[書籍紹介]生存権を奪うことで、若者を軍と戦争へと供給する「経済的徴兵制」を見事に描写
『ルポ 貧困大国アメリカ』
(堤未果著 2008年1月 岩波新書)


「もはや徴兵制などいらないのです。政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけでいい。経済的追い詰められた国民は、イデオロギーのためでなく、生活苦のために黙っていても戦争にいってくれますから」(「世界個人情報機関」のスタッフ)

 本書は、マスコミでは報道されないアメリカの貧困の実態と、それをもたらし加速させる新自由主義政策を多くの実例で告発している。そのひとつひとつが驚きである。
−−日本では低所得者向け貸し付けなどと訳されるサブプライム問題であるが、そのターゲットは、「過去5年以内に破産宣告を受けている」「返済額がなど収入の50%を超えている」などおよそ新たなローンを組むことなどできそうもない底辺の人々である。彼らは、ほんのつかの間マイホームの夢を見せられ、やがては借金地獄につき落とされ、捨てられる。
−−アメリカでは、「自己破産」「多重債務」「不法移民」など様々なブラックリストが出回り、社会的弱者を顧客とする「貧困ビジネス」が増殖している。究極の「貧困ビジネス」は戦争である。
−−貧困家庭でフードスタンプや無料給食プログラムに登録する子どもたちは、マカロニにチーズがべっとりと乗っただけのチーズ−マカロニというジャンクフードやマクドナルド、ピザハットなどを毎日毎日食べさせられ、深刻な肥満状態にある。肥満は裕福ではなく貧困の象徴である。
−−「一度の病気で貧困層に転落する人々」。急性虫垂炎で入院したために破産宣告された男性が登場する。個人破産年間204万件(2005年)の内、理由の半数以上が高額の医療費だという。これも、ニューヨークでの盲腸手術の入院費用が平均243万円と聞けば納得がいく。
等々。
 重大なのは、これらが別々に存在するのではなく互いに深く絡み合いイラク戦争への兵士調達のメカニズムとして機能しているということである。特に後半では、弱者が食い物にされ人間らしく生きる生存権を奪われたあげく、最後のよりどころとして軍と戦争へと供給されていくシステムが見事に描かれている。以下これを中心に報告したい。

貧しい若者を軍隊に動員する「経済的徴兵制」

 1972年に徴兵制が廃止されたアメリカで、イラク戦争で若者を軍隊に動員する(志願させる)ために「貧困」が利用されている。
 2007年、ブッシュ政権が打ち出した教育改革法(「落ちこぼれゼロ法案」といわれる)の中に、全米のすべての高校に生徒の個人情報を軍のリクルータに提出することを義務付ける一項がある。拒否すれば補助金がカットされる。貧しい地域の高校は、補助金を受けるために提出せざるを得ない。軍のリクルータは、そのリストで入隊を勧誘する。入隊する若者の入隊動機の1位は大学の学費の軍による肩代わりだ。貧困から抜け出すために大学にいく。その限られた選択肢としての入隊。本人が18歳未満の場合、学費免除が親の了解を得る手段としてつかわれる。だが、学費を受け取るには1200ドルもの前金が義務づけられるなどの法外な取り決めがあり、実際に除隊後に大学を卒業できるのはわずか15%に過ぎないという。
 入隊動機の2位はなんと医療保険だ。入隊すれば家族も兵士用の病院で無料で治療が受けられるというものだ。貧しい地区の高校生は、家族も含めて無保険の家庭が多い。2005年、ブッシュ政権が「低所得家庭児童向け医療保険基金」予算を大幅にカットしたことで、この傾向はますます強まる。だが、ブッシュは帰還兵のケア予算を削減し軍病院を次々に閉鎖していることから、どれだけ「恩恵」に預かれるのかも疑わしい。
 「教育」と「医療」という、人が人らしく生きていくために不可欠な条件が奪われ、弱者切り捨ての政策によって拡大された格差と貧困によって多くの子供たちが生存権をおびやかされた結果、やむなく戦地に行く道を選ばされているのである。
 さらに兵士の調達のために、不法移民の若者に触手を伸ばしている。2007年にできた「夢の法律2007」。これまでは入隊と引き換えに市民権を得る手続きを始められるのは合法移民に限られていたが、不法移民もできるように法改正されたのだ。これは移民対策強化法案とセットで出された。強制送還されたくなかったら軍の庇護に入るしかないという究極の選択を迫られるのだ。不法移民の若者は軍にとって「宝の山」なのである。
 高校生だけでなく「学資ローン」や「多重債務」に苦しむ短大生、大学生、大学院生もターゲットにしている。クレジットカードが発達したアメリカでは、学費だけでなく文房具や教科書代などもカードで払い、借金漬けになる学生が多くいるという。彼らは卒業と共に滞納者リストに名前が載せられ、就職もままならない。ここでも奨学金予算の大幅カットと軍の「学資ローン返済免除プログラム」が一体となって機能する。学費の一部肩代わりという誘惑に負け、在学中から軍入隊を選択させられてしまうのだ。
 イラク前線に送られる新兵の年収は15,500ドルにすぎず、生命の危険だけでなく、除隊後の身体的、精神的障害に苦しむことになる。生活は改善されず、薬物依存症に陥る者、ホームレスになる者も少なくない。「アメリカ帰還兵ホームレスセンター」によると2007年現在、全米350万人のホームレスのうち3分の1が帰還兵だという。

戦争の民営化で世界中の貧困層をかき集め、派遣会社はぼろもうけ

 さらに、世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」の実態も壮絶である。高卒のトラック運転手のマイケルはある日突然携帯電話がかかり、年収6万5000ドル(715万)の仕事を保証するといわれる。多重債務者のブラックリストを使っての派遣会社への登録の勧誘だ。なんと職場はイラク。説明会では、化学兵器や放射能物質などで死亡した場合は、遺体の本国送還はせず、現地で火葬との説明をうける。派遣登録した会社はKBR社だ。マイケルは1年間、毎日40℃の炎天下で武器をトラックで輸送する過酷で危険な仕事についた。米兵たちは基地内のペットボトルの水を飲むのに対しマイケルたち派遣労働者は現地の水を飲むよう会社が指示。米軍が使用する劣化ウラン弾の影響で放射能に汚染されている水である可能性が高い。マイケルは10ケ月を過ぎるころ肺に痛みを感じる。だが現地で火葬されてはかなわないと何とか持ちこたえて帰国。約束された年収は支払われたが、ほとんど帰国後の医療費に消えた。白血病の診断。派遣で稼いだ金はあっという間に底をつき、結局家族はイラクへ行く前よりもひどい貧困状態に陥る。現在マイケルはほとんど寝たきり、妻は昼間だけでなく夜もはたらき、トレーラーに引っ越し、政府発行のフードスタンプで食いつないでいるのである。
 ガルフケータリング社(クエートの大手派遣会社)のフィリピンでの求人に応じた、パブロの場合はこうだ。3000ドルの仲介料をはらってクウェートで月収4000ペソ(約1万円)の仕事。実際はイラクでの米軍支援作業。炎天下で週7日働いても残業代ゼロ。夜は他国から来た人とトレーラーに押し込まれる。そこにはフィリピン、中国、バングラディシュ、インド、ネパール、シエラ・レオネ…など最貧国から少しでも高い賃金を求めてきているのである。食事時間は40℃近い炎天下、米軍の残飯を貰う列にならぶ。戦闘地域での仕事にも武器は供給されない。軍事訓練も受けていなければ、危険性すら知らされていない。米兵と同等に「武装勢力」の標的になる。米兵は武器を持たず戦闘地域に入ると軍法会議にかけられるが、派遣社員の場合、武器なしで戦闘地帯に派遣しても派遣会社は法的責任を問われない。武装勢力の攻撃を受け同僚が次々と死んでゆく。昼間は灼熱の炎天下、夜は零度以下で暖房のないトレーラーやテントで寝かされる。派遣員は何人も衰弱死する。彼らの死はニュースになることさえない。派遣社員は民間人なので戦死者には入らない。政府に公表の義務はない。
 派遣されている労働者の中には2005年のハリケーン・カトリーナの被災者もいるという。2006年に被災者への生活保障をカットしてから急増した。多くはワーキングプアや学歴や保険もあるのに突然の失業や入院で一気に貧困層に転落した中流階級の人たちなのである。
 ハリバートン社は2005年の時点で4万8000人をイラクに派遣しており、うち35%は第3国からの出稼労働者だという。ブラックウォータ社は、米国防総省の最強のボディガードとして名を広め、ついに常時出動態勢にある20機の飛行機と兵士2万人を擁する世界最大の民間軍事基地を備えた会社に成長した。
 戦争の民営化が極限まで進んでいる。基地建設、兵士たちの食事・健康管理ばかりか兵士そのものが傭兵会社に発注されている。スパイ活動(予算の7割が外注)や拷問までもが委託されている。責任の所在があいまになり国家は責任を取ろうしない。戦争請負業界では、イラクはゴールドラッシュとよばれている。

生存権を取り戻すまで声を上げ続ける それが戦争のない社会につながる

 米国民ひとりひとりに個人情報入り磁気カードの所持を義務づける「国民身分証法」が2008年から施行されるという。究極の国民管理・監視に突き進もうとしている。
 個人情報を握る国家と民営化された戦争ビジネスの間で人間は情報として売り買いされ、安い労働力として消費される商品になる。戦死しても名前も出ず数字にもならない。この顔のない人間たちの仕入れ先は社会保障や教育切り捨てにより拡大した貧困層と2極化した社会の下層部だ。地球規模で格差化-貧困が拡大すればするほど戦争ビジネスは活性化する。
 「世界個人情報機関」のスタッフ、パメラは言う。「もはや徴兵制などいらないのです。政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけでいい。経済的追い詰められた国民は、イデオロギーのためでなく、生活苦のために黙っていても戦争にいってくれますから。ある者は兵士としてある者は戦争請負会社の派遣社員として巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えているのです。」
 州兵に登録しイラク戦争に参加した日本人の若者が登場する。彼もまた、学費が出るし実際に戦争に行くことはないだろうと応募した。彼は、イラクでの戦争体験を語った後、9条を持つ国の国民として戦争に参加した事を問われ、なぜ責められなければなければならないのか、と言い返す。「アメリカ社会が僕から奪ったのは25条です。人間らしく生き延びる生存権を失った時、9条の精神より目の前のパンに手が伸びるのは当たり前。狂っているのはそんな風に追い詰める社会の仕組みの方です。」
 この本は、新自由主義政策と侵略戦争への加担でアメリカの後を追う日本に対する警告である。筆者は、生存権という人間にとって基本的な権利を取り戻すことが戦争のない社会につながるとして、憲法9条を守る闘いを一歩前へすすめるため、25条をまもる闘いを結びつけることを強く主張する。

2008年4月1日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局