(翻訳:TOKAI)
[訳注;上記の「費用便益分析」とは、ある事業計画に要すると推量される費用)とそれから生じると期待される便益を比較し、その経済的妥当性を分析する方法。また、「費用効果分析」とはある事業計画に要した費用とそれから生じた効果を比較し、その経済的妥当性を分析する方法。]
<小児白血病と極低周波磁場>
ヒトへの発がん性「2B」
今回提案されたWHOの「予防方策フレ−ムワ−ク」では、詳細な費用便益分析や費用効果分析などの予防方策の対象に十分値する。
<小児白血病以外の小児ガン、成人のガン、上記以外の病気(暫定的)、電場>
「2B」より証拠は弱い
今回提案されたWHOの「予防方策フレ−ムワ−ク」では、多額のコスト(費用)をかけてまで予防対策をとるほど十分な証拠はないとみている。詳細な費用便益分析は必要ない。もし、もっと基礎的な費用便益分析をするとしても、低コストなものに限定するなら考量してもよい。
選択肢 | 便益があるとみなされる要因 | コストとみなされる要因 |
---|---|---|
なにもしない | 電磁波曝露を減らすための措置はとらない。不確実な面を解明しようとはしないし、将来に向けての知識を得ようともしない。 | |
調査研究 | 不確実な面を解明し、将来に向けて適切な決定ができるような能力が身につく。極低周波磁場が原因で小児白血病よりもはるかに市民の健康不安を煽るような広範に罹患する病気(現在はまだ問題にされていなくても)が起こる可能性を取り除く。その他のリスク要因を発見したり、そうすることで病気への不安を減らす機会となる。 | 実際には発生しなかった別のリスク要因の調査研究に費やすコストの可能性 |
情報提供 | 電磁波曝露についてわからないとか、意識されていないとか、避けることが困難な国や地域では、情報提供の効果は少ないかもしれない。 | 必要以上の警戒や不安をつくりだす可能性がある。<訳注>WHOは情報提供は一般的に適切だと考えているが、しばしば誇張されていると思うこともある。 |
誤った配線の是正 | 安全という便益をもたらす | 誤りか否かを識別するためには大きなコストがかかる。 |
地上送配電線設置に関する方法の変更 | 地上送配電線設置に関する現行の方法は一つにはコストを理由にしてつくられている側面があるし、他方で感電による被害を減らすという安全面の理由からつくられている。感電のような実際的な害によるリスクは磁場を減らすことによる便益より優先される。 | コストがいくらかかるかといった専門的知識はほとんど電力会社の掌中にある。政府はこのような専門的知識を電力会社から引き出すと同時に、電力会社が提供した知識や技術が妥当なものかどうかチェックすべきだ。送配電線を新設する場合と既存の送配電線を手直しする場合を比較した時、コスト比較はまちまちでどちらがいいとは一概には判断できない。 |
その他の技術的変更 | 電磁波曝露の削減は、理想化されたシステムではなく現実の電気システムにおいて評価されるべきである。たとえば現実の電気システムは不安定な状態のケ−スが多いがそうしたレベルを前提した上での曝露削減ということだ。 | 同上 |
電気器具の設計変更 | 電磁波曝露発生源としてまたは曝露状態としては、疫学調査からすると家の中の電気器具は送配電線ほどの因果関係は示されてなく今回の予防方策との関連も明確ではない。したがってリスクの不確実さに見合った便益の削減がなされるべきだ。 | 曝露削減のためにどれだけ電気器具にコストがかかるかによる。また、曝露削減のために器具のサイズを小さくしたり重量を減らすことも含まれる。しかし適切な情報提供で消費者が曝露量の低い製品を選択するようであればコストを掛けたことが補われる。 |
事業計画を策定する側の体制変更 | 電磁波曝露削減を念頭においた設備をもつ建物をつくるようになろう。そうすることで後になっての経費がかからず経費削減に貢献する。 | 計画体制変更によって、土地の有効活用ができなくなったり、資産価値が低下したり、補償支払いが生じたりする、といった費用損失があるかもしれない。しかし、それぞれの国や地域の現行体制によって、費用損失の度合いはまちまちだ。 |
具体的な金額 | その国や地域がどの位対策に乗り出すかかどうかによる。 | 便益と費用(コスト)に関する明確な比較はないので、便益に見合った以上の経費を費やすリスクは存在する。 |
今回の予防方策フレ−ムワ−クが採用されるとした場合、社会全体としてどのくらいのコストが要されるか検討されるべきだ。その場合、そのコスト負担は企業、納税者、その他によってどのように負担されるべきなのかも含めて検討されるべきだ。
下記の要因がそのような検討分析に適用される。
●小児白血病は比較的にまれな病気である。
●疫学調査を額面どおりの価値として受けとるならば、リスク増大と関係するレベルの電磁波曝露を受ける人々は社会全体では小さい割合である。
●極低周波磁場が因果関係があるのかないのかは、現在不確実だし、どういう種類の曝露状態が関係するのかどうかも不確実といったように、ある因子あるいは要因といった介在するものが影響をもつのかもたないのかに関して、多くの不確実さが存在する。
上記のような要因を考慮した上でなおかつ、安全性重視に傾いた社会(国や地域)が法規制する場合は、なるべく低コストな方策ならば正当化されるかもしれない。
特に、
●0.4マイクロテスラ程度の電磁波曝露基準の設定は妥当ではないと言えよう。WHOは、電磁波曝露基準は一般的に確立された(established)科学に基づいたものであるべきだ、と考える。
●安全性と社会的便益とが同等にもたらされる条件でないならば、あるいは低コストといった条件がないならば、技術的方法の変更といった方策は妥当ではないと言えよう。
●電磁波だけのための予防方策で地上送配電線設置方法を変更することは正当とは言えないであろう。しかし地上送配電線設置方法の変更が予定されているのならば、安全性と信頼性と経済性に併せて電磁波についても考慮されるべきだ。
●電機メ−カ−は極低周波磁場を低コストで減らすことができるのか調査すべきである。また電磁波曝露量の少ない製品を消費者が選択できるようにすることが市場戦略にとって優位となるのかどうかについても調査すべきである。
●非意図的な電流を減らすことに関して現行の送配電線規則を適用することは賢明であろう。しかし予防的に誤った所を探そうとか確認しようとして多大なコストをかけようとするのは妥当ではない。
●高圧送電線の配置計画体制の変更に関わるコストは、それぞれの国の条件によって変わる。したがって一般化することはできない。しかし高圧送電線の新設計画で電磁波曝露量を減らすための手順を採用することは可能だ。
●将来的に不確実な部分を克服するための継続的でより強化された研究調査計画が求められる。
●人々が意志決定できるようにするための情報提供はとても賢明だし正当である。
「2B」(ヒトへの発がんリスクの可能性あり)のランク付けには不十分な証拠しかない要因や因子(訳注;極低周波電場等)に対して、今回のWHOの予防方策フレ−ムワ−クは低コストな選択肢などよりシンプルな評価を要求する。以下がそのような選択肢だ。
●研究調査
●情報提供
●別の理由で地上送配電線の配置方法を変更する場合があった際に、その要因・因子を減らすような方法の変更を同時に行なう。
●高圧送電線の配置計画体制の変更は、それぞれの国の条件によって一概には言えない。
〈行動選択と実行について〉
いろいろな選択肢を実行するための分析に基づいて、各国政府や関係部局はその国に見合った選択を行い、実行に移す。その国にとってどんな方法が正当なのかどうかはその国の判断による。一般的には、予防の観点から方策を採用するのであれば、厳格な施行より自主的な規則とか奨励とか協調的計画のほうがふさわしい。
WHOの予防方策フレ−ムワ−クとしては、すでに極低周波電磁波についていくつかの国では法規制を実施しているところもあるが、法的規制でない予防方策の実施を求める。とりわけ方策を選択する場合は次のような方法で実行すべきであろう。
●WHOの予防方策フレ−ムワ−クの考えからすると、電磁波曝露を減らすための個人や企業の行動は法的義務に基づいたものではない。
●電磁波曝露を減らすための決定は、電磁波曝露が危険であるとする証拠を基にしたものではない。
WHOの予防方策フレ−ムワ−クは、はば広い利害関係者(stakeholder)を取り入れることを奨励する。極低周波電磁波に関して利害関係者とは、政府・学会・市民団体・計画立案従事者のような専門家・学校関係者・不動産関係者・企業が含まれる。企業の中には電力会社や電機メ−カ−が含まれる。
〈実行後の評価について〉
今回のWHO予防方策フレ−ムワ−クで詳述したが、採用された方策は実施後定期的に再評価(再検討)されねばならない。新しい科学的知見が発表された場合は特に再評価が必要だ。
《翻訳者による解説》
WHOの「不確実分野における予防方策展開(開発)のためのフレ−ムワ−ク」と題された対策草案は、総論と3つの追加資料から構成されている。総論は「すべての不確実分野」に当てはまる予防方策フレ−ムワ−ク(大枠組み)について述べたもので、電磁波に限ったものではない。環境ホルモンしかり、食品添加物しかりである。しかし、3つの追加資料のうち二つは電磁波について言及している。WHOにとっての不確実分野で、いかに電磁波が大きな比重を占めているかの表れだ。この追加資料Bでは、各国の判断が優先されかつ曝露基準についても言及しなかったため、日本の電力会社や電機メ−カ−は「安全論」の補強として今回の対策草案を利用するであろう。しかし、(1)電磁波が安全でないからこそ「予防方策」が必要である、(2)情報提供、配線方法の変更、技術的変更、電気器具の設計変更等に言及している、(3)決定に関しては利害関係者の参加が奨励されており、その中に市民団体(住民団体)も明記されている、等は大いに私たちにとっても武器になりうるものだ。日本のやり方は企業中心主義であり、今後はこうした住民無視や市民無視の方法は批判されるであろう。