わたしの雑記帳

2008/11/23 草野恵さん(高1・15)の民事裁判。2人の医師の証人尋問。

2008年11月11日(火)、東京地裁103号法廷で、草野恵さん(高1・15)の民事裁判の証人尋問が行われた。
裁判長は河野清孝氏、裁判官は小西洋氏、草野克也氏。
午前中は恵さんの遺体の解剖医D氏、午後は恵さんが救急搬送された病院の開頭手術を行ったK医師の証人尋問が行われた。午後からの尋問では、CTスキャンされた脳のレントゲン写真を法廷に持ち込んで、説明しながら行われた。
尋問は医学的専門用語が飛び交い、正直いって、素人には理解しにくいものだった。
傍聴内容と裁判後の弁護士の説明のなかで、私が理解した内容を簡単に報告したいと思う。

恵さんの両親は、学校に自己過失にされたことの名誉回復のために戦っている。
民事裁判の裁判長は、恵さんが亡くなるまでにたどった道筋の中で、いつ、硬膜下血腫の出血が始まったか、どの時点で亡くなる原因が生じたのかにこだわっている。

被告の専修大学付属高校側は、硬膜下血腫の出血は、救急車が来る直前に初めて始まった。異変があってすぐに診せたのだから、できる限り手をつくしたと言っている

一方、
原告の草野さん側は医師の証言をもとに、硬膜下血腫の原因となった頭部の打撲は、解剖所見のみからでは特定できないが、2003年7月28日の夜、ネットに顔をぶつけて倒れ、後頭部を打ったときに頭のなかで出血したのではないかと考えている。
恵さんは28日のあと、部員に頭が痛いと訴えていた。29日の午前中にも意識を失った。頭に大きなたんこぶがあった、
静脈から出血した血液が脳内にたまったが、恵さんは若いので脳密度が高く、圧で出血が止まっていた。それが、翌日、運動を重ねたことで再び圧が高まって、脳が腫れたのではないかと言う。
29日に意識を失ったときの事を学校は過換気と判断して処置をしているが、医師は硬膜下血腫が原因の痙攣発作ではないかと述べた。繰り返し頭を打つ場合は、非常に気をつけなければならないという。
もし、最初に頭を打ったときに、触診をしていればたんこぶが発見できたかもしれないし、そのときに医者に見せていれば安静もしくは、CTスキャンして手術になっていたかもしれないという。

対して被告側は反対尋問のなかで、頭の中で出血すれば、出血直後に意識を失うことが多いのではないか。特にスポーツ外傷は数10分で比較的早い段階で、意識障害が発生するのではないかとした。
今回の医師の証言では、中には普通に振る舞っていたのが、脳の腫れが進んで意識を失うこともあるとした。
また、学校は、脳が腫れているときは運動ができたり、風呂に入ったり、食事やおしゃべりはできないのではないか、29日の午前中は元気にしていた、自分から練習に出たいと言い、いつもよりボールをよく拾っていたという生徒からの証言もあるのだから、この前提ではおかしいのではないかと反対尋問で主張した。それに対して、2人の医師が、そういう例は一般的ではないものの存在するし、「矛盾しない」と答えている。
D医師は解剖によって客観的に言えること、警察の情報、エピソードをもとに、28日の夜、後頭部を打ったことが原因で29日午前中に頭痛を訴え、午後に意識障害を起こしたと考えるのが合理的とした。

なお、
D医師は証言のなかで力を込めて、少なくとも29日の午前中に意識障害を起こしたときに、予見可能性はあった。恵さんの死は100%回避できたと断言した。他の高校の生徒が熱中症を起こしている。熱中症は起こさせてはいけないのが常識で、午前も、午後も熱中症があってはいけない。そんな中で、平気で練習を続けたことに、恵さんの原因があるとした。

また、
開頭減圧手術を行ったK医師は、最初、搬送時には熱中症を疑われた恵さんだったが、CT撮影をした結果、急性硬膜下から出血しているということで呼ばれた。硬膜下血腫は一般的に外傷性が多い。非常に強い外圧が加わっている。若いひとの場合、血管が柔らかいこと、脳の密度が高いので、血管が切れにくい。その時点で、前方にレシーブするような形で倒れたと聞いていたので、その程度の外傷でここまで脳が腫れるものなのか、何でそんなふうに倒れたのか疑問をもったという。
実際に剃毛したところ、側頭部にたんこぶが見つかった。話と違う、なぜこんなところにと思った。
搬入直前の状況で倒れたにしては不自然で、自分のなかで整理ができなかった。
合宿という非常に密閉された環境のなかで、学校の先生の言い分を信じていいのかと思い、警察に不審死ということで情報の引継ぎをしたという。


およそ、このような内容だったと思う。
学校事故の裁判の場合、医療紛争に持ち込むと、勝利が難しいといわれている。専門的な領域で、しかも、現実には日常的にも多くの病死・事故死の原因がこれと特定されないなかで、原告側が死因を特定して立証しなければならない。被告側は、わざと医療過誤があったのではないかという攻め方をする。自分たちの責任を言い立てられるのが嫌で医師の協力は得られにくい。
しかし今回、裁判長の強い要望で、医療的な部分が大きな争点のひとつになってしまった。

本来であれば、学校教師に恵さんの命を救えた可能性があったかなかったかだけでよいのではないかと思う。
それは明らかにあった。そして、たくさんの患者を診ているベテランの2人の医師が、恵さんの死を「異常」と感じている。
病死でも、ただの事故死でもないと感じている。その直感は信ずるに値するものだと思う。

次回は、2009年1月20日(火)、東京地裁103号法廷で、被告側の言い分の裏づけとなる医師の証人尋問が行われる。




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