6月20日、有力紙ワシントン・ポスト紙が興味深い記事を載せた。題して「チェチェン和平への道」。署名者は、「チェチェンに平和を/アメリカ委員会」の共同代表ズビグニュー・ブレジンスキー教授、彼はカーター政権の安全保障担当補佐官を務めたロシア問題の権威。加えてアレクサンダー・ヘイグ元NATO軍司令官とマックス・ケンペルマン元ヨーロッパ安全保障相互協力会議アメリカ代表の3者で、アメリカの対外政策に大きな影響力を持つ人々であり、いづれも「チェチェンに平和を/アメリカ委員会」の会員である。いわばアメリカでチェチェンに従来から理解を示し、支援を惜しまなかった人々による提案であるが、その反響には興味深いものがある。
まずロシアでは、ワシントンポストのインターネット版が発表した21日よりも早く、同じ21日のモスクワ時間12:19に、国営通信社strana.ruのサイトが論評抜きで載せた。チェチェン独立派の国営通信社chechenpress.comは、23日になって、同じものを論評抜きで掲載したが、チェチェン独立派のイスラム系サイトkavkaz.org(カフカスセンター)は、同じ21日のモスクワ時間15:18に早くもアリ・メルジョ記者の署名入り論評という形で、「ブレジンスキーはチェチェンの内戦を奨めている」と題して、提案内容を鋭く批判した。ほぼ同時に、同論評の英訳版もカフカスセンター英語版に掲載れたことは、強硬派の関心の深さ、懸念を物語っている。
読者各自に判断できる材料として、ワシントンポスト紙の原文と、カフカスセンターの論評記事をご紹介しよう。なお、ブレジンスキー提案とマスハードフの交渉再開提案の公表後、堰を切ったように様々な意見が出て、ロシアのマスコミを賑わせている。従来連邦派の立場で発言してきた退役将軍でチェチェン選出の下院議員のアスラン・アスラハノフ氏は、メスケル・ユルト村での自分の視察旅行の結果報告記者会見で、掃討作戦でのロシア軍の暴虐ぶりを鋭く批判し、新生ロシアの初期に下院議長を務めモスクワ在住のチェチェン人のまとめ役的な立場にいるルスラン・ハスブラートフ氏や、第1次チェチェン戦争の終息をエリツィンの下でとりまとめたイワン・ルイブキン氏などが、戦争終結と戦後のチェチェンに関する意見表明をしている。5月の世論調査でのロシア国民の大半62%の意思が、「交渉によりチェチェン戦争終結」とでた結果は、大きなうねりとなってプーチン政権に迫ろうとしている。(渡辺千明)
ズビグニュー・ブレジンスキー、アレクサンダー・M・ヘイグJr.、マックス・ケンペルマンワシントンポスト/2002.6.20
いくつかの最近の世論調査の動向はチェチェンの戦争の政治的解決の期が成熟してきた事を告げている。ロシアの信頼すべき世論調査会社によると、ロシア人の62%が、チェチェン抵抗運動との交渉にはいることを支持している。これは劇的な転回である、というのも2年前には交渉に賛成するものが22%であるのに対して72%の者が戦争の継続を支持していたのだ。モスクワのある新聞はまた、「チェチェンに平和を」アメリカ委員会の肝いりで、昨年夏に西ヨーロッパの某所において、ロシア下院の有力議員とチェチェン抵抗運動の指導者の間で秘密会談が行われ、紛争の平和的解決の条件が討論されたと伝えている。
アメリカ国務省政策企画担当主任スタッフ、リチャード・ハースは、「紛争解決を思考することにつき、アメリカ合衆国はロシアを支援をする用意がある」旨、声明を出した。また、6月13日に公表されたチェチェン共和国大統領マスハードフのインタビューで、彼は「自らの側には独立という問題を含め、あらゆる条件について話し合う用意があり、善意をもって克服できない障害はない」とも述べている。こうした前向きな兆候が存在するにもかかわらず、政治的な妥協によって紛争を解決するという積極的な平和への取り組みは、双方ともに見られないでいる。
その結果として戦争が続いている。今回のチェチェン戦争は、この10年間において2度目のもので、この2度の衝突を通じてチェチェン社会は、将来の存在が危ぶまれるほどにひどい破壊を被った。アメリカ国務省は、最近「手段を選ばず、また際限のない規律の乱れたロシア軍の投入による暴力行為から、数万のチェチェン市民の生命が失われた」と明確に指摘した。さらにロシア兵士の母親委員会は、最近三年間にロシア兵が1万人以上が戦死していることに抗議している。
この様な状況下、交渉による紛争の停止には、数ヶ月前にロシアのウラジーミル・プーチン大統領が声明した、「チェチェン問題の肝要はその独立か否かではなく、ロシアの安全保障に対する脅威の源泉となるか否かである」という見解に沿うものであるべきである。その上で、紛争の平和的解決の建設的枠組みを列挙すれば次のようになる。
チェチェン側は、多大な生命の犠牲を払った自らの独立への希求を捨てないまでも、形式的にではあれ、ロシア連邦の国土の一体性への尊重を明言しなくてはならない。チェチェンには、国民投票の実施を通じて、タタールスタンに見られるような高度な自治のための憲法上の基礎が獲得できるよう保障されなければならない。
チェチェン国民に合法的に選出された指導者であるマスハードフ大統領は、国民投票によりチェチェン国民の高度な自治を憲法的な基礎によって保障された後には、紛争の平和的解決を拒む武装勢力に対しては、国外への退去を要求しなければならない。
ロシア軍は、チェチェンの南部国境地帯に残留して、ロシア連邦の国土の一体性の維持に努める。経済復興に関する有効な国際支援が策定されるべきであり、チェチェン社会の再建と安定化に現場で寄与する国際的な代表団がチェチェン共和国の領域に投入されなければならない。
チェチェン社会において広範な支持を得ているマスハードフ氏による、このような提案の受け入れは不可欠である。もっと強硬なイスラム原理主義グループを除いて、大部分のチェチェン抵抗運動の指導部には、この提案は受け入れうるという合理的な現実性が存在している。ロシア側においては、この戦争から利益を得ている軍部と治安機関要員の一部は抵抗するであろうが、大多数のロシア人は戦争の平和的終結に安堵するであろう。
このような決着は、将来的なコーカサス地域におけるアメリカ・ロシアの共同行動に完全に合致するものである。それはまた、悲劇的であり病的な問題を解決するだけでなく、ロシア自身の民主化を阻害する要因を除去するものであり、全ヨーロッパ共同社会の統合に寄与するものである。そして何よりも殺戮の停止と言う点で重要なのである。
(執筆者について)執筆者らはいずれも、、「チェチェンに平和を/アメリカ委員会」の中心メンバーであり、ズビグニュー・ブレジンスキーはカーター政権の安全保障担当補佐官であった。マックス・ケンペルマンは、ヨーロッパ安全保障協力会議の元アメリカ代表団長、アレクサンダー・ヘイグJr.は元アメリカ国務長官と元北太平洋条約機構軍(NATO)司令官を務めた。
原文:http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A20794-2002Jun20.html
カフカスセンター/2002.6.21 15:18:01/アリ・メルジョ(論評部分のみ抜粋)
この提案のなかで、ブレジンスキー氏らは、チェチェンをして、タタールスタンのようになることを、それも遙かに権利を縮小された形で受け入れるよう勧めている。加えてマスハードフ大統領には、独立チェチェン国家という、チェチェン国民と国家機関にその遵守を義務づけたチェチェン共和国イチケリア憲法の規定を侵犯するよう勧めている。
そして、ブレジンスキー氏の提案は、クレムリンの提案のまさに繰り返しに過ぎないと指摘せざるを得ない。それはモスクワによって1991年以来、既に11年にわたって推進されてきた方針そのものなのである。ブレジンスキー氏の唯一のノウハウと言えば、アメリカの政治家として明け透けに、マスハードフ大統領をして、自国内で反イスラム作戦を指揮して、ロシア占領軍に代わって、自分の武装勢力による掃討作戦に従事しろと勧めていることである。
そしてロシア軍には、チェチェン南部国境に展開して、ロシア領土の一体性の保全を心がけながら、チェチェン人同士の国内戦の高見の見物をさせてやろうという事なのだ。氏の提案はまた、モスクワが1997年から99年まで、チェチェンの大統領をさんざん引き込もうと努力して失敗した代物であり、モスクワはマスハードフにはチェチェンでのヤセル・アラファトの役割を演ずる意志がないことを悟って、独立チェチェン国家への卑劣な侵略を開始したのである。
原文:http://www.kavkaz.org/russ/article.php?id=3493(訳・構成:渡辺千明/本紙コントリビューター)