六日間八ヶ所訪問の旅――越年全国交流報告
湯浅誠
*はじめに
「もっともキビシイこの越年期に、各地の仲間と励まし合おう」――十二月二十九日から一月三日まで、仲間とともに、静岡・浜松・一色・名古屋・京都・大阪(扇町、長居公園)・神戸の計八ヶ所を訪問し、交流を重ねてきた。当初、東京四(新宿・渋谷・隅田川各地の仲間四、支援者一)、大阪一(釜ヶ崎パトロールの会の支援者)で出発した一行だったが、浜松に行く時は静岡の人たちが合流し、名古屋からは仲間三名に支援者一名が合流し、神戸には京都と大阪からそれぞれ一名合流し、といったように各地間の交流をも触発しつつ、最大時には十二名の大所帯ともなった。
以下は、1)帰還直後に作成し、訪問した各地に配布した上で、ホームページにも掲載した報告文と、2)名古屋から参加してくれた仲間の報告文である。なお、当初は最初から参加していた仲間からの聞き取りもおこなう予定だったが、時間がなく果たせなかったことは残念でならない。
******
二〇〇〇―二〇〇一越年全国交流――とりあえずの報告
十二月二九日に東京・渋谷を出発した「越年全国交流」は一月三日に無事帰京しました。訪問先でお世話になった皆様に深く感謝しつつ、簡単に報告させていただきます。
今回の「越年全国交流」では、静岡、浜松、一色、名古屋、京都、大阪キタ、大阪長居公園、神戸の計八ヶ所を回りました。いずれも駆け足の訪問にすぎませんでしたが、各地の様々な運動展開を目の当たりにし、お互いに学び合える点がたくさんある、と実感しました。
当初、東京五名(渋谷・支援者一野宿者一生活保護受給者一、新宿・野宿者一、隅田川・野宿者一)、大阪キタ・支援者一名で出発した一行でしたが、途中からの部分参加も含めて各地からたくさんの同行者を得、大阪長居公園のモチつき大会には十二名で参加しました。
目的は、野宿者問題が全国規模化する中で、野宿者自身が各地域ごとの繋がりのみならず他地域との広い繋がり(孤独でないこと)を実感し、その中でお互いの経験交流を深めていくこと、そしてその経験をそれぞれの現場に持ち帰り、今後の活動に生かしていくこと、にありました。
以下、スケジュールと簡単な個人的印象を。
十二月二十九日 静岡/野宿者のための静岡パトロール(しずパト)(なお、活動紹介が『ピカうち』十一号に掲載)
駿府公園内での炊出しに参加し(約七〇名参加)、のち静岡カトリック教会で交流会。
・開始から一年の活動期間の中で生活保護を獲得した仲間たちが、それによって路上との繋がりを断たれることなく、むしろ活動の核を形成している。
・炊出しに集まる野宿者は、ガヤガヤと健康な活気に満ちている。野宿者に純化された集まりというよりも、アパート居住者や独居老人なども含めて、ふだん公園内に集っている人たちがそのまま流れ込んできた感じ。
・様々な運動分野に関わる人々の個人参加によるネットワークとしてしずパトがあり、本来様々な社会問題を包含している野宿者問題への多様な切り口と運動としての広がりの可能性を持つ。学生の参加も多く、全体に若い。
・いわゆる「野宿者」「支援者」ともに多様で、むしろ広い意味での「ホームレス」問題(欧米流のそれ)に関係する人々の集まり、といった印象を受けた。
十二月三〇日 浜松/旧田町駐輪場自治会メンバー、エスペランサ
浜松駅付近で田町駐輪場自治会メンバーと交流後、夜日系ブラジル人主体の夜回りに参加。
・田町駐輪場での排除を跳ね返した自治会メンバー(この件については、『ピカうち』十号に詳細な報告あり)の繋がりは健在。現在でもお互いの住居を頻繁に行き来しているとのこと。ある種の「政治決着」によって現在生活保護受給者となっている旧自治会メンバーたちの現在の課題は、ケースワーカーによる就労強要にどう対応していくか。
・教会に集う日系ブラジル人を中心としたエスペランサの活動は六年目を迎える。自身が最底辺労働者でもある彼らの夜回りは、ミサ後午後10時出発午前1時すぎ解散というハードスケジュールだが、老若男女が集うあくまで明るい雰囲気。
・夜回りにはおにぎりと具だくさんのスープを持参。毎週衣類や下着など必要物資の注文をとり、翌週にそれを手渡すというキメの細かさだが、主に言葉の問題から仲間との話込みは十分尽くせない面が残る。
・これは浜松だけでなく全国の地方都市に共通して見られる現象だが、公園などでのテント居住を実現できるかが実際の居住形態としても意識面でも一つの壁となっている。
十二月三一日 一色、名古屋/笹島越冬実
元渋谷の野宿者三名が農業を学ぶために移住している一色町の農家訪問後(詳細は別項参照)、オケラ公園で夜回り、越年祭。
・七月に移住した野宿者三名は着実に農業技術を習得し、農業で身を立てていく決意を固めつつある。自分たちで生産した野菜を朝市で売り、その収益を自分たちで活用するなどの新しい試みも。
・第二六回笹島越冬は、様々なハプニングにもかかわらず、七〇名を越す仲間の夜回り参加など、仲間の主体的参加で活気に満ちたものに。仲間たちの手厚い歓迎ぶりも健在。夜回りの軸となる仲間が訪問先の仲間の様子や周辺のテント小屋の状況などを木目細かく把握し、着実な繋がりを築いていた。
・若宮大通などに居並ぶ全国随一のテント小屋群を静岡・浜松の仲間たちにもぜひ見て欲しかった。
一月一日 京都/きょうと夜回りの会、大阪キタ/キタ越冬実
午後十二時からの大阪・扇町公園での歓迎集会、午後二時からの京都・河原町カトリック教会地下ホールでの炊出しに二チームに分かれて参加。夜は、釜ヶ崎名物の人民パトロール参加後、釜ヶ崎に詳しいキタ越冬実メンバーの案内で釜ヶ崎、飛田地区一帯を見学。
・約八〇名が集まった京都の炊出しでは、炊事班の仲間たちが完全に調理を仕切る、仲間主体のスタイルが定着。炊出し用の資金調達を仲間自身がフリマ出店で稼ぐなど、支援者は「交通整理」に徹していた。そのため、仲間たちからは資金調達をどのように行っているのかといった質問が出、街頭カンパのことなどを紹介したところ、その実現可能性について仲間たちが真剣に討議していた。
・大阪キタでは、扇町公園に住むテント小屋定住層の仲間を中心に「よりよい野宿」に向けた取組みが始められようとしていた。今後、定住層の仲間のニーズに応える取組みに具体的に着手していく予定。扇町でも炊出しは仲間が集めてくる材料を中心に行われる。京都・大阪キタでは掛け声だけでない仲間中心の取組みが印象的だった。
・夜の釜ヶ崎見学では、釜ヶ崎に初めて足を踏み入れる多くの仲間が、釜ヶ崎の歴史や現状などにつきレクチャーを受けた。三角公園の閑散とした風景が印象的だった。
一月二日 大阪長居公園/長居公園仲間の会、神戸/神戸の冬を支える会
朝八時から長居公園の団結モチつき大会に参加。合間にシェルター見学。午後二時より神戸・東遊園地訪問。夜扇町公園で仮眠後、午前一時に東京に向け出発。
・長居公園には、公園に残った仲間、居宅保護をとった仲間、シェルターに入った仲間たちとそれぞれを支援する諸団体のメンバーが参加。越年全国交流チームやきょうと夜回りの会も参加して、厳しい状況の中、仲間の分断こそ最大の不利益と、お互いに緊密に連携し合って結束を固め直すことを確認した。公園内に残った仲間を中心に、当事者組織を立ち上げることも決定された。
・神戸では、噴水の回りをぐるりと取り囲んで設置されたテント群で医療相談やお茶の支給など様々な取組みが行われていた。越年全国交流チームの訪問が刺激となって駅前ビラまきに参加する仲間の数も増えた、と言ってもらえたのは嬉しかった。疲労の蓄積から風邪をひいた交流チームの二名が医療相談のお世話になった。
|