<海外情報>
世界保健機関(WHO)環境保健(健康)基準
2007年6月18日
(翻訳:大久保貞利)
<前号>に引き続き、WHO環境保健基準の第13章(防護策)の続きを掲載します。様々な予防策を各国が採用しているのが、この章でよく分かります。
政策立案者にとって、科学的証拠は重要な役割を持っているが、それが唯一の判断基準ではない。最終的判断は、リスクや費用対便益比や文化的選択といった社会的価値も含めて行なわれる。政策立案者が答えを出そうと努めている問題は“健康を守りかつ促進するために必要な最上の行動方針とは何か”である。
国家レベルの健康(保健)政策は公平のバランスが土台となる。公平のバランスとは、防護策と効率性を秤にかけて、コストも含めてどのような選択が妥当なのかを探ることである。
確立したリスクが存在する場合において、特定の因子や技術あるいは干渉によって起こるリスクや病気を軽減させるために社会が採用する価値基準は、そうした措置を社会が採用すればリスクや病気は軽減されるであろう、という推測に基づいて採用される。非意図的曝露に関しては、10万分の1の生涯死亡率という概念的(deminimis)数値が、一般的な閾値(理想的には百万分の1が目標だが)として採用されている。閾値とは、リスクがこれ以下の数値ではリスクは発生しないか、あるいは改善が実行不可能という数値である(WHO,2002)。たとえば、ラドンから出る電離放射線曝露リスクは、そのリスク特性が合理的に受け入れられているので、生涯において10万人のうち1人以上の割合で放射線由来のがんが発生しないようにするため、曝露は低減されるべきなのである。
政策を展開する場合、取締り管理者は便益は最大でかつ社会的コストは最小になるように努力する。以下述べる問題は、政策展開のためのプロセスと考えられている。
- 公衆衛生/安全−政策の主目的は住民への危害を軽減するかあるいは取り除くことである。健康への有害な影響は通常、曝露によって引き起こされる罹患率と影響によって起こり得る確率によって判断される。また健康への有害な影響は、曝露によって引き起こされる病例数や死亡数、あるいは曝露低減によって回避される事例数によっても判断される。
- 政策にかかる最終的コスト−コストはたんに金銭的コストだけでなく全体としての社会的な政策コストも含まれる。それぞれのコスト配分までは考慮しないが、最終的コストはいくつかの構成部分から成っている。a実行した防護策のために社会全体でかかる直接的コスト;b社会的な間接的コスト。たとえば最適な技術を使わなかったためにかかる余分なコスト;c政策によって生まれたコスト削減。たとえば有益な技術が予定より早く実行されることによって生まれるコスト削減。
- 人々からの信頼−政策に対する人々の信頼の度合いや、適切に公衆衛生を守る有効な手段として人々から受け入れられる度合いは、多くの国にとって重要な指標である。さらにWHOの健康の定義はたんに病気や疾患の状態でないだけでなく社会的に幸福であることとされていることからしても、人々が安全と感じることは本来重要なことである。(WHO,1946)
- 利害関係者(ステークホルダー)の参画−良き政策立案のためには決定プロセスにおいて公平・公開・透明性の確保が不可欠である。利害関係者の参画とは、政策実行前の段階つまり政策策定のどの段階においても政策の検討や論議に利害関係者が参加する機会が与えられることを意味する。そうした利害関係者の参画は、科学専門家あるいは政策立案者だけで選択された結果とは異なり、より正当な結果をもたらすかもしれない。
- 曝露発生源に対する非差別的取り扱い−曝露のあり方を考量する場合は、どの発生源に対しても同じ注意が与えられる。(たとえば、家庭配線・電気製品・送電線・変圧器をアースすることで磁場を低減する場合、どの発生源に対しても同じ注意が与えられる)。曝露低減の際は費用対効果がもっとも適切な選択を政策としては採用すべきだ。政策立定者は、(a)新設する設備と既存設備に対して別々の判断が必要なのかどうか、(b)非意図的な曝露と意図的な曝露に対して別々の政策をした方が正当なのかどうか、を決定しなければならない。(この件でもっと詳しい情報が必要ならば予防原則に関する欧州委員会の声明(EC,2000)を参照すること)
- 倫理的、道徳的、文化的、宗教的制約について−利害関係者間の協議にもかかわらず、個人やグループ間においてある政策が倫理的、道徳的、文化的あるいは宗教的に受容できるか否かについて意見が別れることもありうる。そうした問題は政策の実行に影響を及ぼすし、配慮が求められる。
- 政策変更柔軟性−政策の実行結果は慎重に吟味される必要がある。政策にはバランスが求められるし、最新の情報に基づくことが必要だ。そして新しい情報がもたらされた時は大胆に政策を修正する柔軟性も必要だ。
EMF曝露によって起こるどんなハザード(危害)に対する科学に基づく評価も、曝露基準に関わる国際ガイドラインづくりの基礎になりうるし、公共政策の反応を見るための重要な情報提供として役立つ。制限値を決める際のクライテリア(基準)や手順は、「健康に基づくEMF規格策定のためのWHOフレームワーク」(WHO,2006а)に概略が示されている。
規格は技術的仕様や他の正確なクライテリア(基準)から構成される。他の正確なクライテリアとは、規則やガイドラインあるいは特性定義のようなしっかりした共通項を指す。規格とは、材料、製品、製法、サービスが確実に目的に合うようにするために必要なものである。EMFに関して言えば、放射規格や測定規格や曝露規格がある。放射規格とは、機器から出る放射限度を決めることである。測定規格とは、曝露規格や放射規格を遵守させるために具体的に表示するためのものだ。曝露規格は、生活環境あるいは労働環境においてEMFを放射するすべての機器の曝露限度を決めることである。
放射規格は、EMFを出す機器を対象に様々な仕様を取り決め、一般的には工学的考察に基づいている。たとえば他の機器への電磁干渉を最小化するとか、あるいは機器の効率性を最大化するために放射規格は機能する。放射規格は、通常、国際電気技術委員会(IEC)、電気電子技術者協会(IEEE)、国際電気通信連合(ITU)、電気技術標準化欧州委員会(CENELEC)、その他の独立組織および各国の規格機関、が策定する。
放射規格は曝露限度を遵守させることを主目的で設定されているもので、健康問題を明確に意識して設定されているものではない。一般的に、放射規格というものは、ある機器から放射される電磁場曝露量がたとえ他の電磁場を出す機器が近くにあったとしても曝露限度を超えない位に十分低い量に押さえる目的でつくられている。
曝露規格は、ヒトへのEMF曝露を制限するためのもので、EMFの健康影響に関する情報を提供する研究を基礎に置いている。また物理的特性や使用中の発生源、さらに曝露によって起こるレベルやリスク対象となるのはどんな集団か、といった情報を提供する研究も同様に基礎となる。一般的に、曝露規格は、全身曝露あるいは身体一部曝露はどの位の数の発生源でしかも最大どの位までが許容範囲なのか、について明示するものだ。こうしたタイプの規格は通常、安全要因を組み込むし、個人への曝露制限のための基本指針を提供する。曝露規格のガイドラインは、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP,1998a)や電気電子技術者協会(IEEE,2002)や、多くの各国の機関が制定している。この問題については第12章で取り上げた。いくつかの国ではICNIRPガイドラインをすでに正式採用しているが、他の国では法的な採用でなく事実上の規格として採用しているところもある(WHO,2006b)。
ELF磁場の慢性的曝露が小児白血病リスク増加の原因であるのかどうかに関して科学的な不確実さが存在する。さらに、小児白血病はあまりない稀な病気だし、0.4μT以上の平均的曝露も対象数としては稀である。そのため関連性ありと示しうる測定基準(12・5・3参照)を決めるには不確実さが残るので、小児白血病データを基に曝露限度を設定したり、平均的曝露で0.4μT以下に低減させるような曝露限度を設定することが、総合的にみて社会の利益になるかどうかはわからない。一般の人が実際に曝露されるELF磁場量は通常、国際的ガイドラインの値よりかなり低い。そして一般の人が心配しているのは、たいてい環境中の長期間で低レベルな曝露で起こる影響の可能性に集中している。ELF磁場を「ヒトへの発がん性あり」と格付けしたことが、ELFへの曝露限度が十分防護するに値するかどうかを、いくつかの国で再検討させる引き金になった。こうした再検討が、多くの国や地方自治体にこれから述べるような予防策策定へと導いた。
住民たちを防護することは政治的プロセスの重要部分なため、いくつかの国では環境ハザード(危害)要因から住民たちを防護するために、健康政策に影響を与える要因に応じた他とは異なる選択を採用することが予想される(13・2・2参照)。これまでも科学的不確実さに対応していろんな防護アプローチ(対応策)が提案されてきた。最近では、予防政策とりわけ予防原則への言及が増えている。
予防原則とは、有害性がまだしっかりと証明されていない段階つまり科学的不確実な状況において行動が求められる、というリスク管理手段(ツール)である。より科学的な基礎に基づく対応策をとるには十分なデータでない段階でも、潜在的に重大な健康被害の惧れがあると思われることに対して暫定的な対応策を選択することは正当である、というのが予防原則の意味するところである。予防原則は国際法(EU、1992,国連、1992)でも言及されているし、欧州環境法(EC,2000)の土台になっている。また、いくつかの国では法律で言及されている。たとえばカナダ(カナダ政府,2003)とかイスラエル(イスラエル政府,2006)がその実例である。予防原則や予防原則と科学の関係や規格(スタンダード)策定については、いくつかの文献で詳細に論じられている(フォスター・ベッキア・レパチョリ、2000,カイフェッツ・ヘスター・バネレー、2001)。
慢性的なELF曝露による影響については、政策立案者は文化的、社会的、法律的な側面の考慮を基礎に幅広く様々な予防政策を使って対応してきた。それらの政策には、主に子供たちに影響する病気を回避することに重点に置くとか、意図的でなく非意図的な曝露まで受容するとか、意思決定プロセスにおいて不確実さも重要な要素として取り入れるかといったことが含まれる。いくつかの方策は政令に基づく命令であったり、法律に基づいたもので、他の方策は自主的ガイドラインのものもある。いくつか以下例示する
- 慎重なる回避ーこの予防的立場に立つ政策は電力周波数EMF対策として展開されてきた。施設の再検討、あるいは電気システムや電気器具の再設計を穏当な低コストで行なう際は、ELF電磁場曝露をより低くする措置をとる、というのが「慎重なる回避」の定義である(ネア、モーガン、フローリッヒ,1989)。「慎重なる回避」はオーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンなどいくつかの国で、政策の一部としてすでに採用されている(表85参照)。実行可能な低コスト策としては、電力線(送電線と配電線)の新設の場合は学校から離れたルートにするとか、電力線用地周辺の磁場を低減するために電力線導線の位相調整や配列調整をするとかがある。
- 受動的な規制措置ーこの措置はELF対策として米国で採用されたもの(NIEHS,1999)で、曝露低減のための措置を実行するのでなく、個人的に曝露を低減する方法を公衆に教育するというやり方だ。
- 予防的な放射抑制ーこの政策はスイスで実行されたが、ELF曝露の低減にあたっては「技術的にも運営的にも実行可能で」なるべく低いレベルの放射する、というものだ。放射を最小化させる措置は「経済的にも実行可能」であるべきだ(スイス連邦協議会,1999)。1台の機器あるいは何台もの機器からの放射は抑制されるが、国際的曝露限度(ICNIRP,1998а)は、すべてのEMF発生源からの最大曝露量として採用されている。
- 予防的曝露限度ー予防策としていくつかの国では曝露限度値を下げた。たとえば、2003年にイタリアはICNIRP規格を採用したが、別に二つのEMF曝露限度値を導入した(イタリア政府,2003)。すなわちa“注意値”(attention values)として特定の場所に対してはICNI RP値の10分の1とした。特定の場所とは子供の遊び場、住宅地、学校内である。b“質の高い目標値”(quality goals)はそれよりさらに厳しい制限が課せられる。対象は新規の発生源や新設の家屋だ。50ヘルツで新規発生源で10μT、同新設家屋で3μTが採用されたが、これは恣意的な値だ。なぜならば、この値は急性影響としての証拠はないし、3μTが10や100μTに比べて安全だとする白血病疫学研究による証拠もないからだ。
電力周波数電磁場曝露で採用されたその他のタイプの予防政策例は表86に載せた(カイフェッツら,2005)。EMF規格(スタンダード)に関する世界全体を網羅したデータベースはWHO国際EMFプロジェクトのウェブに掲載されている(WHO,2006b)。
規制者が直面する問題は、様々な目的の追求とその前に横たわる制約との兼ね合いをどう判断し、どう評価するか、ということである。リスクの許容度がゼロを求められるとするならば、コストの問題は重要な問題ではなく、限られた資源がもっぱら問題となろう。他方、ハザード(危害)が証明されていないとするならば、技術の使用や導入の受容は、潜在的な健康影響を軽視することになろうし、リスク回避のためのコスト支払いを社会は喜ばないであろう。
実用性を重んじる立場からすれば、コストを考量しない政策決定はありえないし、そうしたコストは便益を配慮した上で使われねばならない。政策選択における費用対便益は、もっとも幅広い観点から考慮されるべきだし、様々な利害関係者がコスト負担と便益を理解できるような方法で、提示されるべきだ。コストに関して言えば、業界はコストを負担できるのか、消費者は負担できるのか、その他の関係者は負担できるのか、といったそうしたすべてのコストを含めたものであるべきだ。あやまちを犯すとしても重大なあやまちは避けたいという正当な願いが許容される場合であっても、ELF電磁場曝露の軽減はとても低コストな措置が正当でそれ以上の措置が正当であるとは言い難いであろう。
EMFに関する予防措置において費用対便益を考量しているアプローチ(対応策)例は、様々な国で試みられている。電力線の電磁場を低減する措置のコスト評価例はオランダである(カイフェッツら,2002)。オランダでは、国内の地勢学記録でもって電力線周辺の家屋を確認し、そこから様々なレベルのELF磁場を曝露されている家屋の数を算定した。それに基づいて4つの対応策が考察された。方向系列再配置(vector-sequence rearrangement)、位相導線分配(phase conductor splitting)、電力線移転、地下埋設化の4つの対応策それぞれにおいて、住民が近接して居住する電力線におけるコストを算定した。また電力線の様々な電磁場レベルが距離を変化させるそうした対応策によって、どのような影響が出るのかも算定した。コストを所定の磁場曝露を取り除いた家屋数で割ったものが、「住宅利得毎の平均コスト」(average cost per dwelling gained)として提示された。0.4μTで計算すると、方向系列再配置の住宅利得コストは18,000ユーロで、位相導線分配の同コストは55,000ユーロで、電力線移転だと128,000ユーロで、地下埋設化だと655,000ユーロであった。この種の分析は、技術的措置とそれ以外の措置との判断や比較が可能になるので政策立案者には有益である。たとえば送電線の移転あるいは住宅の移転の際にこの種の分析が有益である。
1990年代後半にカリフォルニア州で、電力線からのEMFと学校内でのEMFに関連して「“what if"(もし導入したらどうなるか)政策分析」が徹底的に行なわれた。このカリフォルニア州政策分析執筆者は、以下の質問に対する実用的アプローチと義務的倫理的アプローチの両面を検討した。:「EMF回避のために低コスト策または高コスト策のいずれかを採用する以前に、EMFによる病気へのインパクト(影響)程度はどの位ならば対応策が必要なのか」という質問について。その答は「政策選択」文書に要約されている。その内容はコンピュータモデルで展開されているので、利用者は様々な変数インパクトを研究することが可能だ。この場合の変数とはコスト・病気の蓋然性・病気の程度を指す(フォン・ヴィンターフェルトら,2004)。科学的確実性が「合理的な疑いを超えた」(beyonda reasonable doubt)範囲内にある場合、コストが抑え目な回避策は費用対便益の観点からすれば正当である、という見解を費用対便益分析は示す傾向にある。このアプローチはカリフォルニアでは正式には実行されなかったが、カリフォルニアでは最近になってノーコストあるいは低コスト政策は再び肯定されてきた。
スウェーデンの5つの政府関係機関は1996年に“意思決定者のためのガイダンス”を発表した。その中で合理的な支出による用心策は推奨されている。そこでは原価計算見積もりがいくつかのケーススタディとして示されている。そのガイダンスで示した予防原則定義に基づくならば、懸念されている環境において正常とみなされている程度を大幅に超えて電磁波が検出されるのであれば対策措置が検討される必要がある(NBOSH,1996)。
死に至るのを防ぐためとか病気にならないようにするために、純理論的な価値を定める目的の場合は、EMF以外の他の分野の文献が数多く必要になる。財政上の価値を獲得するための主要な二つのアプローチは、“人的資本”(human capital)と“進んで支払う意思”(willingness to pay)である。“人的資本”とは死亡による社会的損失を算定する試みだ。たとえばある人がもし生きていれば稼いだであろう給与損失額を計算するとか、もっと複雑な分析をするならば、病気治療に要する社会的コスト計算が例としてあげられる。“進んで支払う意思”とは、個人あるいは社会全体が病気や死亡を防ぐためにすすんで支払うかどうかを観察する試みだ。たとえばハイリスクな職業に就いている人に支払われた通常より高い給与額を調べるとか、地震の起こりやすい地域から避けるためにかかる費用を人々はすすんで支払うかどうかそしてその際の費用額を調べるとかだ。
“人的資本”と“進んで支払う意思”の二つのアプローチは、集団としての社会に特有な対応策だ。たとえば、「ラテンアメリカとカリブ諸国における糖尿病コスト」(アルベルトら,2003)に関するWHOの分析は人的資本アプローチを使う。すなわち早期死亡や不具になった場合の所得損失計算をすると、ラテンアメリカやカリブ諸国の早期死亡は一人につき3万7千ドルの損失になる。しかし受動喫煙が原因の早期死亡経済的対価に関わるWHOの分析(アダムズら,1999)では、人命損失による“進んで支払う意思”対価を一人につき4百8千万ドルとはじく米国EPA研究で引用しているし、さらに人命損失対価を一人につき5百万ドルとはじく別の研究も引用している。賃金リスク代償方法(wage-risk trade-off method)がこの総額を決定するのに使われた。
ELF曝露による潜在的健康リスクが予防策を実行するに十分重要だと考えるならば、これらの例は、研究者とか中央政府や自治体当局がいくつかのシナリオをどのように分析したかという点の洞察を提供する。こうした実践をする財源のない国に対しては、作業グループが考察したすべての証拠に基づきこれなら適切であるとみなす推奨例を、以下提示する。
各国は、科学に基づく国際的ガイドラインを採用することが奨励される。EMFのケースでは、国際的調和による規格化(国際的同一化)が各国が目指す目標である(WHO,2006а)。
もし予防策(precautionary measures)が規格(スタンダード)を補って完全にするものであるとみなされるならば、科学に基づくガイドラインを侵蝕しない方法で予防策は採用されるべきだ。
様々な選択(オプション)を考察した結果、一般公衆や労働者をELF電磁場曝露から防護するために、政策立案者は適切で各国の実情に見合った策(措置)を選択かつ実行することになる。それぞれの政策選択評価に見合ったファクターは87表に掲げる。予防策は一般的には、義務的強制力ではなく、むしろ自主的規定(voluntary codes)や奨励や共同プログラムを通じて実行される。そして予防策は暫定的な政策の道具とみなされるべきだ。リスク認識とリスクコミュニケーション(Risk perception and communicatoin)
一般公衆が不安を煽られる要因は数多くあるがその一つが、政策に関して国際的統一がなされていないことである。リスクに関する人々の認識は、個人的ファクターと外部ファクターとリスクの性質、の3つにに左右される(スロヴィック,1987)。個人的ファクターとは、年令・性別・文化的あるいは教育的バックグラウンド、などである。外部ファクターとは、メディアとかメディア以外の情報普及、あるいは現在の政治的・経済的事情、オピニオン活動あるいは社会的規制プロセス構造・その社会における政策意思決定の構造などである。
一般公衆が状況を制御できる度合い、つまりEMF発生源を公正かつ公平に配置できる力を一般公衆が持ち得る度合いや、特定の病気への恐怖感を一般公衆が制御できる度合い(たとえば頭痛をもたらすリスクなのか、がんをもたらすリスクなのかといったリスクの性質の違いによってリスクに対する認識も大きく異なる)といった具合に、リスクの性質もまた一般公衆の認識の違いへと導くであろう。一般公衆にリスク認識をもたらすファクターが多ければ多いほど、一般公衆の懸念は増大する。一般公衆・科学者・政府・業界のそれぞれが相互に情報を有し、情報交換が可能ならば、一般公衆の懸念は軽減される。効果的なリスクコミュニケーションとは、ただリスクに関する科学的な数字を示すことだけでなく、倫理的にもモラル的にも懸念される様々な問題を論議できるようなフォーラム(会合)の場を提供することでもある(WHO,2002)。
諮問(consultation)
結局他の環境健康リスクと比較した場合、ELF電磁場リスクを認めるということは、そのリスクが科学的情報に関係しているのと同様に、少なくても政治的かつ社会的な価値や判断とリスクが関係していることを意味する。一般公衆の信用と信頼を確実なものにするためには、利害関係者が適切なタイミングで意思決定に関わることが必要である。ELF利害関係者には、政府機関・科学界・医学界・アドボカシー(唱道)団体・消費者保護組織・環境保護組織・その他都市プランナーや不動産業者などの関係者、電気業界や電気器具メーカーなど、が含まれる。そうした問題において必ずしも合意点が見いだされるわけではないが、とるべき方向性としては透明で、証拠に基づいたものであるべきだし、批判的調査にも耐えるのものであるべきだ。
定期的評価の必要性
新たな科学的情報が入手された時は、曝露ガイドラインや規格(スタンダード)は更新されるべきだ。証拠が強いとか健康結果が重大な研究は、他の研究よりもガイドラインや規格を科学的根拠に基づき再評価する場合の刺激材料になるかもしれない。対象分野の研究の結論を確実なものにするためには、科学的根拠に対する全体としての適切な評価が済んだ後に、規格や政策の変更は実施されるべきだ。
曝露低減
予防的アプロ−チを推奨する場合、最優先として押さえなくてはならないのは、電力がもたらす基本的に健康的で、社会的でかつ経済的な利益を損なうような措置はとるべきでないということだ。現存する科学的証拠の観点からしても、また重大な不確実的要素が解決されていないことからしても、電力のもたらす健康的で社会的で経済的な利益に、予防的アプロ−チが影響を与えるか否かの評価を行なうことが推奨される。もしそうした電力のもたらす利益を損なわない範囲で曝露を低減する予防策が実行できるのであれば、それは合理的だし正当である。曝露低減実行に要するコストは、それぞれ国によってまちまちであろう。そのため、ELF電磁場のリスクとコストのバランスを考慮したどこにでもあてはまる一般的な推奨(勧告)を打ち出すのは極めて困難である。ELF磁場と小児白血病の関連を示す証拠が弱く、かつ公衆衛生への潜在的な影響が限定的であることを考えるならば、曝露低減が健康に及ぼす利益はあいまい(uncler)であり、そのため曝露低減に要するコストはとても低い(very low)ものであるべきだ。
上記の考察に基づき、以下の勧告を行なう。
- 政策立案者は、ELF電磁場に関して一般公衆向けと労働者向けの両方のガイドラインを策定すべきだ。曝露レベルと科学的レビュ−の原則の両方における最良のガイダンス情報源は、国際的ガイドラインである。
- 政策立案者は、一般公衆に対しても労働者に対しても曝露限度を超えないようにするために、あらゆる発生源からの電磁場測定などの措置を含むELFEMF防護計画を策定すべきだ。
- 電力のもたらす健康的・社会的・経済的利益を損なわないのであれば、曝露低減のためのとても低コスト(very low-cost)な予防策の実行は、合理的だし正当である。
- 政策立案者や自治体プランナ−(地域計画担当者)は、新しく施設(facilities)を建設する時とか、電気器具(appliances)などの器具類(equipment)を新しく設計する場合においては、とても低コストな電磁場防護策を実行すべきだ。
- より安全であるとかあるいはコストがあまりかからないかまったくかからないといったように、他に利益が付加されるような条件を前提とするならば、器具類(equipment)または機器(devices)から出るELF曝露を低減するために工学技術的方法(engineering practice)を変更することは検討されるべきだ。
- 現存するELF発生源の変更にあたっては、安全性・信頼性・経済的条件に沿って、ELF電磁場の低減を検討すべきだ。
- 自治体当局は、建築物の新築や現行施設の配線替えをする時は、安全性の維持に配慮した上で、非意図的な地電流(ground currents)を低減させるための配線規制策を実行すべきだ。架線配線工事における違反や問題性を明らかにするための未然防止策は、高コストだし、正当なものとはいえない(unlikely to be justified)。
- 国家当局は、事前に情報提供されることですべての利害関係者による意思決定が可能になるよう、効果的でオ−プンなコミュニケ−ション戦略を実行すべきだ。;この戦略の中には、個人がどうすれば自身の生活において曝露低減が可能かといった情報も含まれるべきだ。
- 自治体当局は、ELFEMFは発生する施設の建設計画に改良を加えるべきだ。すなわち、規模の大きいELFEMF発生源の立地計画にあたっては、業界・地方自治体・住民(citizens)相互の十分な話し合い(better consultation)とかである。
- 政府は業界は、ELF電磁場曝露の健康影響に関する科学的証拠の不確実さを克服するために、研究計画を促進すべきだ。
<電磁波問題市民研究会の解説>
- WHOは「電磁場曝露の慢性的影響は証拠が限定的なものなので、不確実さが存在する」「だから予防的アプロ−チの利用が的を射ている」と主張します。しかし一方で「予防の名の下に恣意的レベルに下げようとすることは奨励されない」と釘をさし、「低減のために適した他の予防的方法の採用も理に適っていて正当である」とする一方で「曝露低減が健康に与える便益は明確でない」ので「電力のもたらす健康的で社会的で経済的な利益を損ねない条件」で、しかも「曝露低減のためのとても低コストな予防策実行は合理的で正当」としています。
- つまりWHOの今回のEHCはとても歯切れが悪いのです。「1・1・11健康リスク評価」の部分で「毎日低度(約0.3〜0.4マイクロテスラ)の電力周波数磁場を慢性的に曝露すると健康リスクが生じるという科学的証拠は、一定の型の小児白血病発症リスクが増大するとした疫学研究に基づいている」とし、同じく「1・1・11健康リスク」の部分で「ヒトの健康リスク評価にとって、いつでも使えるしっかりしたヒトのデ−タは一般的に動物のデ−タよりもより有益である。動物実験や生体外実験(細胞実験)は、ヒトの研究証拠をサポ−トしたり、ヒトの研究証拠で課題となったデ−タのギャップを埋めたり、あるいはヒトの研究が不十分だったり欠けていた時にリスクの決定をするために使われる」と動物実験や細胞実験より疫学研究(ヒトの研究)のほうが優先される、と公言していながら、防護策となるととたんに強大な電力会社の影に怯えるWHOの姿が全面に出てくるのです。
- しかし、そうした後退面だけではありません。「慎重なる回避政策」等の世界の先進国の取り組みの紹介や、「設備を新設したり更新したりする時や、電気器具を新しく設計する場合」は、“低コスト”という条件つきですが「電磁場曝露を低減する」とか「電磁場防護策」を実行すべきだ、と勧告しています。
- また、リスクコミュニケ−ションとして、「利害関係者を計画段階から参加」させろ、とも明言しています。利害関係者の中には「アドボカシ−団体や環境保護組織」も入っています。これは大いに使えます。
- 当会では電気の便益は否定していません。健康リスクという負の面もあることもきちんと認識し、利害関係者を交えてどういう対策をとるのが社会にとってプラスなのかを論議するように主張しているのです。
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