[投稿]『エコノミック・ヒットマン---途上国を食い物にするアメリカ---』の紹介(その1)
エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ
ジョン・パーキンス/著 古草秀子/訳 1890円
東洋経済新報社 2007年12月
これは『エコノミック・ヒットマン』についての投稿です。この本は2005年にアメリカで発売されるや全米に衝撃を与え、瞬く間に大ベストセラーとなりました。2007年には、続編『アメリカ帝国秘史(The Secret History of the American Empire: Eonomic Hit Men, Jackals, and the Truth about Global Corruption)』が出版されています。
この本が大センセーションを巻き起こすに連れ、書かれた内容の信憑性も含めて議論が湧き起こりました−−本当に赤裸々な告白本なのか、優れたフィクションではないのか、あるいは壮大な妄想にすぎないのではないか。それはこの告白本が、コンプレックスと野心をもった一人の若者をエコノミックヒットマン(EHM)に仕立て上げる経緯や活動がスパイ小説じみているというだけでなく、これまで知られていたアメリカ帝国主義による世界支配の歴史、植民地主義的・新植民地主義的経済支配、CIAによる陰謀や暗殺、米軍による軍事侵略の歴史に新しい要素を付け加える本であるからでしょう。
もちろんこの本に書かれたすべてが本当というわけではないだろうし、たぶん著者の脚色や思いこみというところも少なからずあるはずです。しかし多くの米国人がこの本を受け入れたのは、これが過去だけでなく現在を問題にしており、著書の中身が現実の世界と重なり合ってくるからに違いありません。パーキンスのような古いEHMが「新しい世代のEHM」=グローバル独占資本のビジネスマンたちに取って代わられ、「祖国を世界帝国に変貌させよう」という野望のもとで途上国の惨状が破壊的なまでに進行する一方、米国内では格差と窮乏化、底辺層の切り捨てが我慢ならないものになっていること、9.11をきっかけに始めた「対テロ戦争」、イラク戦争が泥沼化していること、いまでは大量破壊兵器やアルカイダとの関係もでっち上げであることがはっきりしていること、「他者を搾取して繁栄を長く謳歌した国は存在しない」とパーキンスが警告した中身がベネズエラ革命やエクアドル、ボリビアなどラテンアメリカ諸国の左傾化という形で現実化していること、等々。そして何よりも9.11事件に直面して著者が持ったという「なぜアメリカはこれほど世界から憎まれるのか」という問いを多くの米国人が持ち、その答えが記されているからではないでしょうか。そしてそれは、日本に住む私たちにも他人事ではありません。以下、やや長い投稿を二回に分けて掲載します。
※ジョン・パーキンスのインタビュー(デモクラシー・ナウ・ジャパン)
http://democracynow.jp/stream/070605-1/
http://democracynow.jp/stream/070605-1/dn2007-0605-1a.ram
http://democracynow.jp/stream/070605-1/dn2007-0605-1b.ram
2008年3月3日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局
[投稿]私たちにとって他人事ではないEHMの物語
『エコノミック・ヒットマン---途上国を食い物にするアメリカ---』の紹介(その1)
先進国が行う途上国への経済援助が、途上国の人民が貧困から抜け出す手助けをしていないばかりか、逆により苦しめている。日本でも長年、政府のODAが途上国でダムや発電所、道路といったインフラ整備に充てられることで、その建設を受注した日本の総合商社や建設会社、インフラを利用して進出する多国籍企業に恩恵をもたらし、途上国の一握りの支配層の人間を潤す一方、そこに暮らしていた人々は補償もなく立ち退かせられ、生活の場を奪われるという実態が、国内と海外の運動によって明らかにされてきた。そして、あまりに露骨な「紐付き援助」(日本企業がそのプロジェクトの受注をすることを前提に行われるODA)をやめさせたのは、それほど昔の話ではない。
『エコノミック・ヒットマン』の著者、ジョン・パーキンスは、長年アメリカのコンサルティング会社に勤め、世界銀行による途上国「援助」のプロジェクトを推進する側として働いてきた当事者である。彼がこの本で明らかにした自らの仕事の実態から、アメリカが途上国を永遠にその支配下に置き、自国の権益を守るためには、「援助」から軍事行動までありとあらゆる手段を使ってやり抜こうとする徹底さを、改めて思い知らされた。
エコノミック・ヒットマン(EHM)とはなにか
エコノミック・ヒットマン(EHM)という職業をこの本で初めて聞いた。それも当然な話で、EHMとは、アメリカが途上国を借金漬けにして自らの支配下に置く、裏の仕事のことだという。
EHMらは、途上国に対して巨額な国際融資が必要であるとの裏づけとなる資料を作り上げ、世界銀行や米州開発銀行といった(アメリカが最も影響力を持つ出資国である)国際金融機関の融資による「援助」プロジェクトを実施させるために働き、「援助」資金による途上国での大規模な土木工事や建設工事を通じて、アメリカ企業に資金を還流させることがその仕事だ。
そしてさらに驚かされるのは、EHMらの目的は、「援助」の融資先の国々が自立できるようなやり方ではなく、過大で返済不可能なほどの借金を背負わせて経済を破綻させ、永遠に債権者のいいなりにならざるをえない状況に追いこみ、軍事基地の設置や国連での投票や、石油をはじめとする天然資源の獲得などでアメリカの有利な取引を行えるようにすることだという。
パーキンスをEHMに仕立て上げるための指南役として登場する「魅力的な黒髪の美女」クローディンは言う「あなたの仕事の大部分は、言葉巧みに各国の指導者たちをアメリカの商業利益を生み出す巨大ネットワークの一部に取り込むこと、その結果、彼らは負債の罠にはまって思いのままに操られるようになる・・・」。まさに1970年代から80年代にかけて起こったことである。EHMの仕事は、巨大プロジェクトを立案し、それがすばらしい企画だと指導者たちに思いこませ、ベクテルやハリバートンなど米系企業に資金を環流させてぼろ儲けさせるというだけでは足りない。融資先の国々の経済を破綻させて、アメリカの操り人形に仕立て上げるところまで突き進まなければならない。
EHMらは、民間企業に勤め、表向きは政府機関となんら直接の接点を持たない。しかしパーキンスが当初は国家安全保障局(NSA)に就職しながら途中でリクルートされたように、アメリカの情報機関が自らの意を汲んで働きそうな人材を多国籍企業の社員として雇わせるのだという。多国籍企業は社員のEHMらに、途上国に「援助」プロジェクトを押し付けるようプランの立案・推進をさせる。このやり方により、政府はプロジェクトがうまくいけば途上国を債務奴隷にでき、また万が一プロジェクトに不都合が発生しても、民間企業がやったことで政府は何ら関係ない、と言い逃れる余地を作るのだという。多国籍企業はこの報酬として、政府からプロジェクトを受注することで多額の利益を手にできる。そしてEHMらは、プロジェクトの成功に伴い昇進や昇給といった形で報酬を受け取るのだという。
冷戦時代の申し子としてのエコノミックヒットマン
パーキンスがEHMとなったのは60年代後半。朝鮮、ベトナムでの相次ぐ軍事行動の失敗により、アメリカは途上国支配の新たな手法としてこの方法を編み出したのだという。ソ連との軍事対決のエスカレーションは核戦争へと突き進まざるを得ないことから、真正面からの軍事衝突を回避しながら途上国支配を貫徹する手法であった。
パーキンスが実体験として語るEHMとしての活動は、そのまま冷戦下におけるアメリカの軍事外交政策を反映したものである。
共産主義勢力が活発で、また石油資源が豊富なインドネシアでは、経済成長をはるかに上回る規模の電力需要予想がでっち上げられ、多額の借金を背負わせるプロジェクトが計画された。アメリカが南アメリカへの入り口、要石とみなしてきたコロンビアでは、アマゾン地域を開発するのには膨大な天然ガスや石油資源が必要との名目で、発電設備や高速道路、通信網へ巨額な投資が進められた。60年代後半に石油の採掘が本格化したエクアドルでも、石油収入を担保に莫大な借金が背負わされた。81年、ロルドス大統領は炭化水素法案を提出しアメリカの石油メジャーに対抗したが、同年、ヘリコプター事故死を遂げる。後任のウルタド大統領は石油会社との関係を復活させ、外国企業による原油掘削を拡大させた。
石油資源の確保において最も重要な中東に対しても、アメリカはEHMを使っての工作を行っていたという。70年代、中東の産油国は莫大なオイルダラー収入により、国際金融機関からお金を借り入れる必要はなかった。しかしアメリカはサウジアラビアやイラン、イラクといった戦略上重要な国々に対し、近代化を名目にしたインフラ整備や、中東での紛争を利用した軍事援助の申し出を行い、オイルダラーを吸い上げた。そしてこの過程で、石油価格高騰時の原油増産やアメリカ国債の買い支えなど、様々な見返りを得たのだという。
エコノミックヒットマンからジャッカル、そして米軍侵略へ
アメリカにとって経済的にも軍事的にも生命線である運河を保有するパナマの例は、アメリカが自らの権益を守るためにどこまで徹底して途上国を踏みにじるのかを見せ付ける。独裁政権を打ち倒しアメリカの運河権益独占に反抗する政策を進めたトリホス政権に対し、EHMを使った「援助」攻勢がかけられた。しかし77年、カーター政権との間で運河をパナマの管理下におく新条約が締結され、トリホス政権の運河に対する政策はアメリカの利益に反することがいよいよ明白になった。81年、トリホス大統領は飛行機事故で死亡。同年にはエクアドルでもアメリカの石油メジャーと争ったロルドス大統領が事故死しており、パーキンスはEHMが成果をあげられなかったことから、「ジャッカル」=諜報機関の手による暗殺ではないか、と主張している。パナマではその後、CIAの協力者であったノリエガが大統領に就任。しかしノリエガも、運河条約と運河地域に駐屯する米軍基地についてアメリカと対立した。89年、アメリカはノリエガを逮捕するとの名目でパナマに第二次世界大戦以来で最大規模といわれる都市空爆を敢行。多数のパナマ市民が虐殺された。アメリカは赤十字などの国際機関を現場にいれず、自らの戦争犯罪の痕跡を糊塗するために殺害した人々を火葬にして埋めてしまうという暴挙まで行った。
金で言うことを聞かせられなければ暗殺やクーデーター、それでもだめなら軍隊による侵略。アメリカ帝国主義が途上国に対して行ってきた、そしてイラクやアフガニスタン、ベネズエラやエクアドルなど世界各地で今でも行っている支配と抑圧を許すことはできない。
時代と共に普遍化したエコノミックヒットマン
しかしこのEHMの物語は、日本にすむ自分自身にとって、決して他人事ではない。パーキンスは今では自分たちの様なEHMだけではなく、新しい世代のEHMが登場してきていると指摘している。それは普通に国際的な大企業に就職して仕事をする、一般の人々である。パーキンスは言う。「国際的な大企業はどこも---靴やスポーツ用品を売っている会社から重機器を製造している会社にいたるまで---独自にEHMのような存在を抱えている。そうした状況はすでに進展し、急速に世界中をめぐっていた。工作員は皮のジャケットを脱ぎ捨てて、ビジネススーツで身だしなみを整え、いかにも信頼の置けそうな外見を身につけた。彼らや彼女らはニューヨークやシカゴやサンフランシスコやロンドンや東京に本拠地を置く企業から送り出され、あらゆる大陸のそこかしこへ入りこんで、腐敗した政治家が自国に借金の足枷をかけたり、貧困に苦しむ人々を搾取工場や流れ作業の組立ラインに身売りしたりするようにうながす。」
日本が先進帝国主義国として途上国の搾取を行っている限り、その構造を変えていかない限りは、普通に働いているだけでそれに加担してしまう社会構造になっていること。改めて自分自身の生き方を問われる思いをした。
途上国に対して「援助」を押し付けることについて、ハッとさせられたエピソードがある。パーキンスはイランで、砂漠を緑化しようというプロジェクトに反対する人間に出会った。彼は、砂漠が遊牧民である自分たち民族の生息環境であること、砂漠の緑化とは自分たちの生活環境を根こそぎ破壊されることであることを語ったという。
先進国から途上国に対して行われているプロジェクトが、現地で生活する人々に対して何をもたらしているのか、「環境保全」などの美名に惑わされることなく、その実態を明らかにしてくことが必要なのだと実感させられた。
(2008年2月26日 大阪H)