「電磁波は危険か?−技術者と電磁波論争」

□東京工業大学での研究発表会
 ドイツ在住の日本人で電磁波問題を研究しているベルリン工科大学の研究生(当会の会員)が、12月16日に東工大で開かれた技術者倫理研究会で「電磁波は危険か?−技術者と電磁波論争」をテ−マに、研究成果を発表した。
 はじめに2003年9月に放映されたドイツARDテレビ(NHKに相当するテレビ局)制作の番組『携帯電話でスモッグ?−携帯電話をめぐる宗教戦争』を見た後に発表が行なわれた。

□テレビ番組の内容
 番組の内容は以下の通り。
 ドイツでは中継基地局に反対する住民団体が千以上ある。ドイツでは6千万人が携帯電話を利用しているが、その一方で携帯電話のリスクに関する研究も1万件以上あり健康問題に不安を感じている人たちもいる。
 バイエルンには電磁波過敏症の治療に臨んでいる民間の特別な病院もあり、過敏症の人は血液成分の一部が変化するので仮病か過敏症かの区別ができているとドイツの過敏症患者の会は主張している。
 マインツ大学病院ではWHOの委任で脳腫瘍と携帯電話の関係を調査している。調査を中心に担っているシュルツ博士は次のように述べている。『携帯電話電磁波は頭の住中4〜5pの所に入るので耳道に腫瘍がでくきるかどうか調べている。WHOは世界13ヵ国で同様の調査を依頼していて全世界で6千人の脳腫瘍患者にインタビュ−を行なわれている。その結果が注目されるが、まだ一貫性ある結果には至っていない。携帯電話は新技術でこうした高周波が人体にどのように影響するか誰にもわからないが、我々の研究結果からは説明できない現象が起きている。それは偶然出たのかもしれない。何を信じるか、信じないか、異なる者同士の戦争(宗教戦争)になっている。』
 過敏症で苦しんでいる人もあるが、正反対に携帯電話マニアもいる。マニアは何台も携帯電話をもっており『中継基地局の影響を問題視するのは、心配のしすぎだ。パニックになることはない。』と携帯電話電磁波の健康への影響をいっさい否定している。
 環境科学者のナイツケ博士は携帯電話に否定的で千以上の調査を分析した立場から「電磁波は人間の生体に影響を与える」という見解をもっている。
 ボ−ダフォンの中継基地局に反対する民グル−プは中継基地局の稼働日数が続限り毎日風船を一個づつ増やし反対の意表示としてマンションに上げている。
 EUから研究資金をもらってREFLEXプロジェクトを進めているアデルコファ−教授らのチ−ムは携帯電話の電磁波を細胞に照射すると遺伝子毒性効果を引き起こすという研究結果を発表した。この研究結果は業界に大ダメ−ジを与えるのでハワイで開催された生体電磁気学会で激しい論争をもたらした。それはまるで“宗教戦争”である。
 携帯電話業界が引用しているのはシルニ−教授の研究結果だ。シルニ−教授の見解は、携帯電話の影響はペ−スメ−カ−への悪影響だけで人体への電磁波の危険性はない、というものだ。電磁波過敏症についてもシルニ−教授は調べたが電磁波照射が開始してから患者が反応するまで1時間もかかったりするため的中は偶然にすぎない、としている。その結果、シルニ−教授はUMTS(欧州第3世代携帯電話システム)の電磁波は神経や筋肉に影響を与えない、と報道機関に発表した。
 これに対し環境科学省のナイツケ博士は『携帯電話電磁波が筋肉を緊張させるとは誰も考えていない。彼の研究は何の影響もないと結果が出るように研究がデザインされている。健康に影響を与えるという研究結果がないが、それでも不安に思う人々がいることを真剣に受けとめて我々はその不安を取り除くために医者などの協力を得て研究を行なっています』と語っている。
 ドイツの電磁波過敏症患者自助協会会長のブリジット・シュトゥッカ−さんは環境省と交渉し「電磁波過敏症患者にマイノリティの地位を与える」よう踏み込んだ要求をしている。マイノリティと認められればマイノリティ保護のため中継基地局建設を強行しようとする携帯会社を起訴することがドイツでは可能だからだ。しかし環境省の役人はこの要求に応じていない。
 ドイツの環境大臣は緑の党出身だが電磁波基準値引き下げの必要はなし、という見解だ。緑の党の電磁波問題担当のヘルマン氏は『現行基準値は高すぎる。国際的に比較しても基準値引き下げは可能だ』と語り『政治は予防原則をリスクコミュニケ−ションのためにあらゆる手段をつくさなければならない、というのが私の考えだ。しかし政治的には実行不可能だ。不満だ。』とも付け加え環境大臣と異なる見解を述べた。
 こうした矛盾した発言にはこのような裏がある。UMTS(欧州第3世代携帯電話システム)ライセンス競売によって、ドイツ政府はライセンス費として約千億マルク(約6兆円)を得た。その見返りとして携帯関連業界は予防原則に沿った低い基準値導入をしない約束を政府から取り付けた。業界は基準値を引き下げないかわりに次のような自主合意を行なった。「中継基地局建設場所の決定に地方自治体の参加を可能にする」「話し合いで決定することで予防原則を取り入れる」という内容だ。
 しかし次のような事実がある。ヴァイブリンゲン市に幼稚園から70mの場所に中継基地局がある。自主合意ではこうした場所では不安を抱く住民の考慮することになっており市の建設部長が基地局を別の場所に移動させようとした。だが決定権はボ−ダフォンにあり会社は話し合いには快く応じるが「基準値以下だ」という理由で結果は住民要求にゼロ回答だった。ボ−ダフォン側は『不安を感じるのはたいてい住民に知識がないからだ。携帯電話はまったく危険ではない。確信している。全国で安全性を啓蒙しうまくいっている』という態度だ。ボ−ダフォンの基地局建設のため屋根を提供した家主は地域住民から仲間はずれにされボ−ダフォンを契約したことを後悔している。しかし「15年契約」を理由にボ−ダフォンは家主の契約解除に応じない。
 ナイツケ博士は『法律がないため行政に決定権はないし、議会も予防原則に基づく法律をつくりたくない。こうした状況は業界に都合がいい。ここ数年電磁波問題は最も注目を集めている。政府と業界はこの問題を葬りされたいと考えている』。
 携帯電話がまったく安全だという確信はない。WHOは3年以内に携帯電話のリスク評価を行なう予定だ。

□問題提起
 発表者より、ビデオ放映後に、「電磁波の健康影響はグレ−ゾ−ンだが、科学的研究結果が出るまで安全性問題の対応を引き伸ばすことはできない。科学からさらに視野を広げてこの問題の解決に臨むことが現時点で果的ではないか」と、問題提起された。
 とくにシルニ−教授が彼の研究結果が企業に不正確に引用され企業の都合よく利用されているのにシルニ−教授が「気にならない」としているのは技術者の倫理としてもどうなのか、という提起もされた。
 技術者倫理研究会には技術者・研究者・教師が参加されていたが、日本で電磁波問題への社会的関心が薄いことが反映しているようで、建設的な議論にはならなかった。技術や企業に対しオプチミスティックな考えの人が多かった印象である。青島刑事ではないが「事件は現場を起こっているんだ」と言いたかった。


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