のじれん・通信「ピカピカのうち」
 

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ホームレス人権保障法こそ必要だ
人権保障無くして自立支援は不可能である

   
   笹沼弘志(静岡大学助教授憲法専攻/野宿者のための静岡パトロール)
(以下、笹沼氏執筆の文章は「寄せ場メーリングリスト」に流されたもの。掲載にあたっては御本人の承諾を得ています.)


皆様

 静岡の笹沼です。
 周知の通り、7月17日(水)、予定通り、ホームレス自立支援法案が衆議院厚生
労働委員会で可決されました。
ただし、制定推進派の方を含め、可決を手放しで喜んでいる方は実はわりと少ないのではないでしょうか。特に、委員会での審議を傍聴した方たちは様々な不安を募らせたのではないかと思います。
 国から金を取るのが第1だという考え方の方にとってはどうということもなかったのかも知れませんが。
 
 この法案を単に事業に金をつけさせる程度のものとして理解しているのであれば、めでたしめでたしなのでしょうが、それによる犠牲は決して小さなものではありません。自立支援事業に金を出させるのが目的なのであれば、法律をあえて作る必要もなかったように思います。 

 さて、17日の厚生労働委員会の審議は極めて短いものでしたが、非常に重要なことを教えてくれました。
何と言っても「ホームレス問題」とはいったいどんな問題なのかが全く理解されていない、共通認識が全く出来上がっていないと言うことを浮き彫りにしてくれました。
 大臣や社会・援護局長の答弁だけでなく、法案作成に尽力してきた議員やその他質問に立った議員においても、問題理解への不十分さが随所にみられました。
 
 こうした根本問題を置き去りにして、進行中の自立支援事業に金を出させる法的根拠を確立したからといって問題解決に繋がるとは思えません。
むしろ、委員会での法案の可決を機に、「ホームレス問題」とは何か、どのようにして解決していくべきかについて、国民の間での議論を喚起していくことこそが重要だろうと思います。
 
 自立支援法の制定は問題解決の第1歩と言うよりは、むしろ問題解明に向けた第一歩にすぎないのだということを肝に銘ずべきでしょう。
 委員会審議にも見られるような様々な誤解や偏見を克服し、野宿者の尊厳と生きる権利の保障のために実効的な政策を構想していけるか否か、これからが勝負所です。
 (中略)

 ついでに、最近法案に関した書いた文章をご紹介しておきます。




 
ホームレス人権保障法こそ必要だー人権保障無くして自立支援は不可能である
                      笹沼弘志(静岡大学助教授・憲法専攻)

 民主党、与党よりそれぞれホームレス自立支援策に関する法案が出されいるが今国会で成立の可能性が大となった。両法案はともに「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者」に自立支援策を実施することを目的としており、若干の細かい相違はあるものの、構成などほぼ同じものと言って良い。
 両者の相違を論ずる時以外、単に法案と呼ぶことにする。
 
法案の画期的な意義は、まず第1に、ホームレスの人々への住居、医療、就労保障など「自立支援策」を行うべき国の責任を明確にしたことにある。
 従来、各地の福祉事務所は、「ホームレス」の人々に対して、住居がないほど貧困であるという理由で生活保護から排除してきた。
 
 生存権を個人の法的権利として定めた点において世界にも誇りうる日本国憲法と生活保護法が健康で文化的な最低限度の生活を無差別平等に保障しているにもかかわらず、住居がない者には生活保護を申請させないとか、65歳前で働くことができるからなどという法に反する理由で保護から排除してきたのである。
 
 法案は、このようにホームレスの人々を怠け者だなどといって権利保障から排除してきたことが許されず、国が責任をもって生活保障策を実施すべきだという、当事者や支援者たちの声を反映したものといえよう。
 しかし、残念なことに、法案の最大の問題点も、この点にある。すなわち、「ホームレスの人々の人権保障」を明確に目的として掲げることが出来ていないことである。
 
 住居がないほど貧困であるというだけで、生活保護や職業紹介などあらゆるサーヴィスから排除され、権利を剥奪されてきたホームレスの人々に対する差別の禁止と平等な人権の保障こそ、第1に掲げるべきものである。
 とりわけ、生活保護行政における野宿者差別の禁止と生活保護の積極適用を明文で規定すべきだ。
 生活保護法の趣旨から言えば、住居もないほど困窮した野宿者は真っ先に保護されるべきものであるが、逆に住居がないという理由で保護から排除されてきた。
 
 これについては、児童虐待防止法が参考になる。児童福祉法により、強力な権限とともに、児童虐待に対する措置を行うべき責務を負わされていながら、親権の壁などと言う理由にならない理由により、児童相談所長がしかるべき措置をとろうとしなかったために、児童虐待防止法は児童福祉法上の権限を適切に行使すべきことを改めて法で定めた。
 
 法案も、年齢が若いから、あるいは住居が無いから保護が出来ないなどと言った違法な理由で保護を適用してこなかった行政の姿勢を根本から正すため、「住居が無いことを理由に保護を拒否してはならない」といった規定を設けるべきである。
 
 与党案は「ホームレスの人権に配慮」するとしながら、「地域住民とのあつれき」解消を目的に組み込みつつ、「公共の用に供する施設の適正な利用確保」のためホームレスの人々を排除することを許容するような条文を設けている(11条)。
 
 生活に困窮し住居さえ失った人々の住居を国や自治体が保障できていないからこそ、人が寝るのに相応しい場所とはいえない公園や路上で野宿を強いられる人々がいるのであって、保護義務を有する行政が彼らを野宿場所からさえ追い出すのは憲法や国際人権法に違反する二重三重の違法行為である。
 従って、排除条項が盛り込まれたとしても違憲無効となるものである。
 法案の次の問題点は、「自立の意思」を有することがあたかも自立支援を受ける要件であるかのように記していることである。
 
 そもそも、「自立」とは域社会の中で様々な制度や人々の援助を活用しながら、自己の幸福を自由に追求していくということであって、単に独力で生活することを意味するものではないことは、現在の福祉行政における常識となっているはずのものである。
 
 法案は障害者基本法や母子福祉法にならって「ホームレスの自立への努力」を定めているが、「自立への努力」を義務づけることは、いくら努力しても上手くいかないからこそ福祉の援助を必要としている人々がいることを理解していないといわざるを得ない。
 がんばれと言われ益々へたり込んでしまいかねない状態にある人をエンパワメントすることこそが福祉の基本理念である。
 障害者基本法6条など他の法律からも、法案からも「自立への努力」規定
を削除すべきである。 
 法案は、全体の構成においても障害者基本法を手本としており、自立支援策については具体的に定めず、それらを国の基本方針や都道府県の実行計画にゆだねている。
 しかし、与党案では、都道府県については必要があると認める場合にのみ策定すればよいとされており、多くの自治体が無為無策で責任放棄している現状を正当化しかねない。
 全ての都道府県に実行計画策定を義務づけるべきである。また、計画策定に当たっては、当事者への公聴会実施やその他参加の手段を保障すべきである。
 
 ところで、なぜそもそも法案が必要なのか。生活保護法など現行法の枠内で十二分にホームレスの人々への生活保障は可能ではないか、生活保護法適用における差別禁止さえ明確にすればよいのだという厳しい批判が当事者や支援者から出されている。
 
 ただ、就労の場の保障については新たな法が必要だ。
 ホームレスには「自立支援策」による就労自立を、その他の高齢者や傷病者、障害者などには生活保護をというような二重基準を固定化するものであってはならない。
 就労可能で自立の意欲に溢れたホームレスの人々にも、生業扶助による職業訓練など、生活保護を柔軟に活用し、より円滑に就労し得るように支援すべきだ。また、高齢者や障害者であっても、地域の中で働く幸福を追求したいという人々も多い。
 ホームレスの人々への就労保障を、全ての人に対する働く権利の保障の在り方を見直すきっかけとすべきである。
 
 当事者や支援者の声に突き動かされ、法案が打ち出した「ホームレス自立支援策」をホームレスの人々の人権保障へと更にレベルアップさせ、それを全ての人が健康で文化的な生活基盤の上で自由に自分の幸福を追求する権利の保障へと結びつけていけるかどうかが法案を活かすための最大の課題である。
 ホームレス自立支援法は人権保障を基礎とせねばならない。というより、人権保障無くして、自立支援はあり得ない。ホームレス人権保障法こそが必要なのだ。
 
 息苦しい世の中で精一杯行き、傷つき、挫折させられた、ホームレスの人々の人権保障は、すべての人が安心して自由に幸福追求できる世の中を作るための基礎である。

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笹沼 弘志
野宿者のための静岡パトロール
ebhsasa@ipc.shizuoka.ac.jp
http://www.ipc.shizuoka.ac.jp/~ebhsasa/pat.html
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hinoki/2906/
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カンパ宛先
郵便振替口座番号 00820ー9ー 11695
口座名称  野宿者のための静岡パトロール事務局
(浜松闘争支援については「浜松支援」と付記してください
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