ブッシュの対イラク攻撃準備と国際情勢(V)
イラク攻撃に備え、先制攻撃戦略への根本的転換を狙うブッシュ政権



(1)アメリカによる先制攻撃戦略、核先制攻撃戦略の採用
 以下に紹介するのは6月10日付の米ワシントン・ポストに掲載されたトーマス・E・リックスとヴァーノン・ロウブの書いた「先制攻撃の軍事政策を展開しているブッシュ」(「Bush Developing Military Policy Of Striking First−New Doctrine Addresses Terrorism 」)という記事の翻訳です。※
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A22374-2002Jun9.html

 この記事はいまアメリカが推し進めつつある軍事戦略の転換の2つの特徴、つまり@先制攻撃戦略の採用、A「使える核」オプションの組み込み、を広く暴露している点で、言い換えればブッシュ政権の新戦略の危険性を明らかにしている点で極めて重要です。

 この記事に指摘されているように、ブッシュ政権は「テロリスト」や「敵性国家」と自分たちが断定したもの(それぞれの定義付けや性格付けは一方的で自分勝手なものです。一言すれば、自分たちに屈服しひれ伏さない反米諸国のこと)に対しては、従来の「抑止と封じ込め」戦略が効果を持たないと決め付け、戦略を転換してこれらの国家やグループに対する先制攻撃戦略をアメリカの軍事戦略の主要な柱に付け加えようとしています。このワシントン・ポストの論文は、ブッシュがこの9月に発表予定の「国家安全保障政策」に新ドクトリンとして先制攻撃戦略を加えたと報道しています。
 先にブッシュは、「一般教書」で「悪の枢軸」論を展開し、これら反米諸国に対する攻撃をほのめかしました。6月1日にはウエストポイント兵学校でのスピーチで初めてあからさまな形で先制攻撃戦略に触れました。時間が経つと共にブッシュ政権の危険で侵略的な戦略転換の姿が明らかになっています。

(2)これまで公式戦略としては採用できなかった先制攻撃戦略。
 アメリカは、米ソ冷戦時代にも、ポスト冷戦時代にも、ブッシュ政権が現れ、「9・11」が起こるまでは、侵略戦争を公然と宣言するに等しい先制攻撃戦略を公式の戦略としては採用できませんでした。
 もちろん、そのことはアメリカが先制攻撃をしなかったことを意味するものではありません。戦後CIAが途上国で仕組んだ数限りない反共クーデターの押し付けも奇襲攻撃と先制攻撃でしたし、米軍そのものがパナマ、グレナダ、リビア、そしてアフガニスタンへ侵略し軍事介入したのも先制攻撃以外の何物でもありませんでした。いわばアメリカの戦後の軍事行動は卑怯なだまし討ちと先制攻撃の連続なのです。※

※私たちはアメリカの反戦団体ANSWERがまとめたリーフレット「アメリカ軍事介入の1世紀」に注目し、アメリカの1890年から2001年までの132のアメリカの軍事介入のリストを翻訳しました。そこには戦後だけで71の介入が記されています。
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Databank/interventions.htm
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Databank/US_intervention.pdf (PDF版)

 しかしつい最近までは、そんなアメリカといえでも、あまりに危険すぎて先制攻撃戦略を公式に採用することはできなかったのです。米ソ冷戦時代にはソ連と社会主義諸国、世界中の反戦平和運動が黙っていませんでしたし、冷戦の終焉後もそう簡単ではありませんでした。何よりも世界中を戦争と紛争で覆い尽くすようなこのような戦争攻撃の論理を、倫理的・道徳的に国内外の世論が許さなかったのです。だからベトナム戦争の時も「トンキン湾事件」をでっち上げ、相手が先に攻撃してきたというでっち上げ事件を演出しなければならなかったのです。また、先制攻撃戦略を採用することは、対ソ冷戦の構造下では直ちに世界熱核戦争に結び付くことを意味していたのです。そんなことをすれば壊滅的な結果を招きます。もしもキューバ危機の際、ケネディ大統領がミサイル基地爆撃の先制攻撃を命じていたらどうなっていたことか。局地戦争が直ちに全面核戦争と結び付いてきた米ソ冷戦時代には先制攻撃戦略の危険は自明であったのです。

 ところが冷戦が終わり、1990年代というポスト冷戦時代も終わり、情勢が急変しました。決定的な一撃を与えたのは「9・11」でした。かつてのアメリカの主敵であったソ連は音を立てて崩壊し、市場経済化・資本主義化と米・IMF依存の経済再建で首根っこを押さえ、御しにくい海千山千のエリツィンのロシアも大きく変貌しました。プーチン大統領が昨年の「9・11」以降、親米路線へ外交政策を大転換してから今やアメリカの従順な「準同盟国」になったことが、アメリカに驚くほど攻撃的な政策、露骨すぎるほど侵略的な政策をとらせることを可能にしたのです。※

※この事情については、すでに本シリーズのトップ「ブッシュの対イラク攻撃準備と国際情勢(T) カナナスキス・サミットと米ロ「準同盟」化の危険性−ブッシュ政権によるイラク攻撃包囲網構築の到達点と反戦平和運動の課題について−」で詳しく触れました。

(3)国際法と国際法秩序を根本から覆す侵略の論理=先制攻撃戦略。
 ブッシュ政権のこの戦略転換は、歴史上初めてアメリカの軍事戦略に先制攻撃ドクトリンを採用することにとどまりません。
 言うまでもなく好き勝手に先制攻撃を他国に仕掛けることは、侵略そのもの、冒険主義そのものです。真っ向から国連憲章に反します。「自衛」の場合を除いては他国を攻撃する権利はない−−これが戦後の国際関係の根本原則なのです。第一次世界大戦、第二次世界大戦という人類が体験した巨大な悲惨と惨禍を経て学んだ教訓だったはずです。この「自衛」という国際法上認められた防衛でさえ、戦前は言うまでもなく戦後も侵略戦争と軍事介入の口実とされてきたものなのです。それが一足飛びに「自衛」の口実も超えて「先制攻撃」が公然と宣言されれば一体どうなるか。国際法秩序はメチャクチャになるのは必至です。

 しかもアメリカという唯一の超軍事大国が率先してこの根本原則を踏みにじったとすれば国際法秩序は一体どうなるでしょうか。まさしくブッシュ政権が先制攻撃の対象にしている仮想敵国、例えばイラクはどう対応するでしょうか。米軍が韓国に駐留する朝鮮半島はどうなるでしょうか。太陽政策云々など吹っ飛んでしまうでしょう。印パ紛争で、インドがパキスタンを、あるいはパキスタンがインドを、先制攻撃の是非で争い始めると南アジアはどうなるでしょうか。核戦争の脅威は格段に増大するでしょう
 何よりも中東地域で凶暴さを増すイスラエルがパレスチナ住民だけではなく近隣諸国、例えばレバノンやシリアやイラクにこの先制攻撃戦略を適用すれば一体どうなるでしょうか。考えただけでもゾッとします。
 旧ユーゴの複雑な紛争地域はどうなるでしょうか。それでなくても地域紛争、部族紛争が絶えないアフリカはどうなるでしょうか。
 ある平和運動家は警告します。それは「世界にグローバル・アナーキーをもたらすものでしかない」※と。要するに先制攻撃戦略とは、戦後の国際法秩序を根底から破壊し、世界中を戦争と紛争に巻き込むとんでもない戦略なのです。

※「'Strike First' Invitation to Global Anarchy」by Kevin June 24, 2002 by CommonDreams.org
http://www.commondreams.org/views02/0624-06.htm

(4)先制攻撃戦略への「核先制攻撃オプション」の組み込み。「核抑止」から「核使用」への核戦略の転換。
 もう一つ極めて重大で危険極まりないことは、今度採用されるこの先制攻撃戦略には核による先制攻撃のオプションが組み込まれていることです。
 すでに今年3月10日にワシントン・ポストが暴露したように、今年の1月に採用された核戦略NPR(Nuclear Posture Review、核態勢見直し報告)にアメリカの核戦略における転換、「抑止と封じ込め」の核戦略から「使える核兵器」戦略への転換が入っています。軍事戦略全体の転換の中で先制攻撃戦略の中に核先制使用戦略が不可分の構成要素として組み込まれているのです。アメリカの方から先制攻撃をしかけ、しかも核兵器の使用も辞さないという、正気とは言えないこの上なく危険な戦略を、ブッシュ政権は公式の軍事戦略にしようとしているのです。

 湾岸戦争の時に、アメリカはイラク軍に対して化学兵器や生物兵器を使わせない「脅し(抑止)」として核兵器の使用を示唆しました。「もし使ったら核を使うぞ」というわけです。まさしく「抑止力としての核」です。
 しかし今回は全く異なります。相手の化学兵器・生物兵器の使用を「抑止」するためではなく、相手、つまりイラクが化学兵器・生物兵器を使用するしないに関わらず、もっと言えばイラクがどんな化学兵器・生物兵器をどれだけ保有しているかも分からないまま、それらの査察や検証とも無関係に、一方的に「持っているはずだ」「使うはずだ」と勝手に決め付けて米国の方から一方的に特殊な核爆弾を使用するというのです。相手が化学兵器・生物兵器等の大量破壊兵器を持っている、必ず使うと決め付ければ、相手を核兵器で先制攻撃して破壊することは許されるというのです。これは従来からの「抑止力としての核」から「使用する核」への根本的な転換です。今度のイラク攻撃で、イラク側は必ず化学兵器・生物兵器を使うとブッシュ政権側が本当に思い込んでいるとすれば、その確信の度合いに応じて、非常に危険な事態が起こるかも知れないのです。※

※次の米のイラク攻撃で、イラクのフセイン大統領の側が必ず生物・化学兵器を使う可能性があるとブッシュ側が恐れている理由にもう一つ別の理由があるのかも知れません。それは米軍が10年前の湾岸戦争で大量の劣化ウラン弾(DU)を使用し、戦車戦が展開された地域を中心に広範囲に放射能汚染を拡大させ深刻化させた事実です。次のイラク攻撃でも大量の劣化ウラン弾の使用が問題になるでしょう。

 さらに問題なのは、核兵器を使用して相手に決定的な打撃、回復不可能な打撃と被害を与える戦略を採用するとしながら、初めから相手に対する査察も確証もなしにこの戦略を発動するとしている点です。「大量破壊兵器を作っていると思われる」国やグループを先制攻撃すると言いながら、その国が実際に作っているかどうか「完全証明(absolute proof)を待つわけにはいかない」(ラムズフェルド国防長官)とアメリカが判断する勝手な時期に勝手な判断で核を使うことが初めから宣言されているのです。

(5)先制攻撃用の特殊な超小型=高性能核兵器の開発。
 紹介した記事の中で核戦力の使用のオプションとして地下深く隠された生物兵器、化学兵器への攻撃手段としての使用が想定されています。特に生物兵器を高温で破壊する目的での使用が取り上げられています。NPRの中でも深深度バンカー破壊用の新型核弾頭の開発が指摘されています。これらの記事の中では限定使用が念頭に置かれているように思われます。対兵器用を目的にした限定攻撃、都市攻撃とは区別する、最後のオプションとして等々。アメリカは今、核軍縮と核兵器廃絶を求める国際世論の声に真っ向から反して新しい核兵器の開発を始めようとしています。そのためにCTBT(核実験禁止条約)に批准せず、未臨界核実験にテコ入れし、核実験の再開を模索しています。特にコンクリートバンカーを破壊し、地中深くにある軍事目標、あるいは生物兵器や化学兵器を破壊し、焼き尽くすために核兵器を使うオプションを設定しているのです。

 しかし、いくら小型化したとはいえ、核兵器の巨大な破壊力が限定された目標破壊だけにとどまるはずがありません。いかに爆発力が小規模であろうと、核を使った場合には確実に想像を超える甚大な被害が生み出されます。たとえ軍事目標を狙ったり、爆発規模を制限して使ったとしても破壊規模や放射能汚染の規模は想像を絶するものなります。その国の広範な住民はおろか周辺の国と住民に対しても、地球環境と生態系に対しても、何十年、何百年にわたり、更には永久に放射能汚染が悪影響を及ぼす危険性があるのです。爆心地を中心に長期間にわたり米兵さえ近づけないでしょう。使用後の偵察や被害調査など問題外です。しかし、今のブッシュ政権の面々は、そうなっても構わないという恐るべき発想で暴走しているのです。

 核兵器は一旦使われれば、連鎖反応的に全面的な使用にエスカレートしていくでしょう。通常兵器と違い一線を越えたら歯止めがなくなるかも知れないのです。アメリカの軍関係者内部で論争が起こっているように、核の先制使用はテロや他の大量破壊兵器の使用を「使われる前に使ってしまえ」と早め、敷居を低くするに違いないでしょう。アメリカの先制攻撃で始まった戦争は、核兵器、生物兵器、化学兵器の応酬を含む、これまで経験をしたことがないようなとてつもなく汚染された全面戦争に発展する危険性をはらんでいるのです。とにもかくにもブッシュに対イラクの先制攻撃戦争をさせないことが決定的に重要なのです。

(6)先制攻撃戦略への転換はイラクが標的。攻撃準備は着々と進んでいる。
 もうすでに明らかなように、この先制攻撃ドクトリンの改訂作業は直接対イラク攻撃を念頭において策定されています。「イラク攻撃は先制攻撃で行く」と戦争挑発、戦争脅迫を行っているのです。開戦時期は「来年早い時期」と言われています。

 ニューヨーク・タイムズ(6月18日付)の記事で、クリストファー・マルコス氏は対イラク攻撃の前段階として軍当局は以下の3つのオプションを検討していると指摘しています。@国内軍の反乱。A反政府グループのサポート。B米軍による全面侵略。
 しかも、その他の報道によれば、反政府組織に対する資金援助や特殊部隊の投入がすでに始まっています。空軍は中東の司令部を基地使用を渋るサウジアラビアからバーレーンへ移転を進めています。ブッシュはCIAに対してフセイン大統領の暗殺を許可する命令まで出しました。インド洋や中東でのアメリカ軍の配備はアフガン戦争開始時を上回ったまま高レベルに維持されています。アフガンでの予想以上の早期勝利に乗じて、今度は米軍がイラクへ直接乗り込んで決着を付けようとしているのは明らかです。
 この記事の中でマルコス氏は言います。軍部の中では@もAもほとんど可能性がないと評価している、結局Bの全面侵略しかない、と。米軍統合参謀本部の立てた作戦では25万人の米兵を動員して、イラクに対する全面戦争が準備されています。その前段として反政府武装グループをそそのかしての攻撃や大規模な空爆が行われるでしょうが、イラクの場合は、結局米軍の大量投入なしに作戦を立てることはできないでしょう。いずれにしても先制攻撃戦略も、核兵器による先制攻撃戦略も、単なる机上の戦略としてではなく、現実性を持った戦略なのです。

 ブッシュ大統領の論理は、「国家を持たないゲリラは抑止できない」、「だから抑止政策は時代遅れだ」、「だから先制攻撃しかない」というものです。しかしこれは全くデタラメ、話のすり替えです。実際は念頭に置かれているのは対イラクという国家に対する攻撃なのです。アルカイダくらいのゲリラグループなら従来の彼らの論理でも核攻撃は全く必要ありません。しかし、国家が対象なら話はすり替えになります。「抑止」が可能のはずです。それを無理矢理先制攻撃戦略で置き換えようとしているのです。
 ブッシュ政権とペンタゴンはアフガンでの勝利で舞い上がっています。この勢いで対イラク戦争も行けると考えているのです。「9・11」以降、西側諸国の間で明らかに対米協力姿勢が強まっている。カナナキス・サミットを見ても「反テロ」を掲げれば各国は文句を言いながらも付いてくる。軍事のIT化、精密誘導兵器などを大量に使えば甚大な損害を出さずに勝利できる。湾岸戦争ほどの戦力を動員しなくても勝利できる。等々。「捕らぬ狸」の皮算用とやらををしきりとやっているのです。

(7)先制攻撃戦略一般と核先制攻撃戦略を区別して評価しなければならない。
 現在のアメリカの戦略転換を評価する上で、先制攻撃戦略一般と核先制攻撃戦略を区別し、短期と中長期の戦略転換を区別しておかなくてはなりません。
 なぜか。まず第一に、先制攻撃と先制核攻撃についてはアメリカの政府・議会と支配層の中で明確な分岐があるからです。残念ながら、「9・11」以降、米国内の世論は政府とマスコミの「翼賛体制」ムードによって、異様に攻撃的で侵略的な状況の中にあります。世論調査では、半数以上が「フセイン暗殺を支持する」と答える状況です。対イラクの先制攻撃については政権党である共和党だけではなく、野党の民主党首脳もブッシュ大統領の先制攻撃を支持する状況があります。
 しかし、核の先制攻撃についてはまだ世論は容認でまとまっていません。核使用を中心戦略に組み込むことに政権内部にも躊躇があります。ニューヨーク・タイムズやロサンゼルス・タイムズなどの新聞、民主党の議会指導者たち、民主党系諸組織等々、リベラルの潮流が「核使用のオプション」には強く反対の声を上げているのです。核兵器は特別の存在−−その破壊力の図抜けた強大さ、放射能汚染の深刻さ等々−−であり、戦後の反核平和運動が作り上げ世論に訴えてきた縛りがまだ残っているのです。

 先制攻撃戦略一般と核先制攻撃戦略を区別する意義は、第二に、時間軸の違いです。先制攻撃戦略一般は、対イラクをにらんだ短期的な目標、来春という切迫した問題であるのに対して、核先制使用のオプションは、その大部分が中・長期的なものであるからです。生物・化学兵器や軍事目標を保護する深深度バンカーを攻撃する新型超小型核兵器の開発をはじめ、アラスカへのMD基地建設と初期MDの配備など、いわばアメリカの一方的な先制核攻撃を可能とする戦略は5年、10年先をも睨んだものであり、その先には中国を仮想敵とする長期の戦略があるのです。
 もちろん湾岸戦争の時と同じように、イラクへの核による軍事脅迫は短期的にもあり得ます。ブッシュ政権が今まさにやっているように、イラクに対する核の恫喝に徹底的に反対する必要があります。しかし実際問題として、新型核兵器の開発・製造は5年、10年単位の期間がかかるものです。先制核攻撃用の新型核兵器を実際に使用するのはもっと先のことなのです。だから在来の核兵器の使用に関しては、当面は核の敷居の高さは維持される可能性が大きいと言えます。
 しかしだからといって、当面の核の敷居の高さだけを問題にすることで、先制攻撃戦略一般の危険性を軽視してはなりません。私たちの考えでは、核使用の有無に関わらず、まず先制攻撃一般による対イラク攻撃が切迫しているというのが、現在の最も重要な状況把握なのです。

(8)米の対イラク攻撃を阻止することはまだ可能。
 現在、アメリカの対イラク戦争をめぐって極めて緊張した局面にあります。しかし、様々なレベルでまだ分岐があります。反対運動を強めることで米の対イラク先制攻撃戦争を阻止することは可能です。

 ブッシュ大統領は、先のカナナキス・サミットでは、対イラク先制攻撃戦争を公然と提起し支持を取り付けることはできませんでした。ヨーロッパ諸国はまだイラク攻撃支持でまとまっていません。世論と大衆運動レベルでもイラク戦争反対の声が根強くあります。
 アメリカ国内の状況は上で触れました。対イラク先制攻撃戦争自体に反対する人々はまだ少数ですが、核使用も辞さずという超危険なブッシュ・ドクトリンまでは支持しない、あるいは反対だという部分が無視できない勢力として存在しています。
 ブッシュは戦争開始の最後的決断をまだできずにいます。ブッシュ政権自身は対イラク戦争に躍起となってなりふり構わず準備を進めているのですが、まだ必要な合意が出来ず、決断できるほどに足場や条件が強くないのです。

 問題は日本です。小泉首相は、このままではイラク攻撃がいよいよ差し迫ったとき、容認の先頭を切る危険があります。その時、私たち日本の反戦平和運動は、一つの正念場に立たされるでしょう。私たちは、対イラク攻撃阻止に向けた準備を早急に作り上げて行く必要があります。


2002年7月8日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




先制攻撃の軍事政策を展開しているブッシュ
−−新ドクトリンは対テロに焦点−−

by トーマス・E・リックス、ヴァーノン・ロウブ
「ワシントン・ポスト」執筆スタッフ
2002年6月10日(月)


 ブッシュ政権は、冷戦時代の柱である封じ込めと抑止(containment and deterrence) から、テロリストと、化学兵器、生物兵器、核兵器を保有する敵対国家に対する先制攻撃(preemptive attacks) を支持する政策へ、新戦略ドクトリンを展開している。

 政府当局者が述べたところによれば、新ドクトリンは、ブッシュ大統領の国家安全保障諮問会議によって、ブッシュ政府の最初の「国家安全保障戦略」の不可分の一部として展開される。それは、今秋の初め頃までの発表へむけて草案が準備されている。

 ある政府高官は、次のように述べた。その文書は、封じ込めと抑止の戦略を捨て去ることなく、アメリカに対して大量破壊兵器を使用しようとしていると思われる敵対的な国家やグループへの攻撃のための公式のオプションとして、初めて「先制攻撃」(preemption)と「防衛的介入」(defensive intervention)を付け加える。

 ブッシュは、1月の一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」とレッテルを貼り、これらの国家が大量破壊兵器でアメリカを脅迫することは許さないと警告したとき、新ドクトリンをほのめかしていた。大統領は、6月1日のウエストポイント陸軍士官学校の卒業式での演説で、このドクトリンを初めてはっきりと述べた。

 このドクトリンを、公式の国家安全保障戦略の不可分の一部として採用することによって、政府はアメリカ軍と情報機関にこれまでの歴史上最大の変革を遂行させることになるだろう、と当局者は述べた。それは既に、政府内部で、また防衛問題の識者解説者たちの間で、どんな変革が必要とされるか、先制攻撃のドクトリンは現実的か、ということについて白熱した議論を引き起こしている。

 しかし、次のことは一般的に認められているところである。つまり、先制攻撃ドクトリンを採用するということは、半世紀にわたる抑止と封じ込めの政策からの急激な変化となるだろうということである。この従来の政策は、敵対者がアメリカを攻撃すれば、それは確実で圧倒的な報復攻撃を引き起こすから、敵は攻撃しないだろうという考えを中心に構築されてきたものである。

 新ドクトリンを策定している政府当局者は次のように述べた。アメリカは、9.11以降、テロリストグループとそれを支援する敵対国家によって引き起こされた脅威のため、抑止をこえて進んでいくことを余儀なくされてきた。「敵の性格が変化し、脅威の性格が変化した。それに応じて対応も変化しなければならない。」と政府高官は述べ、次のことに留意した。テロリストは「守るべき領土をもっていない...。我々が経験したような攻撃を、どのようにして思いとどまらせるかということは、明らかではない」と。

 政府が新ドクトリンをいだいていることは、ペンタゴン内部と軍事戦略家のあいだでの激しい議論を引き起こした。それは、はっきりしないテロリストのネットワークや武器貯蔵施設に対する先制攻撃の、実行可能性と賢明さについてである。

 それはまた、NATOの中にも懸念を引き起こした。国防長官ドナルド・H・ラムズフェルドは、先週の火曜日、ブリュッセルで、NATOの18の同盟国に対して次のように述べた。同盟は、テロリストグループあるいは化学兵器、生物兵器、核兵器を保有する脅威となる諸国に対して行動をとる前に、「完全な証拠」(absolute proof)を待つわけにはいかない、と。

 NATO事務局長ジョージ・ロバートソンは、ラムズフェルドの言明に反発して、NATOは防衛的同盟であり続けると述べた。彼はこう付け加えた、「我々は、解決すべき問題を待ち受けることから踏み出さない」と。

 防衛分析家の中には、次のように指摘する者もいる。先制攻撃は、双方に手遅れにならないうちにすばやく行動するようにというプレッシャーをかけることによって、危機を急速にエスカレートさせる危険をもたらす、と。それは双方に、チェスの用語で「使わなければ負ける」という強制力を働かせる、と。

 「先制攻撃は、表面的には魅力的である」と防衛分析家ハーラン・ウルマンは述べた。しかし彼はこう付け加えた、「深入りすればするほど、複雑になり危険になる」と。

 批評家たちは、また、次のことに留意した。やりそこなった攻撃は、化学物質や生物兵器胚や放射性物質を大気中にまき散らし、標的国家だけでなく近隣諸国でも何千何万もの人々を殺す危険があるだろう、ということである。

 政府内外の先制攻撃擁護者でさえ、次のことを認めている。よりいっそう攻撃的なこの戦略ドクトリンは、アメリカ政府が現在収集している情報よりもはるかにすぐれた情報やもっと異なった情報を必要としている、ということである。−−それも、CIAやFBIの現在の任務を果たす能力が綿密に吟味されているときに。

 前ペンタゴン核兵器拡散問題専門家で今は国際戦略研究センターにいるミシェル・フルーノワは、こう述べた。効果があるようにするには、アメリカは、敵の武器庫を破壊するために、危機が爆発する前に先制的に攻撃する必要があるだろう。そうしなければ、敵はそれらの武器を守るために防御物をうち建てることができるだろう、あるいは単に武器を分散させることができるだろう、と。

 フルーノワは言う、テロリズムを支持する国家のあいだへの化学兵器、生物兵器、核兵器の拡散が前提になっている場合は、先制攻撃のドクトリンに移行することに、自分は賛成である、と。この方針は、一連のよくない選択の中では最善のものを提供するのかもしれない、と彼女は述べた。

 「ある場合には、敵の[大量破壊兵器の]能力に対する先制攻撃は、アメリカに対する壊滅的な攻撃を防ぐために我々がとりうる最善の、または唯一の選択かもしれない。」と彼女は述べた。

 ペンタゴンの当局者が述べたところによれば、このドクトリンの下では、核先制攻撃(nuclear first strikes) は最終手段の武器(weapons of last resort)とみなされるだろう。特に、核爆発の高熱に持続的にさらすことによって最もよく破壊されうる生物兵器に対して、そうである。しかし、努力の焦点は、武器庫と特に攻撃のために使用されるミサイルを見つけ出して破壊するのに、従来の武器を使用する新しい方法を見出すことにある。

 それを行うために、ペンタゴンは、すばやい空襲をはるかに超える「警告なし」の急襲をいかに行うかを研究している。その任務を遂行する中心的な手段は、新たな「ジョイント・ステルス・タスク・フォース(統合隠密機動部隊)」(Joint Stealth Task Force)である。それは、軍のあらゆる部分の偵察的要素を少なくとも取り込んでいて、レーダー回避航空機や特殊作戦部隊や、その部隊を運んだり巡航ミサイルを発射したりするために転用もされる弾道ミサイル搭載潜水艦を含んだものである。

 武器やドクトリンや機構の変化を越えて、ラムズフェルドとそのトップレベルの側近たちは、アメリカの軍事的思考様式( military mind-set )を変えようとしている。「先制=攻撃は...アメリカの政治的、戦略的文化に完全に反している」と、防衛専門家フランク・ホフマンは、防衛情報センターによって今年公表された論文の中で述べた。

 過去において、アメリカは、奇襲あるいは「卑劣な」攻撃を不名誉なもの、アメリカ人民に加えられることはあってもアメリカによって発動されはしないものとみなしてきた、と分析家たちは指摘している。

 ある国防省高官は、こう応じた。21世紀の安全保障上の脅威は、もはや過去の用語では評価され得ない、と。「我々が生きている今の世界では、抑止では十分ではない。もっと大きな能力、もっと大きな柔軟性、もっと多くの色合いの選択肢が必要である。」とその高官は述べた。

 国防省の科学者と戦争計画者たちは、ブッシュに「彼が過去に持っていたかもしれないのとは異なった選択肢」を与える新しい兵器と能力を開発することに、熱心にとりくんでいる。その政府高官はそう述べた。

 対防衛脅威軽減局( the Defense Threat Reduction Agency )は、大量破壊兵器の脅威 に対処するために1998年に創設された11億ドルの防衛局だが、そこで、科学者たちが、化学兵器、生物兵器、放射線兵器を格納している堅固化され深く埋められた地下壕を、攻撃して破壊する方法を研究している。それには、進歩した従来型爆弾、低出力核爆弾、さらには高出力核兵器さえ使用される。

 「我々がどんな局面にいるのか実際のところ我々にはわかっていなかった時があった。それで我々は、それを『冷戦後の局面』と呼んだ。」と、この局の局長ステファン・M・ヤンガーは述べた。「そして、我々には将来の紛争でどんな種類の武器が必要なのか、明らかではなかった。9.11がそれを明らかにした。そして、我々が将来直面するかもしれない[脅威の]タイプについて、またそれ[を迎え撃つため]に必要とされる武器のタイプについて、より良い理解を獲得しつつある。」と。

 ヤンガーはさらにこう述べた。彼の局は、地下のコンクリート掩蔽(えんぺい)壕を貫通して、極度の高熱の持続で生物兵器を破壊できるような、硬化弾頭を持った進歩した従来型爆弾について研究している、と。

 「我々は、最小限の武力を使って軍事目的を達成したいと思っている、もし全く可能であるならば、従来型兵器で。我々は、核の敷居をまたぎたいとは思っていない、もし極度の国家的緊急時という事態にならないのであれば。」とヤンガーは述べた。

 しかし、「信じられないほど堅固な」掩蔽壕があって、「それはまさに高エネルギー核兵器を必要とする」とヤンガーは述べた。彼によれば、低エネルギー核弾頭は、あるシナリオでは有益であるだろうが、しかしそれは、生物兵器を国中にまき散らして広めるという危険をおかす。

 ラムズフェルドの「ニュークリア・ポスチュア・レヴュー」(Nuclear Posture Review、核態勢見直し報告)は、昨年の終わりに完成されたのだが、次のように言明した。「堅固で深く埋められた目標物のような、新たに生じてきている脅威を打ち負かすために、新たな能力が開発されねばならない」と。それはまた、こうも述べている。そのような軍事施設を攻撃する際に有益でありうる「いくつかの核兵器の選択肢」には、「改良された地中貫通兵器」が含まれる、と。

 しかし、政府高官によれば、核兵器の戦術的使用(tactical use of nuclear weapons)が研究されている、しかし、積極的に目論まれているわけではない。「核兵器の戦術的使用について考えたがっているものは誰もいない。それは、我々が行おうとしていることではない。」と国防省の高官の一人は述べた。

 ペンタゴンが最も焦点を当てているのは、「進歩した従来型の攻撃」(advanced conventional strike)の方法である、とその高官は述べた。

 ペンタゴン内部では、新しいドクトリンがさほど遅くない時期に実行に移されると推測する高官もいる。

 「私が思うには、大統領は」イラクに対する「ある種の先制攻撃の準備をアメリカ国民にさせようと努力している。」とペンタゴンのある顧問は述べた。彼によれば、それは必ずしもイラクの武器貯蔵施設に対してだけとは限らず、イラクの油田の押収を含むかもしれない。

 しかし、ある政府高官は、イラクに対する「青天の霹靂」攻撃という考えを退けた。「私は、[大統領が]今にも起こりそうなアクションについての発表を」ウエスト・ポイント陸軍士官学校での演説で「おこなったわけではないということを警告したい。」とその高官は述べた。「全く率直に『ああ、これはイラクについて述べたものにちがいない』と言った人々もいる。しかし、大統領は今にも起こりそうなアクションについての発表をおこなったのではなく、これは教義上の公式声明であった。」

 ラムズフェルドは、先週、先制攻撃について議論するのをことわったが、そのとき彼はこの状況を最もよくとらえていたのかもしれない。インタヴューで、アメリカ政府が他国の大量破壊兵器に対する先制攻撃を目論んでいるのかどうかということを尋ねられて、彼はこう答えた、「もしそれを目論んでいるとして、どうしてその質問に答えるものがいるだろうか?」