[書評]
自衛隊は日本多国籍企業によるイラク進出の“先兵”“先遣隊”だった!

イラク現地報告−−
自衛隊がサマワに行った本当の理由
テロを呼ぶ「復興利権」の行方
森哲志
情報センタ−出版局 1600円+税

 本書は、次のような関心で書かれたものである。
「自衛隊は、一体、誰の何のための『先遣隊』なのか。サマワの人たちは、日本をどう思い、どう関わろうとしているのか。」「日本人が銃器などで脅かされるケ−スが、3月後半あたりから急に増え始めた感じだった。それは、なぜなのか。」

 著者は元朝日新聞の記者。バブル期の銀行、不動産など腐敗し切った日本の企業社会のモラルと問題点を追及してきた。だからこそ今度はアメリカの多国籍企業の下請けに食い込んで血みどろの戦争から石油利権、復興利権をふんだくろうとする日本企業の動きを告発しようとしたのだろう。

 読者は、この本を読んだあと、意識の中に次のことが鮮明に浮かび上がってくるはずだ。−−自衛隊の派兵は何も小泉首相の独断や野心だけではない。政治的軍事的理由だけではない。我々が想像する以上に日本の巨大多国籍企業がイラクに関心を持ち、その総本山である日本経団連、外務省や経済産業省と一体となって、戦後イラクの石油と復興利権を確保・略奪するために、ある種の計画性を持って進出しようとしていること。そしてその企業進出の“先兵”“先遣隊”として自衛隊が送り込まれたことを。
 我々はこれまで自衛隊のイラク派兵の政治的軍事的理由付けを精一杯訴えてきた。この著書は、イラク派兵の経済的理由を、丹念な現地取材を通して明らかにしてくれ、我々にハッと目を開かせてくれるものである。


 これが「人道復興支援」か?−−何と米英軍を“護衛”する自衛隊。日本で一切報道されない現地サマワでの自衛隊活動の危険な実態。


米英軍を護衛して走る自衛隊車両
何キロも続く車両の列にイラク人の反感は高まった
 私もこれを読んで驚いた。「人道復興支援」は嘘っぱちだとは分かっていた。迫撃砲など、何か事件があっても「宿営地」に閉じこもり、危険を回避するだろう。そう考えていた。「そこまではやらないはず」だと。しかし本書冒頭の、いわばスクープは、「現地では日本の国民を騙してここまでやっているのか!」と怒りで一杯だ。

 著者は、ある事件に遭遇する。親日家であったイラク人の対日感情が悪くなった理由はこれだ、と思わせる事件である。3月19日の朝、サマワからバスラに向かう交通渋滞の道路に米英軍の銃で守られた石油関連のトラックが1kmもの長蛇の列をなして割り込んできたのである。最後尾を守るのは、自衛隊の軽装甲機動車。それは信じられない光景であった。

 アラブ服の男たちは、「車内に日本人である私を見つけると、自衛隊車を指さし、ドライバ−が首を横に振りながら、『ノ−、ノ−』と不満そうな顔をした。」
 先を急ぐイラク人が、ノロノロ進むトラックを追い越そうとすると兵士は銃を向けて制止する。「車列のスピ−ドが時折、落ちる。すると、左車線から追い抜きをかける車が再び続出する。1台が時速80キロぐらいで左車線を突っ走って、英米軍を追い抜こうとした瞬間、英国兵がヒステリックに絶叫した。さらに続いて追い抜きをかけた車に、はじめて自衛隊車の運転席から白い手袋が伸びて制止を命じ、車上の警備兵も右手を突き出してあわてて止めた。現場に鋭い緊張が走った。」

 この日の約3週間前、同じような光景の下、米軍によるイラク人射殺事件が起こっている。イラク人は銃撃を恐れて我慢している。誰もがイライラし、怒っている。キレかかっている。「無言の行列は、しかし、憤怒の塊でもある。星条旗と一緒に、日の丸が踏みつけられる幻想が不意に浮かんだ。」
「今、目の前で行われている護衛は、誰にも公表されず武装車の写真は、新聞に掲載されない。偶然に目撃した光景である。サマワにいた記者たちは知らないのだ。」


 国際法で禁止された“ダムダム弾”を使用する米軍


国際法違反の銃弾。米軍の停止命令に従わず射殺されたイラク人の体内から摘出された
 2004年3月初め、著者がサマワ総合病院を訪ねた時のこと。
「昨日のことだ。彼は、単にスピ−ドを出して停止しなかっただけで、米軍に銃殺されたんだ。あと一人も、重傷を負って入院している。」
「死体の腹部には、金色のカバ−がかけられていた。医師はそれを取って、腹部を見ろという。『この銃弾は、国際法で人権的に禁じられている。なぜ、彼らはそんな弾丸を使うんだ。これで多くのイラク人が亡くなっている。こんな様だ。ひどい損傷を受けて、内臓は跡形もない。』」


 サマワをにらんだ日本企業進出の“最前線基地”クウェート

 著者は、自衛隊と同じル−トを取ってイラク入りをするためクウェ−トに向かった。そこはすでにイラク復興ビジネスで沸き返っていた。著者は、「復興利権」を確保するというのが自衛隊派遣の真の目的であり、しかもそれはサマワでなければならなかったとの思いを強めるのである。
 サマワやバスラなどイラク南部には、1970年代から80年代にかけて、日本企業の活動によって建てられた施設が多く残っている。今また三菱を始め、日本企業は復興事業に乗り遅れまいとしている。官庁はODA供与、貿易保険の再開など便宜を図っている。官民上げてのイラク進出の動きは、自衛隊がサマワに派遣される前に始まっていた。

 「UAEやバ−レ−ン、サウジアラビアなどからもビジネスマンが殺到している。みんなイラクに熱い視線を送っている。」
 「韓国人実業家は、サマワに駐在する日本をしきりにうらやましがった。・・・『日本経済界はさすがに動きが早いですねえ。すごいの一言だ。せっかく韓国経済も日本に追いつきかけたが、またイラクで差をつけられそうですな』と笑った。」

「素人感覚では、この時点でビジネスが動くなどとは信じられない。しかし、そういえば、情報省に一緒に行ったレバノン人の実業家も言っていた。
『ジャパニ−は金持ち国家だから、イラッキの期待も大きいだろう』
 しかし、人道支援だからと言うと、鼻で笑って、
『彼らは、日本企業の代表の自衛隊が来れば、将来はドバイみたいな高層ビルが建つのも、夢じゃないと思うはずさ』」

「サマワの電気部品屋で、隠居したじいさんが言っていた。
『イラッキは、MITSUBISHI、TOYOTA、NISSANの乗用車やトラックにだけ引きつけられたんじゃないんだよ。ジャパニ−のおかげで、みんなの暮らしが便利になったんだ。俺も感謝したさ。日本人を見ると知らんふりなんてできんよ』
 大人も子どもも親しげに寄ってきて、笑顔で接してくれる理由と、なぜ、あんなに親日的なのか、という疑問がやっと解けた。『ジャパン、グッド』は、親から子に受け継がれてきているのだ。」

「絆は、生きていたのである。
 しかし、今、企業は、表だって動くことができない。
 一方で、陸・空自衛隊が人道支援の名のもとに、日々、サマワで実施している事業の数々は、日本企業が過去に実績を持つ事業の、基礎、基盤をなすものでもある。
 イラク人道復興支援特別措置法には人道復興支援活動として、被災民の生活上、必要な施設の復旧や整備、食糧、衣料、医薬品など生活関連物資の配布、さらに関連施設の設置、これらの活動をするための輸送、保管、建設、補給、消毒などがあげられているが、そのおおよそは、日本企業の手で一度は進められたことでもあったのだ。」


 米系多国籍企業の下請けに食い込み図る−−イラク復興ビジネスに群がる日本企業

「イラク復興事業の発注が、米国開発庁や国防総省の手で早くも本格化しているのだ。」
「米国が見込むイラク復興事業は、空港、港湾、電気、交通、建設、公衆衛生、ロジスティックス(兵站)、教育関連など、ほとんどのインフラ・生活関連設備の再建整備に関わっており、その総額は26事業、約186億ドル(約2兆円)にも上るとされる。」
「イラク戦争を当初から支持し、資金を供出して、復興のために自衛隊派遣を決めた日本は、その受注を確保することができた。

 しかし、うまみのある事業はほとんど米国企業に持っていかれている。」
「これまでのところ、米国の通信企業として知られる『モトロ−ラ社』が受注したイラク国内での携帯電話普及・設備敷設工事で住友商事,NECが下請けに入った。」
「KBR(ケロッグ・ブラウン・アンド・ル−ト社:油田火災の消化・補修作業を契約している。)が手がける石油関連設備事業でも、丸紅など商社数社が共同もしくは下請けで食い込もうとしている。」

「日本企業がどのくらいイラク市場に熱い吐息を吹きかけているか−−それを示したのが、パトカ−の入札だった。外務省は2004年1月、イラクの治安対策のために供与する@パトカ−の入札を行った。・・・・1台あたり500〜600万円を見込んでいたところ、実際の入札では、大手自動車メ−カ−と大手商社がジョイントを組んで乱れ打ちし、見積額を50%以上も下回る1台二百数十万円の落札になった。

 保険や警備、輸送、人件費などを乗せると、落札した企業に、儲けなどなさそうだというのだ。それでも、日本企業は、その契約が喉から手が出るほど欲しかった。自社の車両が新イラク国内を走り回る宣伝効果、さらには、地元自治体や部族会に食い込んで息長くビジネスを展開するうえで、その効果は計り知れないからだ。」
「『イラクの復興支援は『商機』である。インフラ整備の受注に向けて、すでに(我が社は)動き出している。』(三菱重工業・佃和夫社長、毎日新聞3月13日付朝刊)」


 イラク復興ビジネスの全面支援に動く霞ヶ関と日本経団連

「イラク復興ビジネスは、経団連の動きに合わせるように、霞ヶ関の官庁街も動いている。むろん企業の支援のためである。2003年秋の段階で、経団連は外務省、経済産業省など関係官庁とすでに3回の会合を開いていた。理化学系プラントメ−カ−や建設機械、金融関連など70社近い企業が参加した。国内不況で苦しみ、業界再編を迫られている業界ほど、イラクに群がろうとする傾向が強いのも、象徴的である。

 大手商社や金融はすでに水面下で動き、着々と成果をあげている。東京三菱銀行は、CPA(イラク暫定統治機構)が2003年夏に設立したイラク貿易銀行を支援、運営していく基幹銀行の一つに食い込んだ。」
「石油だけではなく、LPG(液化石油ガス)市場も、大きな期待を寄せられている。日本貿易振興機構(JETRO)はすでに国内メ−カ−9社に対して、サマワ近郊のルメイラ、バスラなど南部一帯にあるLPG生産施設8カ所が、早急な復旧後、長期的な供給に耐え得る設備となるよう事前調査を依頼した。」

「こうした動きの中で、外務省がODA(政府開発援助)を2004年1月の段階で早々と適用、実施した。」
「ODAはむろん、企業にとってもパトカ−など援助物品の受注につながるのでメリットは大きいが、霞ヶ関の支援はそれにとどまらない。日本企業がイラク政府との間で行う貿易取引について、貿易保険を適用したという。これがまた、超スピ−ド適用だった。イラク戦争終結からまだ半年あまりの2003年9月である。

 貿易保険とは、突然、革命が起きたり、戦争に巻き込まれたり、多数の死傷者が出る大地震などが発生し、相手国との間で交わされた貿易取引や公共投資の支払いが不能になって、企業に損失が生じた場合、政府や政府系機関がそれを引き受けて、一定額を補償するというものである。
 経済通産省の所管だが、実際の業務は独立行政法人『日本貿易保険』にゆだねられている。しかも、日本貿易保険に経産省が再保険をかけるという念の入れようだ。
 超スピ−ド適用の狙いは、日本企業が行う取引は、日本政府が責任をもってあたります、というお墨つきを与えることによって、企業に安心感を与えようというもの。
 1990年にイラクがクエ−トに侵攻して以来、イラク政府との間で交わされた取引には、貿易保険は適用されていなかったが、商社などから強い要望があり、13年ぶりに再開させた。」
「企業にとって、現地に赴く社員の生命は保証されてはいないが、社としての大損害は免れ、イラクビジネスに取り組めることにもなる。」
「企業活動には手厚く保護の手をさしのべ、同じ民間人である個人の人道支援には、『どこまでも自分勝手な、迷惑を顧みない者の仕業』として、手を差し出すどころかビンタを食らわせるイメ−ジである。」


 国連の基準−−軍事組織は直接的な人道支援をすべきではない

 3人の日本人(劣化ウランを糾弾する今井紀明さん、NGO活動家高遠菜穂子さん、カメラマン郡山総一郎さん)が、誘拐・人質事件に巻き込まれた時にまき散らされた自己責任論の大騒ぎは、イラク人民を無償で支援する者を非難し、スペイン軍などイラク撤退の動きが日本に波及するのを遮り、ファル−ジャでの米軍による大虐殺を国民の目からそらせる役割を果たした。こうして、自衛隊は今もサマワに居座り続けているが、人道復興支援の口実は国際的には、認められていない。

「NGO活動は、国民の税金も補助金として支払われ、公的に認められた活動である。国連のガイドラインでも、人道支援と軍事活動を明確に区別し、それを維持するために、軍事組織は直接的な人道支援をすべきではないという基準を設け、紛争地域でこれらの人道支援活動ができるのはNGOである、との原則を定めている。」

 小泉首相は遂に、一言も国民には言わず国会でも審議せずに、ただブッシュに向いて突如、多国籍軍参加を言いだした。ウソを付いたり、言い逃れをしたり、ここまでしてまで自衛隊派兵・居座りに固執する狙いは何なのか。著者が本書で指摘した日本多国籍企業進出の“先兵”としての自衛隊派兵の意味合いが一層、真実味を増してくる。

(大阪 高山)