台湾を見る日本の目
台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会
代表 渡辺 信夫(日本告白教会牧師)戦争中、強制的に「従軍慰安婦」とされていた人々の補償要求の裁判は、韓国の 女性の意識の高まりとともに始まり、中国、フィリッピンからも起こされ、インド ネシアでも訴訟準備が始まった。それだのに、台湾からの訴えを聞く機会はあまり にも少なかった。そのため、従軍慰安婦問題はアジアにおける反日的な人々と、そ れに同調する日本人がことさらに取り上げる問題だと思う人もいた。また、良識あ りと見られる人の中にも、日本の植民地支配は朝鮮においては失政であったが、台 湾では良かったと思う人がいるほどである。それらの誤った理解が今般の台湾から の訴訟によって訂正を迫られることになるのであって、私たち日本人にとっては大 きい意味のある訴えである。
台湾はなぜ韓国のように日本の統治の不当を訴えなかったのか。この事情を私た ちの側で良く理解しなければならない。
台湾は1895年に清国から日本に割譲されるまで、清国本土ではなく植民地であり 、清国政府は台湾住民のことを顧慮してくれなかった。だから、台湾人には日本に よって国を失ったという無念さはない。見方によっては、日本の植民地経営は台湾 人の民生の向上と安定のために、清国以上に良かったと言えるかも知れない。しか し、この見方が間違っていることは、台湾人が日本人と如何に差別されていたかの 実情を見れば明らかであろう。台湾人は能力があっても、日本人と肩を並べて教育 を受ける可能性を大幅に制限されていた。かつて朝鮮総督府の京城高等法院長であ った渡辺暢が、退官後弁護士になり、台湾の文化運動で検挙された人たちの弁護の ために台湾に赴いた時、搾取の厳しさは朝鮮以上であると慨嘆した事実がある。な お、渡辺暢は京城高等法院長であった時、三・一独立運動の指導者らを裁いた。被 告たちは反乱罪で起訴されたのであるが、裁判官らはこれを騒擾罪として軽い刑に 処したことが八十年後の今日評価されている
清国から切り離されたことは台湾独立の機会であった。「台湾民主国」という台 湾人によるアジア最初の民主主義国家が、国旗を制定して、この時に独立を宣言し た。日本の統治の最初の十数年は、独立の芽を摘む武力行使に費やされた。この弾 圧に対する反発は次第に鎮静したが、征討軍総司令官有栖川宮の死因はゲリラの抵 抗による負傷であるとの噂が台湾人の間に広く語られたことは人々の抑圧感のはけ 口であったことを示す。
1945年日本の敗戦によって台湾が中華民国の国民党政府の支配下に置かれた時、 台湾人は祖国復帰を喜び、その年11月の政府軍の台湾進駐を心から歓迎した。しか し、間もなく国民党政府の悪政に泣くようになり、47年「2・28事件」と呼ばれる民 衆の反乱が全土に起こり、これに対する政府の報復は苛烈を極め、数万の無辜の良 民、特に高等教育を受けた良識者が虐殺された。しかも「2・28事件」なるものがあ ったことすら口にすることを長年に亘り禁じられた。この暗い時代の中で、台湾の 人々が日本の支配の方がまだマシであったと思ったことは事実である。「犬が去っ て豚が来た」と彼らは嘆いた。旧宗主国が慕われていると思うのは日本人の自惚れ である。
日本の統治を好意的に評価する台湾人がいることは確かであるが、それは特別に 残虐であった蒋介石政府との比較においてなされているだけで、それを日本人が己 の功績であるかのように思うことは間違いである。
戒厳令が撤廃され、台湾がようやく自由な国となって以来、台湾人の人権意識は 徐々に芽生えて高まって来ている。それは日本統治を知らず、戒厳令下のことも知 らない若い層に顕著に見られる。日本統治のもとで隷属の運命を甘受することに慣 らされた年配の人々も、自らの選んだ政府のもとでの生活を経験する中で、自らの 人権が過去において如何に不条理な扱いを受けていたかに気付き始めた。損なわれ た人権の尊厳の回復の訴えは今後もっと盛んになるであろう。
中国共産党が中国本土の支配を確立したため、国民党政府は中国を追われ、台湾 とその付属諸島のみを統治するものとなり、世界の多くの国々は共産党政府を中国 の正当な政府と見做し、国民党政府との関係を絶った。日本政府も台湾政府とは正 規の外交ルートを持たないため、戦後補償が政府間交渉によって行なわれることも なかった。しかし、補償すべき多くの負債があった。例えば、台湾人戦争犠牲者が ある。戦争から生還したが、身体に障害を残した場合がある。また従軍中の給与を 支払われなかった、あるいは給与を軍事郵便貯金に預金させられ、その預金の支払 いもないケースについて日本政府は非政府機関を通じて若干の補償を行なったが、 補償金を政権党支持の見返りとしてしか考えない日本の保守政治家には、人道的感 覚による補償の観念は希薄であった。
台湾からも従軍慰安婦の徴発は行なわれた。韓国においてもこの従軍慰安婦強制 徴発の問題を公にする状況が出来るまでに、戦後450年が費やされたが、台湾におい ても似たような事情があった。それが上述の事情によってさらに遅れた。今日、や っと台湾の元「従軍慰安婦」から日本の責任を問う提訴が突き付けられる次第とな ったのである。台湾からこの声があがるまで、問題の存在することすら知ろうとし なかった私たちの不明を恥じるばかりである。
日本人としては、このような苦しい状況下に置かれていたかつての「同胞」の事 情を良く理解し、その痛みに共に与る心を持つことが必要である。こうしてこそ、 世界の信頼を回復し、アジアの人々との関係を修復するとともに、日本自身の傷を 癒すことが出来るのである。
日本政府が世界の世論の批判をかわすために、「アジア女性基金」なるものを設 置し、犠牲者に見舞金を受け取らせるための、なりふり構わぬ活動を開始したこと への反発が今回の提訴への決断の機縁となっていることも注視したい。「女性基金 」の活動はアジアの多くの国において、日本政府の責任を糊塗するものと見抜かれ 、反発を招いているが、台湾においても無視できない内政干渉として、台湾政府か ら拒否され、台湾の民間人権団体も激しく批判している。
台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会
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