発行部数:953部
今この時、ロンドンの法廷で、ひとりのチェチェン人が被告席に立っている。アフメド・ザカーエフ副首相(44歳)。チェチェンの穏健派指導者、マスハードフ大統領の代表で、ロシアとの和平交渉を任されている。昨年12月にロンドンに到着した際、ロシア側の引渡し要求によって拘束され、イギリス司法の審問が続いている。
ザカーエフの本職は舞台俳優。1944年にチェチェン人がスターリンによって強制移住させられたカザフスタンに生まれ、ソビエト体制の中で舞台俳優となった。94年からの第一次チェチェン戦争で野戦司令官、96年には、ハサブユルト和平合意の準備委員だった。
2001年の9月11日の後、ロシア検察庁は国際刑事警察機構を通して、ザカーエフを国際手配した。だが、同じ年の11月18日、モスクワのシェレメチボ空港でロシアのヴィクトル・カザンツェフ大統領代表と会談し、逮捕もされず無事にトルコに向けて飛び立っている。いまになって訴追される理由はない。
ロシア側は、ザカーエフがオサマ・ビン・ラディンと関係を持ち、90年代に300人のロシア兵の殺害に関与し、さらに96年にはロシア人神父の誘拐に関与したと主張している。ザカーエフは全面的に否定。弁護士も「ザカーエフ氏がロシア側に引き渡された場合、公正な裁判は期待できない」として、引渡しに強く反対している。
7月10日、誘拐被害者のセルゲイ・ズィグリン神父が証人としてロンドンに召還されたが、神父は「ザカーエフが私の誘拐に関わっていたとは言い切れない」と、これまでの主張を変え、他に有力証人のいないロシア側にとっては不利な展開になった。
そこで、ロシア側からは、新たにチェチェン人のドスカ・ドシュエフという人物の調書が提出された。それによると、ドシュエフは「自分はザカーエフのボディガードだった。ザカーエフが、二人の神父を誘拐する指令を出した」という。しかし25日のAPによると、当のドシュエフは一転して「調書は、ロシアの刑務所で拷問を受けてサインさせられたものだ。ザカーエフの部下だったことはない」と声明した。
28日の newsru.com によると、ロシア内務省の監察医務院は、チェチェンのスタールイ・アチホイ村で発見された肉片が、ズィグリン神父と前後して行方不明になったアナトーリー神父の遺体と判明し、現在追加調査をしていると発表した。アナトーリー神父もズィグリン神父も、グロズヌイ正教管区に所属していたというが、奇妙なことに、96年の、二人の神父の誘拐から、鑑定結果の出るまで、すでに7年が過ぎている。アナトーリー神父は元ロシア空軍少佐だった。ほとんどをイスラム教徒が占めるチェチェンに存在した、「グロズヌイ正教管区」という組織は、あるいは特務機関の隠れ蓑だったのかもしれない。
チェチェン側は99年から和平を求めているが、ロシアの拒否で、交渉は停止したままだ。もしも、交渉を担当しているザカーエフの身柄がロシア政府の手に落ちた場合、彼の命だけではなく、チェチェンとロシアの和平の可能性が遠のき、さらに多くの人命が失われるだろう。
きょう夕刻、東京でユーラシアの平和問題について報告をする日本山妙法寺の寺沢潤世さんは、この秋にイギリス入りして、ザカーエフの弁護側証人に立つ意思でいる。寺沢さんはザカーエフと面識があり、高潔な野戦司令官として評価している。私たちは和平交渉のために自由を求めているこの被告を、忘れるべきではない。
アンナ・ポリトコフスカヤによる、ザカーエフへのインタビューは興味深いのでご参考に。ヨーロッパ各地のホテルを転々としつつ、和平の機会を掴もうとするザカーエフ。世界には、強い者ではなく、少数者の側からしか見えない、苦しい真実があるということが、よくわかる。(2003.07.31 大富亮/チェチェンニュース)
この戦争に英雄はあり得ない
チェチェン共和国/アフメド・ザカーエフ副首相インタビュー(仮訳):
人名ノート/ザカーエフ
参考記事:
Тело, найденное в Чечне, не принадлежит священнику, которого расстреляли якобы по приказу Закаева
http://www.newsru.com/russia/28jul2003/zakaev.html
Witness retracts statement against Chechen envoy Zakayev:
http://www.russiajournal.com/news/cnews-article.shtml?nd=39599
y witness in Chechen extradition case 'was tortured':
http://news.independent.co.uk/uk/legal/story.jsp?story=427356
チェチェン共和国特使アーメド・ザカエフ、ロシア連邦へ引き渡される恐れ(日本語) :
http://homepage3.nifty.com/aigroup1/cupdate/2003/press_release/zakayev_case070703.htm