わたしの雑記帳

2015/11/15 「(埼玉県)三郷特別支援祐ちゃん虐待訴訟」(me150428 参照) 原告一部勝訴判決 (その後確定)

 2015年10月30日(金)、さいたま地裁で、「三郷特別支援祐ちゃん虐待訴訟」に一部勝訴の画期的な判決が出た。
 裁判官は、針塚遵裁判長、荻原弘子裁判官、佐藤知弥子裁判官。
 原告代理人は、杉浦ひとみ弁護士らの弁護団。

 「主文。被告埼玉県は、原告(祐登・ゆうと)に対し、100万円及びこれに対する平成26年3月19日まで年5分の割合による金員を支払え。被告埼玉県は、原告(母)に対し、34万5440円及びこれに対する平成26年3月19日まで年5分の割合による金員を支払え。

 針塚裁判長は主文のあとに、簡単に理由を説明。
 特別支援学校での教諭による暴行・暴言に関する学校の対応が著しく遅れたことについて、埼玉県の責任を強く非難。また、世の中には教育熱心なあまりというケースがあるが、今回の女性教師の暴言・暴行はそれとは異なる違法性の強いものであるとし、6歳で難病を持ち、ムコ多糖症の寿命は10歳ないし15歳程度といわれており、一瞬一瞬がとても貴重な人生のうち4年間以上もPTSDにより苦しめられた原告の被害についても言及した。
 傷つけられた児童の気持ちに寄り添う、心ある判決だと感じた。

 以下、判決文は47頁。ぜひ、今後に生かしていただきたいという思いから、少し、詳細に抜粋したい(途中の文言も簡略化)。


【事案の概要】

 本件は、平成23年当時、埼玉県立の特別支援学校の小学1年生の男子であった原告・祐登が、担任教師であった被告から暴行及び暴言を受けたことにより精神的苦痛を受けたとして、当該特別支援学校を設置する被告埼玉県に対しては国家賠償法1条1項に基づき、被告教師に対しては民法709条に基づき、慰謝料300万円の連帯支払を求め、原告祐登の原告母親が、通院付添費及び慰謝料の合計100万円の連帯支払を求めた事案である。


【前提事実】(争いのない事実)

 原告祐登は、平成21年7月、ハンター症候群(ムコ多糖症U型。以下「ムコ多糖症」という。)と診断された。
 ムコ多糖症は、進行性の難病で、遺伝子の異常により、体内の代謝物質「ムコ多糖」を分解する酵素が少ないため、「ムコ多糖」が体内に蓄積し、それにより様々な障害を引き起こす病気であり、知能障害、運動能力、聴力の喪失、呼吸困難などにより、患者の寿命は通常10歳ないし15歳であるとされる。
 原告祐登は、重度のムコ多糖症及びそれによる知的障がいのため、A判定の療育手帳が交付された。また、出血が止まりにくいという症状があった。

 原告祐登は、平成23年4月、埼玉県立三郷特別支援学校に入学した。
 被告Y(女性教諭)は、平成23年当時、原告祐登を含めて6名の知的障がいを持つ児童が所属していた小学部低学年1組のクラスの担当をする教員であった。
 本件クラスの担任は、被告Y教諭、B教諭及びC教諭の3名であった。
 教師Bは、技能主事として本件クラスを担当していた介助職員であり、教員免許がない者であった。

 被告Yは、平成18年から精神科に通院し、平成23年当時も通院と服薬を継続していたが、平成23年10月から平成24年1月までの間、病気休暇を取得し、同月から病気のため休職し、平成26年5月、退職した。
 また、被告Yは、平成26年2月、情緒不安定性パーソナリティ障害及び適応障害の診断を受けた。


争点と裁判所の判断

争点(1)  平成23年5月2日、被告Yが原告祐登の顔面に爪を立てた行為の有無。 ⇒ 認定せず

 帰宅した後原告祐登の顔面にあった傷は、顔の鼻の下辺りから顔全体に複数あり、1週間が経った同月9日の時点でも、かさぶたになって残ってたこと、そして被告Yは、少なくとも平成26年度の1学期中に、児童らに爪を立てることもあったことが、同僚であるB及びCに指摘されていることからすれば、被告Yが、同月2日に原告祐登の頬を両手で押さえた際に、爪を立てて原告祐登の顔面に傷を付けた疑いはある。
 しかしながら、(傷は)よく見ないとわからないような傷ではなく、「見た瞬間にひどい」と感じる状態だったというのであるから、これらの傷が。本当に給食の時間に被告Yにより付けられたのであれば、その直後から、BやCがこれに気がついてしかるべきである。しかし、Bは、給食時間終了後に原告祐登の顔面が赤く腫れていたのは気づいたものの、傷は見ていないと述べている。.
 原告祐登の顔面の傷自体は、被告Yも指摘するように、帰宅のための送迎バス車内での、他の児童とのトラブル等、別の機会につけられたものである可能性もある。

 Bが、栄養士から被告Yの原告祐登に対する殴打行為を目撃した旨聞いたのは、当該行為があったとされる日から1年以上経過してからである上、Bの供述自体が伝聞供述であり、もとより殴打行為の時期も暴行態様の詳細も不明であって、それが平成23年5月2日の給食時における被告Yの態度のことを指摘するものであるかも判然としない。


争点(2) 平成23年6月14日、被告Yが原告祐登の頬を2回たたいた行為の有無。  ⇒ 認定

 被告Yは行為を否認する。しかし、被告Yが原告祐登の両頬を、両手で挟むように、勢いをつけて2回叩いたということは、Bが明確に証言するところである上に、その供述の信用性を裏付けるに十分な、本件音声記録が存在する。

 被告らは、Bの証言は信用できないと主張する。
 しかし、Bは、昭和55年から平成25年3月末に定年退職するまで、障がいを持つ子どもの学校生活を支援する介助職として稼働してきた人物であって、被告Yとは同僚の間柄にあり、被告Yによる本件暴行事件が発覚する以前には、校長や教頭の目から見ても、被告YとBが特に仲違いをするような事情があったとは認識されていなかったのであって、かかる関係にあるBが、特段の理由もないのに、ありもしない事実を捏造し、偽証してまで被告Yを陥れようとするだけの動機があるとは考えにくい。
 確かにBは、校長に対して被告Yを辞めさせて欲しいと言ったことがあると認められるが、これはむしろ、被告Yに教育指導の上での問題があり、その教師としての適性に疑問を持った故の、Bとしての意見具申であったと考えるのが自然である。
 そして、本件音声記録では、2回にわたる「パチン」という大きな音が記録されているのみならず、被告Yが、自分の名前のカードを取ることのできない被告祐登の反応に苛立ち、大声で怒鳴りつけたり、不当な暴言を吐いて児童らを威圧している様子が、明らかに録取されているのであって、(中略)Bの供述は、十二分に信用することができるというべきである。

 被告Yは、説明の不合理さを指摘されると、(中略)自己の言動に関する説明が、容易に変遷してしまうということ自体が、被告Yの供述の信用性を、全体として落としているものといわざるを得ない。


争点(3) 平成23年5月末頃から同年7月20日までの間、被告Yが原告祐登の足及び脇腹を複数回つねった行為の有無。 ⇒ 事実認定せず

 しかしながら、被告Yが上記暴行に至った具体的な日時、場所等は得てされておらず、原告母と担任団の間で、原告祐登の体調や食事等の情報を詳細に伝達しあっていた連絡帳において、上記2の顔の傷に関する記述があるほかは、原告祐登に痣ができていた等の記載は一切ないこと、医師の診断書や写真等の客観的証拠がないことからすれば、被告Yが原告祐登の足や脇腹をつねる暴行をしたと認めるに足りる証拠がない。


争点(4) 被告Yの日常的な暴言の有無。  ⇒ 認定

 上記認定のとおり、被告Yは、平成23年6月14日、被告祐登及び本件クラスの児童らに対して、「こっち見ろ、おまえは。」「見飽きたあんた達の顔。」「うるさいの嫌いなの。」「朝から何人も泣かせるよ。」「人に助けを借りることばかり考えやがって。」などと大声で言ったこと、同月16日、児童Sに対して、「嫌い」「お前も調査に乗ってんじゃないよ。」「帰ってくんな。もう二度と。」などと言ったことが認められる。
 そして、被告Y自身も認めるとおり、同様の言葉を日常的に使用して児童らを指導していたことが認められる。
 そして、被告Yは、同月14日は、苛ついていた旨供述していることからも明らかなとおり、原告祐登らに対する叱責は、いわば八つ当たりであったといえる。

 「おまえ」「考えやがって」「見ろ」という言葉遣いは、教師が児童に対して使用するのが不適切であるといえるし、嫌い、何人も泣かせる、顔を見飽きた、帰ってくるななどという言葉はそれ自体何らの教育的目的を有しないものである。また、助けを借りることばかり考えるなという言葉は、自立を促す言葉とも評価しうるが、本件クラスの児童らは当時小学校1年から3年生という心身ともに未熟であり、かつ、知的障がいを持っていたのだから、親や教師といった周囲の大人の助けを多分に借りながら成長するのは至極当然であり、それを責めることは知的障がいを有する児童らの人格を踏みにじるものであり、教育的目的を有するものとは到底いえず、不適切で違法であるというほかない。
 本件録音記録から明らかにされた被告Yの上記発言は不適切で違法な暴言であるといえ、同様の言葉を日常的に使用していたというのだから、被告Yが、日常的に違法な暴言を吐いていたといえる。

 被告Yは、指導過程においては、時には突き放すような態度を取ることにより児童らに何が悪かったのか自分で考えさせる必要があり、児童らに対して自立を促す気持ち当の教育的目的で上記発言をしたのであり、児童らを罵倒・侮辱するものではなく、違法行為に当たらないと主張する。
 しかしながら、上記認定のとおり、被告Yは気分に波があり、調子が悪くなると児童らへの言葉がけが荒くなる傾向があり、発言の際は大声で一方的に怒鳴っていたことが認められ、また、具体的に児童がどのようにすれば良いのかヒントを与えて促すというような発言内容があることは窺われない。
 被告Yの発言は病気の影響があったにしても、自分の気分次第の八つ当たりといえるし、被告Yの発言内容・態様からすれば自立を促す教育的な目的があったとはいえない。


争点(5) 被告Yの日常的な暴行行為の有無。  ⇒ 認定せず
 
 被告Yは、児童Sに対しては、頬をつねる、叩く、足を蹴るなどの暴行に及んだことが認められる。
 しかし、原告祐登に対する暴行に及んだと確定的に認定できるのは、上記3のとおりであって、その発生頻度からして「日常的に」と評価できるほどではない。またSに対する暴行があったからといって原告祐登に同頻度で同様の暴行があったとまではいえない。
 被告Yは、日常的に違法な暴言を吐いていたということができるが、このことによって、被告Yが日常的に暴行に及んでいたことまで推認することはできない。


争点(6) 被告県の賠償責任の有無  ⇒ 認定

 同暴行等は、埼玉県の教育公務員が、授業中、児童に対して行った違法な公権力の行使に該当するから、被告県は、国家賠償法1条に基づき、上記暴行等によって原告らに生じた損害を賠償する義務を負う。

 教師による児童に対する暴行の疑いがある場合、当該児童の保護者はもとより、当該学校に在学する保護者が、暴行の存在の有無、対象児童の特定、暴行の原因、再発を防止する対策の内容等について知りたいと思うのは当然のことであり、学校がこれらの点を調査し、保護者らに報告するとともに、上記対策を講じ再発防止する一般的義務を負うと解する。
 また、暴行の対象児童であることが上記調査の経緯で判明した場合には、学校設置者は、信義則上、在学契約に付随して、当該児童の保護者に対し、当該事実及び調査の結果を報告する一般的義務を負うべきというべきである。

 上記報告義務は、在学契約に基づき、当該児童の保護者との関係において信義則上負うものであるから、この報告義務に違反したときは、国家賠償法上違法との評価を受けるが、上記調査報告義務は一般的に負う義務と理解できるから、上記調査義務違反は国家賠償法上のは法評価とは直ちに結びつくと解することはできず、調査報告義務違反に係る期間、同義務違反に至る経緯、態様、結果の重大性等を勘案して違法といえるかを判断すべきである。

 Bは、平成23年5月20日、Sの連絡帳を見せながら教頭に対して、被告Yによる暴行について相談し、被告Yに対する指導を求めており、さらに、同年6月末から7月初め頃、教頭に本件音声記録のうち原告祐登が叩かれて泣いている場面を聞かせたこと、同年7月には、Cが本件学校の管理職との面談を希望していたことを校長が認識していたことが認められる。
 Bの連絡帳にまさに被告YがつねったとSが訴えていた旨記載されており、担任団のBもこれを認めていたのだから、これらを認識した時点で、校長又は教頭は、被告Y本人に事実確認をすべきであったといえる。
 また、教頭は、どんなに遅くても、本件音声記録を聞いた同年6月から7月初めにおいて、被告YがSだけでなく児童ら全体に対して乱暴な言葉がけをしていることが判明したのであるから、Sの他に暴行を受けた児童がいないか疑い、調査すべきであったといえる。
 校長においても、本件クラスの児童のうちS以外の児童は言葉によって伝達する能力が低かったことはある程度認識していたのであるから、Cからの複数回の申出があった時点で、学校での出来事を保護者に伝えられない他の児童についても被告Yによる暴行を受けた事実がないかを当然疑うべきであった。

 そうであるにもかかわらず、本件学校がこの間実施したのは、本件クラスの校内巡視を強化したというもののみであり、しかもこの校内巡視は各クラスをそれぞれ3ないし5分程度観察したものであり、他のクラスを観察している間に本件クラスからの声が聞こえてくる状況であったとしても、校内巡視が全体として1時間に満たない程度のものである以上、本件クラスの異状を感知するための措置としては不十分なものであったといわざるをえない。

 本件学校は、遅くても平成23年6月末から7月初めの時点で、被告Yに事情聴取した上で、本件音声記録の内容を精査した上、必要に応じて教育委員会に報告するとともに、被告Yに対する指導を実施し、原告祐登やSと被告Yを接触させないよう措置を講ずるなどする義務を負っていたのにこれらを怠った過失がある。

 校長や教頭から事実確認や注意を受けていた被告Yが、その直後である同年9月12日、Sを蹴ったというのは、被告Y自身が感情を制御できずに暴行に及んでいた疑いがあり、より一層自体が深刻であると危機感をもつべき状況であったといえるから、他の児童に対する暴行の有無を確認した上で、もはやSとの関係だけでなく、少なくとも本件クラス所属の児童らの保護者に対しては、これを報告すべきであった。
 事実調査及び本件クラスの保護者会を実施する一般的義務を負っていたのにこれを負っていた過失があるといえる。

 本件学校が本来すべきであった調査報告がなされたといえるのは、原告祐登に対する暴行から1年以上経過してから、Cから教育委員会へ連絡した後7か月も経過してからである。
 また、校長及び教頭は、「Sだけの問題だと思い込んでいた」旨証言するところ、本件クラスの児童らが被害を訴えることのできない知的障がい児であったことからすれば、報告があったSの件についてのみ対処すれば足りると考えるのはあまりに短絡的である。
 また、保護者に対する説明会や被告Yによる暴行の実態を客観的に示す本件音声録音の精査は、学校内での教師による暴行が疑われる事案の対処として最も基本的かつ重要なものであるにもかかわらず、本件学校はこれらを真に自発的に行ったということはできず、外部的な要因により、実施せざるを得なくなるまで各対処を先延ばしにしていたといえる。

 そして原告母は、上記説明会まで原告祐登が被告Yから暴行を受けていた疑いがあることを一切知らず、そのため、既に夜泣きの症状が出ていた原告祐登の治療を開始することができなかった。
その後も被告Yからの事情聴取の内容が明らかにされず、原告祐登への暴行の全貌をうやむやにされていた。
 このように、被告県が各対処を遅延させたことによって、原告祐登への適切な治療が遅延するだけでなく、原告母の不安は解消されるどころか益々募っていったのであり、被害はより一層拡大したといえる。
 したがって、本件学校による調査報告義務違反は国家賠償法上違法であるといえる。

 教頭は、ICレコーダーで録音することは盗聴であるから、Bが録音することに反対し、したがって、本件音声記録があると言われた際もこれを真剣に聞かなかったと主張し、教頭がこれに沿う証言をする。
 しかしながら、仮に、教頭がICレコーダーでの録音に反対していたとしても、学校の授業状況はそれ自体秘事性が高い性質ではなく、録音する必要性がある場合に学校内部の者が録音して管理職に聞かせることは違法性を帯びるものではないし、本件音声記録のうちBが教頭に聞かせた部分は、被告Yが一方的に怒鳴り散らす様子が録音されており、教頭は「パチン」という音自体は聞き取れた旨証言している。そうであれば、教頭は、本件録音記録を聞いた時に、より真剣に音声を聞いた上で、校長に報告すべきであったことに変わりない。

 被告県は、本件学校は、被告Yに対する事情聴取、臨床心理士によるカウンセリング、保護者に対する複数回にわたる説明会等を実施したから、被告県がなすべき義務を果たしたと主張する。しかしながら、上記のとおり、本件学校が実施した対処はいずれも不十分であったか又は時期が遅すぎたものであり、これにより被告県が同義務を果たしたとはいえない。
 したがって、本件学校の対応としてもの義務違反があったというべきである。


争点(7) 被告Yの賠償責任の有無。  ⇒ 国家賠償法1条1項により、否認。


争点(8) 被告祐登の損害の有無及び額。 ⇒ 100万円相当と認定

 原告祐登は、頬を2回叩かれたほか、被告Yが指導の際に日常的に大きな声で暴言を吐いていたのであるから、実際に暴行を加えたことがある被告Yが、日常的に怒鳴っている状況そのものが、知的障がいを有する原告祐登にとっては多大な恐怖である。そして、原告祐登は、知的障がいを有し、言語での意思伝達は簡単な感情表現等をするのが限界であるというのであるから、他人から暴行及び暴言を受けた場合、暴行及び暴行を受けた原因や危険が排除されたことを理解できず、恐怖等の心理的衝撃を消化して心身の平穏を取り戻す心理的防衛力が極めて乏しいことは推測に難くない。
 同様の行為を健常児が受けた場合にその者が受けるであろう衝撃よりも、深刻なものとみざるを得ない。

 原告祐登が暴行及び暴言に対する心理的防衛力が極めて乏しい知的障がい児であったことからすれば、上記(1)の重篤な症状は、予測不可能な特異な心因反応というべきではないから、事実的因果関係があり、かつ、予測可能な損害、すなわち被告Yによる暴行、暴言及び被告県の対応が遅れたことに伴い、適切な心療を受けるのが遅延したこととの間に相当因果関係のある損害というべきであって、被告県は、その損害賠償責任を免れない。

 原告祐登が受けた暴行は頬を2回叩かれたというものと日常的な暴言であり、加害行為自体の程度は強いものとはいえないが、原告祐登は、同暴行があった平成23年6月14日から3年近く経過した平成26年春頃まで、深刻な夜泣きが継続し、それ以降も現在に至るまで、睡眠薬を服用しているなど、生じた損害はかなり深刻である。
 本件学校の対応においても義務違反が認められ、その対応の遅延の程度は甚だしく、したがって、違法性の程度の強いものといわざるを得ない。
 そして、原告祐登が罹患しているムコ多糖症の寿命は10歳ないし15歳程度といわれており、一瞬一瞬がとても貴重なその人生のうち4年以上もPTSDにより苦しめられており、完治の見込みも不明である。
 以上によれば、原告祐登の慰謝料の総額としては100万円とするのが相当である。


争点(9) 原告母の慰謝料 ⇒ 20万円と認定。通院費とあわせて34万5千円

 原告母は、夜泣きする原告祐登をあやすために、約3年間近くの間、睡眠を十分にとることができなかった上、ただてさえ深刻な病気を抱えた原告祐登が重篤なPTSDにまで罹患し、激しく泣き叫ぶ我が子に対してなすすべもなくただ寄り添うというのは、相当深刻な心理的負担というべきである。
 そして、被告Yが暴行の事実を認めて謝罪をしていないことや、本件学校が対応を著しく遅延させていた経緯等からすれば、被告らの態度は誠実とはいえない。
 以上によれば、原告母の慰謝料の総額としては20万円とするのが相当である。

 (通院費14万5440円を足して)原告母の損害の合計は、34万5440円となる。


 裁判後に、メディアから感想を聞かれたお母さんは、裁判長があそこまで認めてくれたことが一番の喜びだと話した。そして、提訴前から支援していて、過激組織「イスラム国」に殺害されたジャーナリストの後藤健二さんが、苦しい裁判のなか、つまずいた時、前向きになれないとき、「ゆうちゃんを守れるのは、お母さんしかいないんだよ」と励まし続けてくれたことに感謝の言葉と、後藤さんが亡くなったことに対して哀悼の気持ちを語った。


【武田雑感】

 担任である女性教師Yが、事案発生の平成23(2011)年より前の平成18(2006)年から精神科に通い、おそらく提訴がすでにわかっていた平成26年2月、情緒不安定性パーソナリティ障害及び適応障害の診断を受けたということを、判決文で初めて知った。
 これはあくまで私の想像でしかないが、情緒不安定ですでに様々な問題を起こし、普通学級では保護者からの苦情もあって受け入れがたいから、特別支援学校に赴任させたのではないかということ。
 自治体にもよるらしいが、特別支援学校の免許を持たなくても、特別支援学校の教職員になることはできるという。しかも、一般的には特別支援学校や特別支援学級には行きたがらないので、様々な問題を起こした教師が回されることも少なくないと聞いたことがある。
 特別支援学校では、もちろん大変な面はあるが、1人辺りの教諭が受け持つ児童生徒数は少ない。教え方がへたでも、児童生徒の学力向上はほとんど期待されていない。そして、障がいの種類や程度にもよるが、本人には訴えることができなかったり、親が問題を把握しても、世話になっているという引け目から、声をあげにくい。
 本来は、特別支援学級や学校こそ、専門知識と高いスキルと意欲を持った教師が必要だと思うが。

 今回、教師Yには問題があったが、それを告発したのが、同じ特別支援学校の教師Bであったことに救いを感じた。
 他の同様の訴訟でも、普通学級以上に、学校と敵対しても児童生徒を守ろうとする強い正義感と児童生徒に寄り添う気持ちを持つ教師の存在があった。

 そして、密室での教師の問題行動。特別支援学級の場合、児童にはそれを訴える力がなかったり、訴えても、過小評価されたり、信じてもらえないことも少なくない。
 今回も結局は、ICレコーダーに音声記録されていたものは、事実認定されたが、そうでないものは、認定されなかった。
 内部告発する教師がいて、証拠もあるというのは、むしろ稀有なケースだということを考えると、文科省はもっと再発防止に実効性のある方法を考えてほしい。


 保護者もまた、おかしいと思った時には、学校との連絡帳にその旨をできるだけ詳細に書き、万が一、紛失したときのために、コピーや写真で残しておかなければならない。けがについても、小さなきずだからと自然治癒したり、自宅で簡単な応急措置で済ませるのではなく、病院の診察を受けたほうがよい。
 学校や教委がよく主張する録音の違法性についても、許可を得ずにICレコーダーで録音したとしても、授業を取ることは秘事性の高いものではないので、違法性はないとしている。
 子どもの小さな変化。サイン。それが継続する虐待のサインであることは、後になってわかることで、その時には思いつかないのは無理ないことだと思うが、子どもを守るためには万が一を考えて、積極的に証拠固めをしておくべきだと思う。その後、何もなかったら、使わないという選択をすればよい。
 結局、証拠がないと、学校も動かないし、裁判所も認めてくれないのだから。

 学校や教育委員会にいじめや教師の暴言、暴力などを訴えても、なかなか対応してもらえないことが現実には多い。しかし、民事裁判の今までの判決のなかでは多くが、どんなにおざなりな調査や、効果が出ていない対応であっても、一応何かしら学校や教委がやっていれば、「学校・教委の裁量権」の範囲内として、違法とは言えないとするものが多かった。
 今回は、学校がやったという校内巡回では不十分だとし、対処が遅れたことで被害が拡大したとし、違法性までを認定した。ぜひ、他の裁判でも、学校や教委の対応の遅れが、いかに被害を拡大させるかを明確にしてほしいと思う。

 多くの障がい児の裁判では、障がいがあるゆえに被害を小さく見積もられがちだ。すでに障がいがあるのだから、それを上回る障がいを負っても等級は変わらないと判断されたり、生涯得るであろう賃金で損害が換算されるために、働ける可能性がないから、あるいは障がい者の賃金は安いからと、不当に安く見積もられてしまう。
 それが今回の判決ではむしろ、障がいがあるがゆえの、被害回復の難しさを予測可能として、むしろ大きく見積もった。さらに、寿命が短いと言われているのだから、苦しみの期間が短いと判断するのではなく、短いかもしれない人生の一瞬一瞬がとても貴重な時間だとの判断を述べたことも、画期的な判決だと思う。

 メディア関係者からは、埼玉県は控訴しないらしいという話が聞こえてきている。もうこれ以上、親子の貴重な時間を奪わないでほしい。そして、その労力と費用をぜひ再発防止にこそ使ってほしい。

⇒ その後、埼玉県は控訴せず、判決確定。

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