わたしの雑記帳

2008/7/16 安達雄大くん(中2・14)の民事裁判、控訴を断念

長崎の安達さんが、控訴を断念されました。いろいろと悔しい思いはあるでしょう。でも、裁判だけが雄大くんの無念を晴らす方法ではないと私も思います。
今後も、ともに手を携えていきたいと思います。マスコミあての文書の掲載許可を戴きましたので、下記に掲載させていただきます。

なお、フライデー7月25日号(7/11発行済み)の「少年少女『いじめ自殺』ファイル PART2 は雄大くんの事件が掲載されていました。とても、きちんと取材された内容だと思いました。

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2008714

小島中自殺裁判原告 安達和美

「控訴」について

 14日の5時の期限ぎりぎりまでずいぶん考え、迷いましたが、今回、控訴はしない

という結論を出しました。

  指導の不適切さを認める。

  指導と自殺の事実的因果関係を認める

という和解案で提示したこちらの最低限の要求は、今回の判決では、

「事実確認の一面に偏った指導であった」

「いずれも雄大に謝罪や自責の念を強くさせるような内容」

「T教諭の指導がなければ雄大が自殺することがなかったことも明らかである」

「指導と雄大自殺との間には事実的因果関係があると優に認められる」

と、はっきり認めていただきました。

指導と自殺の関係を認めず、雄大が以前から悩んでいたと責任転嫁する学校、市教委の在り方に、裁判という手段を選びましたが、棄却という形ではありますが、一番の目的であったことは勝ち取れたのではないかと思います。

判決内容には受け入れがたいことも多々あり、特に教師がどんなに子どもの心を傷つけるような不適切なことを行っても、気づきさえしなかったら、法的責任はない、という安全配慮義務違反ではないとする判断の内容には、とても納得しがたいものがあります。こうしてこれまで多くの子どもの命が、犠牲になってきました。そして、これからもその犠牲は続くということです。

遺族としては、自殺した子どもは、決して、弱いとか、繊細な子という先入観から来るイメージではなく、親も、これまで担任した教師らも、最も自殺とは程遠い、意思の強い、元気でたくましい子どもだった、ということを知っていてほしいと思います。どこの子どもにも起こりえることだと気づいてほしいと思います。

控訴したいという思いは強くありますが、学校、しかも密室という閉ざされた環境で、事実を明らかに出来ないことが今回も大きな壁となりました。一個人で国を相手にする限界、何より、高裁という場が現状を見る限り、けっして私たちが望むような審議が行われる場ではないと思えることなど、様々な理由があり、高裁を闘うことより、「指導が自殺の原因」と認めたことを、現実の教育の場に問いかけること、活かしていく道を選びました。学校での事件事故に、国が独立した事故調査委員会を設置するシステムの法制化の要請、そして、多くの教師、大人に、「子どもを追い詰める指導を行うと死なせることもある」と事実を知らせることが、いつか、安全配慮義務違反を認めさせることにもつながると思います。ただ、いつか認められた時、それは次の犠牲の上にあることになるのでしょう。そう思うと、今回こういう判決になってしまったことは残念で、申しわけなく思います。

 

報道の皆様には、今後もこうした子ども、学校、と言う問題に関心をもち続け、適切な問題提起となるような報道を期待したいと思います。

これまで、ありがとうございました。 





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