子どもに関する事件【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
S991011 学校災害 20005.11.29
1999/10/11 佐賀県佐賀市の県総合運動場で、佐賀工業高校ラグビー部の野中優司くん(高3・17)が練習中に具合が悪くなり、意識不明の状態。
10/12 午前3時頃、熱中症で死亡。
当日の経緯 10/11
 9:50頃 グラウンド集合。
メディカルチェック。部員の様子を目視にて確認するとともに、体調及び健康状態につき自己申告させた。
11:20−50 試合準備の練習。
10メートル四方のパス,ランニングコンタクトなどの試合準備を行っていた。
12:00− 他校との練習試合を2回実施。
優司くんはフォワードで、各試合、後半25分に出場。

少なくとも2度、足の後ろの筋肉を伸ばす動作をしていた。
パスが思うように通らず、しばしば相手チームの選手にボールを取られた。
13:50 試合後、昼食をとらずに、ミーティング
10分ほど、水分を取らせながら、練習試合の内容の反省。
E監督らは、サインプレーの確認のために優司くんらにアフター練習を指示。
14:00頃− アフター練習
開始して数分後には、部員らに疲労が見え始める。
優司くんは、ボールを投げ込むスローワーとして、練習の初めは様々なサインを言っていたが、だんだん言葉もはっきりしなくなった。「エアマックス」との1つのサインしか言えなくなった。

サインで決められた位置にボールを投げられなくなり、大きく後ろにそれるなど、投げ方も乱れてきた。優司くんは、ボールを受け取るジャンパーとの調子が合わず何度もスローインをやり直していた。
Fコーチは、優司くんに対して「がんばれラインアウト1本決まれば良いんだ」と言って肩を叩いたり、他の部員も「がんばれ」と励ましたりしていた。

優司くんは、ボールを投げる位置(以下「ポイント」ともいう)を指示されても、ふらふらしてそのポイントに立つことすらできず、Fコーチが優司くんの体を抱えて、そのポイントまで動かしている状態だった。

その後、E監督は、「走れ」と指示。優司くんを含めたフォワード全員にグラウンドを2周走らせた。その際、優司くんは極端に遅れて走り、Fコーチが優司くんを後ろから押しながら走らせていた。

E監督は、その後も優司くんらに練習を続行させたが、優司くんの足がふらつき始めたことに気付いて、練習を中止させた。
14:20頃 E監督は、本件アフター練習中止後、優司くんらにミーティングを5分間程度行った。
練習終了直後に、優司くんは日陰に腰を掛けて休んでいた。次第に過呼吸(過換気)状態になり、腰掛け姿勢からずるずると仰向けに寝ようとするなど脱力状態のような症状を呈するようになった。

E監督は、異状に気付いて、優司くんのストッキングやジャージを脱がせたり、スポーツドリンクを飲ませたりした。

しかし、回復する兆しが見えなかったので、熱中症の可能性を考えて、部員の保護者に、氷袋にて優司くんの両足の付け根、両脇下及び両首動脈を冷やさせ、さらに冷たいタオルで全身を冷やすなど体温上昇を防止する応急処置を施した。
14:25 回復しないためにE監督が携帯電話で、救急車を要請。
優司くんは、救急車が到着するまでの間、ふくらはぎがつると訴え、「水をもう一杯ください」などと訴えたので、他の保護者及び部員がマッサージをしたり、スポーツドリンクを飲ませたりした。
意識レベルが低下。
14:30 救急車到着。
到着時にはすでに意識はほとんどなかった。体温は、摂氏39.9度。
14:50頃 救急車が病院に到着。

10/12 午前3時頃、搬送先の病院で熱中症による多臓器不全のため死亡。
傷害発生日時を10月11日午後2時20分頃と死亡診断書に記載。
当日の気温 当日の佐賀市の最高気温は平年より6・5度も高い30・8度(午後2時46分)だった。

 「相対湿度からみたスポーツ競技の実施危険域(Lamb、1978)」では、相対湿度が50ないし60パーセント程度のときで、気温が摂氏27度ないし25度程度以上の場合は、スポーツ競技の実施において30分ごとに休憩をして塩分0.1パーセント程度の食塩水にて水分を補給すべきとされる危険域に当たるとされ、気温が摂氏30度程度以上の場合は、スポーツ競技の実施はさけるべき禁止域に当たるとされている。
(
ラグビー協会では、気温、湿度が、それぞれ摂氏27度、70パーセントの場合、練習時間の短縮や練習内容の軽減を、また、それぞれ摂氏27度以上、70パーセント以上の場合、練習や試合の禁止を強く指導している。

熱中症対策の指標として、湿球黒球温度(WBGT)が有用とされ、財団法人日本体育協会(以下「日本体育協会」という。)スポーツ科学委員会は、熱中症予防のための運動指針の指標としてその利用を勧めている。

(判決文より、引用)
それまでの経緯 9/16 JR九州の就職試験の際行われた健康診断で、胸部レントゲン検査にて肺に浸潤影がみられたほか、尿に潜血が認められたため、医師による総合判定では「保留」となった。
胸部については治療を要する,腎機能については医師の管理を要するとされた。
E監督は、JR九州ラグビー部監督から上記診断結果を聞かされて、優司くんの健康状況を尋ね、病院で再検査を受けるよう指示した。優司くんは、再検査を受けたが、再度のレントゲン撮影はされなかった。

10/2 E監督は、ラグビー部内の紅白戦の後のミーティングの際、優司くんは、健康上の問題で就職が内定していないことを言っていた。

9/24 優司くんは、せきが続いていたので、耳鼻咽喉科を受診。36.9度の微熱がみられ、急性咽頭炎と診断。10日分の咳止め薬の処方を受けて服用。
E館時は、優司くんに、病院で再検査をしてもらったほうがよいのではないかと助言。

10/1-8 10/3を除き、連日ほぼ3時間半程度のラグビー部の練習に参加。

10/9-11 同ラグビー部では、他校ラグビー部と対外練習試合実施。
優司くんは選手として、3日間で、25分の練習試合5本に出場。
背 景 同校は7年連続27回、全国高校ラグビーフットボール大会に出場し、3年連続ベスト8入りしている強豪。

同ラグビー部の指導者は、E監督を中心に、Fコーチ、Gコーチの3名体制。
部員数は約70名。うち正選手(レギュラー)は2、3年生を中心とした15名。
被害者 優司くんは、フッカーの正選手。1年生の4、5日間の休みを除いて、休むことなく練習に参加。

1999/6/ 高校の身体検査で、身長171センチ、体重95.3キログラムで、体格指数(BMI値)は32.7(BMI値25を超えると肥満とされる)。肥満傾向であると指摘されていた。
栄養状況は要注意とされていた。


10/8 JR九州から、優司くんは就職の内定を受けていた。

10/10 前日、優司くんは対外試合後、通常であれば帰宅直後に夕食を食べていたが、この日は帰宅後30分ほど、足がつると言って、夕食をすぐに食べずに寝そべっていた。
学校側の対応 学校側は簡単な事故報告書だけを保護者に渡す。
給 付 日本体育・学校健康センター佐賀県支部は、死亡見舞金として2500万円を支給。
裁 判 生徒の両親が、「学校側が子どもの体調に注意を払っていたから死なずにすんだ」として、県を相手に提訴。約5500万円の損害賠償を請求。
被告側の主張 県側は、「死は予見できなかった」と主張。
争 点 優司くんが不調を訴えたのが、練習中だったのか、練習終了後であったのかで、双方の主張が食い違う。
1 審 2005/9/16 佐賀地裁で、県に約4900万円支払い命令

榎下義康裁判長は、「本件アフター練習中には,既に熱中症によりその健康状態を害しており,そのため本件事故が発生した」と認定。
「体調異常でふらつく生徒のプレーを『意欲の低下』と判断し、さらに200メートルのランニングを2回命じ、十分な休憩を取らせなかったなど、監督には過失があった」と指摘した。
その後 県側が、「原告側の証拠のみを採用し、指導者に過失がないという県側の証拠が全く採用されていない一方的な判決だ」とて控訴。
参考資料 1999/10/12毎日新聞、2005/9/16共同通信、
下級裁主要判決情報(H17. 9.16 佐賀地方裁判所 平成12年(ワ)第352号 損害賠償請求事件)、



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