦争時代に使われた言葉を使って、この組織はアラブ直輸入型の行動 様式とは一線を画して見せている。 ロシアの組織と称して第2の犯行声明を出した「急進政治運動・白い影」は、 これを「チェチェン人に罪をなすりつけようとする連邦保安局(FSB)のでっ ちあげ」と切って棄てているが、果たしてそうだろうか。クレムリン側にとっ て好都合な「アル・カイダと連携する国際テロリズム」と一線を画すようなネー ミングを、わざわざロシア特務機関が、でっち上げのために好んで持って来る だろうか? ●絶望の分子たち 思いたくもないことなのだが、この声明が示すのは、長く出口の見えないチェ チェン戦争の中で、既存のチェチェン抵抗運動の諸勢力‐マスハードフ派、バ サーエフ派、あるいはヌハーエフ派すべてに失望し、絶望の中で突出してきた 過激分子の登場なのではなかろうか。既に2002年の初夏にバサーエフは、 「いずれ自分にもマスハードフにも服さない世代が、必ず登場すると」予言し ていた。国外に出たチェチェン・ディアスポラは、生活こそ厳しいが、携帯電 話、衛星電話、インターネットの時代を迎えて、情報のふんだんに飛び交う中 にいる。しかし、チェチェンの国内ではそういった情報を享受できるインフラ はない。 ロシア内部の野党勢力すら潰されていくプーチン体制の重圧の中では、民主 的な手続きと、非暴力の戦いを堅持するには、とてつもない勇気と強靭な精神 力が要求される。ましてプーチン体制とカディロフ体制の2重の重圧に苦しむ チェチェン国内の民衆の中から、止むことなくつづく虐殺と暴力に復讐心に駆 られ、「自分たちチェチェンの民衆が受けたと同じ苦しみ、恐怖を、他人の痛 みに鈍感なロシアの民衆に味あわせてやろう」と暴発する部分が出てきても不 思議はない。 一方で、独立派武装抵抗運動の指導層は、大きな出血を強いられている。2 月だけでも最高司令官マスハードフ大統領の側近であり、チェチェン軍司令部の スポークスマン格であったユスーポフ大佐が、東部山岳地帯のベデノ地区で戦 死、また過去に国防相、第一副首相を務めたこともあるチェチェン抵抗運動中 もっともカリスマ性の高い戦士であったゲラーエフ司令官がダゲスタンで死亡 した。イングーシでは、有力中級司令官のタザバーエフとウルスマルタン戦区 司令官のバサヌカーエフが、あいついで戦死している。昨年暮れには、マスハ ドフ大統領自身も大統領警護部隊と共に包囲を受け、戦闘の中で数名の敵を自 ら狙撃銃で倒したとされる。 ●チェチェン問題とロシアの民主主義のゆくえ チェチェン国内の戦闘が、独立派指導部に大きな出血を強いても、チェチェ ン情勢の沈静化は意味しない。相変わらずロシア軍の損失は、この冬ずっと1 週100名前後のピッチで推移している。もはや戦闘が冬に静まることすらなくなっ た。今後、チェチェン抵抗運動の中枢にいるマスハードフや、他方の極にいる バサーエフが抹殺される可能性も排除できないが、それはチェチェン「紛争」 の終息には繋がらないだろう。 モスクワにいたとき、もう一つ驚いたことがある。ちょうど下院選の最中だっ たのだが、プーチン与党の「統一ロシア」のシンボルマークがサブリミナル効 果を狙って、テレビ放送の中で流されていた。日本の放送界ではこのような効 果を狙った手法ははっきりと禁じられているが、ロシアの大統領与党の世論操 作のためには許されているようだ。 本当に残念なことだが、ロシアの問題点を自覚する人びとは少数派だ。多く の人びとは、政府権力機構がほんの少し投げ与えた餌である「繁栄」に目をく らまされている。その影で、どんどん旧ソ連型の権威主義への退行が進んでい る。その行き着く先は明らかだ。地政学的な打算からロシアの破滅を好都合と 考えることも可能だろうが、いずれ煮え湯を飲まねばならないのはロシアの民 衆である。ロシアの破局は日本にも様々なマイナスをもたらすだろう。健全な ロシアに立ち返らせる努力を、われわれは惜しんではならないと思うのだ。 岡田さんへのメールは: kazuokada1@hotmail.com
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