[紹介]マイケル・ムーア『シッコ Sicko』
「病院で費用を心配しないで治療を受けるのは基本的人権だ」
2007年公開とともに大反響を巻き起こしたマイケル・ムーア監督映画『シッコ』が今年4月DVD化されて発売された。この映画は、自己責任論で人々を医療から排除していく究極のシステムである米国のHMO(マネジドケア)の根本的欠陥を告発したドキュメンタリーである。シッコは「日本が目指しているアメリカ型医療への警告だと思うよ」とマイケル・ムーアは言う。日本の医療・社会保障は、2008年4月より後期高齢者医療制度が強行実施され、さらに危機と混迷を深めている。映画はまた、好対照として何よりも人民を大切にする社会主義キューバの医療体制の優位性を見事に映し出している。
国家が医療保障を放棄し、自己責任で切り捨て
アメリカの庶民は、まともな医療を受けることが出来ない。映画は、交通事故で足にけがをした男性が、裁縫針と糸を使って自分で傷を縫う映像から始まる。2本の指を切断した別の男性は、接合手術の費用が、中指6万ドル(約700万円)、薬指1万2千ドル(約140万円)と告げられ薬指の接合を選択する。中指はゴミ箱行きだ。夜の街、タクシーは年老いた女性を力ずくで降ろして去って行った。女性は無保険者だった。金が無いから病院が追い出したのだ。無保険者は肋骨や鎖骨が折れたまま、傷も治っていないのに、点滴のチューブを付けたまま、裸足で病院のベッドで寝ていたままの格好でたいていは貧民街にゴミ同然に捨てられる。
アメリカでは、高額な医療費を払えないため治療を拒否されて死亡する人が毎年1万8000人にも上るという。
病気になれば生活が破綻 中流家庭が一気にホームレスに転落
アメリカは、先進国では国民皆保険の制度が無い唯一の国で、5000万人が医療保険無しの状態に置かれている。国民の約8割、2億5千万人は民間の保険会社と契約して医療費を支払うという制度になっている。この映画が取り上げるのは、医療保険に入っており治療が受けられるはずの2億5千万人の人たちである。だが保険料が高額であったり、ガン、エイズ、心臓不全等々の既往症があると加入できない。痩せ過ぎも太り過ぎも保険に入ることが出来ない。やっと保険に入れても、民間保険会社は利益を最優先にするため、あれこそ難癖を付けて簡単に治療を受けさせてくれない。
ある夫婦が自己破産をした。夫は心臓発作を繰り返し、妻はガンになった。保険に入っていても補償額の上限を越える自己負担分があまりにも大きいため生活が破綻、自宅を手放した。子供に頼るしかない両親はゴミ扱いされ、物置に住むことをやっと許される。
アメリカで最も多い破産の理由は「医療費」で、しかも破産申請をした75%は民間の医療保険に加入していた人たちであるとされる。
保険会社が治療方針を決める理不尽
マイケル・ムーア監督は言う「医師は患者の治療を始める前に保険会社にまず連絡し、治療を行う許可を得なければなりません。その仕組みを知っていますか?医師は患者を診察してから部屋を出ます。そして、保険会社に連絡をして、保険料が出るのかどうかを確かめる。もし保険会社が支払いを断れば、『あなたは治療できない』と患者に告げるのです。本当に残酷な制度です。」
交通事故にあった女性は意識を失い救急車で病院に運ばれた。だが事前許可のない救急車は保険が下りなかった。女性は怒る「いつ保険会社に連絡しろと言うんですか、救急車の中で携帯をかけろと言うんですか」
耳が聞こえない幼児をもつ夫婦は、保険会社の許可を得てようやく片耳だけ手術にこぎ着け聞こえるようになったが、もう片方は手術の許可が下りない。業を煮やした夫婦は、手術の許可を与えなければマイケル・ムーアに訴えて問題にしてもらうと保険会社に通告した。すると保険会社から「ラッキーなお知らせです」と連絡が入り、即座にもう片方の耳の手術に許可が下りた。
命を食い物にする医療・製薬・保険業界と政治家の支配
ある女性はガンが全身に広がっていた。日本で診断をすると脳腫瘍にもかかっていた。しかし、アメリカの保険会社は検査を認めない。命を救えたはずの患者の手術を医者は拒否。医者が治療を拒むことが保険会社の利益になっている。患者の治療をしないことで保健会社は金を節約し「最大限の利益」を上げている。こうして、保健会社が太り、3900万人の重症者が放置されている。
ムーア監督:「病院で費用を心配しないで治療を受けるのは基本的人権だよ。ところがアメリカでは、治療は金もうけの手段なんだ。金を稼げないと分かった患者はすぐオサラバさ。」
キューバ医療の優位性を事実で示す
映画はカナダやイギリス、フランスの医療費が自己負担をほとんど必要としないことを紹介しているが、なんといっても圧巻はキューバ医療である。
9・11でニューヨークを守った消防士、レスキュー隊員など、ボランティアで働いた人々は6年後、呼吸器障害となったり再起不能となっている。しかしアメリカは、これらの人びとを治療せず、死ぬのを待っている。一方、9・11の「容疑者」(それ自体怪しいが)は、グアンタナモ基地の病院で最高の医療を受けている。健康管理も万全。グアンタナモ基地の囚人は、9・11の英雄たちよりも良い医療を受けている。
ムーア監督は9・11の英雄をグアンタナモ基地の病院で診てもらおうとマイアミからボートでグアンタナモ基地へ渡るが拒否されてしまう。やむを得ず「悪魔の国」と宣伝されてきたキューバの街に入って医療を受けようとハバナ病院を訪ねる。キューバの医師たちは暖かく迎える。
キューバは世界有数の医療大国。幼児死亡は米よりも低く、医療費は米国よりもはるかに低い。同じ薬が、米国では14000円、キューバでは6円。ハバナ病院では、アメリカ人もキューバ国民と同じ医療が無料で受けられる。アメリカの消防士たちは、無料の医療、最高の治療に信じられない思いであった。そして、充分な医療を受けることができると分かり感激の涙を流す。
キューバの消防士は、アメリカの英雄に敬意を払って、消防署に招待した。キューバには、相手を思いやる本当の人間がいた。
〈関連情報〉
※デモクラシーナウ マイケル・ムーア監督のインタビュー
http://democracynow.jp/stream/070618-1/
2008年5月26日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局 T