[翻訳と分析]イラク占領経済の崩壊 シリーズその3:最後の“安全弁”としての食糧配給システム
イラク民衆の最後の“命綱”=食糧配給制度
−−「市場経済化」の名の下に、現在の「現物支給」が「現金支給」に転換される時、真の危機が来る?−−

「政府が食糧配給を止めたら、食糧価格は高騰し、通りで戦争が起こるだろう。政府にこの配給計画を止めさせないでくれ。きっと、人々は死ぬだろうから。」


(1) 本シリーズはイラク占領経済をテーマにするものです。[その1]では、米政府が「主権委譲」後も「復興支援」「市場経済」化を錦の御旗に、イラク経済を米系の石油メジャーや多国籍企業に牛耳らせる計画を推し進めようとしていることを暴露しました。しかし実際には、反米・反占領闘争の激化の下で、いつまで経っても占領支配自体が米の思惑通りにはいかず、石油資源を除いて、イラク経済全体の支配はうまく進んでいない現状を報告しました。[その2]では、イラク経済の完全な崩壊の下で失業率が50〜70%にものぼっており、雇用崩壊、窮乏化と生活崩壊が異常なまでに深刻化している状況を明らかにしました。

 シリーズ3回目の今回は、食糧配給制度についての報告です。イラク民衆のどん底の生活はこれまでの2回のシリーズで明らかになりました。そして私たちが別に詳しくフォローしてきたようにスンニ派三角地帯やシーア派の一部地域、とりわけバグダッドの極貧地区などで、イラク民衆が大衆的な反米・反占領闘争を繰り広げています。言うまでもなくその背景には大量失業と窮乏生活があります。
 しかし、それでもまだ今のところはイラク民衆全体が全土で一斉蜂起するような事態には立ち至ってはいません。なぜか?−−その最大の理由が、この“食糧配給制度”です。本当に最低限の生活、しかし生きていくのにもギリギリの生活が、この無償の食糧配給−−月々の一人当たり配給量は、小麦粉九キロ、米三キロ、砂糖二キロ、植物油一キロなど、一人当たり約15ドルの価値−−でまかなわれているのです。


(2) 「政府が食糧配給を止めたら、食糧価格は高騰し、通りで戦争が起こるだろう。政府にこの配給計画を止めさせないでくれ。きっと、人々は死ぬだろうから。」−−記事に出てくるあるイラク人男性の言葉です。その他にもこの記事の中でイラク人自身が口々に言うように、この食糧の無償配給制度は、「最も重要な社会セイフティ・ネット」であり、今や「配給なしでは生きていけない」のです。現在のイラクの国家統制経済の根幹をなすと言えるでしょう。
 この記事に描かれているように現在、配給物は「現物支給」です。国連によると、配給に全面依存する人は何とイラク国民の60%、1600万人に上ると言います。貧しい彼らは、配給業者(大抵はたばこ・雑貨などの小売店を兼ねる)として生活をしたり、配給物を転売して現金を得、その現金で医薬品や配給物以外の生活必需品を購入しているのです。一部の特権層、すでに米占領軍や暫定政府に食い込みドルを手にした金持ちはいざ知らず、圧倒的多数の貧しいイラク民衆にとって、この“食糧配給制度”は民衆の爆発寸前の不満をギリギリのところで抑え込んでいる“安全弁”、最低限の生活をやりくりする“命綱”なのです。


(3) しかし他方では、現状の食糧配給の量と質では、生存と生活にとって全く不十分であることも指摘しておかねばなりません。おそらく人口の拡大再生産には決定的に不十分であり、上下水道・電気などインフラ基盤の崩壊と衛生状態の悪化、新生児死亡率の異常な高さ、栄養失調の増大、病気・感染症の蔓延など、国際機関による別の報告を考え合わせれば、漸次的な死亡、漸次的な健康被害の形で民族的な衰退の危機をはらんでいるのは間違いないでしょう。
 かつて国連調整官としてイラク現地で子ども達の人道支援を行っていたデニス・ハリディ氏は、自分の目の前で次々と子ども達が死んでいく状況に耐えきれず、抗議の声明を出して退職しました。湾岸戦争後の国連による「経済制裁」が10年間にわたり約50万人ものイラクの子ども達を栄養失調や病気で殺したことを告発したのです。現在のイラクの子ども達をめぐる状態も、まさにそのハリディ氏が辞職した時と同じなのです。否、実際には状況は更に悪化しています。何せ米は徹底的にインフラを破壊してしまったのですから。食糧配給制度についても同じです。この制度は、湾岸戦争後のフセイン政権時代に始まったものですが、量質とも、より劣悪な形で米軍占領下の現在に引き継がれているのです。ハリディ氏が告発したように、今のイラクの現状は、民族の存続を危機に陥れる“緩慢なジェノサイド”なのです。


(4) そんな中、米政府は、食糧配給制度の廃止、その最初の手順として「現物支給の現金支給への転換」を繰り返し狙ってきました。インフレと物価急騰が著しいイラクで、通貨ディナールの価値はどんどん下げています。今やイラクではドルが支配しているのです。現金支給などをすれば「死ねと言うのと同じだ」「そんなことをすれば暴動が起こるだろう」と市民が怒るのも無理はありません。だから、昨年6月にこの配給制度が再開されてから、現金化の話は幾度も出ましたが、その都度、猛烈な反対で立ち消えになっているのです。

 現在、米=アラウィ政権は、来年1月30日の議会選挙を何が何でも強行するつもりです。彼らの思惑通りに事が運ぶとは思えません。しかし彼らがこのまま押し切れば、ファルージャ虐殺と血の海の中から、おそらくシーア派が権力の中枢を握る新しい親米傀儡政権が誕生するでしょう。その時、米政府と、すでに今の傀儡権力機構の官僚に深く食い込んでいる親米派官僚や亡命者達、米政府顧問、IMF・世銀スタッフらが、新しい経済政策の実権を握り、“市場原理主義”“市場経済”を振りかざし、イラク経済の資本主義化、市場経済化の第一歩、「統制経済」の解体の一環として、現物支給の現金化を手始めにして食糧配給制度の解体を狙ってくるでしょう。真の危機はこの時にやってくるのかもしれません。

 米政府−−暫定政府内部で地位を確保したアラウィをはじめシーア派亡命者−−スンニ派を来るべきイラクの国家権力から除外することで密かに米国への接近を図っているシスタニ師らシーア派勢力の中枢。これら3つの勢力が、新政権でどのような関係を持つのか、どのように権力を「分有」するのかは分かりません。しかし米政府の容認の下で権力を握るシスタニ師らのグループが、米政府にどこまで強く出れるのか、疑問です。米との何らかの密約があると考えるのが普通です。今のままでの総選挙の強行は、最悪の事態=“内戦”の危機を現実のものとする危険があります。
 同時にイラク情勢は、その新しい傀儡政権が実行に移そうとする経済政策、軍事情勢と併せて経済情勢をも念頭に置いて考えねばならない段階に入るかもしれません。本シリーズはその初歩的な情報を提供するものです。
※「配給なしの生活は無理」 依存10年超のイラク国民(共同通信)
http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/iraq2/news/0606-1119.html

2004年12月1日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局



[翻訳資料]
あらゆる厳しい試練を経て、イラク人は無償の食糧に頼る

エリック・エックホルム
ニューヨークタイムズ 2004年9月13日
Through All Their Ordeals, Iraqis Bank on Free Food
by Erik Eckholm, New York Times
September 13th, 2004
http://www.occupationwatch.org/article.php?id=6784


 バグダッド、イラク、9月12日 ― イラクは人種や宗教の分裂によって苦しめられているとはいえ、それでもなお一つのものが、スンニ・トライアングルの神聖な戦士から、中流の政府支持者たち、そして南部の不満を抱くシーア派にいたるまで全民衆を結合している。収入にかかわらず、また誰の銃がその地方の通りを支配しようとも、ほぼすべてのイラクの家族が得るものが、中央政府による毎月の無償の食糧供与である。

 繁栄する自由市場民主主義を創出することを誓って、米軍隊がサダム・フセインの政府を崩壊させてからほぼ18か月経ったが、イラクはある点では世界でも最高の福祉国家に留まっている。

 この国が国際的な経済制裁に直面した時、フセイン氏の政府は1991年に地区の小売店を通じて生存のための食糧を供与し始めた。この計画は、イスラムの戦闘員が支配し、他のすべての政府サービスから遮断されているファルージャのような都市でさえ、変わらずに続いている。国中で、反政府活動家の家族が、他のすべての住民と全く同様に、部分的には政府食糧で生き延びていることを誰も疑わない。

 小麦粉、米、豆、その他の物資の毎月の配給は、1人当たり約15ドルの価値にすぎないが、何年間も制裁と戦争と経済崩壊によってガタガタにされた、この国の貧しい大多数の住民にとって、それはセイフティ・ネットである。裕福な人々の間でさえ、食糧配給は、権利とみなされ、 ―― 経済高官や彼らの米国人顧問たちには残念なことに ―― 人々は、無償の品目のリストの拡大を望んでいる。

 「私たちは配給なしでは生きていけません」と、腰の曲がった80歳の婦人 ハシナ・ ハスーンは言った。貧困にあえぐバグダッド中心部のワシャシュ地区で小麦粉の袋を拾い上げるとき、黒と白の巻き布にくるまれた彼女の顔は至福に輝いていた。

 三世代8人の彼女の世帯で、ただ1人の息子だけが、たまに仕事を見つけることができる、と彼女は語った。「私たちは食糧をすべて配給に依存しています。私たちは、政府に配給のリストに肉と鶏を加えてほしいのです。」

 同じ配給所を訪れていた45歳のマヘル・アリ・オライビは言った:「政府が食糧配給を止めたら、食糧価格は高騰し、通りで戦争が起こるだろう。政府にこの配給計画を止めさせないでくれ。きっと、人々は死ぬだろうから。」

 配給システムは直接的にも間接的にも巨大な費用がかかっている。商品の輸入および分配には、38億ドル、言い換えると年間の国家予算のほとんど5分の1を消費する。それは官僚的な腐敗を促進しており、依存性の文化を作り上げ、輸入品にほとんど完全に依存することによって、国内の農業および産業を阻害した。

 費用のかかる補助金の別の例では、ガソリンは1ガロン当たり10セント未満で売られている。他の燃料も同様に安い。総額で、政府の費用は失われた収入の中で50億ドル、あるいは1人当たり約200ドルになる。 低い燃料価格もまた密輸を促進し、必要とされる石油化学工業の発展を妨げる。

 西側顧問、国際通貨基金、およびイラク自身のトップの経済学者らはすべて、この国の巨大な補助金が、経済を多様化し解放する計画を損なうだろうということで一致する。しかし彼らはまた、補助金をすぐに停止すれば、通りで起こりそうな結果も知っている。今のところ、根本的な経済改革はイラクの政治的な脆弱性と大量失業の人質になっている。
 国連の評価によれば、イラク人の60パーセントは、彼らの食事の重要な部分を小麦粉、米、豆、調理用油、粉乳、砂糖、茶の配給に依存している。その他の家族の大部分もまた、配給を取りに行き、多くの要らない品物を売って現金にする。

 「食糧配給システムは、私たちの最も重要な社会セイフティ・ネットです」と、上級経済学者であり、配給を管理する貿易省の次官であるファフリ・アルディン・ラスハン氏は述べた。

 治安の危機を考慮して、彼はインタビューで次のように語った。「議論すればするほど、私たちは、今のところ配給を維持する必要があると思います。」

 人口の多くが公然と反発している国での何らかの反動を恐れて、政府は、少なくとも2005年まで配給計画の実施を残すことを約束した。ラスハン氏が語ったところでは、政府はゆっくり、かつ注意深く、裕福な部分への配給を削減することを開始し、私的商業を育成するのに応じて、いつかは恐らく人口の最も脆弱な部分に食糧の無償供給をするよう望んでいる。

 西側顧問は、現金支払への切り替えを奨励した。恐らく1人当たり毎月15ドルから20ドルぐらいで、それは人々が、欲しいものを買えるようにし、したがって、私有の農業、商業、発展を刺激するだろう。

 しかし疑いと恐れが根強く、政府はそのアプローチをしないことを決めたと、ラスハン氏は語った。

 ジャシム・サラハ、74歳は、バグダッド西部の中流地区カドラにある彼の食品とたばこの店で配給品を分配している。現金支払への切り替えの提案についてのテレビ討論を聞いた、と彼は言った。彼の反応は典型的だった。すなわち、「彼らは私たちに食糧の代わりにお金を与えようと言っている。それは全く嘘だ。彼らを信じないでくれ。彼らは私たちを飢えさせるつもりだ。」

 現金への切り替えに反対する、もっと実際的な議論は、ラスハン氏の言うには、資金が世帯を率いている男性に集められる傾向があるということだ。そして彼らは、何人かの女性や子供たちを無防備にしておいて、お金を自分自身のために使うかもしれないし、2番目の妻をめとりさえするかもしれない。

 しかし、人々は無償の食糧のセキュリティにしがみつくと同時に、多くは低い質と不安定な配達について苦情を言う。人々が言うには、提供される小麦粉はしばしば半分損なわれており、調理油は悪臭を放ち、調達プロセスにおける腐敗は伝説になっている。

 「これを管理する役人は泥棒だ」と、 店主のサラハ氏は言った。「彼らは質の良い食品を輸入してそれを売り、そうして人々には質の悪い食糧を与えている。」

 彼は、配給の分配に対する彼の報酬があまりに低いので、ほとんど骨折り甲斐がないと述べた。しかし、配給は、クーポンを配給品と交換する時、ソフト・ドリンクやたばこを買う隣人たちを呼び寄せる。

 依存のサイクルはまた、多くの配給業者、マヘル・ユセフのような人々を含んでいる。彼はパンを焼き、貧しいワシャシュ地区の2800人の人々に小麦粉を配給している。ここでは、通りにはゴミがまき散らされ、さびた使い古しの自動車部品を売る露店が並んでいる。

 45歳で4人の子どもの父親であるユセフ氏は、配給代行の報酬が月に約19ドルになると語った。しかし、彼はここそこで、数ドルの副収入を稼ぐために多様な戦略を用いる。彼は、通常100袋余分に小麦粉を与えられるので、彼はそれを売ったり、パンを作って売るのに使う。彼はまた、配給を受け取った人から小麦粉を買い戻し、市場で再び売る。

 より裕福な彼の顧客は、より良い小麦粉を買えるように、標準以下の小麦粉を彼に売る、と彼は言った。より不幸な彼の顧客は、医者にかかる数ドルを得るために、あるいは衣類を買うために必要とされる食糧を彼に売る。

 「生きていくのには足りない」と、彼は自分のあさって集めた収入について言った。「政府はすべての配給業者を給料で雇うべきだ。」




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