2005年1月26日、警察の不当性を民事裁判で訴えていた桶川ストーカー事件控訴審(一審は警察側に500万円の支払いを命じたものの実質敗訴)の傍聴券を求めて、裁判所前に長い列が並んだ。
13:00の締め切り時間には100人ちょっとがいた。抽選となった。配布された傍聴券の数字順に一人ずつおみくじのような灰色の棒を引いていく。先に赤い印がついているのが「当たり」。
くじ運が悪い私は、どきどきしながら引く。「当たりです」と言われてほっとする。
101号法廷へ。95人収容の大法廷だが、記者席として25、6席ほど確保されているので、その分、一般傍聴席は少なくなる。
裁判官が入廷した後、開廷して2分間、テレビカメラが廷内撮影をする。「あと1分です」「あと30秒」。しんと静まり返った法廷。時間が長く感じる。
裁判長が言う。「主文。本件控訴および付帯控訴、いずれも棄却する。以上」。それだけだった。
簡単な理由説明さえない。さっさと裁判官が引き揚げたあとも、傍聴人はしばらく動かない。徐々に不満の声があがる。「あれだけ?」「信じられない!」
法廷を出ると、あちこちで記者が携帯電話で連絡をとっている。「棄却です。棄却」
出てくる猪野さんにかける声さえみつからない。それでも一審判決を経ての高裁で、ご夫婦とも毅然とされていた。親戚の胸に抱かれた明るい笑顔の詩織さんの写真。とてもきれいなお嬢さん。改めて、どれほど無念だったろうと思う。
2時から記者会見があり、私たちは裁判所裏手の弁護士会館の報告会会場で待った。
息子の正和さんを栃木県警に見殺しにされた須藤さんも傍聴にいらしていた。
みな一様に固い表情だった。
弁護団からの説明がはじまった。高裁がはじまって2年。様々な証拠を積み上げてきた。しかし、判決文の薄さをみると、それらの記録を裁判官たちが丹念に読んだのかどうか、疑いたくなるという。判決は一審の上塗りで新鮮みを感じないという。
ビラ貼り、中傷文の郵送などの名誉毀損については、発生予見があったとするが、詩織さん殺害までは、証拠からみても警察官が予見することは困難だったとし、違法性は見られないという。
弁護団は言う。この事件はストーカー犯罪の要件をすべて満たしていた。嫌がらせ行為がエスカレートすることは容易に予測できた。身体、生命に危害が及ぶことは予測できたはずだという。
現に、刑事裁判で警察官3人は「ストーカー行為がエスカレートする認識をもっていた。申し訳なかった」と謝罪した。しかし、民事の高裁判決では、そのことは何も触れていないという。
ほかにも、一審のおかしい点を指摘しての控訴だったにもかかわらず、そのことに判決文は触れていないという。
この民事裁判では、小松和人が詩織さん殺害に関与したかどうかもわからないとして、あくまでストーカー事件であることを否定しようする意図が見えるという。
小松武史は2000万円近い金をヤクザに支払って様々な嫌がらせをして殺害まで計画していた。しかし、詩織さんらは和人のことは言っていたが、武史のことは何も言っていなかったのだから、予測はつかなかったという。
殺されるかもしれないと思った人間が、警察に保護を求める権利については触れられていないという。
この事件は本来、とても単純であると弁護士は言う。身の危険を感じて警察に助けを求めたのに、警察は何もしてくれなかった。それどころか書類を改ざんしてまで、自分たちが何もしなかったことをごまかそうとした。
詩織さんの心痛、両親への不安に対して、たった500万円の損害賠償。それだけを一審は認め、警察はそれさえ不服とした。そして、高裁で両方を棄却。
猪野さんはすでに最高裁に控訴する腹を括っていた。こんな判決が許されてはいけない。一審はひどかったが、もっとひどい判決で、娘を傷つけるような行為に、娘がきっと一番、怒っていると思うと言った。
支援者たちも声をあげる。警察の不祥事が続くなか、この裁判の判決をもって襟をたださせるべきだった。これでは、警察官は何をしても責任が問われない。国民全体が、詩織さんと同じ危険に晒されると。
この判決で一番、喜んでいるのは警察だろう。何をしても、どんな不祥事もチャラになる。
絶対に勝たなければいけない裁判に負けた。国民の正義が、国家権力に踏みにじられたのだと実感する。
この裁判で勝てなければ、ほかの裁判でも勝てないとまで思う。国家権力には絶対に勝てないのだということの見せしめにされたのではないかとも思う。
秋山壽延裁判長。戸部署事件で、横浜地裁一審判決を取り消し、原告の訴えを棄却。神奈川県警の逆転勝訴をもたらした(me040525 参照)。「裁判官の資質が日本の国をダメにする」と猪野憲一さんは言った。
私たちは自分の身を守るためにも、子どもたちの明日を守るためにも、こんな判決にノーと言っていかなければいけないと思う。
過去の報告については、検索の「桶川ストーカー事件」参照されたし。
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