紹介 『アホでマヌケなアメリカ白人』
マイケル・ムーア著 
柏書房 本体1600円+税

 映画『ボウリング フォー コロンバイン』と、その映画がアカデミー賞を受賞した時のブッシュ批判の演説で知られるマイケル・ムーア監督の著作である。映画と同じく、笑いの中でアメリカの抱える諸問題について鋭い批判を展開している。
 しかし、題名と表紙を見ただけでは、読むにたえない俗悪本のたぐいだと思い込んでいる人もいるかもしれない。そんな人でも思わず手にとって読みたくなるよう、この著書の中からその一部をかいつまんで紹介しよう。


*「9.11テロについて使い捨てライターが教えてくれること」

 ムーアがこの著書を書いた直後、9.11事件が起こり、この項目が初版刊行後の補遺として付け加えられた。この中で、ムーアは自らの体験に基づく、小さな、しかし重大な問題を提起している。
 9.11は、ムーアにとっても衝撃的な事件であった。犠牲者の中に仕事仲間がいた。彼には妻と7歳の娘がいたのだ。「何もかもやりきれなかった。」
 空港は閉鎖され、再開された時には、機内持込禁止物品の「長大かつ奇怪なリスト」が作られていた。ムーアはそれに冗談まじりのコメントを付けて紹介する。
「銃(当然だな)
 ナイフ(同右)
 小型カッターナイフ(まあ、時節柄仕方ない)
 爪切り(なに?)
 編み棒(はァ?)
 鉤針(ちょっと待て!)
 縫い針」
 ・・・

 「この調子で、延々と続いていくんだ。禁止されて当然ってのもたくさんある。全然知らなかったけど、テロリストって、機内で時間つぶしにキルト縫ったりしてたんだなー。」
 しかしながらこの禁制品のリストの中には、なぜかガスライターや紙マッチは入っていなかった。それらは、セキュリティの目の前を堂々と通過して機内に持ち込まれている。しかも、2001年12月、飛行機内で靴にしかけた爆弾に火をつけようとした爆破未遂事件が起こった後においても、この事態は変わらなかった。疑問を抱いたムーアはセキュリティたちに、かたっぱしから質問をした。
 「俺の質問は簡単なもんだ−どんな飛行機も機内は完全禁煙なのに、いったいどういう訳で、3万フィート上空でマッチやライターが必要なんだ−この俺も乗ってるってのに!?

 あと9.11以降、実際に飛行機を爆破する目的で使われかけたものが、なぜ持込禁止にならないのか? ジェット・ブルーの機内で、爪切りで人を殺そうとしたやつなんて一人もいないんだぜ?」

 この質問に答えてくれた者はなかった。ところが、ある時、本のサイン会場でもこの疑問をぶつけたところ、議会に勤めているという若い男が声を潜めて教えてくれた。マッチとライターが禁止リストからはずされたのは、タバコ業界がブッシュ政権に圧力をかけたせいだと。

 「俺は仰天した。こんな誰が見ても危険なものが禁止されていない以上、その裏には何やら奇怪な理由があるに違いないとは思っていたが、ブッシュ一味はここまであからさまに、人々の安全を軽視できる奴らなのか? 一方でこんなことをしておきながら、もう一方では毎週のように『次のテロ』の不安を煽るなんて、いったい奴らの面の皮はどのくらいの厚みがあるんだろう。本当に奴らにとってはタバコ業界の要請の方が国民の命より大事なのか?」

 「ここで極めて重苦しい疑問が湧いてくる−『対テロ戦争』というのは、国家的な謀略なのか? 国民の目をそらすためのでっちあげなのか? 
 ちょっと考えてみてくれ。たとえ、ジョージ・W・ブッシュがどれほど卑劣漢であっても、もう一度9.11を起こす危険を度外視してまでタバコ業界の友人たちを儲けさせようとするほど邪悪な奴じゃないはずだ。最低限、その点だけは認めてやろう−そう、まさに最低限だ。(…)だがこのことを認めるなら、全く違う可能性が浮上してくる。」

 「もしも『テロリストの脅威』なるものが全く存在しないとしたらどうだろう? もしもブッシュ株式会社が、『テロリストの脅威』を何にもまして絶対に必要としているとしたら? それも、自由を信じるこの国の善男善女と、合衆国の憲法とを組織的に破壊していくために。」

 「真実を見据えよう−それは、パズルの小さな一片に過ぎない。どこまでいっても99セントの、単なる使い捨てライターのことだ。でも皆の衆、あえて言う、俺は何年もの間、『小さな記事』や『些細な問題』の中にこそ、まさに巨大な真実が隠されていることを目の当たりにしてきた。」

 ムーアは、そのパズルの一片をできるだけかき集めてこの本を著した。大統領選挙での違反の数々、拡大する貧富の差、依然解決されない人種差別、劣悪なまま放置される学校教育、・・・そこから浮かび上がってくるアメリカの真実は恐るべきものではあるが、それは同時に、嘲笑にしか価しないものでもある。だからムーアは笑うことを止めない。


*「1 まさにアメリカ的クーデター」

 アカデミー賞授賞式において発せられた「虚構の選挙結果による虚構の大統領」という言葉。これは、何の根拠もない悪罵ではない。そのことが、ここで示されている。
 ブッシュはフロリダ州でゴアよりも537票多く得票したとされている。しかし、その裏には、とてつもない票の操作があった。

 フロリダ州の黒人は民主党支持者が多く、2000年11月7日の大統領選挙において彼らの90パーセントはゴアに投票した。しかし、異常な手段によって投票を許可されなかった黒人が何千人といる。フロリダの州法によれば、元重犯罪人は選挙権がない。しかし、ブッシュの大統領選挙運動の副委員長で、選挙を管理する立場にあるフロリダの州務長官でもあったキャサリーン・ハリスは、フロリダの投票者名簿をチェックし、元重犯罪者だけでなく、選挙資格を有するはずの元軽犯罪者、さらには実際の重犯罪者に似た名前、同じ誕生日、社会保障番号の似た人間までをも名簿から削除させたのである。(ちなみに、フロリダ州の知事は、ジョージ・W・ブッシュの弟、ジェフ・ブッシュである。)

 フロリダ最大の都マイアミデイドでは、削除された投票者の66パーセントが黒人、タンパでは54パーセントが黒人だった。リンダ・ハウェルのような人物にすら選挙権がないという通告がなされた。彼女はフロリダ州マディソン郡の選挙監督官だったのである。
 抗議はすべて門前払いを食わされ、選挙当日に自分の権利を行使しようとした人々−そのほとんどは黒人やヒスパニックだった−は、ものものしい警官隊に徹底的に排除された。

 その一方で、海外不在者投票(その多くは兵士で、共和党の票田である)は、選挙日以降に署名されたような、本来無効であるはずの票まで有効とされた。
 「《タイムズ》によれば、キャサリーン・ハリスは開票点検員に、海外不在者投票の集計法を明確にするメモを送付しようと計画していた。このメモには、すべての投票は投票日以前の『消印、署名、日付』を必要とするという州法の再確認が書かれていた。だが、ジョージの優勢が急速に追い上げられつつあることが明らかになると、彼女はそのメモを握りつぶすことに決めた。しかも何と、その代わりとして送付した覚書きには、投票日『当日もしくはそれ以前の消印は必要ではない』と書かれていたんである。むううううう。
 何が彼女の心境を−そして、州法を−変えさせたのか? それは解らない。なぜなら、そのとき何があったのかを記録していたコンピュータのデータが、原因不明の抹消を受けているからだ。」

 このフロリダでの“勝利”によって、ブッシュは大統領の地位についた。そして、ブッシュ政権の面々が、いかに軍需産業や石油産業と癒着し大企業に有利な政策や環境破壊に熱心であるかを紹介して、ムーアは叫ぶ。
 「俺はコフィ・アナン事務総長に、こいつらの居場所を教えた。国連軍がこいつらを逮捕してくれるように、だ。ミスター・アナン、お願いだ。あんたがこれまでに軍隊を派遣した国々の中にはどう見てもここまでひどくないと思われる国もあったじゃないか。俺たちの苦境から目を背けないでくれ。心からお願いする− アメリカ合衆国を救ってくれ! 新しい、清潔な選挙を厳命してくれ。ブッシュ一味には48時間の猶予を与え、もしも認めないなら、奴らに目にモノ見せてやってくれ!」

 ・・・と、国連をもなぶりつつ、人々に対してはこのクーデターへの闘いを呼びかける。代議士への抗議、ブッシュへの抗議、民主党への突き上げ、そして、選挙への立候補・・・。「ここに挙げたことは、闘いの方法のごくごく一部だ。やれることはいくらでもある。あなたが民主党であろうと緑の党であろうと、あるいは単なる普通の市民であろうと、重要なのは、立ち上がって実行するということなんだ。」


*「10 脳死寸前民主党」

 ムーアの批判は、ブッシュだけに向けられているのではない。ブッシュの前任者、民主党のクリントン大統領もまた、人権抑圧と環境破壊の政策を実行してきた。その政策リストをずらずらと書き並べて、ムーアは言う。「この業績を見る限り、彼は史上最高の『共和党』の大統領のひとりと言っても過言ではないだろう。」

 ブッシュは、クリントンの8年間の政策を継承したに過ぎなかった。「90年代のこの国を支配していた奴の、もっと不細工で惨めなヴァージョンに過ぎないんだ。」
 クリントンは、クリーンな環境を求めると、口先では言いつつ、飲料水中の砒素濃度の削減や有害物質の排出規制は、政権末期になってはじめて行った。しかも、その実施には何年もの猶予期間がつけられていた。ブッシュは就任早々これらの政策を「覆す」ことにしたため、かえって問題は明らかになった。

 「正直に言おう。今、俺たちの飲料水中から砒素が削減されつつあるのは、ひとえにブッシュと、彼のバカそのものの行動のお陰だ。これがどえらい騒ぎになったお陰で、この問題は人々の頭に叩き込まれた−そして、依然として頭から消え去ってはいない。」その結果、クリントンの命令よりさらに厳しい削減基準を設けた法案が成立した。ゴア政権の下ではとてもこういう事態にならなかったであろう。「悲しむべきことだが、これが起こったのは、つまりはケガの功名だったのだ。」
 ムーアは、かつての民主党員を賞賛する。「1942年の時点では、まだ本物の民主党員が生き残っていた。彼らは鉱業界の利権に立ち向かい、この毒物の基準を下げさせるだけの根性を持っていた。」

 しかし、現在の民主党には、なんらの幻想も持っていない。
 「民主党と共和党に、何か違いがあるだろうか? もちろんある。民主党は、言っていること(『地球を守れ!』)とやっていることが違う−彼らはこの世界を汚染しているクソ野郎どもと、人目に付かないところで手を握りあっている。これに対して共和党は、堂々とこのクソ野郎どもにホワイトハウス西棟のオフィスを与えた。実にまったく大変な違いだ。

 もちろん、誰かを守ってやると口では言いながら、実際にはその人から強奪するのと、何も言わずに真っ正直に強奪するのとでは、むしろ前者の方が悪質だという話もある。リベラルな羊の皮をかぶるような小細工をしない、真っ正直に開き直った悪玉の方が、これと対決して退治するのははるかに容易だからだ。」
 「今や、単に共和党員になりたがっているだけの、共和党ファンクラブに落ちぶれてしまった」民主党員に対して、ムーアは共和党への加入を呼びかける。そうすれば、彼らが10パーセントの富裕層の代表者であることがはっきりする。
 「それによって初めて、俺たちは先に進むことができる。」とムーアは考える。残りの90パーセントの層が自分たちのための党を持てるようになる、と。


*「エピローグ−奴が『大統領職』に就いていやがるのは俺の責任なんだ・・・」

 大統領選挙戦において、ムーアは、ラルフ・ネーダー(この両者、不仲な時期もあったが、この時期には和解していた)を応援することになった。民主党陣営の中から、ゴアの敗北の原因は、ゴアへの票がネーダーに食われたたためであるとして、ムーアとネーダーがやり玉に挙げられた。

 ムーアは、ゴアの勝利がほぼ確実であると考えていたので、ゴアへの批判票としての、ネーダーを応援するつもりだったのだ。しかし、ゴアは、ディベートにおいて、ブッシュとの政策的違いを示せなかった。それはゴアが自ら招いた敗北への道であった。
 それでも、自分に責任を転嫁してくる人々に対しては、居直ってこう答える。
 「はいはい。民主党が負けたのはネーダー陣営のせいだとあくまでも主張するなら、たぶんそうなんだ。それだけの強大な力を俺たちは持ってたんだ。」
 
 そして、この本の読者に対して、最後にこう呼びかける。
 「だから、あなたも本気を出せ−俺も、隠れ家から出ていくからさ! 俺は、ただ『生きている』だけという状態にはヘドが出る。自分が前線に出もせずに泣きごとばかり言う奴にはヘドが出る。貧しい者のために戦い、逮捕の危険を覚悟し、頭に棍棒を叩き込まれ、週のうちの何時間かを使って本当の『市民』になろうと努力すること。それが大切なんだ。市民、それは民主主義の社会における最高の名誉だ。」
 「あなたには、市民として生きる権利がある。」

 ムーアの主張の根幹にあるものは、時には露悪的とも見える口吻とは裏腹に、穏やかでまっとうなものである。この社会が獲得してきた市民的権利を最大限追求し、民主主義を内実あるものにしようという呼びかけなのである。

 ムーアは現在、『ファーレンハイト(華氏)911』なる映画を製作中である。華氏911度というのは自由が燃え尽きる温度だという皮肉を込めているらしい。ブッシュが9・11を利用して如何に自由や基本的人権を抑圧しているかを暴露するという。しかも次期大統領選直前の来年9月公開というから大変なものだ。

2003.5.23
木村奈保子 

★出版社の柏書房のホームページに関連情報がある。 http://www.kashiwashobo.co.jp/cgi-bin2/bookisbn.cgi?isbn=4-7601-2277-X&sendtype=post&backurl=../pages/top.htm
★また柏書房のホームページにある特別寄稿「マイケル・ムーアのお腹は固かった」(Vol.03  西原 a)も面白い。
http://www.kashiwashobo.co.jp/pages2/kikou/k03.html
★「ボウリング・フォー・コロンバイン 」のホームページもある。
http://www.gaga.ne.jp/bowling/top.html