国連保健機関(WHO)環境保健(健康)基準
2007年6月18日発表
(翻訳:大久保貞利)
第13章 防護策(PROTECTIVE MEASURES)
ELF電磁場の健康リスクに関する25年間の研究により多くの知識と理解を得たが、まだ科学的不確実さが残っている。神経システムの急性影響は確立されたし、国際的ガイドラインの根拠からもそれらは確立された。長期間の影響に関しては、日常的に低レベルのELF磁場を曝露すると小児白血病リスクが増加する、と疫学研究(調査)は示しているが、証拠は因果関係ありとみなすほど強くない。だから、ELF磁場は「発がん可能性あり」(possibly carcinogenic)と格付けされたままだ。成人及び小児の小児白血病以外のガン、うつ病、自殺、生殖機能障害、発達障害、免疫学的変異、神経病、心臓血管病、などの研究された影響は、証拠としては小児白血病影響より弱い。
長期間の悪影響研究に関して結論づけるデータがないので、意思決定者は公衆衛生を防護する方策の範囲をどこまでにするか、という問題に直面している。なすべき選択は、科学的データの評価だけでなく、その地域の公衆衛生事情や関心レベルや、様々な利害関係者からのプレッシャーにも左右される。
この章では、ELFリスクの管理のための公衆衛生策について説明する。現行の国際EMF基準及びガイドラインの科学的根拠を、既存のEMF政策を参考にしてレビューしていく。予防的観点を基にしたアプローチ(方法)の採用が検討されるし、科学的不確実さの程度を考量して、適切とみなされる防護策に関する勧告が提供される。
この章の文脈において、集合的用語として使っている「政策立案者」とは、政策・戦略・法規・技術規格・実施手順の開発に責任を持つ、国家当局・地方自治体(地域政府)当局・規制者(取締まり当局)・その他のステークホルダー(利害関係者)のことである。
特定の因子が健康に与える影響を扱うリスク分析方法は、通常3つの基本的ステップを含んでいる。
第一のステップは、健康リスクの正体を割り出し、リスクのプロフィール(輪郭)あるいはリスクの構成を確立することである。これには、健康事情及びリスクの推定、結果の推定、についての評価に関する簡潔な説明が必要となる。それはまた国民全体の健康事情や、労働者の健康事情の中に潜むリスク要因に優先順位をつけることについての説明も必要となる。このステップは、資金の投入やリスク評価の依頼も含む。
第二のステップは、今回のモノグラフで実施された、リスク要因の科学的影響評価と関係するリスク評価(ハザード確認・曝露評価・曝露反応評価・リスク特性表示)を行なうことである。いくつか国では、国の公式な健康リスク評価方法を通してEMFの健康影響の科学的評価を行なう(たとえば米国RAPID計画,NIEHS,1999)とか、独立諮問委員会を通して科学的評価を行なう(たとえば英国非電離放射線独立諮問委員会,AGNIR,2001ь)とかの実績がある。他の国では、科学に根拠をもつガイドラインやそれらの変更を民間レベルで実現するかもしれない。
結局、リスク管理戦略は、すべての健康リスク管理を一つの方法でなくいくつもの方法でもって実践していく考慮が必要である。複雑で異論が多くリスクが不確かさな場合は、適切な管理手順の考案がとりわけ必要である。こういった場合のねらいは、予防にふさわしいレベルの措置を採用したり、社会的合意を探ったりすることであり、その上、信頼できる意思決定手順を創り出すことである。「リスク管理」という用語は、あるリスクを取り除いたり低減させる必要があるかどうかを決めるのに欠かせない、すべての活動を包含した用語である。リスク管理戦略は、規制に関する分野・経済的分野・諮問に関する分野・技術的分野、に大きくいって分類される。しかしその分野同士は排他的関係にあるというものではない。むしろ幅広い要素が集合することで、最終的な政策決定プロセスあるいは規則制定プロセスの要因となりうる。たとえば法律で定められた命令(法令指示)・政治的考慮要件・社会的経済的重要性・コスト・技術的可能性・リスク対象人口・リスク期間及び規模・リスク比較・国同士の貿易への影響などである。人口規模・財源・目標達成コスト・リスク評価の科学的質・事後の処理決定といった、キーとなる意思決定要因は、それぞれの事情毎に大きく異なる。リスク管理は体系化が簡単にできず、一様でない多くの専門分野にまたがる複雑な手順であり、しばしば組織立っていないと認識されている。また、リスク管理は様々な幅広い情報源からの情報を有効に利用できるよう対応することだと認識されている。リスク認識やリスクコミュニケーションは、なるべ多くの人がリスク管理決定を受け入れるために考慮しなければならない重要な要件であるとだんだん認識されてきている。
リスク確認・リスク評価・リスク管理のプロセスを明確な方法で役立つように説明することは可能だが、実際にはそれらの方法は互いにオーバーラップし一部は重なっている。だからリスク確認・リスク評価・リスク管理のどの段階でも、方法としては両方の意見を取り入れたりステークホルダー(利害関係者)を参加させたりといった相互影響のプロセスが必要、と概念的には説明できる。
(次号に続く)
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