「対テロ戦争」への加担に反対し、イラク・インド洋からの自衛隊撤退を求めるシリーズ(その9) イラク、インド洋に派遣された自衛隊員も他人事ではない
隠された米軍犠牲者−−帰還兵の驚くべき自殺者数
1.マスコミが報じる“帰還兵の自殺者1万人を超える”
11月中旬、米大手マスコミCBSは、2005年だけで「軍で兵役に就いたことのある人々の中で少なくとも6256人が自殺している。毎週120人が自殺者である」と報道した。多くのイラク帰還兵がPTSDに悩み、その中から自殺者が出ている事実については断片的な報道があったとはいえ、CBSの調査結果は衝撃的である。仮に2005年以外の推定自殺者数を加味すると、帰還兵の中に1万人を超える自殺者が出ていることになる。CBSは、戦闘で死亡した3865人を加えた時、イラク戦争の本当の犠牲者が1万5000人を超えると結論している。
この帰還兵の自殺者数は、イラクにおける米軍兵士の犠牲者数3886人(12月中旬)の約3倍である。CBSの記事に中で指摘されているように、大義なき戦争に動員され、イラク市民に銃口を向け、彼らを無差別に殺害するような任務を強制された兵士たちもまた苦しみ、自らの命を絶ったとするならば、彼らもまたイラクに戦争を仕掛けたブッシュ政権の犠牲者である。しかし米軍当局は、これら自殺者をイラク戦争の犠牲者としてカウントすることを認めようとはしない。
今回明らかになった“1万人を超える自殺者”は、想像以上の数だ。米軍兵士の自殺ついて以前報道されたものとしては、次のようなものがある。「2003年にイラクとクウェートで自殺した米兵は、10万人あたり17.3人にものぼり、米軍全体の12.8人、ベトナム戦争時の平均15.6人を大きく上回っている」(シリーズ米軍の危機:その3 『イラク帰還兵とイラク症候群』)。この数が氷山の一角であり、自殺にカウントされなかった事例も多かったと考えていたが、戦場に立つ兵士ではなく今回の調査結果が帰還兵を対象としたものだったとしても、1万人はあまりにも多い。大義なきイラク戦争に動員され、激烈な都市ゲリラ戦争の真っ直中に放り込まれ、そして帰還後、心の苦しみ、負傷による辛苦を抱え、社会生活に復帰できなかった帰還兵の苦悩を象徴する数字である。ベトナム戦争に従軍した帰還兵の自殺者数は、正確な数は不明確であるが6〜10万人にものぼると推定されている。ブッシュがさらにイラク占領支配を継続し、そして次の新たな大統領が継続したとするならば、早晩にもベトナム戦争に匹敵するイラク帰還兵の自殺者が生まれることになるであろう。
※Suicide Epidemic Among Veterans(CBS)
http://www.cbsnews.com/stories/2007/11/13/cbsnews_investigates/main3496471.shtml
※The War Comes Home: PTSD; Addiction; Homelessness and Suicide all Coming to a Neighborhood Near You!(HuffingtonPost)
http://www.huffingtonpost.com/asha-bandele-and-tony-newman/the-war-comes-home-ptsd_b_73688.html
※Veterans' Suicides: a Hidden Cost of Bush's Wars(Alternet)
http://www.alternet.org/waroniraq/67556/
※ペンタゴンの隠蔽:イラク戦争では1万5000人以上の米軍死者が出ている?(Falluja, April 2004 )
http://teanotwar.seesaa.net/article/67647224.html#more
2.すでに3回目のローテンションに入る部隊も現れたイラク派遣
多数に上るイラク帰還兵の自殺者。この原因は明確である。イラクの戦場体験を忘れることができず、帰還後の実社会になじめなかった兵士が次々に命を絶っているのである。自殺した多くの帰還兵は、PTSP(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいた。帰還兵に広がるPTSDとその深刻さについて、これまでにも幾度となく警告されてきた。2004年7月にアメリカの医学雑誌『ニューイングランド医学ジャーナル』から発表されたイラク駐留米軍兵の精神状態に関する調査において、2003年末の段階で帰還兵の6人に1人、16%がPTSD(心的外傷後ストレス障害)等を発症していることが報告された。兵士がPTSDを患うきっかけとなった出来事は、敵から撃たれた、市民の殺害に関与した、仲間が死亡した、救助されずに負傷している子供や女性を見た等々であったという。この16%という、医学調査の結果明らかにされた数値は、あくまでも2003年末までの調査結果である。その後の米軍による占領支配の破綻、米軍のおかれた苛烈な状況を勘案したならば、この16%の数値をはるかに上回る兵士たちがPTSDに苦しんでいるに違いない。帰還兵の組織である“Veteran for America”は、2006年末の段階において、約7万人のイラク帰還兵が精神的疾病を理由に復員軍人援護局の病院を訪れていると見ている。
この退役軍人の多数の自殺者をめぐる問題の深層には、イラクに15万人近くの兵力を割かざるを得ない結果として生じた米軍の「伸び切り」「過剰展開」の問題が存在している。イラク戦線は、米軍部隊の駐留期限を延長しなければ維持できなくなっている。通常の“任務(派兵)−休息−訓練”のサイクルが正常に回転せず、次々と“任務(派兵)”期間が引き延ばされている。そうしなければ、イラク駐留米軍15〜20個旅団を維持できなくなっているのだ。当然のこと、兵士の質、士気は低下する。ますます兵士の精神状態は追い詰められたものとなる。米国で休息中の兵士が「逃亡」し部隊に戻らない事例が増えているといった事実に、兵士一人一人がイラク戦線に赴くことへの苦悩と重圧を読み取ることができる。その上、毎月100人を越える兵士が倒れ、300人が負傷している戦場の最前線に立ち続ける。また、本来戦場に投入されない予備役兵、州兵も次々と戦場に動員され、長期間の忍耐を要求されている。休日だけの任務で、普段は社会人として生活してきた彼らがいきなり戦場に長期間送り込まれる。これに対するストレスもまた尋常なものではないであろう。2003年から始まったイラク戦線を維持するために、すでに3回目のローテーションに突入する部隊が出始めた。消耗品のごとく、幾たびも戦場に追い立てられる米軍兵士もまた、イラク戦争の犠牲者である。
※米国:心身の苦痛に苦しむイラク復員兵
http://www.news.janjan.jp/world/0701/0701168203/1.php(JanJan)
※イラク戦争従軍を拒否する日系中尉(JanJan)
http://www.news.janjan.jp/media/0702/0702150106/1.php
この記事の中で、米兵の部隊からの「逃亡」について次の指摘がある。「イラク戦争開戦(03年3月)以降、招集命令に応じない無許可離隊者(AWOL)は少なくとも8000〜1万人に達したと推測される。多くは友人の家などを転々としながら身を隠しているとみられている等報じられている。」
※18th MP Brigade starts 3rd rotation in Iraq(ArmyTimes)
http://www.armytimes.com/news/2007/11/army_18mpbrigade_071106w/
3.帰還兵を取り巻く悲惨な現状
大都会では数年前から、イラク帰還兵のホームレスが現れ始めた。イラク、アフガニスタンからの帰還兵のうち20〜24歳では失業率が15%にものぼっていることを、全米ホームレス根絶連合が先月明らかにした。この失業者群の中からホームレスが生み出されている。また2万人以上が身体に障害を負い、まともな医療を受けることができないでいる。従来までなら命を失っていたであろう兵士たちが救命率の飛躍的な向上と共に負傷兵として存命し、従来以上に社会に対して大きな影響を及ぼす事になるのである。
負傷し退役を余儀なくされた兵士の状況もまた悲惨である。イラク帰りの40 パーセントを占める負傷した兵士たちの間に、処遇に対する不満が高まっていることが報じられるような現状なのだ。彼らに対して「医療待機」を求めるケースも続発していると言われている。退役軍人のための医療施設における医師の絶対数が少なく、診断を受けるのは困難だという。さらに、戦場で背負い込んだか、任務の過程でなった病気であるにもかかわらず、以前からかかっていたとして「労災」には当たらないといった診断をされるというケースもあるという。軍当局は、医療給付金を低く査定しようとしているというわけである。このように、大義を掲げて若者を戦場に送り込んだブッシュではあるが、負傷して帰ってくる兵士たちへの必要な支出をできる限り削除しようとしているのだ。
劣化ウラン弾は今回の湾岸戦争においても大量に使用された。兵士たちが第二の湾岸戦争症候群、いわばイラク戦争症候群に襲われる可能性は非常に高いと考えられる。すでにニューヨークの憲兵部隊の体調不良を訴えていた帰還兵から劣化ウランが検出されたが、米政府はその因果関係を認めていない。大量の兵士が同じ病気で倒れる可能性があるにもかかわらずである。当然彼らもまた、アメリカ社会の大きな問題として浮上してくるであろう。
※米陸軍長官を更迭、イラク負傷兵への劣悪待遇問題で(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4500/news/20070303it03.htm
※イラク・アフガニスタン帰還兵の4分の1に精神的障害 - 米国(AFP)
http://www.afpbb.com/article/1411890
4.米軍兵士だけではない。イラクに赴いた自衛隊員からも多数の自殺者が出ている
イラクの戦場に立った兵士、元兵士の自殺の問題は、米軍だけの問題ではない。イラクやインド洋に派遣された自衛隊員からも、多くの自殺者が出ている。
防衛省は9月10日になって、インド洋に派遣されている護衛艦「きりさめ」に乗船していた20代の自衛官が7月末に「自殺した疑いがある」ことを認めた。社民党照屋寛徳議員が11月に提出した「イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問主意書」に対しては、政府は答弁書において、イラクやインド洋に派遣された経験のある在職者中の隊員の死亡者総数が35人に上り、その中の16人が自殺であることを明らかにした。上記の「イラクとクウェートで任務に就く米軍兵士の自殺者の割合10万人中17.3人(2003年)」とは単純に比較できないが、インド洋に派遣された海自隊員延べ1万900人、イラクへ派遣された自衛隊員が延べ8800人、合計して約2万人とした場合、「16人の自殺者」は明らかに高い。
※海自隊員 護衛艦で自殺(YouTube)
http://jp.youtube.com/watch?v=ciD_9lvdwYw
※インド洋艦船「きりさめ」で自衛官が自殺か(朝日新聞)
http://www.asahi.com/national/update/0910/TKY200709100226.html
※海外派遣の自衛隊員、在職中に16人が自殺(産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071113-00000956-san-pol
※イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問主意書(衆議院)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a168182.htm
※答弁書(衆議院)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b168182.htm
「平成十九年十月末現在で、テロ対策特措法又はイラク特措法に基づき派遣された隊員のうち在職中に死亡した隊員は、陸上自衛隊が十四人、海上自衛隊が二十人、航空自衛隊が一人であり、そのうち、死因が自殺の者は陸上自衛隊が七人、海上自衛隊が八人、航空自衛隊が一人、病死の者は陸上自衛隊が一人、海上自衛隊が六人、航空自衛隊が零人、死因が事故又は不明の者は陸上自衛隊が六人、海上自衛隊が六人、航空自衛隊が零人である。
また、防衛省として、お尋ねの「退職した後に、精神疾患になった者や、自殺した隊員の数」については、把握していない。」
政府の答弁書は、死者数を事務的に並べた後でさらに「お尋ねの『退職した後に、精神疾患になった者や、自殺した隊員の数』については、把握していない」なと木で鼻をくくったように突き放している。まるで、自衛隊を退職したやつのことまで面倒見ていられないといわんばかりだ。だが、アメリカで問題になっているのは、帰還後軍務を遂行できず退職し、精神疾患になったり、失業、ホームレスに陥り、自殺した帰還兵たちなのである。退職後に自殺した元自衛隊員の話もマスコミなどによって取り上げられている。政府の対応は無責任きわまりない。
※防衛省がひた隠す イラクインド洋派遣 自衛官35人の死因(『週間朝日』12月7日号)
アメリカで、戦地での戦闘行為によって直接死亡した兵士だけでなく、帰還後の自殺者をもイラク戦争の犠牲者としてカウントされていることは、重大な意味を持つ。小泉首相は「一人の死傷者も出さず、一発の弾丸も撃たずに終わることができたのは良かった」などと語ったが、とんでもない。自衛隊員の自殺者もまた、対米協力最優先の犠牲者、ブッシュの侵略戦争加担の犠牲者、イラク特措法、テロ特措法の犠牲者なのである。
米国で大きな問題となっている退役軍人のPTSDや自殺者の問題は「戦争に加わった兵士の苦しみと末路」を示す鏡である。政府は、帰還自衛隊員の死亡、疾病、PTSDなどの情報を明らかにすべきである。戦地へ自衛隊員を送り込む新テロ特措法を成立させてはならない。イラクから自衛隊を完全撤退させなければならない。
2007年12月10日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局
署名事務局関連記事
※[シリーズ米軍の危機:その1 総論]
※[シリーズ米軍の危機:その2 イラク帰還兵を襲うPTSD]
※[シリーズ米軍の危機:その3 『イラク帰還兵とイラク症候群』]