チェチェン総合情報

チェチェンニュース Vol.03 No.33 2003.09.23

発行部数:976部

■権利の剥奪
「チェチェン大統領選挙」の問題点

(2003.09.23 大富亮/チェチェンニュース)

●1997年の興奮

その日はまだ真冬で、チェチェンは雪に覆われていて寒かった。街は瓦礫ばかりだったが、ロシアとの戦争もおわり、安全になった街や村に、大勢の人が繰り出していた。1997年1月28日、チェチェンでは大統領/議会選挙が行われた。

マスハードフ、バサーエフ、ヤンダルビエフ、ザカーエフら、全部で19名の乱立ぎみの立候補者の名前に将来を重ね、もともと議論好きのチェチェン人たちは白熱した。選挙全体は欧州安全保障協力機構(OSCE)が取り仕切り、世界中から集まった監視員が選挙を見守った。日本からも、市民平和基金が監視員を送った。

あるチェチェン人の声。「チェチェン人にとってはこんな熱い選挙は最初で最後だよ。われわれはこの日を300年も待ったんだ。でも、5年もしたらまた豊かになって、この選挙を待ちわびた日のことは忘れてしまうのさ。でもね、何かあったら思い出すよ、この選挙」

雪の中、各地の投票所にたくさんの人々が押し合いへし合いしながら順番を待った。有権者のうち70%が投票し、選挙結果は、アスラン・マスハードフ/元チェチェン軍総参謀長が64%を得票して当選した。チェチェン人たちは、バサーエフの妥協を知らない対決姿勢ではなく、マスハードフの、ロシアとの交渉により、賠償と独立を得る方針を選んだことになる。これは、ロシアにとっても祝福するべきことだった。このとき、エリツィンは「ロシアとチェチェンの生産的な交渉のチャンスだ」と話し、祝電を打った。

残念なことに、チェチェンは豊かにならず、99年からロシアの再侵攻を受けている。

●チェチェンの不思議な大統領

今ふたたび、大統領選挙が行われようとしている。97年のような熱気もなく。今年3月23日に行われた「国民投票」によって、憲法と大統領選挙法が同時に採択された。国民投票は、チェチェン人がほとんど参加しないままに行われ、からっぽの投票所か、そうでなければ動員されたロシア兵たちが賛成票を投じることで新憲法が採択されるという、ロシア政府得意の茶番劇だった。

これを既成事実にし、10月5日には、大統領選挙が行われ、親ロシア派のアフメド・カディロフ行政長官が、90%以上の得票で当選する予定だ。予定というのは、すでにカディロフ以外の候補は当局に書類不備などの理由で排除されているからだ。ロシア特務機関とつるんでいるサイドラーエフもだめ、ロシア連邦評議会(上院)議員のアスラハノフもだめ。カディロフ派の民兵たちは、他の候補の事務所を荒らしてまわっている。

新しいチェチェン「憲法」における「大統領」職がどんなものかというと、まずチェチェン大統領になることができるのは、30歳以上のロシア連邦国民(66条)。チェチェンに居住していなくてもよい。解任の項目には、議会からの解任と並んで、ロシア連邦大統領による解任が可能(72条)になっている。

この法律は、チェチェンをロシア連邦内の一国と位置付けているので、そもそも「憲法」と呼ぶこと自体抵抗はあるが、チェチェンの住民でなくとも大統領になることができ、かつロシア大統領の一声で解任できるのは、常識に反している。要するにこの憲法は、プーチン大統領がチェチェンの大統領を兼ねることもできるように作られた。こういうやりかたでは、チェチェン問題は永遠に解決しない。

●選挙結果に意味なし

97年の選挙は平時に行われ、国際機関も監視を行い、選挙結果は国際的に承認された。これに対して、今回の選挙は戦時下に行われ、国際的な監視はなく、立候補制限があり、ロシア軍の支配地域にしか投票所は開かれない。選挙結果は今からわかっていて、手法はソ連時代さながら、一片の真理も含まれていない。

ロシアのNGO「ヘルシンキグループ」は、この選挙予定が発表された当初、選挙監視員を派遣する計画を発表したが、最近とりやめた。派遣した場合、選挙結果よりも人権団体がコミットしたことがクローズアップされ、結果的に選挙の正当化に利用されることを危惧したためだ。「メモリアル」、「ロシア・チェチェン友好協会」、「グラスノスチ財団」、ロシアのNGOはどこもこの選挙を相手にしていない。

投票する人々の精神状態はどんなものだろう。チェチェンの隣、イングーシ共和国での難民の状況は悪化している。現在、UNHCRによれば8万人の難民がいて、戦争の続くチェチェンへ、無理に追い返されようとしている。これに対する国連なりの憂慮の表明が、8月下旬の、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリー・UNHCR親善大使のイングーシ訪問だった。元KGBのジャジコフ大統領は、女優を前に「難民の自由意志を尊重する」と調子よく応えながら、ここ数日で「ベラ」や「ベスタ」をはじめ、いくつかの難民キャンプで水道を停止した。ここで死にたくなければ、チェチェンで死ねということだ。

●チェチェン人の政治権力が剥奪される

この選挙の結果、何が起こるのだろうか。まず、97年に選出されたマスハードフ現大統領が、その地位を失ったことにされる。おそらく議会も同様の扱いを受けるだろう。97年に選ばれたルスラン・アリハジエフ/チェチェン議会議長は、すでに99年にロシア軍に理由もなく拘束され、モスクワのレフォルトヴォ監獄に収監されている。おそらくもう獄死しているだろう。

そして何より、チェチェン人の政治権力が剥奪される。

反対票を投じるような人物は、前もってロシア軍やカディロフ派の民兵にたっぷりと痛めつけられる。仮に投票者など1人もいなくても、選管には、記入済みの投票用紙が、どこからかどっさり届く。こういう状態では、持って生まれた権利を行使するなど夢のまた夢だ。最小限の政治権力さえなければ、武器をとるしかない。女性まで参加するようになった自爆攻撃には、こんな土壌がある。

●私たちにできること

99年のちょうど今日、ロシアの爆撃機がチェチェンに無差別爆撃を始めて、第二次チェチェン戦争が始まった。このときから数えてもう4年が過ぎ、民間人の犠牲者はおそらく10万人を超えている。

もう私たちは、こういうやり方を「お国柄」などといって許すのをやめ、できることから批判をはじめよう。第二次チェチェン戦争は、ロシアによる嘘偽りに始まった戦争なので、どんなに民主的な姿をこしらえても、結局は欺瞞に帰着する。

きっと10月6日ころ、日本の新聞にも「チェチェンで大統領選、カディロフ氏が当選」という短い記事が並ぶだろう。良識のある記者の書いたものはまず掲載されない。ロシア側の発表のとおりに書いたあとで、たった一言、「反政府武装勢力との散発的な戦闘も報じられた」と付け加えられる。こういうものは報道ではない。逆に、チェチェン人から政治権力を奪うことに荷担していると言ってもいい。

このニュースを読んで何かを感じてくれた人にお願いします。あらゆる面で傷つけられているチェチェンの人々を考慮しない報道、ロシア側によって行われている人権侵害から目をそむけるような報道を目にしたら、新聞や放送局に、批判の投書を送ってください。日本の政治家と外務省がどのような見解を示すかも、じっくりと観察し、検討しましょう。

また、カフカスの山岳に住むチェチェン人について知りたい方は、この秋に開かれる、チェチェン文化を紹介するさまざまな催しに足をお運びください。11月には、チェチェンの状況を伝えるために、女性のジャーナリスト、ザラ・イマーエワが来日します。この必死の声を受け止めることが、チェチェンの状況を変え、ひいては世界を、今より良い場所にすることにつながるはずです。 <イベント情報>

■9月27日
ノアの人びと/チェチェン映像を見る会

初のチェチェン語映画「自由」、イマーエワのドキュメンタリー「子どもの物語にあらず」などが見られる貴重な機会。ぜひご覧下さい。

9月27日(土) 13:00 開場  1部13:30−17:30   2部18:00—21:00
会場:文京シビックセンターB1F 生涯学習センター 学習室(定員60名)
営団地下鉄丸の内線、南北線「後楽園」・都営地下鉄三田線、大江戸線「春日」5番出口
地図: http://www.city.bunkyo.tokyo.jp/shisetsu/civic/
参加費 1000円(資料代を含む)

詳しくはこちら: http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/event/index.htm#0927

■10月4日
チェチェン戦争を考えるビデオ上映・討論会

第一次チェチェン戦争から第二次チェチェン戦争にかけてのビデオを見ながら、チェチェン問題について考えたいと思います。どなたでもご参加を!

日時:10月4日(土)午後6時〜8時(その後交流会)
会場:ピースネット事務所(都営地下鉄白山駅出口A出て右、白山下モスバーガービル3階)
参加費:500円 主催:市民平和基金

詳しくはこちら: http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/event/index.htm#1004A

■10月4日
FMシアター・「コーカサスの金色の雲」

1944年、チェチェン民族のカザフスタン強制移住の悲劇に巻き込まれ子どもたちは、何を見たのか?A.プリスタフキンの小説が初のラジオドラマ化。この物語から、チェチェン問題が見えてきます。

日時:NHK−FM 82.5MHz 22:00-22:50

詳しくはこちら: http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/event/index.htm#1004

■10月18日
「金色の雲は宿った」上映会

プリスタフキンの「コーカサスの金色の雲」の映画化作品。監督はイングーシ人のスランベック・マミロフ。アムネスティ・インターナショナルが主催。

10月18日(土)開演14:00(開場13:30)
会場:ワーカーズサポートセンター(労働スクエア東京)
チケット:当日1000円/前売り800円

詳しくはこちら: http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/event/index.htm#1018

■日本カフカスクラブのURLが変更になりました

99年からチェチェンとカフカスについての情報を流している日本カフカスクラブのURLが変更になりました。文化関係の情報を今後も充実させてゆく予定。今年も島根県並河万里写真財団とのコラボレーション企画を行います。ご期待ください。

新しいURL: http://www5e.biglobe.ne.jp/~kafkas/

■編集室より

自宅引越しのため、明日から数日、電話とファクスが不通になる可能性があります。御用の方は飛脚を立てるかノロシを焚いてください。(できない人は、メールでご連絡ください。:-)大富)