[緊急投稿] 子どもと学校に格差拡大と差別を押しつける全国一斉学力テストに反対する! ◎子どもを受験独占資本に売り渡すな
◎公教育の解体に反対する
「全国一斉学力テスト」(正式名称;「全国学力・学習状況調査」)が今月24日に迫っています。全国一斉学力テストは安倍政権登場以前から文部科学省が実施を決定していたものですが、今や安倍「教育改革」の大きな目玉になろうとしています。それは、改悪教育基本法の具体化=教育三法(教免法、学校教育法、地教行法)や、教職員評価・育成システム導入などと一体となって、学校現場をさらに破壊するものです。教育再生会議も、このテストをテコに学校現場に競争原理を積極的に導入することを打ち出しています。
私たちは今回の全国一斉学力テストそのものに反対です。まず第一に、現時点でさえ子どもたちの間の「学力」格差・「教育格差」が拡大している下で、国と文科省が学校と地域を公然と序列化するための調査(テスト)を行うことは許されません。それは格差を一層拡大、固定し、子どもたちに対する、地域と学校に対する差別を助長するものです。
第二に、ベネッセやNTTデータなど民間の受験独占資本にテストの結果処理をまかせ、これら受験産業に全国津々浦々の学校・生徒情報を提供し、公教育をこれら企業に食い荒らさせるものです。同時に子どもたちの生活状況・家庭状況を「質問紙調査」なるもので、個人情報などお構いなしに暴き出し、これを受験産業の営業活動に売り渡すものです。
第三に、全国で行われるこのテストを受け入れさせることで学校を統制し、教職員を文科省、教育委員会、校長という上意下達の命令系統に縛り付けるものです。
私たちは、一方では公教育に市場原理を導入し子どもたちを果てしない「学力」競争に駆り立て、他方では教職員を文科省と教育行政に忠実な「ティーチングマシン」に改造するための全国テストを許すわけにはいきません。
以下は、全国一斉学力テストに反対する教員からの緊急の投稿です。
2007年4月18日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局
(1)国・数テストと生活・家庭状況調査からなる「調査」。結果の公表・提供が前提
昨年6月20日に出された「平成19年度全国学力・学習状況調査に関する実施要領」によれば、このテストは「教科に関する調査」、すなわち小6に対しては、国語・算数、中3に対しては国語・数学のテストと、「質問紙調査」すなわち、小6及び中3の児童・生徒を対象に、「学習意欲、学習方法、学習環境、生活の諸側面等に関する質問紙」調査からなっている(後者については後述。なお、学校に対して「学校に対する質問調査」なるものがある)。
そしてこのテストの「事業の一部(調査問題の発送、回収、調査結果の採点・集計、教育委員会及び学校等への提供作業等)は、文部科学省が民間機関に委託して実施する」としている。この「民間機関」であるが、採点・集計について、小学校はあの「進研ゼミ」で有名な受験産業ベネッセ、中学校は旺文社と一緒になってテスト開発を行っている企業と連携したNTTデータが行うのである。
さらに文部科学省はこのテスト結果を「公表」し「提供」するとしている。@文部科学省は市町村等の教育委員会に対して、公立学校に関する調査結果を提供する。A文科省はさらに、各学校に対して、当該学校全体、各学級及び各児童生徒に関する調査結果を提供する。B各学校は、各児童生徒に対して、当該児童生徒にかかる調査結果を提供する。また、C文部科学省は、都道府県教育委員会に対して、当該都道府県における公立学校全体、域内の各市町村における公立学校全体及び各市町村が設置する各学校に関する調査結果を提供することになっている。
文部科学省の「実施要領」は、「調査結果の取り扱いに関する配慮事項」で「都道府県教育委員会は、・・・個々の市町村名・学校名を明らかにした公表は行わないこと。また、市町村教育委員会は・・・、個々の学校名を明らかにした公表を行わないこと」としている。しかし、これは全くの欺瞞に過ぎない。なぜなら彼らは「市町村教育委員会が、保護者や地域住民に対して説明責任を果たすため、当該市町村における公立学校全体の結果を公表することについては、それぞれの判断にゆだねる」。また、「学校が自校の結果を公表することについては、それぞれの判断にゆだねること」と結果が公表されることを平然と認めているからである。初めから各学校、各地域の結果とレベルが公表されることを前提に、自分の責任を逃れているだけである。何よりも、文科省こそが「学力テストの結果で各学校を競争させることで学力が上がる」とうそぶく張本人であって、各学校、各地域の差が公表されることこそ彼らの望むところである。
※文部科学省のホームページ「全国的な学力調査について」を参照
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/index.htm
(2)結果の公表により、地域・学校・子どもたちを果てしない競争の渦につきおとす
しかし、全国学力テストこそ格差拡大と差別選別の「パンドラの箱」をあけるもの、教育に対して過去に例がないほどの悪影響をおよぼすものに他ならない。このテストは、これまで表に現れなかった学校差、地域差を公表する。学校と地域を点数(しかも国語と算数・数学だけの点数)だけで無理矢理序列をつけて、学校と地域のレベルを国が確定し、それを公表するのである。
国が旗を振って教育活動の中で一部分に過ぎない教科の点数だけで学校をランク付けすればどうなるか。
第1に、教育活動のなかでもっとも重要な人格形成や人間育成のためのトータルな教育活動が切り捨てられる。なぜなら「点数と関係ない」からである。点数だけが決定的な尺度になる。そして競争の名の下に点数至上主義の詰め込み教育がますます強められる。点数のとれる子だけがいい子であり、点数のとれない子どもは価値が低い、そういう価値観を学校に公然と持ち込むものである。これこそ子ども達一人一人の多様な学ぶ権利を踏みにじるものに他ならない。
12月に第一次報告を出した教育再生会議は結果の開示を自明の前提として次のような提言を行っている。夏休みから各学校で学力向上の取組ができるよう、「調査結果公表の時期を極力早める」。また、「学校は、保護者に対し自校の学力の状況や学習状況を開示し、改善計画とその成果を保護者に説明する」。また「教育委員会は、公立学校が行う学力向上への取組の支援に努める。特に、結果の不振な学校の支援に責任を持ち、成績の著しく伸びた学校の取組は成功事例として全国で共有する」。
かくして、都道府県・市町村・各教育委員会・学校・保護者を巻き込んだ全国学力競争が展開される。マスコミがこれに加われば、まさにイギリスの「リーグ・テーブル」状態(サッチャー改革の下で全学校の点数が公表され、点取り競争が極限に達した。)となり、子どもたちは「学力」競争の渦に否が応でも巻き込まれる。「学校は、夏休みや放課後を活用して、教員経験者、学生ボランティア、地域の協力も得て、補習を実施するなど学力向上に取り組」めというのである。学力調査に好成績を修めるための「詰め込み」教育は普遍的なものとなる。
※イギリスの教育改革の批判については以下を参照 シリーズ<安倍の教基法改悪と反動的「教育改革」>その2 イギリス「教育改革」の悲惨な実態とその破綻(書名事務局)
第2に、テストは全体の「学力向上」や教育の質の向上ではなく、今以上に教育における格差を拡大し、社会的なあるいは家庭的な条件で不利な子どもたちを教育の中で一層差別するものである。そのことはすでに東京都などが先行して強行している学校毎の成績公表、学区自由化と学校選択制の結果に明らかである。テスト結果公表と学区の自由化、学校選択制、あるいは「バウチャー制度」など成績ランクに応じて学校予算を傾斜配分すれば一体どのような事態になるか。東京都やイギリスの「教育改革」の例が示すように学校が「勝ち組」と「負け組」に分かれ、「教育の階層化」につながっていくのは必至である。あえて制度化しなくとも「成績上位校」にはどこにでも転居が容易な裕福な家庭の生徒が殺到し、「下位校」には住居の移動もままならない生活が困難な生徒が取り残されることになる。生活困難層を多く抱える地域の学校が壊滅的打撃を受けることは確実である。「生活困難ゆえの『荒れ』→不人気で生徒が集まらない→予算減など教育環境の悪化→教育力の低下→『荒れ』の深刻化→脱出組の増加、不人気拡大によるさらなる生徒減・・・」という悪循環が発生する。現在においてさえ「学力」の地域間格差、学校間格差がある中でこのテストが行われ、学校選択制と結合することは「学力」の格差を一層拡大し、固定化することに他ならない。
※シリーズ<安倍の教基法改悪と反動的「教育改革」>その3 急速に進行する教育格差と底辺層の切り捨て(書名事務局)
(3)特定の受験独占に結果を一手に掌握させ、子どもたちを食い物にさせる
先に述べたように全国学力テストは、委託先のベネッセコーポレーションとNTTデータが採点・集計を行う。これら受験独占資本は全国の小・中学生の「学力」ランキングを手にすることになる。それだけではない。「質問紙調査」によって「1週間に何日、学習塾(家庭教師の先生に教わっている場合も含みます。)に通っていますか」とか、学習塾(家庭教師の先生に教わっている場合も含みます。)では主にどのような内容の勉強をしていますか」などに関する全国小・中学生のデータまで手に入れることができるのである。
入手したデータを利用してこれら受験産業が営業を展開しないわけがない。そんな競争はすでに始まっているのである。「全国学力テスト」予想問題、対策問題が出回り、直接テストに関与するベネッセや旺文社(NTTデータと提携)がリードするだけではない。「点数がこれだけの人にはこの教材を」。「この地区の学校はレベルが低いからぜひこの塾に」。「通信教育で学校のレベルを補え」。「この地区はレベルが高いから塾に行かないとついて行けない」等々。地区の実情と学校のレベルを熟知し、それを営業活動に利用できる特権的地位をこれらの企業に与えているのである。特定の受験産業を潤すだけのこんな馬鹿げた話はない。
伊吹文科相は国会答弁で「特定の営利企業が国民の税金を持って自分たちに有利なデータを独占的にとることはあってはならない」と言い訳した。国・文科省と特定の受験産業との癒着への批判を気にして、「契約書の内容として、企業が営業活動に使うことになれば処罰される。そういうことはきちっとやっている」と述べた。しかしなんと言おうとこれらの企業にとって極めて重要な、のどから手が出るくらいほしい全部のデータを気前よく全部くれてやるのだ。これ以上の癒着、結託はあり得ない。
しかも、テストには民間委託費用として実に67億円もの税金が投入されようとしている。今年テストを受ける子どもの数は240万人で、一人あたり3000円近い需要を政府が作り出し、これら企業に巨額の税金をくれてやるのである。官金を私消させて全国の子どもたちの個人情報を受験産業に売り渡すようなテストは直ちに中止すべきである。
(4)受験産業による公教育の市場化
テストの結果が公表されればどうなるか。政府と文科省は全国の学校を格差付けして発表し、競争をあおることで学力向上などの成果が上がるという。自由競争至上主義に基づく市場原理の学校への持ち込みである。しかし、実際にはもっと露骨で直接的な「公教育の市場化」が狙われている。テストの結果の悪い学校、市町村はどうするか。結果が公表されればいかなる事情があろうと無理矢理対策と努力を求められる。ひたすら馬車馬のように努力しろ、「教師と学校が怠けるから成績が低いのだ」と世論を誘導して学校への攻撃は強まるだろう。攻撃を避けるために、あるいはもっと「上」を目指して校長や教育委員会は点取りのために必死になるだろう。
そこに受験産業は次の最大の市場を見いだそうとしているのではないか。彼らはテスト結果の悪い学校には、原因分析、レベルに応じた教材、より効率的な詰め込み教育の仕方、学校経営の方法、教職員の従わせ方、そのすべてについて助言しリードすることによって公教育に浸透し、市場に変えていくことを考えている。現に、地方の教育委員会などを対象としたコンサルタント活動が強まっている。専門家のいない教育委員会を受験産業がリードしようと言うのだ――言うまでもなく自分の教材を使わせるやり方で。大阪府立の高校では、ベネッセが従来校内実施を禁止されていた「校内模擬試験」を「基礎学力・適性テスト」などの形でやることで府下で大きなシェアを持とうとしている。そして受験指導などに助言する形で学校の中に食い込んでいきそれを商売の対象にしようとしている。高校では予備校の利用などの形で公教育の切り売りが始まっている。学力テストは、同様の内容を小中学校のレベルから行っていこうというものになる。
(5)子どもたちの内心、家庭環境等を調査する「質問紙調査」
全国学力テストの問題は、国・算/数の教科テストとだけに止まるものではない。それと並んで、あるいはそれ以上に問題であるのはすでに触れた「質問紙調査」である。
昨年11〜12月に行われた予備調査の問題例によれば、子どもたちは学校名、個人名を書いて提出しなければならない。そしてそこには通塾状況など受験産業が欲しくてたまらないような質問が並んでいる。それだけではない。「新聞やテレビのニュースなどに関心がある」、「世の中のいろいろな出来事に関心がある」、「今住んでいる地域が好き」などといった子どもたちの内心、思想に関わるような質問、「自分は、家の人から大切にされている」「あなたの家には本が何冊くらいありますか」などの家庭環境にかかわる質問など100近い質問が並んでいる。これらの質問結果は何に使うのか。全国の小中学生について、通塾の状況や思想や関心の動向、さらには家庭の状況まで調べ上げていったい何に使うのか。国民総背番号ならぬ小中学生総背番号制で、誰がどんな家庭に育ちいかなる関心を持つのか、そのすべてを徹底的に調べるテストは将来の市民一人一人について思想・身元調査を行っているとしか思えない。
言うまでもなく、これらすべて個人情報である。「学力調査」の目的を超えた個人・家族の状態まで聞き出した情報は集めることそのものが違法である。調査に際しては保護者の同意が当然必要なものを無断で集めるのである。国・文科省が先頭切って個人情報集めに奔走し、それをこれまた特定の受験産業の手に委ねるなど許されるはずがない。
(6)国と文科省に対する学校、校長の忠誠度チェック
それだけではない。学力調査に名を借りて学校情報の収集ともいえる「学校質問紙」なるものが添えられ、校長が回答することになっている。ここには「生活保護世帯の児童の割合」や「就学援助の児童の割合」を聞くもの、「不登校だった児童の割合」「発達障害により学習上や生活上で困難を抱えている児童」数などおよそ第三者に公表してはならない質問がある。従来、教育行政内部で内部的非公表で扱われ、必要な対応が取られてきたこれらの項目を、公然と質問収集し、さらに公開にさらす。それがどのような意味を持つのか。せいぜいさまざまな諸困難を持つ学校を一般市民に周知するだけの効果しかもたらさないであろう。
さらに、「学校質問紙」で問題なのは、習熟度授業の展開の様子や「学校運営協議会制度」の取り入れ度、「学校評議員制度」の取り入れ度など文科省が押しつけている教育政策の調査があることである。これらの項目の調査はいかなる意味を持つのか。それはその学校、ひいては校長がどれだけ文科省の「教育改革」に忠実であるかそれを調べているのである。これは文科省による学校ごとの(あるいは校長に対する)チェックシートそのものであり、事実上学校の直接統制に乗り出すような質問である。
(7)学力テストを通じた全面的競争システムの導入
政府の教育再生会議第1分科会(学校再生)は4月9日に、学校現場に競争原理を積極的に導入することを打ち出した。それぞれの学校に競争させ、生徒が多く集まる学校に生徒数に応じて学校予算を配分する、教職員に競争させ給与に差をつける(評価・育成システム)、これら公教育に競争原理を押し付けることが道徳教育の教科化、強制と並んで政府の教育政策の基本戦略に置かれている。この競争持ち込みの決定的なテコが全国一斉学力テストである。このテストで文科省は地域、学校、クラス、生徒をランク付けする。そのランクを公表し、それに基づいて保護者に学校を選ばせ、希望者の多い学校は優遇し、少なければ冷遇し廃校にする。クラス間の差を公表し、それぞれの教職員がどれだけ点取り競争で必死になるか、それに応じて給料に差をつける。全国学力テスト、学校選択制、格差付け予算配当、教職員評価・育成システム−−これらは全て安倍の教育改悪の基本戦略の中で一体のものと見なければならない。
全国学力テストの結果公表を進めるのは文部科学省だけではない。いまや日本会議など右翼が文部科学省と連携して組織方針とし、「学力調査」の結果の学校ごと、地域ごとの公表を要求している。この動きの中に全国学力テストのもう一つの大きな政治的意図が現れる。すなわち、1950年代後半の「学テ」(全国中学校一斉学力調査)が日教組破壊を主要な目的にしたように、今回の全国学力テストも日教組破壊と教職員の支配を目的にしているのである。北海道教委が、日教組の中でテスト実施に非協力の方針を出した北海道教組に対して警告を発するなど文科省は反対運動に対する攻撃を強めている。50年代と異なり全国的組織的反対闘争が極めて弱い下で、文科省の目的は教職員組合運動の弱まりを利用して、学校現場で教職員を支配すること、政府と文科省、教育委員会のいうがままの教職員を作ることに比重を移している。
テスト結果を1点でも引き上げるために、教委と校長の命令に従いひたすら馬車馬のように働き続ける教職員をつくること、これが全国学力テストのもう一つの目的である。右翼が組織的な攻撃に打って出ようと待ちかまえているのも同じ理由である。文科省、教委、校長のいうとおり働かない教職員を、やる気がない、不真面目、不適格とつるし上げ、教職員が抵抗できない雰囲気を作ろうと考えているのだ。このテストをテコに学校に上意下達の命令体制を実現し、教職員を教育者ではなく愛国心と政府への忠誠と点数の取り方をたたき込むだけのティーチングマシンに変えてしまおうとしているのだ。こんな体制の下では子どもは自分の持っている才能を伸ばしたり、人格を全面的に発達させることなどできない。子どもを道徳訓と知識を刷り込む材料にさせないために徹底的に批判しなければならない。
(8)公教育の解体をもたらす全国学力テストに反対を
これまで述べてきたように全国一斉学力テストの実施は公教育全体に極めて重大な打撃を与えずにはおかない。点数至上主義を教育に持ち込み、地域、学校を上からランク付けし、際限のない競争に学校と子どもたちを突き落とす。点数で評価されないもの全てと点数競争に適応できない多くの子どもたちの学ぶ権利を切り捨てる。自由競争の名の下に格差やハンディを持った子どもたちを切り捨て差別する。点数だけでなく通塾情報や家庭状況、個人の考え方など個人情報を受験産業独占に提供し、子どもへの受験産業のいっそうの浸透に手を貸す。競争に生き残ろうとする学校の必死のあがきを利用して受験産業の市場と活動分野を拡大し、公教育の一部を売り渡す。教職員を点数競争に動員し、評価・育成システムで給与に格差をつけることで、文科省と教育行政に忠実な教職員への改造を目指す。上からの方針に従わない教職員を学校から排除する。このように全国一斉学力テストは総じて、公教育を解体し破壊する攻撃に他ならない。
全国一斉学力テストの実施はもう直前である。われわれは、たとえ今回の実施そのものを阻止することができなくても、実施に当たってテストの持つ重大な問題点を指摘し批判活動をおこない、さらにテストが実施され、結果公表から始まる一連の結果、学校と教職員への点取り主義と支配の策動に対して粘り強く暴露と批判を繰り返すことで、闘争の力でテストを断念させるような運動を目指して闘わねばならない。
(大阪教員 M)