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本紙Vol.03 No.11 2003.03.18で紹介しました、月刊「あれこれ」主催の「コイズミさん、勝手なことされちゃ困りますなあ」プロジェクトについて、「投稿内容よりも回数を強調する手法は、正常な言論活動とは言えないのではないか」といったメールが寄せられました。発行人としても、指摘がほぼ妥当なものと認識し、上記の記事掲載について、関係各位にお詫び申し上げる次第です。(2003.03.20大富亮/チェチェンニュース編集兼発行人)
3月23日(日)、チェチェンで大きな変化が起こる。チェチェン共和国の新憲法制定などを含む、住民投票が行われる。米英が開始してしまったイラク攻撃とタイミングが近いため、国際ニュースとしては、この住民投票は注目されていないが、それだけに、チェチェンに関心を持つ者としては、目を離さずにいる必要があるように思う。
投票を管理するのは、ロシア政府によって指名された親ロシア派暫定行政府である。投票の対象になる課題は、「チェチェン共和国新憲法案」、「同大統領選挙法案」、「同議会選挙法案」への可否である。すでに法案は用意されており、次のサイトでロシア語版を読むことができる。
チェチェン共和国新憲法案:
http://chechnya.gov.ru/bulletins/reports/1079.html
ロシア軍に対する抵抗を続けるマスハードフ大統領側は、この住民投票に対してボイコットを呼びかけている。住民投票が正しく実行されるか、チェチェンの人々が投票所に足を運ぶか、そしてどのような結果が出るのか。今回の投票の場合、監視チームの存在はきわめて重要なのだが、各国で選挙/投票監視活動の実績を積んできた欧州評議会(COE)や欧州安全保障協力機構(OSCE)は、今回の投票には基盤となるべきものがないとして、監視チームを送らない方針を明らかにしている。
駐日ロシア大使館によると、今回の住民投票は「安定と秩序を強く求めるチェチェン国民自身の代表者により発議された」ものだという。今回は、モスクワタイムス記者の、イングーシ共和国での取材を紹介する。ボリソーヴァは、取材で感じた、ある違和感を伝えようとしているが、チェチェン人たちの不可解な答えは、取材者がロシア人記者だからかもしれない。憲法案の訳出に協力してくださった渡辺千明氏に感謝。(2003.03.20大富亮/チェチェンニュース編集兼発行人)
ロシア大使館のプレスリリース(日本語):
http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/20030220embassy.htm
(2002.03.18 エフゲニア・ボリソーヴァ/モスクワタイムス記者)
ジーナ・アマーエヴァの娘、ケダが8歳だった94年のある日、彼女のすぐ近くで地雷が爆発した。それ以来、ケダは物音に恐怖するようになり、一家はグロズヌイから避難した。99年の9月に再び戦争が始まり、爆弾が近所に落ちるようになった頃、一家はまた避難した。だがこのとき、ケダの物音への激しい反応、幻聴などの症状は最悪になっていった。彼女は精神分裂病と診断された。
「住民投票が何だって言うの?」ケダの母親、イングーシ共和国にあるサツィータ難民キャンプに住んでいるジーナは、皮肉をこめて言った。彼女は48歳だが、顔に刻まれた皺のために、60歳にも見える。「私の一番の心配はケダのための薬を手に入れられるかどうかなのよ」チェチェン人は、今週の日曜に、住民投票を控えている。アマーエヴァは今月初旬、憲法案のパンフレットを受け取ることを拒んだ。
「とにかく、この憲法はうまくいくわけないわよ」と彼女は言う。「憲法はそもそも、生きることの権利をまず保証するはずよ。でも、私たちが「生きている」と言える?家はなくなってしまった。娘は「生きている」?こんな人生が誰にとって必要なの?この娘はもう16になるわ。でも彼女は学校に3年間しか通ってないのよ。将来どうしたらいいの?」アマーエヴァは、投票には行かないと言った。
投票まで1週間を切り、チェチェン難民たちの見方はいくつかに分かれた。憲法案を読んだ少数の人々と、読んだが、理解不能だと語る人々だ。条文はややこしく、あいまいで、まるでわざとそうしているかのようだ。住民投票に参加しようとする人々は、この住民投票がチェチェンに平和をもたらすかもしれない、という。この「サツィータ」キャンプの管理棟には、「住民投票は平和を意味する、みんなが参加しなくてはいけない」という標語が掲げられている。難民たちが言うには、チェチェンのテレビをイングーシで見ていると、ロシアの軍人と役人が、この住民投票がこの戦争を終えるための突破口になるはずだと言っている。
「私は約束事にはうんざりだよ。でも生きているから、少しはよい方向に向かってほしいんだ」アブ・ドムバイエフはそう言う。52歳の建設労働者で、今は失業中でナズラン近郊の友人の家に身を寄せている。「テレビで見たんだが、住民投票が終わったら、チェチェンでは自分たちのことを、自分たちで決められるようになるらしいじゃないか」彼は、憲法案を何度も読んで、理解しようとしたという。
「でもわからないのは、チェチェンが独立するかのどうかっていうことだ。見てくれ、第一条は、ロシア語で読んでもチェチェン語で読んでも、結局わからない。チェチェンは独立国になるのか、それともロシアの一部なのか。全部の定義づけがわかるわけじゃないんだ。法律家じゃないからね。でも、もし独立なら、どうしてそのあと、領土はロシアの不可分の一部だって書いてあるんだろうか?」
第一条では、チェチェンがすべての決定権を持つと明記している。ロシア連邦の法律に関わることと、ロシアとの相互関係以外は。この条項は、他のロシア連邦内に例がないわけではない。「チェチェン」を「タタールスタン」に入れ替えれば、タタールスタン共和国憲法とほぼ同じ。にもかかわらず、チェチェン人たちはこの条項の言語的混乱を指摘する。
第一条:
1. チェチェン共和国=ノフチイン・レスプブリカは、共和国政体による民主的な社会的法治国家である。
チェチェン共和国の主権は、全ての権力(立法・行政・司法) においてロシア連邦の管轄およびロシア連邦とチェチェン共和故国の共同管轄以外の部分において、チェチェン共和国の固有の地位をあらわすものである。
2. チェチェン共和国の領域は、単一かつ不可分の分割を許されないロシア連邦の領域である。
グロズヌイの近郊から「バート」難民キャンプに避難している45歳のアルフズール・ドゥルハイエフは、トラクターの運転手だ。彼は憲法案を読んで理解しようとしたが、第1条の意味がわからなかった。「わからないのは——、チェチェンのロシアの国境の外での独立を意味しているのか?連邦外が国境外でなくて何なんだ?」そう彼は言う。
カラブラクに近いバート難民キャンプには、他にも大勢の人々がいて、第一条の不可解さを口口に語る。「何度も読んだんだ。でもいまだにわからない」56歳の機械工、リョマ・マフマハジエフは言う。「たぶん法律家はわかるんだろう。この「外」というのが何を意味するのか——これはチェチェンが独立して、ロシア連邦の外に出るということじゃないだろうか?私は投票に行くつもりだ。チェチェンはロシアと別にやっていくことはできないと信じるから」
43歳の経済学者、イムラン・サスーエフも、第一条が理解できないと言う。「いっしょにやっていく、という意味ではないだろうか。私は投票するつもりだ。多少でも状況がよくなって欲しいからだ。私の希望はもう消えそうだが、最後のチャンスにしたいのだ」キャンプの管理人のアシャ・アウシェーヴァにとっても、憲法が何を意味するのかはわからない。チェチェンにとって何なのか、だれも説明しには来ないが、憲法案は印刷されて出回っている。
住民投票に参加しようとしていても、難民のほとんどは、憲法案も読んでいない。投票をボイコットしようとしている人々が言うには、投票への参加は、戦争を正当化し、1997年に選ばれたアスラン・マスハードフ大統領の権威を傷つけるものだという。その人々の一部は、高い教育を受けた人々で、憲法案も読んでいる。サツィータ難民キャンプに暮らす54歳のラムザンは、戦争が始まるまでグロズヌイ大学で物理学を教えていた。「(住民投票は)チェチェンで戦争が続いているということから目をそむけ、チェチェン社会を分裂させようという試みだ。もしこの大統領選挙法案の結果新しい大統領が生まれたら、チェチェンには2人の大統領がいることになってしまう。多くの人々はマスハードフが自分たちの大統領だと考えているし、新しい大統領には投票しないだろう」とラムザンは言う。彼はファミリーネームを明かすことを避けた。
「これは、チェチェンが新しい戦争に入ることを意味している。今度は内戦だ」ラムザンは、他の難民たちの貧しい身なりと違い、きれいな白いシャツを着て、ネクタイを締め、まるで大学での講義を終えたばかりという感じで、住民投票の前に、軍事行動を停止すべきだと語った。人々が自由に意見を言い、「銃口を突きつけられて投票所に行く」ようなことのないように、と。彼は、住民投票が別の問いかけをすべきだと語った。「誰もが関心を持っているのは、チェチェンが独立するか、ロシアの中にとどまるかだ。いずれもこの投票では問われていない。だが、問題の核心はそれなのだ」彼によれば、真の自由な住民投票は、次の3つの選択肢を含まなければならないという。
・チェチェン共和国を独立国とするべきか?
・チェチェン共和国をロシア領内に留めるか?
・チェチェン共和国を特殊な地位とするか?
「ここにいるほとんどの人は3つめの選択肢を選ぶだろう。特別な権限を持った自治ということだ。たとえば、経済的にはわれわれはロシア圏に留まる。だが、政治的にはCIS諸国と同等の地位を得て、われわれ自身の、独自の外交政策を持つべきだ」このインタビューを取っている間、数人の難民がラムザンのまわりで、話にうなづいていた。ロシアの人権団体「メモリアル」のグロズヌイ事務所で活動しているナタリア・エステミロヴァは、ナズランでのインタビューで次のように答えている。多くの人々はあまりに煩瑣なので憲法案を読んでいないが、投票には行くだろうと。
「グロズヌイとイングーシでの洗脳的なキャンペーン、そしていろいろな約束が人々に与えられています。破壊された家屋の修復のための資金などです。それらが、戦争が終わり、普通の生活ができるようになるとの信頼を与えているのです。人々は投票を一つのチャンスとみなしています。グロズヌイ中に<住民投票は自由を意味する>というスローガンが貼りだされています。それ自体は、みんなが求めていることなんです。だから、彼らは投票に行き、賛成と答えるでしょう」
グロズヌイで発行されている新聞キャピタル・プラスの副編集長のルスラン・ララーエフがインタビューで答えたところでは、彼は住民投票には参加し、賛成票を投じるつもりだという。だが、今回の憲法案などで提起されているような、大統領制の国になるべきだとは思っていない。「議会制民主主義の国になるべきだろうね。歴史的にも、チェチェン人はすべての事柄を皆で一緒に決めてきたから。でも、私は投票に行って、賛成票を入れる。チェチェンにも政府は必要だからね。きっとロシア軍がチェチェンから撤退して、はじめて正常化が始まるんだ」
ケダの母、アマーエヴァは、それとは別のことを考えている。「撃ち合いをやめて、マスハードフと交渉を始めるのが先でしょう。私はこの住民投票で、ロシア軍が今みたいに私たちを殺そうとすることに、青信号を与えてしまうのが、一番怖いのよ」と。
(2002.03.18 エフゲニア・ボリソーヴァ/モスクワタイムス記者)
原文:
http://www.themoscowtimes.com/stories/2003/03/18/003.html
協力: 渡辺千明(ChechenWatch編集人)