2.5.5 平和執行: 軍隊は戦争を終わらせることができるのか?
平和執行は、かなりあいまいな用語であり、異なった状況について説明するのに用いられている。 誰がこの用語を発明したかは定かではない; ブートロス・ガリが、彼の「平和のためのアジェンダ」の第2版の中でこの用語を使っていたことは確かである。この用語が記述する活動の範囲は、(国連憲章)第VII章によるすべての任務、したがって、頑強な平和維持… 命令を実行するための武力の行使 …と呼ばれている任務を含んでいる任務から、「戦争を終わらせるための戦争」 … 戦争を終わらせるための任務および大規模な人権侵害を止めさせる任務、あるいはそのいずれかの任務にまで、変化している。この人権侵害は、1991年の第二次イラク戦争、1995年のボスニアに対するNATO空爆、および1999年にNATOによって実行されたコソボ/ユーゴスラビア戦争に対する公式の正当性であった。初期の例は朝鮮戦争(1950-53)かもしれない。 またこれまでも、内戦を止めさせ、独裁政権を打倒するため、あるいはそのいずれかのために、個々の国家が隣接する国に干渉したいくつかの事例はあった。通常その引き金は、それ自体で大規模な人権侵害の事実よりは、むしろ大規模な難民の移動であった。その干渉は国連によって認可されなかったが、国際社会は、そのような介入を小悪に過ぎないとして受け入れる傾向にあった: 例としては、1971年のインドの東パキスタンへの介入、1978年のベトナムのカンボジアへの介入および1979年のタンザニアのウガンダへの介入が挙げられる。
平和執行の本質は、それ自体で武力をそれほど多く行使することではなく、むしろ (国連)命令のいくつか、あるいはすべてに対して、紛争中の当事者の片方もしくはすべての合意が得られていないことである。平和執行が戦争を意味していることを隠蔽することに努めている専門家の役割についての企てが、ほとんどまったくなされていないことは驚くばかりである:
「執行活動は、平和維持よりはるかに強い国内および国際的な合意を必要とする。結局平和執行は、言い換えれば戦争であり、国際的合意が軍隊と基金を提供し、場合によっては大量の死傷者を受け入れる、という必要な熱意に達する前に、危機にひんしている厳しく重大な関心がなければならない。」
理論によれば、平和執行と戦争の違いは、平和執行派遣団が「政治的に立場をとらない」という姿勢を取るということである。 現実にはこれは、より広範囲な平和維持命令の中に、国連により埋め込まれた第VII章の任務に関してのみ当てはまるだけだった。韓国、イラク、ボスニア、ユーゴスラビア/コソボでは、国連安全保障理事会の了解の有無に関わらず開始された平和執行派遣団は、侵略者であると定義された一方の当事者に向かって敵対した。 戦争を止めるという意味における執行は、クウェート/イラクの場合には自発的に、あるいはボスニアとコソボの場合には心ならずも、どちらかの側に立つことを意味していた。そして、どちらかの側に立ったことは、後日「政治的に立場をとらない」平和維持軍への転換にあたって深刻な問題を生み出した。またもやコソボはその好例である。
多くの場合、平和執行派遣団の成功はかなり疑わしい。 戦争が当分の間止められたとしても、紛争は、しばしば凍結しているか、あるいは別の形で継続していた。 問題の多い局面はさらに、コソボの場合に起きたように、執行するという脅しが戦争を促しているかもしれないということである。 紛争の片側であるコソボ自治州のアルバニア系住民は国際的介入を望んだ。その理由は、それが独立への道筋だ、と彼らが見做した(今もなおそのように見做している)からだ。 したがって、彼らは、1998年秋に合意した停戦を維持しようとする意図は持っておらず、むしろNATOによる軍事介入の引き金となるよう故意に停戦合意を壊した。